第8章前半 訓練時々日常
ヒメシロ星系を恒星間航行小型宇宙船”ライコウ”が飛び出してから3日が経っていた。
ここはヒメシロ星系とコムラサキ星系の中間地点である。足の速くないライコウでも、すでにコムラサキ星系に到着していておかしくない。
その宙域で、全長20メートルの人型兵器”サムライ”4機が宙を翔けている。サムライはルリタテハ王国の人型兵器の総称である。ユキヒョウは、そのサムライを搭載しているのだ。
何故宇宙戦艦でもないのに人型兵器を積んでいるのか、という疑問をアキトの頭を過った。だが、これ以上驚いたり、疑問を口にしたら負けなような気がした。それが良くなかったのか、流されるままサムライシリーズの”ライデン”を操縦していた。
ジンは”ラセン”に搭乗している。そして”センプウ”2機は、サムライ専用の戦術コンピューターが操っている。もちろん人が操縦することも可能である。
ラセンはサムライシリーズの標準機である。その標準機をベースにライデンは火力を、センプウは機動性を重視して設計されている。
機体には、それぞれシンボルカラーがあり、ラセンはグレー、センプウは青、ライデンは黒を主としたカラーリングが成されている。そして、どの機体にも黄金色が各所に配色されている。
しかしジンのラセンは、白色を主としている。
「こんっ、のヤローー」
今、アキトはセンプウ2機を相手どり模擬戦闘を実施していた。
ユキヒョウに積んであるサムライのシミュレーション機で、一通りの操縦ができるようになったら、即座に模擬戦闘に放り込まれたのだ。
ジン曰く「シミュレーションでは実戦の役に立たないな」だった。
アキトのライデンは、背中のメインエンジンと複数の補助エンジンでブーストしただけでなく、搭載しているオリハルコン重力制御まで利かせて右横にスライドする。
ライデンのすぐ横を漆黒のレーザーがよぎる。
「くっ」
アキトは薙ぎ払うかのようにライフルを乱射したが、センプウは機動力を活かしてライデンの上方に逃れる。
もう1機のセンプウは後方斜め下からライデンを襲う。
逆立ちの要領で上下反対になり、辛くも避けきると、伸ばした両腕の銃から連射する。
「どうだ!?」
命中判定なし。諦めずに機体を動かし狙いをつけ、2挺の幽黒レーザービームライフル”轟雷”から光が迸り、虚空に吸い込まれていった。
『諦めぬのは良いが。口を動かすな。神経を尖らせろ』
センプウとライデンは、お互い長距離ミサイルを搭載せず、轟雷の2挺装備で戦っている。
ライフルとはいっても、実はトリガーを引く必要はない。
ライフルのグリップをサムライが握ると銃とサムライがリンクし、パイロットがルーラーリングを通して命令すればレーザーが発射される。
もちろんトリガーを引いてもレーザーは発射されるのだが、リンクを通しての発射命令の方が圧倒的に早い。
「独り言は一人暮らしの生活習慣病だぜ。構わねーだろ?」
この模擬戦闘で本当に幽黒レーザービームを発射する訳にはいかないので、破壊力のない光だけで撃ち合うことになる。そして命中判定は、サムライの戦術コンピューターとユキヒョウのメイン戦術コンピューターをリンクさせて演算処理する仕組みを採用している。
「うりゃあああああ」
サムライパイロット歴3日目で戦術コンピューターと対等に戦える訳ないのだが、アキトはセンプウ2機を相手に模擬戦闘をこなしている。
『汝の汚い独り言は所属部隊に筒抜けになる。生理現象でないんだ我慢しろ』
ぐっと唇をかみ、口を閉じる
反論も反発もできない。
ジンの言うことは尤もで、かつ逆らえない風格が音声からでも伝わってくる。
後で気が付くのだが、軍隊に入隊した訳でも、する予定もないのだから、独り言は許容されてもイイはずだ、と・・・。
「・・・くっ」
独り言が出そうになるのを歯をくいしばって抑え、敵の動きに集中する。
人型兵器に搭載されるコンピューターは、100年前までは人工知能戦術コンピューターが主力だった。
しかし人工知能に均一の学習をさせると、ある一定の段階にくるとパターンが読まれやすくなる。かといってランダムに学習させると、軍隊としての行動に大きな問題が起きた。
果てには、敵スパイによって学習させられた人工知能戦術コンピューターは反乱を起こし、自軍を攻撃するという事態が生じた。
故に人工知能を外し、限定的な用途のみに絞った戦術コンピューターを搭載するようになったのだ。
2機のセンプウから同時にレーザーが発射される。
左に右にと、ライデンの最大加速で逃れるが、ディスプレイで敵の位置を追いきれなくなった。
『常に全索表シスで敵の位置を確認しろ』
そこに、アキトの様子をみていたかのような指示がジンから飛んだ。
全索表シスは全方位索敵表示システムの略で、サムライのコクピットに装備された緑の線で表現された3Dホログラムだ。全索表シスは胸の前30センチぐらい離れた場所に映し出された直径50センチほどの球形で、中心が自機のサムライとなっている。
この球形の中には味方機が青で、敵機が赤で表示されていて、表示されている形でマシンが識別できる。そして球の中に緑の線で球が3つ描かれている。
一番内側は危険地帯で、ここの中にいる敵からの射線は全力で回避し、逆に自分の射線は全力で敵機に合わせる。
次の球は長距離射撃で狙える距離になる。この距離に敵のスナイパーがいる場合は全力で楕円運動なりの回避運動をする。そうしなければ確実に撃破されてしまう。
最後に球の外側に近い緑の線は、敵戦艦からの主砲に注意すべき距離となっている。
自機のサムライが通常武装であれば、如何に最内の球に敵を誘い込み、敵からは狙われないように撃墜する。
長距離の武装であれば、2番目の球の中にいる敵を如何に敵の認識外から狙撃するのがセオリーである。
最も外側の球の場合は、長距離誘導ミサイルを使用するが、離れているため命中率が低くなりがちである。編隊を組みタイミングを合わせて、大量の長距離誘導ミサイルで敵の逃げ道を塞ぐ戦法を採ることが多い。
もしくはミサイルをばら撒いて機雷のような使い方をすることも可能である。しかしミサイルは、進行方向に指向性の爆発力の持たせているため、敵機を撃破できるのは稀である。
要するに、戦闘で生き残るために一番重要な機能を提供しているのが、全方位索敵表示システムだった。
『顔を動かすな。視線を変えてディスプレイを確認しろ!』
なんで分かんだ?
本当はどっかに監視カメラがあるんじゃないか?
最初の模擬戦闘訓練で監視カメラがあるんだろう? と疑惑を口にしたが「つけても良いぞ。だが、そんなものなくとも我には汝の操縦など手にとるように分かる」と返された。実際、手にとるように指摘されているので、ぐうの音もでない状況だった。
『敵の位置を把握するのが遅い。それと敵の横に動くな、汝が死んだのは20回目だ。死にたくなければ、上か下に行け』
「くっそー」
それにしても、全索表シスと正面ディスプレイを交互に視る際、顔を動かしてみてしまうのは、誰もがする条件反射だと思うのだが・・・。
しかもサムライシリーズのコクピットは、座席ではなく立ったままの状態で体を固定され、情報はクールメットに半透明で映し出される。その上360度の全面ディスプレイだ。普通に体を動かして周囲を確認したくなる。
しかしサムライのパイロットには、それが許されない。その一瞬のロスが生死をわけるからだ。そして今、身をもって思い知らされている。
『オープンチャンネルに汚い音声をいれるな』
「わかってる」
『何だと!』
「おう、了解したぜ!」
『応答は短くしろ』
「・・・了解」
1回の模擬戦闘が終了しても、そのまま連続で模擬戦闘を続行させられている。
ジンからは「最低でも5時間は集中力を切らすな」と一般の感覚では無茶だと思う要求を当然のようにしてくる。
ワザと無茶ブリしてるんじゃないかと邪推して「5時間の根拠がなんだ?」と尋ねたら「補給せずにサムライが戦闘きる平均時間だ」と、あっさりと返された。
『サムライ専用のクールメットのターゲッティングに慣れろ。できなければ、敵を撃墜できず汝は死ぬ』
クールメットは、ヘルメットの透明部分に情報を投影する機能がある。
これはルーラーリングとリンクしていて、即座に様々な情報に切り替えるえることができる。そして、一番の機能は、攻撃武器の照準だった。
同時5照準が標準仕様となっていて、武器ごとに形と色の異なる照準マークを、それぞれの武器に割り当てる。ルーラーリングからのパイロットの意志とクールメットの自動照準機能により敵を狙うのだが、誘導ミサイルよりレーザーは標的に当てるのが難しい。
『銃口は敵に固定したまま、サムライを動かせ』
できるかー! と心の中で叫ぶ。
お互い静止した状態なら、100パーセントの命中率を誇る自動照準機能でも、双方が動いていると命中率は相当落ちる。それを補うのがパイロットの腕の見せ所なのだが、実機に乗ってから3日目のアキトには、困難を通り越して挑戦自体が無謀だろう。
しかしジンの求めるレベルは、それ以上であった。
2機のセンプウを撃墜・・・それがジンの要求レベルだった。
『そうではない。敵から視認される面を最小限にしろ』
2機のセンプウを相手に模擬戦闘を始めてから、一度もレーザーを命中できていない。クールメットに慣れていないのも確かだが、それ以上にジンの要求が厳し過ぎる。
『そうでもない。銃口は敵に固定したまま、全索表シスの攻撃範囲内の敵から狙撃されないように、だ! ほれ、21回目の戦死だ』
「できるかー!!!」
今度は心の声が漏れ出た。というかキレた。
『ならば、汝は死ぬだけだ』
「くっそー、やってやるぜ」
前後左右に素早く、そしてジグザグに動き、時には縦回転、横回転を加えてセンプウのレーザーから逃れ、レーザーを乱射した。
『口でなく、ルーラーリングに神経を集中させろ』
「了解」
2機のセンプウは、ライデンを中心とした球を意識した弧を描く機動だった。ライデンの死角に入ると弧を縮め球の内側に飛び込みレーザーを放ち、死角から出ると弧を延ばし球の外側にでる。
今、まさに全索表シスの出番になるのだが、ディスプレイとクールメットからの情報を視るだけで精一杯だった。
つまり余裕がないので、ライデンを最大加速で攻撃を避けようとする。
そうすると、ジンからの叱責が飛んでくる。
『いつでも全力で機体を動かすな。直線的に動かすな。無駄な動作は死につながるのだ。いくら重力自律制御システムが優秀でもパイロットに負荷はかかり、疲労が徐々に蓄積するのだ。長時間の戦闘の際、集中力が切れたパイロットから死ぬ』
ライデンを操りながらアキトは「くそっ! 高みからの見物ならどうとでも言える。こっちはイッパイイッパイなんだ!! テメーも、やれるもんならやってみろ!」と心の中で叫ぶ。
センプウ2機にライデンの上と左の位置をとられた。
ヤバい!
そう感じた刹那、アキトは死中に活を求める。
アキトは左斜め上にライデンを全力加速させ、両手のレーザービームライフルを連射する。加速方向は2機のセンプウのちょうど真ん中を貫くコースだった。
ライデンの上に位置していたセンプウを撃破した。
初の撃破だったが、ジンからは叱咤が飛ぶ。
『何度も言わせるな!! 敵の上か下に行け。22回目の戦死だ。汝の命は1つなのだ。死んでも仕方ないと考えてサムライを動かすな。やるなら絶対生き残るとの信念の元、サムライを突入させろ。ならば集中力は落ちぬ』
そう、アキトは、まぐれ当たりで1機を撃破したが、ライデンは2機からの集中砲火で十数か所を被弾し、撃墜されたのだった。
『無駄弾を撃つな! 弾は敵に命中するときか、敵を誘導するときに撃て』
「弾数は、まだまだあるぜ!」
アキトの愚問はあっさり論破され、ジンからの厳しい叱責される。
『連射しすぎると幽黒用のオリハルコンが崩壊するのだ。説明したはずだぞ。それでも通常のサムライ用レーザーより性能は上だ。威力も連射もな! 理解したら無駄口叩かず、しっかり狙い撃つのだ!』
レーザーの発射の瞬間を見極め前後左右上下と避け続ける。チャンスとみては、レーザーを連射する。
だが、命中しない。
アキトは黒髪の頭をフル回転させた。もちろん物理的でなく、思考の比喩的な意味でだ。
「これ、で・・・、どうだーー!!」
アキトは叫びながらライデンの銃を乱射した。だが、その乱射には明確な意図があった。
センプウ1、2の反撃を上へ下へと躱しながら、まずセンプウ1号機を誘導し、追い込み撃破する。
1対1になれば、今のアキトならセンプウの戦術コンピューターでは相手にならない。
センプウ2号機を、正面決戦に持ち込み、両手の轟雷で滅多撃ちにし撃墜したのだった。
だが1対1となった油断からか、センプウ2号機に命中判定で、ライデンの左肩を持っていかれてしまった。
アキトが「まあ、どんなもんだ! オレを褒め称えるべきだぜ」と口を開こうとした瞬間、ジンから厳しい言葉で叱咤された。
『違う!! 誘導は攻撃だけじゃなく、防御にも使え。センプウ1、2。我と交代だ。いくぞ』
しかし、ジンの台詞の後半は、アキトの成長を認めたものだった。
ジンの台詞に気持ちが昂り、言葉にセンプウ1、2号機を撃墜した勢いと気持ちを込め、アキトは言い放つ。
「へっ、上等だぜ、ジン。やってやるぜ!」
『その意気やよし。・・・だが、まだまだ操縦がぬるすぎるようだな』
アキトはジンの台詞の”だが”までしかもたなかった。
具体的には、センプウと交代3秒で23回目の撃墜となっていた。
『サムライは人体ではなく機械だ。可動範囲は人体より広い、もっと有効に使え』
「なら、これでどうだ」と呟き、アキトはサムライ”ライデン”の轟雷を乱射する。
それは、さっきセンプウ1、2号機を撃墜した戦法だった。乱射のように見せて、ジンの”ラセン”を追い込む為の布石である。
ライデンがラセンの背後に回りつつも、射程から逃さない。
しかしラセンの脚後部スラスターを最大出力で起動し、肩前部スラスターを軽く噴かす。ジンのラセンはバック転のようにライデンの頭上へと機動をとる。
ライデンはレーザービームライフルを追随させ、クールメットの照準機能でラセンを捉えようとする。アキトが勝てると感じ、クールメットの下にニヤリと笑みを浮かべる。
ライデンがレーザーを放つ。
機体に横回転を加え、複雑な弧の機動をとりつつ、ラセンもレーザービームライフルを連射する。
ライデンの照準機能をもってしても複雑な機動を描くラセンを捉えきれなかった。
そして、一見乱射にみえるラセンのレーザービームだったが、半分はライデンの動きを止めるためであった。残りの半分はライデンの頭、肩、背中、腰、腿へと次々に命中する。
『24回目の戦死だ。アイデアは買っても良いが、サムライの動きを止めるな。敵に見える面積を最少にしろ』
センプウ1、2号機で鍛えた機体操作はまったく通用しなかった。
アキトの”ライデン”は対戦相手がジンの”ラセン”に交代してから秒殺を30回以上繰り返し、本日の5時間連続サムライ戦闘軍事訓練が終了した。
ジンと対戦して実力の差をアキトは思い知らされる。
たとえセンプウが10機でも、ジンなら容易く撃墜できるだろう。
アキトは「テメーも、やれるもんならやってみろ」と心の中で叫んだことを、口には出さずジンに詫びた。心の中で判断した他人の低評価を本人対して謝罪するほど、アキトの性格は誠実でも正直でもなかった。
それにしても油断していた。
ジンが「大丈夫だ。我がアキトを2日間で立派な戦士にしてやろう」と言ったのを本気だとは受け止めていなかった。
そう、真剣に受け取るべきだったのだ。
コイツら発言は、冗談と本気の境目が分かりづらい。
本気だと思いもしなかったから「・・・もう勝手にしやがれ」と呟いたのだが、その所為で3日間に亘っての戦闘訓練が、アキトの為だけに実施されていたのだった。
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