第8章後半 訓練時々日常

 5時間連続サムライ戦闘軍事訓練の終了する少し前、ユキヒョウのコンバットオペレーションルームで、風姫と彩香が色気のまったくない話をしていた。

「お嬢様は今日、アキト君と対戦はしないのですか?」

「私にも、やることが沢山あるわ」

「今日の課題は終了しているようですが?」

 風姫は口をつぐみ黙り込む。

「ジン様相手では、アキト君が少々可哀そうですね」

 剣呑な色を滲ませた瞳で彩香を睨み、風姫はキツイ口調で訊く。

「私なら丁度いいっていうのかしら?」

「丁度かどうか判断しかねますが、ジン様よりは・・・。それにです。午前中はアキト君の相手をしていたはずですよね?」

「イヤよ。やらないわ」

「どうしてですか?」

 風姫の顔に、心底悔しそうな表情が浮かぶ。

 負けず嫌いの上「いくらアキトが偉才でも、私が1、2日で負けるなんてあり得ないわ」と言い切っていたのだ。

 それなのに負ける訳にはいかない。

「・・・もう、太刀打ちできないわ・・・」

 彩香に嘘をついてもバレると考えたのか、風姫は正直に答えた。

「そんなに上達したのですか?」

「そうよ。理不尽だわ・・・。アキト・・・3日前のシミュレーションでは、あんなにダメダメで、すぐに撃破できてたのに・・・。今日は2時間やって1回しか撃破できなかったわ。それも最初の1回目の対戦で・・・。しかもよ2回目の対戦では危うく負けそうになって、やっと引き分けに持ち込んだわ」

「ロイヤルリングを使えば良いのではないですか?」

「今日は始めから使ってたわよ。それでも負けそうだったの。反応速度が恐ろしいくらい早いし、狙いも精確で、視野が広かったわ」

「ジン様との対戦の様子からは、とてもそうは見えませんね」

「アキトの相手はルリタテハの”デスホワイト”なのよ」

 通常ラセンの塗装はグレーを主としているが、ジンの乗る機体は白であり、別名をデスホワイトと呼ばれている。風姫と彩香はディスプレイに映る、そのデスホワイトの動きをしばらく無言でみていた。

 アキトの何十回目かの撃墜を目にしてから、風姫は不満を口にする。

「あーあー。それにしても、出会ってから暫くは色々と要領を得なかったけれど、慣れたようね。つまんないわ」

「そうですね。最初は挙動不審で面白かったんですけど・・・残念です。意外に順応性が高いようですね。今も、新規配属のパイロット兵では耐えきれない、5時間連続サムライ戦闘軍事訓練をしていますけど、後10分で完遂できそうですし。宇宙船の・・・ユキヒョウのクルーとしても優秀と評価できます」

「クルーとしてはそうだわ。でも、そうじゃないのよ。もっと、こう、なんていうのかしら。あるじゃない、少年少女が一つの船で寝食を共にすれば・・・」

「就寝は各々の宇宙船ですよ。・・・お嬢様の愚痴を聞いても構いませんが、アキト君に何を求めていたのですか? 水先案内人ですよね? コムラサキ星系でトレジャーハンティングするんですよね? ルリタテハ王国の重要な戦略物資の調査現場を視察するんですよね? オリハルコン合金鋼の添加物にする”ミスリル”鉱床の発見ですよね」

「はう・・・。でも、でも、私はまだ15歳だわ。・・・そうよ。もっと自分の時間を充実させてもいいんじゃないかしら?」

「充実させすぎて、お叱りうけ、こうなったのです。最近では、お嬢様とジン様のお二人あわせて”ルリタテハの踊る巨大爆薬庫”と呼ばれているのは、ご存知ですよね?」

「踊ってなんかないわ!」

「そこは重要ではないです!」

 風姫とジンがトラブルに巻き込まれると、二人が往くところを中心に、オリビーが放り出され、ビルが崩壊し、地面が抉れる。しかも、二人は無傷で宙を舞っている。

 ロイヤルリングに最近実用化し実装した斥力発生機能を、ルリタテハ星系で使いまくった所為だった。

 風姫不機嫌を隠さず「はーあー」と長いため息を吐いてから、呟く。

「せっかく、新しいドレス着て、ツインテールにしてみたのに、見せる人がいないんじゃ、つまらないわ」

 褒めて褒めて褒めて貰いたい。チヤホヤされたい。

 たった一月前、ルリタテハでは周りに集まる男など鬱陶しくてしかたなかったが、今ではそれも懐かしい。

 せめて、たった一人だけいる男子を瞠目させ、カワイイと言わせたい。

 そう考えて風姫は着飾ってみたのだ。

「お嬢様。何故ツインテールなのですか?」

「だって、ジンが・・・。トレジャーハンターには、赤いドレスにツインテールが昔から大人気だって・・・」

 今度は彩香が長いため息を吐いた。

 ジンが風姫に適当なことを教えたのだ。

「トレジャーハンターがツインテール好きだというのは迷信です」

「でも、ジンが・・・」

「三つ編みです」

 彩香はキッパリと言い切った。

「えっ?」

「トレジャーハンターの好みの髪型は三つ編みです。これは諸説ありますが、なんでも三つ編みの女性がいるトレジャーハンティングチームの発見した鉱床は、優良な重力元素が含まれていることが多かったと云う説。宇宙空間の無重力圏内では、髪の毛をまとめないと、髪が顔にまとわりついて、みっともなかったと云う説。この2つの説があります。いずれにしても、三つ編みが好まれているのは間違ないです」

「そっ、そうなの・・・。ふーん」

「連続サムライ戦闘軍事訓練が終了したみたいですよ」

「・・・わ、私・・・。ちょっと・・・」

 ちょっと、何なのかを言わずにコンバットオペレーションルームを出ていった風姫を彩香は暖かい目で見送る。まるで、孫娘を見守るような慈愛に満ちた表情だった。

 コンバットオペレーションルームの自動ドアが閉まると、今度は楽しみなイベントを待つかのような笑みを浮かべて呟いた。

「お嬢様は知ってるはずですのに・・・。ジン様は悪戯が好きなんですよ。しかもタチの悪いことに、悪意のある悪戯でも、悪意のない悪戯でも・・・。わたくしは悪意のない、無邪気な悪戯になら、参加させていただきます」

 そう、もちろんトレジャーハンター全員が好む髪型など存在するわけがない。好みは人それぞれなのだ。


 ユキヒョウに2つある大浴場の1つで、アキトは汗を洗い流す。5時間連続サムライ戦闘軍事訓練で大量の汗をかいていた。大半は冷汗せだったが・・・。

 アキトは10人以上が一緒に入れる大きさの湯船に、1人でゆっくりと浸かり、疲れを湯に溶かす。

 大浴場もそうだが、ユキヒョウには驚かされる。

 船内は機能美と様式美を兼ね備えた稀有なデザインを有して、設備が充実している。惑星上にあるホテルより快適なぐらいだ。

 ユキヒョウ内の全フロアが、1Gに重力制御されている。

 通常の宇宙船なら、必要最小限の場所だけ重力制御する。しかも制御はフロア個別にで0.1G単位で、0~3Gまで変動可能になっている。

 1G未満は荷物の運搬などに便利だと理解できたが、1G以上の必要性がわからなかった。

 彩香に質問すると「負荷トレーニングのためと敵に侵入された場合の備えてですよ」との回答が返ってきた。

 0Gで宙に浮いたところからイキナリ3Gになると、当然床に落ちる。通路のGをランダムにすれば、走っている最中に転んだり、重力酔いになったりする。

 1G以上の使用方法は理解できたが、必要性が全く理解できなかった。そう、船内での戦闘を前提に設計されているというところが・・・。

 必要性や疑問はおいておくとして、この宇宙船は戦闘を前提にしているようだった。

 それは内部に、戦艦と称せるぐらいの武装をしていることからも推測できる。ユキヒョウのシャープさとで優美さを兼ねた洗練された外見からは、とても分からないのだが・・・。

 アキトには、戦艦の武装がユキヒョウと同程度かは判断できないのだが、彩香の説明では「全長1キロメートル以上の戦艦をルリタテハ軍では大型と分類していて、そのぐらいの戦力はありますよ」ということだった。

 ユキヒョウ搭載のマシンは、”疑問”というより”問題”の一言だ。

 宇宙専用戦闘機が2機、宇宙・大気圏内両用戦闘機が2機、戦闘用ロボット”サムライ”が3種2機ずつの6機も搭載されている。

 それなのにオリビーは6人乗りが1台だけで、大気圏内専用である。つまり乗車部分に密閉処理がされていない。だから、水中や宇宙空間では使えない。

 搭載マシンの種類が、あまりにアンバランスな台数比率だった。

 そもそも風姫、ジン、彩香の3人しかユキヒョウに搭乗していないのに、搭載機の数の方が多い。

 彩香は「コンバットオペレーションルームもありますし、宇宙戦艦と比較すると足りないのは乗員の数ぐらいです」と微笑んでいたが、宇宙戦艦と比較するのがハナから間違っていると気付いていないのか?

 そう確かに乗員は足りない。だが、そうじゃない。あきらかに余計なモノも多かった。

 応接室が5つに、ドレスルームが3つ、パーティースペースなどなど・・・。

 ちなみにドレスルームは、化粧室や更衣室をさすドレッシングルームではなく、単にドレスを保管している部屋で、風姫用、女性用、男性用とあり、大抵の体型のドレスは揃っているそうだ。疑問なのは、一体何着ドレスがあって、何の為そんなにあるのかだが・・・。

 今まで知っている宇宙船の常識が、まるで通用しない。それが宇宙船”ユキヒョウ”だった。

 湯船につかりながら、つらつらとこの2、3日の出来事を思い起こしていた。

 アキトが風呂から上がると、夕食の時間となっていた。

 髪を乾かし、いつもの恰好・・・暗赤色のスペースアンダーを身に、黒のジーンズを穿いてから食堂へ向かう。

 ユキヒョウの搭乗者だけで食事するには広すぎる食堂に、エプロンをつけた彩香がテーブルの傍に身動ぎもせず立っている。

 ただ、いつもならアキトよりも早く席についている風姫の姿が見えなかった。

「珍しいな、風姫はまだか?」

「少し着替えに時間がかかってるみたいですね」

 食事は風姫とアキトの2人でするのが、ここ3日間の慣例になっていた。

 給仕は彩香がしていて、驚いたことに、ジンはキッチンで調理を担当している。

 アキトが「なんで一緒に食べねーんだ?」と尋ねてみると、彩香は唇に人差し指を添えて「秘密です」と言っていた。ティータイムは一緒にとるのに意味がわからない。

 席について暫くすると、三つ編みで髪を一つに束ね、色鮮やかな浴衣を着た少女が食堂に現れた。三つ編みは右肩から胸へと流し、毛先は赤いリボンで結ばれていた。浴衣は白地に百合の花をあしらった上品な柄だった。

 静謐な音声が音楽となって部屋に響く。

「お待たせしましたわ」

 清楚でいて華やかな雰囲気をまとっての風姫の登場だった。

「そ、それほどでもないぜ。・・・それに、いつも待ってもらってるしな」

 アキトは思わずどもってしまった。

 いつもと違った風姫に微かな違和感を感じつつ、ぎこちなく右手を軽く挙げた。

 浴衣には黒髪黒目のイメージが強いが、風姫が身に纏うと金髪碧眼でも大和撫子に負けない楚々とした情緒を醸し、それに付け加えて煌びやかな魅力がある。

 彩香が風姫のために椅子を後ろに少し引き、風姫はフワリと腰を下ろした。まるで彼女のまわりだけ重力が軽減されたようだった。

「ゆ、浴衣なんて、どうしたんだ?」

 アキトの動揺は、まだ納まっていない。

 風姫の口許が綻ぶ。

 いつもより控えめな笑顔で、それがまた、浴衣の雰囲気にあっていて、アキトを魅了した。ただ、それは誤解のなせる業であった。風姫の笑みは、ほくそ笑むのを我慢して結果だった。

「気分転換に三つ編みにしてみたわ。だから、その、ねっ。・・・三つ編みには浴衣だわ。だ、だから浴衣だわ!」

 風姫は意気込んでいた。少し空回りしているようだが・・・。

 その勢いに圧倒されつつも、アキトはどうにか会話に応じた。

「お、おう。・・・そうなんだ?」

「そ、そうなの。だから三つ編みだわ。・・・だから三つ編みのようね。そ、それで・・・。ど、どうかしら?」

「あー、と。なんていうか。似合ってんと思うぜ」

「そ、それは、わかっているわ!・・・そ、それだけじゃなくて、ね。・・・私は三つ編みにしてみたわ」

「お、おう? そうだな??・・・」

 めずらしく、何かを躊躇しているような話し方だった。

「知ってるかしら? 三つ編みって、ねっ・・・」

「その髪型が、そうなんだろ?」

「そうだけど、そうじゃないわ」

 拗ねたような表情をみせる風姫。

 いつもの堂々とした気品にあふれるもいいが、今の風姫は本当に可愛らしかった。

 風姫は魅力的な唇をちょっととがらせて、説明を口にした

「トレジャーハンターの仲間に三つ編みの女性がいると、優良な重力元素を含む鉱床を発見するというジンクスがあるようね」

「そうなのか?」

「知らなかったの?」

「初耳だぜ。それに女性のトレジャーハンターで髪が長いのは、あんま見たことねーぜ」

 風姫の唇が三回ほど開閉したが、音声にはならなかった。

 彼女の視線がオレの斜め後方に固定された。唖然としていた表情が引き締まり、風姫の碧眼に剣呑な光が宿る。

 振り向くと、いつの間にかキッチンから食堂に移動していたジンと、壁際に立っている彩香がニヤニヤしていた。

 どうやら風姫は、2人に騙されたらしい。

「我は聞いたことがない」

「わたくしも初めて聞きました」

 ジンと彩香の台詞を聞いた風姫の頬が、一気に朱へと染まった。

 風姫の登場から感じていた違和感をアキトは理解した。

 それは、今の話の流れとはまったく関係なかったのだが、風姫に話しかけ助けてあげようとの気持ちから言葉にしてしまう。

「今日のディナーは肉を中心としたコース料理だぜ。TPOはおいとくとしても、浴衣だと袖が邪魔で食いにくいだろ」

 次の瞬間、風姫の首筋の透き通るような白い肌が真っ赤になった。

「着替えてくるわ。アキト、待ってなさい」

 アキトを叱りつけるように言い放つと、風姫は飛んで食堂を出て行った。比喩ではなく、本当に宙に浮いて去って行ったのだ。残念な印象を食堂に置いて・・・。

 ジンと彩香は、冗談というか悪戯というか、人を揶揄うのが好きらしい。

 見ている分には愉しくて害はないというのは、お宝屋3兄弟の面白劇場と一緒だった。ただ質の悪いことに、強制的に参加させられるというところまでもが一緒なのだ。

 アキトは頭を抱えたくなった。

 今回は風姫で良かったが、前回はオレが騙されていた。

 彩香に風姫は魔族の末裔で、風を自由に操れると。「んな訳あるかよ」と一蹴したが、彼女は真剣な表情で話を続けた。

「魔族の末裔といっても、魔族が誕生してから200年ぐらいしか経っていません。ワープの影響か、宇宙線の影響かは解明されていないようですが、問題はそこではありません。彼女の一族は裏で非常に強い権力を持っています。その証拠が惑星ヒメシロでの一件です。わたくし達は、あれだけの騒動の中心にいたにも関わらず、逮捕されるどころか捜査の手さえ伸びてきませんでした」

 このとき、ちょうどジンがオレ達のいるスターライトルームにやってきた。そこでジンに、単刀直入に風姫は魔族なのかと、訊くと重々しく肯きながら、はっきりと肯定した。

「信頼が必要といった汝には、正直に告げておこう。風姫は魔族だ。そして我ら2人は風姫が魔族と知れないよう尽くす義務がある人間。彼女はまだ、魔族には可能で人間には不可能なことの区別が曖昧なのだ。・・・故のお目付け役。我の一族は、風姫の一族の誕生より仕えていて、もう200年になろうかとしている。かの一族は人間社会を影から支配しようとしていて、近年ヒメシロ星系には、かなりの影響を及ぼせるようになっている」

 彩香の話を聞いていないはずのジンが、矛盾点なく同様の内容を語った。完全に信じてしまったオレは、2人に促されるまま風姫の部屋に忍び込みんだ。魔族には尻尾があって、下着には穴が開いているとの2人からの情報を確かめるために・・・。

 木のぬくもりを感じさせ、随所に彫刻と飾り金具がちりばめられている収納から下着を取り出し、穴が開いてないか広げた。

 なぜか、タイミングよく風姫が部屋に入ってきた。その時、オレの中で世界は崩壊した。

 下着に穴は開いてなく、風姫から変態アキトという汚名まで命名してもらった。

 本名の新開空人の”シ”を”ヘ”に変更しただけなので、いやにしっくりくる語感である。もちろん嬉しくはないが・・・。

 そのあと誤解はとけたが、しばらく風姫のオレに向ける視線が、汚物でも見るかのようだった。あの視線はトラウマになりそうだ。

 今まで同年代の少女から好意の視線を受けたことはあるが、あの視線というか眼つきは初めての体験だった。

 それにしても、この3人の関係は良く分からない。

 命の優先順位が高いのは風姫、ジン、彩香の順というが、立場は・・・おそらく公的な役職だとジン、風姫、彩香の順なのだろう。

 それだと彩香の発言権がないようだが、風姫のお目付け役だけでなく、ジンのお目付け役でもあるらしい。

 彩香は2人に対して、かなり遠慮ない口調で意見している。

 この良く分からない関係性の3人と共にトレジャーハンティングするのは、アキトにとって不安でしかない。

 そして明日には、コムラサキ星系に到着するのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る