第10章前半 VS ミルキーウェイギャラクシー軍

 ゴウの威勢の良い啖呵が、オープンチャネルを通じてアキトと千沙に届く。

 カミカゼ水龍カスタムモデルを空中に急停止させ、フロントを後ろへと反転させる。アキトと千沙から遥か先の空中で、突然大爆発が発生した。宝船にしては巨大な爆発だ。アキトはクールグラスで映像を最大倍率する。

 映像には、お宝屋のトレードマークである船に乗った七福神が空を舞っていた。

 凍りついたかのように、アキトは体を動かせない。

「ゴウにぃ・・・。翔太・・・」

 いつの間にか、アキトの腰に巻かれていた千沙の腕が離れていた。

 視線を向けると、千沙は両手を口許に添え、両肩を震わせている。眼には今にも溢れ出そうなほど透明な液体を湛えていた。

 オレが動揺すると千沙は更に動揺し、不安が重なるに違いない。

 しかし七福神の破片から眼が離せなく、動揺せずにはいられない。

 それに16年しか生きていない自分には、兄2人を一度に亡くした少女に何といって言葉をかければ良いのか?

 ゴウと翔太の肉親でもない自分ですら、動揺を隠し切れないのだ。

「オレがいる。ゴウと翔太がいないのなら、オレが傍にいる・・・。だから・・・。だから・・・、泣くな」

 アキトは千沙を強く抱きしめた。

 自分が涙を零し、千沙の細い肩を濡らしているのだから、説得力が乏しいことこの上ない。

 しかし、アキトの気持ちは全身で千沙に伝わっていた。

 千沙は囁くような声で返事をし、アキトの背中に腕を廻した。

 2人はお互いのぬくもりで、自分の涙が乾くまで、抱き合っていた。


 アキトはゴウが指示していた合流地点近くの洞窟にカミカゼを隠し、千沙と二人して肩を寄せ合うよう地面に座っていた。

 合流地点に着いてから4時間ほどが経とうとしているが、未だ宝船の影も形もない。

 一縷の望みを胸に、ゴウと翔太の到着を待っていた。

 ダメだ。

 もう我慢できない。

 アキトの性格は、待つより行動が基本だ。

 危険を冒してでも2人の安否を確認することを決意し、アキトは千沙に告げる。

「偵察にいってくる。ついでに、ゴウと翔太を連れてくるぜ。千沙はここで待ってるんだ。いいな」

 生きていると言うには楽観的すぎるが、2人が死んでいるとは口にしたくはない。口にした瞬間、それがホントになる気がする。

 それに千沙を危険な目に遭わせるのは、ゴウと翔太が許しはしないだろう。

「やめて・・・。行かないで。アキトくんまでいなくなったら・・・、あたし・・・、あたし・・・」

 縋りつくように泣く千沙に、アキトはどうしてイイか分からない。

 今の千沙を残していくのは不安だ。だが、ゴウと翔太が生きていて、助けを待っている可能性だってある。

 いや、重体だったとしても生きている。

 たとえ爆発四散しても、ゴウなら生身で宝船が飛び出しても生きていてる気がする。

 翔太なら、爽やかな表情と天性の操縦センスで、全壊している宝船でも無事に切り抜けられる気がする。

 だから・・・、可能性は極僅かでも生存しているとの前提で行動すべきだ。

 一旦優しく抱きしめてから体を離し、千沙の顔をみて話す。

「千沙、オレは・・・」

 言葉が続かなかった。

 それは、千沙にかけるべき言葉が思いつかなかった訳ではない。

 千沙のすぐ後ろに風姫とジンが立っていたからだ。

 風姫の視線が冷気を漂わせている・・・気がする。

「ど、どうやって・・・、ここを?」

 乾いた声しか出せなかった。

 風姫の碧眼がアキトを睨み、険しい口調で尋ねる。

「それよりも、私との契約中に何をしているのかしら?」

 千沙が振り向き風姫を一瞥してから、アキトに困惑の視線を固定し尋ねる。

「契約? もしかして結婚? まさか夫婦・・・」

 なんで、そうなる?

「いや、仕事だ」

「そうよ、あなたは今、仕事中だわ。それなのに、雇い主の目が行き届かないことをいいことに、何をしているかしら? アウトドアデート?」

「しゃーねーだろ。はぐれちまったんだぜ」

「迷子になったら、全力で雇い主と連絡を取るべきじゃないかしら?」

「アキトくんを責めないで! あたしがいけないの」

 千沙の台詞に、アキトは頭を抱えたくなった。そういう台詞の場面じゃない。

 ジンが風姫の後ろからゆっくりと登場し、淡々と述べる。

「叱責を受けるのは当然だな。女性から誘われたからとはいえ、仕事中にアウトドアデートをするのは職業倫理に著しく反する行いだな」

「ちがーう。デートじゃねーぜ。逃走してたんだ! それより良くこの場所がわかったな」

 アキトは早口で、強引に話題転換をはかった。

「幽黒のレーザーガンには発信機がついているわ」

 アキトは”どうして、オレの周りには、オレのことをコッソリとモニタリングする奴らばっかなんだ”と不本意な己の現状を残念に思いながら、風姫に理由を訊いてみる。

「なんでそんなことすんだ?」

「理由を言ったら逃げなかったかしら?」

「理由次第だな」

「そうねぇ。まあ、いいわ。教えてあげる。端的にいうと戦争だわ」

「はえ?!」

 アキトは”はい”と”ええ?”が雑じった間の抜けた返事をしてしまった。

「まさか、とは思ったいたけど・・・。このコムラサキ星系に、ミルキーウェイギャラクシーの軍が進軍しているという噂を聞いていたわ」

「ホントか? ホントは、モーモーランドの軍隊が出張っているって知ってたんじゃねーのか?」

 見惚れてしまいそうになる魅力的な笑顔とともに、風姫はとんでもない台詞を吐く。

「まさかー。そうだったら面白いわ、と思ってただけねぇ」

 面白いで軍隊と事を構えるな! とオレが言うより先に、ジンが口を開く。

「風姫はトラブルと非常に仲が良いからな。だが安心するが良い。既にモーモーランド軍は全滅と言って良いだろう。殲滅できなかったのが心残りだが・・・。それではアキトよ、ユキヒョウでヒメシロに帰るぞ。ああ、もしモーモーランドのオモチャに遭遇したら、サムライ対コスモナイト、コスモアタッカーとの宇宙戦闘を愉しもうではないか? 我の指導でアキトは立派な戦力としてカウントできるようになったしな」

 さすがに、この発言にアキトは待ったをかける。

「オレを戦闘員の頭数にするな!」

「あら、逃げなかったかしら? とさっき尋ねたわよ」

 風姫がイタズラっぽい表情を浮かべたが、オレはそんな挑発に乗せられるほど単純じゃない。

「理由次第と言ったぜ」

「そんな構える程のことじゃない。我と一緒なら楽勝なのだ」

「どっから、そんな自信が出てくるんだ? いいか、軍隊だぞ、軍隊」

「アキトのサムライ操縦能力は、ベテランパイロットと比較しても遜色ないから、平気だわ」

「すごいよ~、アキトくん」

 千沙が尊敬の眼でアキトをみる。

「千沙、現実をみろ、現実を! オレは一介のトレジャーハンターだぜ」

「アキト。そういえば、宝船って知り合いの船かしら?」

「あたし達の船です」

 千沙がアキトの腕をつかみ口を挟んだ。

 冷たい視線をアキトと千沙に浴びせながら、風姫は教えた。

「向こうの渓谷に不時着してるわ」

 無事なのか? いや無事に決まってる。

「本当なの? アキトくん、早く行こう」

「アキトは仕事中だわ」

「あたし達結婚するんです。だから一緒にいきます」

 千沙の台詞にアキトが一番驚愕していた。

「はっ? いつ、そんな話になったんだ?」

「えっ、なんでそんなこと言うの? さっきトライアングルの上で、あたしにプロポーズしてくれたのに・・・」

 アキトは通常比の3倍で思考を加速し、問題となったシーンを思い浮かべた。

 言ってない。絶対にそんな事は言ってないと確信できる。

「船の破損は酷いが、乗員は無事だ」

 それにしても、ゴウと翔太が無事だったのは驚きでしかなった。

 ジンの言葉に安心したアキトは、問題を先送りすることを選択する。

「千沙、ゴウと翔太を頼むぜ。オレにはまだ、やらなきゃならない仕事があるんだ。プライベートは後回しだ。分かるよな!」

 ゴウと翔太が心配だったのだろう。10分にも及ぶ説得の末、不承不承にだが千沙は納得してくれた。

 アキトのカミカゼをジンが操縦して、千沙は宝船の元に向かった。

「それで、あの娘とはどういうことなのかしら?」

 その場に残ったアキトは、風姫からの詰問を受けた。

「どういうって言われてもなー」

「アナタは仕事を放棄してたわ。だから、私には理由を訊く権利があるのよ。教えて!」

「その理屈はおかしーぜ」

 とてもじゃないが、その話に付き合いきれない。

「しかし、よくも、まあ・・・宇宙戦艦3隻相手にして無事にすんだな」

 それ以上に、ユキヒョウが惑星コムラサキに大気圏突入できたのは、驚愕を通り越して半信半疑だ。モーモーランドの宇宙戦艦3隻と戦闘したはずなのに・・・。

「ジンが3隻とも沈めたわ」

「はっ?」

 アキトはサムライの訓練をジンから受けた。

 ジンは戦闘のプロだと推測できる。風姫は人外の存在だし、彩香も普通であるとは思えない。

「ジンが”ラセン”でね」

 理解が追いつかないアキトに、風姫が微笑みながら愉快そうに話を続ける。

「ミルキーウェイギャラクシーの極秘任務用の特殊な宇宙戦艦だから、戦闘力はそれ程でもないけど・・・。ただ流石のジンでも、3隻も相手しながらだったから、5時間もかかってしまったわ」

「そっ、そうか」

 いくらユキヒョウが、ルリタテハ王国軍の大型宇宙戦艦に匹敵する戦闘力を持っていると聞いていても、この眼で見るまでは信じきれない。そもそも300メートル級の宇宙船の戦闘力が、大型宇宙戦艦に匹敵するというのは彩香の冗談だと受け流していた。

「ユキヒョウは宝船の隣に降下したわ。宝船が最低限ヒメシロに戻れるくらいにするために、彩香が支援してるわよ。それでね、ミルキーウェイギャラクシーの戦艦の主砲がユキヒョウ直撃コースだったんだけど、し・・・」

「いや、ちょっと待て」

「まあ、聞くがいいわ」

 話したかったのか・・・。そりゃ、話が噛み合わない訳だぜ。


 ライコウが墜落コースで大気圏に突入した後、ジンがユキヒョウから、まず”ライデン”で出撃した。

「宇宙戦艦のお相手はジン様が引き受けて頂けますので、コスモアタッカーの歓迎準備をしますね」

「歓迎は私がするわ。彩香は防御に専念して!」

「そうですね。お嬢様は少々抜けていますので、わたくしが担当すべきでしょう。良い判断ですよ」

「貶すのは要らないから、褒めるだけにして欲しいわ」

「ジン様の指示ですから、諦めてください」

「貶すのが、かしら?」

「いいえ、褒める方です。少しでも良いところを見つけて、褒めて伸ばすようにせよと」

 風姫が抗議の声を上げようとした時、ユキヒョウに衝撃が襲う。風姫は悲鳴をあげる中、彩香は冷静に操船し防御する。

 宇宙戦艦のレーザービームがユキヒョウへと直撃コースを奔ったのに命中していない。ユキヒョウの目前でコースを変えている。

 ユキヒョウの防御システム”舞姫”を彩香が操作しているのだ。

 そう、ユキヒョウの周囲には直径20メートルの薄い円盤”手打鉦(ちょうちがね)”が、100以上も舞うように機動している。薄く見えるのはレーザー対策の為の装甲のみが見えるからだ。見えない部分にこそ舞姫システムの能力と真価が隠されている。

 無数の”手打鉦”はダークマター”ミスリル”や”オリハルコン”、通常物質による複数の合金を積層した複合装甲となっている。その上で、斥力に特化したダークエナジーを蓄えているのだ。

 だが、ダークエナジーについては研究解析が進んでいない。それゆえ、ユキヒョウは最新設備を搭載して、実戦テストをしているのだ。

 テストの結果としては、想定以上の性能を発揮していた。

 直撃コースの宇宙戦艦の複数のレーザービームをユキヒョウから逸らすことに成功した。

 しかし、宇宙戦艦のレーザービームの威力は凄まじく、舞姫システムが手打鉦をレーザービーム1発につき複数枚を展開して防いでいる。その為、最初にレーザービームを防いだ手打鉦がユキヒョウの斥力装甲の斥力場にまで及び、ユキヒョウに衝撃を与えていた。

 だが、斥力装甲にまで届いたレーザービームと手打鉦はない。

 レーザービームの圧力によって、手打鉦がユキヒョウの斥力場にまで勢い良く後退したために、船が衝撃を受けたのだ。

「コスモアタッカーがきます。早めに立ち直ってください、お嬢様」

 風姫が席から立ち上がり、毅然と言い放つ。

「分かっているわ! 戦闘モード」

 コンバットオペレーションルームが0Gとなり、風姫の体を見えない物体”オリハルコン”が固定する。瞬時に、全表索敵システムの情報と風姫が完全にリンクする。

 幽谷レーザービームをコスモアタッカー3編隊に向けて照準する。

 宇宙空間を闇光する幽谷レーザービームが無数に放たれる。

 1機を撃墜。

 ユキヒョウからレーザービームが発射されるなど、想像の埒外だったのだろう。

 コスモアタッカー編隊が、的を絞らせないように機動する。編隊単位で、順次ユキヒョウにミサイルとレーザービームで攻撃する。

 その合間に、コスモアタッカーとは桁違いの威力を誇る敵宇宙戦艦主砲のレーザービームがユキヒョウへと放たれる。距離がある所為か、精度が悪く命中コースにはこない。しかしコスモアタッカーが、一撃離脱するための援護射撃になっている。

 中々に連携の取れた敵の攻撃であった。

 そして、ユキヒョウの幽谷レーザービームはコスモアタッカーに命中しない。

「お嬢様、あと300秒でコスモナイトが戦場に加わります」

 常に冷静沈着である彩香が、いつも通り報告する。風姫が同性ですら見惚れる魅力的な笑顔で、優雅に返事する。

「仕掛けは完了しているわ。任せて!」

 ユキヒョウがジリ貧に陥っているようにしか見えない中、風姫は自信満々であった。

 攻撃してから離脱する編隊と、突撃する編隊のコスモアタッカーが突如爆発したのだった。

 コスモアタッカーの2編隊が壊滅し、慌てた残りの1編隊が幽谷レーザービームの的となり消滅した。

 コスモアタッカーの軌道上にダークマターとダークエナジーだけで構成された手打鉦を配置していた。

 コスモアタッカーを1機撃墜した後、幽谷レーザービームがかすりもしなかったのは、一気に殲滅するための布石だったのだ。

 手打鉦に衝突したコスモアタッカーの数機は爆発しないで済んだようだが、戦闘継続能力は奪われた。

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