第7章後半 コムラサキ星系へ

 ヒメシロ行政総合庁舎の最上階28階の窓から男は空を眺めている。空というよりは宙を眺めているというのが正解であるのだが・・・。その男は重力元素開発機構ヒメシロ支部の支部長の桜井だった。

 能面老師には脂禿げといわれ、風姫やアキトには暑苦しいデブと思われている男だが、行政官としては辣腕である。

 桜井の厚ぼったい唇から迸るツバと言葉で、縦割り意識の強いヒメシロ星系行政組織の長を説得し、”ヒメシロ行政緊急連絡会”を一晩にして組織させることに成功した。しかも、その押しの強さで、代表には自分自身が就任したのだった。

 表向きの設置理由は『ヒメシロ星系での災害や事故への対策をスムーズに打ち出すために、各所管の行政分野の垣根を越えた協力体制をトップダウンで指示できるようにするため』という良く分からない設置趣旨だった。

 しかし、本当の設置趣旨は単純明快だった。

 ルリタテハの踊る巨大爆薬庫対策・・・風姫とジンの引き起こしたヒメシロ星系でのトラブルを迅速かつ最低限の被害に抑え込み、如何に早くルリタテハ星系から出立してもらう。その為に行政組織一丸となって対応することである。

 その組織活動が、ひとまず実を結んだ。

 ついさっき、ヒメシロ行政緊急連絡会の一斉連絡で風姫たちを乗せたユキヒョウがルリタテハ軍専用スペースドッグを出港したとの報告を受けたからだ。

 連絡会を組織していなかったら、これほどスムーズに出港してもらうことは不可能だった。

 昨日のうちに連絡会代表指示で、シロカベン宇宙港の今日の定期便すべての出港をキャンセルさせ、不定期便の出港許可を取り消した。風姫たちと一般人を徹底的に隔離して、風姫たちの予定とタイミングでシャトルを出発させ、スペース港ドッグへも彼女たちのタイミングで入港してもらった。

 これは『一分一秒でも早く、ヒメシロ星系から離れて欲しい』という各行政長の思いを形にした結果だった。

 だが、連絡会の組織力が本当の意味で発揮されたのはシャトルの優先ではなく、風姫たちとグリーンユースとの揉め事でだった。

 ヒメシロランドの飲食店”ハンター”から警察に連絡が入り、衛星カメラの映像解析を即座に実行した。風姫とグリーンユースのメンバーの追走劇を連絡会は捉えていたのだった。

 シロカベンとヒメシロランドから警察のオリビーが緊急発進した。

 連絡会が組織されてから急ピッチで、リアルタイムで情報共有する仕組みが構築されていた。

『シロカベン高速道にて銃撃戦が開始された模様』

『レールガンとレーザービームが装備されているようです』

『銃撃戦だと! 惑星警察は何やってたんだ』

 惑星ヒメシロへの銃火器の持ち込みは禁止されている。トレジャーハンターとはいえ民間人が銃を不法所持していることは問題だった。銃撃戦までしているとは尚更である。その上、”ルリタテハの破壊魔”風姫を狙って銃撃している。

 これで、風姫がケガでもしたら、惑星警察局の局長以下全幹部が左遷が決まるだろう。

 普段偉そうに踏ん反り返っている局長椅子からずり落ちてなければ良いが、と桜井は意地の悪い想像を巡らせていた。

『オリビー1台が大破。保護対象ではありません』

『レスキューを向かわせろ』

 次から次へと大型ディスプレイに燦々たる惨状が映し出されていく。そして、報告している者たちの表情は引き攣っている。

『乗ってた奴らは全員逮捕して、留置場に突っ込んでおけ』

 惑星警察局局長が叫んでいる。

『保護対象ロスト。高速道から外れました。シロカベン荒野を走行中と推定』

『使える衛星はないのか?』

『シロカベン荒野ではありません・・・』

 この時、ルリタテハ軍アカタテハ星域ヒメシロ星系方面部隊への出動要請をするかどうか、ヒメシロ行政緊急連絡会のメンバーで真剣に議論された。

 しかし出動要請したとしても、惑星ヒメシロに一番近い部隊は惑星ヒメシロの衛星軌道上に配備されている。どんなに急いでも、現地まで1時間はかかる。

 2転3転の末結局、警察と消防を増員してシロカベン荒野に派遣することに決まった時点で、風姫たちが森林公園に現れたのを衛星カメラと森林公園の監視カメラが捉えた。

 映画を見ているようなスリリングな映像が森林公園の監視カメラを通じて、次々にディスプレイへと映し出された。

 いつも偉そうにしている惑星警察局局長の赤ら顔から血の気が引き、蒼白くなっていった。桜井としては、それは非常に愉快な光景だった。

 クライマックスは、最後の峡谷での戦闘である。

 ルリタテハの破壊魔とも呼ばれている風姫の本領が発揮されていて、見る者にその名の由来を完璧に理解させるものだった。

 竜巻を意図的に発生させグリーンユースを全滅させた姿から、風の妖精姫などという優雅な二つ名は虚像であるとしか思えないだろう。

 グリーンユースの全滅で終了した追走劇だったが、これで終わりではなかった。ヒメシロ行政緊急連絡会の仕事は、これからだった。

 追走劇に参加していたグリーンユースのメンバーを全員逮捕し、警察による現場検証を実施もせず、工事業者に原状復帰を発注する。森林公園管理事務所は、森林公園の休園を発表したのだった。

『局長、彼女の身柄はいかがいたしましょうか?』

『彼女の身柄とは?』

『この騒動は、両者の争いに端を発しています。彼女を逮捕せずグリーンユースのメンバーだけを逮捕するのは、公正さに欠けると小官は愚行する次第です』

『バカか貴様は? グリーンユースの逮捕は違法兵器の不法所持だ。騒動など起こっていない。よく状況をみて、分を弁えろ』

『しかし・・・』

『貴様は今より自宅待機だ。良いというまで局に出てくるな。分かったな。もう下がれ』

 惑星警察局には骨はあるが、頭の固いバカがいるようだ。

 それにしても、惑星警察局局長は部下を統制できていない上、この連絡会の目的も理解していない者を出席させていた。その2点で、彼の株は下がりまくりだった。

 その後の会議で、事件のすべての痕跡を消し去り、何事もなかったかのようにする。それが連絡会での意志決定となった。つまり、風姫たちには一切手を出さないということである。

 その余波で、警察はアキトを保護せず、シロカベン市街まで歩く羽目になったのだ。警察に事情聴取されるよりはマシだろうから、アキトにとって悪くない決定である言えなくもない。

 ノックと共に、白髪まじりの頭をした桜井の秘書が支部長室に入ってくる。

「桜井支部長、そろそろ連絡会の会議の時間です。お迎えにあがりました」

 一部の隙もない慇懃な態度で桜井を促した秘書は、昨日アキトをここまで、案内した男であった。

 特にこれといった特徴のない男だが、態度と同様仕事も隙がなく丁寧である。彼の主な仕事は桜井のスケジュール管理ではなく、各種事前交渉であった。ヒメシロ行政緊急連絡会の影の功労者でもある。

「ジン様の人柄について分析できたか?」

「はい、完了しました。端的に申しますと、追従は厳禁のようです。簡潔な説明と客観的な報告を好み、過度な修飾は不興を買うことになります」

「人事はどうだった?」

「目に留まった人物には、権限とチャンスを与えて仕事をさせ、能力を計るようです。公的な人事権はもっていないようですが、できる者は抜擢人事をされていますので、人事への影響力があるようです」

「ふむ・・・。」

 桜井は、しばし思考の渦に沈み込んだ。

 ワシは55歳となった。

 ルリタテハ王国の王都ヒメアカタテハで重力元素管理機構の官僚となり、40代で幾つかの星系をまわり、5年前に重力元素開発機構の支部長として惑星ヒメシロに赴任した。

 ジン様はヒメシロ星系に最低1回は立寄るはず。ヒメシロ行政緊急連絡会の代表としてジン様に評価をいただき、チャンスをもらえないだろうか?

 チャンスをもらったとして、この歳でルリタテハ王国の中央へと戻り、政争渦巻く王都ヒメアカタテハで出世が可能だろうか?

 ヒメシロ行政緊急連絡会を足掛かりに再び出世の道を目指すか?

 それともヒメシロ星系で今の地位を守り、政略とは縁の遠い世界で平和に過ごすか?

 桜井は岐路に立たされていて、選択しなければ他人の決定に流されてゆくだけだった。

「ところで、ヒメシロ行政緊急連絡会。貴様はどう思うか?」

「些か、ネーミングに捻りがないようで」

「ほう、どういう名称になれば良いかな?」

「ヒメシロ行政連携会議でいかがでしょうか?」

「捻りが、何処にも入っていないようだが?」

「恒久会議体にするのであれば、分かり易いネーミングにせざるを得ないかと」

 相変わらず真面目な顔で人を惑わせる発言をしておきながら、適切なポイントを捉えた意見を具申する余人をもって代えがたい秘書だった。

 この秘書のおかげで、何度も精神的な立ち直り、頭の切り替えができた。

「そうだな。それで、ヒメシロに貴様は残るか? それともワシについてくるか?」

「ご随意に」

 ヒメシロで得た有能な秘書がともに歩んでくれるのであれば、再び中央に返り咲き、優秀なエリート官僚と渡りあえる。

 桜井は窓へと一歩踏み出した。そして、窓の外の遥か彼方にある中央へと往くのを決意した。

「では、往くか・・・。中央へと、な」

 厚ぼったい唇からは決意が漏れだし、窓からの陽射しが脂禿げに反射する。反射光は部屋の隅を照らし出したが、そこに人がいなかったのは幸いであった。

 桜井が部屋の外へと歩きだし、秘書は静かに付き従った。


 風姫とアキトは就寝している時間だが、眠る必要のないジンと彩香はスターライトルームにいた。

 ソファに座り宙を眺めているジンからは威厳が満ち溢れ、いつもと異なる雰囲気を醸し出している。

「アキト君は新開家の次男です」

 傍らに立つ彩香の口調が、自然と改まったものになっていた。

「ほう、どこぞの馬の骨とも分からぬ、という訳ではなかったのだな」

「だからといって、近づきすぎには気をつけよ、ということですね」

「それは構わん。もともと我なぞも、どこぞの馬の骨とも分からぬものだったからな」

「僭越ながら、口を出させていただきます」

「なにか?」

「ジン様が自らを、どこぞの馬の骨とも分からぬものなどど仰らぬようお願いいたします。他者の耳に入ったならば、ルリタテハ全土へ影響を及ぼしかねません。御身の他への影響を充分に考慮してくだ・・・」

 彩香に最後まで台詞を言わせず、ジンが口を挟む。

「知らなかったな。汝は風姫のお目付け役だけでなく、我のお目付け役でもあったのか」

「ジン様!」

「冗談だ。気をつけよう」

「それで、構わないとの真意をご教示いただけませんでしょうか?」

「我は、アキトが風姫と交際しても一向に構わんと考えている。風姫が望むならばな」

「風姫様はまだ15歳です!! それに、お立場もあれば・・・」

「構わんだろう。それにだな、交際するとなると様々な障害が待ち受けるだろう。その障害を乗り越えるだけの器量がアキトにあれば良いだけだ。それより、久しぶりに鍛えがいのある若者、いや少年だな。自ら我の訓練を受けたいというのだ。愉しいではないか。超短期集中特別訓練メニューを考えよう」

 彩香はシャトルでの一連の会話を思い浮かべ、アキトはジンの特訓を受けたいなどと言ってないことを確認した。

 それは指摘しなくとも、ジンは知っていて言っているだろう。

 確信犯ということだ。

 それに指摘したところで、アキトを特訓するという考えは変えないだろう。すでにアキトが特訓を受けることはジンの中で既定事実になっていて、どんな手段をとってもアキトに特訓を受けさせるはずだ。

 なにせ、我が道を往くの『Going my way』をもじって『強引がマイウェイ』が幾つかある通り名の1つであるジンだ。

 しかしアキトは、誰からも同情を集められないだろう。それは、ジンを知る多くの者たちが、彼の特訓を受けたいと熱望しているからだ。

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