第9章前半 惑星コムラサキ
アキトは惑星コムラサキの大地にいた。そこは、森の近くの広い草原だった。
ジンと共に練り直した作戦計画通りの日程で、惑星コムラサキに到着したのだ。
トレジャーハンティングならば、計画作成能力と計画実行能力に自信がある。当然の結果と胸を張って、計画通りと言い切りたかった。しかし、とても計画通りではない状況だった。
惑星コムラサキの大気圏に突入1時間前。
コムラサキの2つの衛星の1つから、突如として正体不明の宇宙戦艦3隻が現れたのだ。
しかも、問答無用でレーザーとミサイルを発射してきた。
突入準備でライコウの操縦席に座っていたアキトは、サムライの訓練でジンに教えられていた通り、敵艦の下方に向かって回避した。
しかし、それは大気圏突入コースとは言い難く、地面墜落コースというべきだった。
上空からのレーザー光線の強烈な瞬きが、戦闘の苛烈さを感じさせる。だがアキトには、そのことに神経を割く余裕が全くなかった。
墜落を阻止するために機体を立て直すどころか、誘導ミサイルから逃れるために墜落コースに入っているライコウを、更に加速させねばならなかった。
誘導ミサイルがライコウの近辺で次々と爆発する。主エンジン関連のどこかに被弾したようで出力が半分以下に落ちた。
そんな修羅場の真っ最中に、オープンチャンネルでユキヒョウからの声が届く。
『アキト。武運を祈る。敵戦艦を撃沈してから、我らが汝を拾いに行ってやろう』
『アキト・・・大丈夫かしら? 心配だわ』
心配してるなら、もっと不安気な声を出してもイイだろうに・・・。台詞が棒読みすぎる。
『仮にも彼はトレジャーハンターですから大丈夫でしょう』
『拾い食いとかしないかしら?』
大蛇のミディアムレアを食べて死にそうになった事を、3人に話してしまったのは大失敗だったぜ。
しかし、過去を振り返っている暇など全く存在しない。
『ああ、それは心配ですね。注意しておきましょう』
アキトは”そんな事は心配するな!”と抗議したかったが、声を出す余裕がない。
『アキト君、いいですか、拾い食いは駄目ですよ』
敵宇宙戦艦からの誘導ミサイル第2波が、ライコウを襲撃する。その所為でライコウは、錐揉み状態になり、惑星コムラサキの墜落コースを順調進んでいった。
そんな惨憺たる有様のアキトに対して、またもや緊張感の欠片もない風姫の声が聞こえる。
『それに、迷子にならないか心配だわ』
アンタはオレの保護者かよ!
それなら助けてください!
ライコウは、既に誘導ミサイルから逃れようとしているのか、墜落寸前の飛行なのか分からない状況に陥っていた。
『そうです、アキト君。君は落ち着きがないから、余計なことをしないで、動かないで待っているべきです。それと・・・』
通信機が壊れたらしく音声が途切れた。
直撃は避けられたが、ライコウの傍で爆発したミサイルの所為で、破壊されていないブロックを探す方が難しい。
こうして、なんとかアキトは惑星コムラサキへと辿り着いたのだ。
海に落ちなかっただけ幸運だったのだろう。
そもそも、危険と分かっているコムラサキ星系に来なければ良かったのだという思いが、瞬間的に頭の中を過る。しかし、全力で目を逸らすことにした。
まず計画書のハンティング作業工程表に、惑星コムラサキに拠点確保作業の進捗率を100パーセントで登録した。
そう現実逃避だ。いつもの作業を実施することで、アキトは精神安定をはかる。
これがトレジャーハンティングだったら、どんなトラブルでも対処可能との自信がある。だが宇宙戦艦との戦闘は、完全にオレの手に余る。
宇宙戦艦3隻を相手に、ユキヒョウはどうなっただろうか?
普通に考えて、生き残れると考えるのは希望的観測だろう。だが、こちらの墜落中でユキヒョウが敵戦艦と砲火を交えている最中に余裕のある通信が入ってきていた。
風姫と彩香は、こっちの心配をしていた。
極め付けにジンの声色は、明るく嬉しそうだった。
それにしても、普通は撃墜されないかと心配するべきなのに、惑星での生活面を不安視していた。ヤツらに常識はないのか?
今の状況を改善するため、アキトはルリタテハ神に誓っておこう。
「今度から、わりかしマジでルリタテハ神様を信仰します。この契約を破棄するとは言いませんので、今後彼女らに関わらない人生を歩ませてください。いくら妖精姫のような美少女で、オレのど真ん中の好みで、最先端技術を持っていても、命あってこそ。しかもオレの人生の目的から逸れすぎます。ルリタテハ神様の像にお会いしましたら、必ず祈りを捧げます」
口に出しては、それなりに殊勝なことを言ってみたが、実は完全に口だけだ。運の悪い時に、以前冗談でやってみて幸運が舞い込んできた。
とりあえず、ゲン担ぎでしてみただけだった。
自分が自由を捧げてしまったと気付くのは、ヒメシロ星系に戻る途中でのことだった。
トレジャーハンターには”命あるならトレジャーハンティング”という標語ある。恒星間宇宙船が故障で帰れない時など、救助がやって来るまでトレジャーハンティングをしていようという意味である。
重力元素開発機構がトレジャーハンターの行く先を管理している。むろん行き先を登録せずに活動しているトレジャーハンターもいる。しかし一人でトレジャーハンターしているアキトは、行く先を毎回登録をしている。
2ヶ月以上連絡がなければ、重力元素開発機構が救助船をだすか、行く先の同じトレジャーハンターに救助依頼するようになっている。
通信機を含めた機体の損傷は激しいが、補助動力炉と補助エンジンが無事だった。それに、水も食料も十分に積んである。
「さて、トレジャーハンティングの時間だ」
ライコウ周辺での数週間のキャンプを覚悟したアキトは、まず重力元素の鉱床を探すことにしたのだ。そう、アキトは悪い意味でトレジャーハンターとして染まり切っていた。
冷静に考えれば、命の危険があるなら行動を控えるか、安全を確保するよう立ち回るべきだ。惑星コムラサキの衛星から正体不明の宇宙戦艦が現れたのだ。惑星上にも当然、正体不明の敵がいると考えるべきだった。
しかも惑星コムラサキは水と空気があり、重力が1Gより10パーセント強いだけの地球型惑星だ。
アキトは重力元素鉱床の下調べという名目で、思う存分に新しいカミカゼ水龍カスタムモデルの性能を試すために疾走させる。
「腹減った・・・」
アキトは森の繁みにうつ伏せの態勢で隠れ、クールグラスの望遠機能を使用している。視線の先にはグリーンのユニフォームの一団が岩場で作業をしている。ヤツらはトレジャーハンティングユニット”グリーンスター”の連中だ。
「はい、特製ジャーキーだよ」
アキトは無意識に左掌を声の聴こえた方に差し出す。受け取り「サンキュ」と答え、手に置かれた棒状のジャーキーを3分の1ほど噛み切る。
その間も視線をグリーンスターの作業から眼を離さない。
「そうそう。今日の夕飯は、千沙特製のカレーの予定だよ」
それは、アキトの聴覚に聞き慣れたソフトな声の囁きだった。
千沙のカレーは口に入れた途端、爽やかな辛みが舌から脳髄にかけ、次に甘味が口の中全体に広がる。”今度会う時、隠し味は何かを訊いてみようかな?”と思考を巡らせ、今から食事が楽しみになっていた。
アキトは何気なく呟く。
「そうか。やっぱ、惑星キャンプにはカレーだな」
「ああ。ところで、何でアキトは隠れているんだい?」
「なんでって、それは・・・」
あまりにも自然に話しかけられ。しかも2ヶ月前まで慣れ親しんでいた感覚に、感受性がマヒしていたようだった。左横に顔を向けると、アキトと同じような姿勢でグリーンスターの連中に視線を向けた翔太がいた。
思わず大声を出しそうになったが、ムリヤリ唇で止める。そして、刺々しい口調で翔太を詰問する。
「おい、なんで テメーがいるんだ?」
「アキトは相変わらず失礼だな」
「そ・ん・な・ことはどうでもいい! 何で、ここにいるんだ?」
翔太は顔をアキトに向け、不思議そうな表情を浮かべる。
「何でって、君がコムラサキ星系にトレジャーハンティングしに行くと聞きつけたから、手伝いに来たんじゃないか」
「手伝いだと?・・・ 横取りの間違いじゃねーのか?」
「ああ、ちょっと言葉を変えるとそうなるよ」
「意味が丸ごと違ってんだろ!」
翔太の台詞に殺意を覚えつつも、アキトは別の質問をしてみる。
「そういや、所属不明の宇宙戦艦に襲われなかったか?」
「そうそう。なんか、宇宙戦艦2隻とユキヒョウって宇宙船が戦闘していたんだよ」
「その隙にコムラサキにきたのか・・・」
なるほど、少し考え込もうとした矢先に、驚きの事実を告白される。
「いやいや、ゴウ兄がね。ルリタテハ船籍を助けなくて何がトレジャーハンターかって叫んで、レーザーを宇宙戦艦に向けて発射したんだ」
何となく展開が読めてきた。宝屋3兄弟との生活で身に着いた我慢強さを発揮して、とりあえず最後まで訊くために、話を促す。
「それで?」
「そうそう。そしたら、なんと、宇宙戦艦がレーザーとミサイルを発射してきたんだ。僕たちは、ただの民間人なのに・・・。酷い話だよ」
他人事のような言い方に、アキトの堪忍袋の緒が切れる。
「撃ってくんのは、当たり前だ! テメーらが先に撃ったんだろうが!!」
「まあまあ、見解の相違さ。興奮すると冷静な判断ができなくなるよ」
心の声で”テメーのようにのんびりしていたら、命が幾つあっても足りるか”と罵倒しながらも、冷静に優先確認事項を検討する。まずはトラブルの元凶となることで彼の右に出る者はいないというゴウの所在を確認しておかねば・・・。
アキトは気持ちを落ち着け、翔太に質問する。
「それで、無謀にも宇宙戦艦に戦いを挑んだゴウは、どこに居るんだ?」
「なんだかんだ言っても、やっぱり会いたいのかい?」
「んな訳あるか!!」
落ち着いた気持ちが一瞬で霧散した。
「まあまあ」
翔太は両手を突き出し興奮したアキトを宥め、顔を横に向けると、気楽な口調で答える。
「あそこにいるよ」
翔太の視線の先にいるゴウを見つけると、アキトは眼を剥いた。
ただでさえ大きく目立つ体なのに、繁みも何もない砂利道を暢気に歩いている。しかもグリーンスターの連中に向かって・・・。
追い打ちをかけるように、翔太が惚けた台詞を続ける。
「なんか、知り合いがいたから、挨拶しに行くって言ってたね」
心の中でゴウを罵倒しながら、カミカゼ水龍カスタムモデルを疾走させた。彼の前へと回り込むと、ゴウは暢気な口調でアキトに話しかけてくる。
「おう、アキト。やはり、お宝屋に戻りたくなったようだな。ちょっと待っててくれ、知り合いに挨拶しにきたんだ。待遇については宝船に帰ってから話し・・・」
「い・い・から乗れ。命がかかってんだ」
アキトの本気の声に反応し、筋肉ダルマの外見には似合わぬ俊敏さでゴウはトライアングル左側のオリハルコンボードの上に飛び乗った。それと同時にアキトはカミカゼ水龍カスタムモデルの最大加速で走らせる。
眼の端に、グリーンスターの連中が慌ただしく動いている姿が映る。どうやら見つかったらしい。というか、あんなに目立っていたゴウを発見できないなら、歩哨の意味はない。
アキトは翔太のいる繁みに急制動をかけつつ飛び込む。
「翔太!!」
止まっていないカミカゼのオリハルコンボードに翔太が、フワリと飛び乗る。
普段の適当さと違い、アキトが真剣になると、それなりに動いてくれるお宝屋ブラザーズである。ただ、後ろのオリハルコンボードの両方に男を乗せると、流石に暑苦しい。
後ろの席に風姫が座った時のことを突如思い起こし、虚しさに襲われる。だが、今はそんな場合じゃない。無理やり気合を入れ直して、カミカゼを最大加速で疾駆させる。
「宝船はどこだ?」
アキトの質問に驚く回答が返ってくる。
「ふっはっはっははーー。俺たちはライコウの隣に着地させてやったぞ」
「なんでだ?」
「いやいや、何でじゃないよ。僕たちが君に会いたかったからさ」
二人ともこの上なく良い笑顔であることは、視なくとも手にとるように分かる。だが、訊きたいのは、そこじゃない。
「そうじゃねー。なんでライコウの場所がわかった」
束の間、周りの景色以外にも沈黙が流れる。
翔太が口を開く。
「ああ。そうそう、ゴウ兄の勘は冴えていてね」
「それより、アキトよ。命がかかっているとは、どういうことだ?」
翔太の嘘くさい言い訳に、ゴウの白々しい話題転換を苦々しく思ったが、今は時間が惜しい。
「グリーンスターは敵だぜ。何せ、モーモーランドと組んでやがる。目的はオリハルコン鉱床か、ルリタテハのGE計測分析技術あたりじゃねーか」
「モーモーランド? それは新しい遊園惑星の運営会社か何かかい?」
相変わらず的外れな翔太の推理だった。その推理をアキトは一刀両断する。
「ミルキーウェイギャラクシーだ」
「牛乳国家だと? アキトよ、証拠はあるんだろうな?」
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