第7章前半 コムラサキ星系へ

「ムリだぜ! トレジャーハンティングするっていう前提での契約なんだ。ライコウがついていけない作戦計画なんて却下だ!!」

 アキトはシャトルのブリーフィングルームの机を叩き、声を張り上げて反対した。

 質問は最後だ! 最後まで聞けと言われ、”作戦計画”とやらを我慢して全部聞いた。

 ジンのスムーズな作戦計画の説明には、つけ入る隙がなかったというのもある。その鬱憤が爆発した側面は否定しない。

 だが、なぜだ? ジンはブリーフィング慣れしているような気がする・・・。ここは軍隊か? と小一時間ほど問い詰めたい。

 しかし問題の本質はそこだけじゃない。壁一面の大型ディスプレイに表示された最初のページに”作戦計画書(簡易版)”とあることだ。

 簡易版ってなんだ?

 何を隠しているんだ?

 イヤな予感がするぜ。まったくもって危険なニオイだらけの作戦計画だ。

 そもそもトレジャーハンティングなのに作戦って名前をつけるか?

 通常なら、ハンティング計画だぜ

「それにワープ航路の選択が雑すぎだぜ。往きに燃料を使いすぎて、水の補給ができねー。そうなると、最悪帰れなくなるぜ」

 そう、オレはライコウの性能をダシにして、計画自体を破棄させたかった。

 危険なニオイは嫌いじゃない。トラブルも避ける気はあまりない。

 だが、コイツらは危険そのものだ・・・絶対に、危険とトラブルがセットで襲い掛かってくるに決まってる。

「うむ・・・。では、ユキヒョウへの乗船を許可してやろう。ユキヒョウで共に往けば良い」

「トレジャーハンティングするには、GE計測分析機器が必要なんだぜ。GE計測分析機器は、重力元素開発機構からトレジャーハンターだけが借りられるんだ。ユキヒョウにGE計測分析機器が搭載されてねーだんろ。そうすっと、オレのライコウがコムラサキ星系まで行かなきゃならねー。ライコウは普通の恒星間宇宙船だ。恒星間高速宇宙船や宇宙戦艦のようにトリプルワープエンジンとか積んでねーから、20光年ワープしたら1日そこで停泊する。それで、ユキヒョウはどうなんだ?」

「トリプルワープエンジンだ。それと1度のワープで25光年まで可能だな」

 なんだって? ユキヒョウの全長は300メートルちょっとだと聞いている。その恒星間宇宙船に大きなスペースが必要になるワープエンジンを3基も積んでいるとは・・・。

 しかも1度のワープで25光年・・・。

 なんて性能だ。最新式の宇宙船でも22光年だったはず・・・。

 唖然としているアキトに、追い打ちをかけるかのようにジンがユキヒョウの性能を説明する。

「それとだ。ユキヒョウのワープエンジンは、再ワープまで10時間のアイドル時間で大丈夫だな」

 コイツらのバックはどこだ?

 人が扱う武装のスペックが次世代のもので、ユキヒョウのスペックも次世代、当然ユキヒョウ搭載のマシンのスペックも次世代のものと想像できる。ちょっとした金持ちとかでは説明できるレベルじゃない・・・。

「うむ。しかし、汝の宇宙船の力不足ゆえならば仕方あるまい。ワープ航路の再考を認よう」

 ワープ航路の選択が雑になる訳だ。航路図にあるルートなら、どれを選んでも問題ない。

「ああ、ありがとうよ。そっちのユキヒョウの性能はどうだか知んねーけど、ライコウには厳しいんだぜ。・・・残念ながらよ」

 ホントは、全く、少しも、些かも、僅かも、露ほども残念じゃない。

「我に、汝の代替案を8時までに提出すること」

「あとよ。惑星コムラサキでの拠点確保は分かるけど、偵察衛星とか最終警備ラインの決定とか、なんだ? この契約はトレジャーハンティングだぜ。そうだよな?」

 嘆息しながらもアキトは、作戦計画への反対意見を続けた。

「そうだ。汝が何を問題視しているのか、我には分からぬな」

 この危険極まりないジンの作戦計画に対してアキトは猛烈に反対意見を表明する。

「偵察衛星の配置とか、最終警備ラインの決定とか、コムラサキ星系に前線基地でも建設するってーのか?」

「コムラサキ星系で、複数のトレジャーハンティングユニットが行方不明となっている。それへの備えとして、当然の処置だな」

 思わずアキトは声を荒げる。

「ちょっと待った! 前提がおかしいぜ。そんなとこ行くのが間違ってんだろ」

「いまさら、みっともないわね。もうコムラサキ星系に行くと契約してるわ。それを前提として作戦計画を精査してくれないかしら?」

「さきほど議論して結論がでた話です。決まったことを愚痴愚痴言うのはトレジャーハンターとしてどうなのですか。それにです。ジン様から直接ご指導いただける幸運を、アナタは噛みしめるべきなのです」

 女性2人からの人格攻撃が、地味にアキトの心を抉った。


 場所をブリーフィングルームに移す前。

 ジンから人が扱う武器について説明があった。その常識外れに高い武器のスペックに開いた口が塞がらなかった。

 その時から、もの凄くイヤな予感はしてた。

 それに風姫が使用していた武器はとんでもないものであって、今までのオレの常識の埒外に在った。どんだけ威力があるのか推測すらできねーぜ。

 アキトが推測できないのも当然である。

 その武器の理論は研究者たちには最先端であって、技術者たちには今後、徐々に知られていくだろう。そして実用化にされ、一般人に知れ渡るようになるには、20年以上先と推定されている。

 驚愕したアキトは、大声で唸るように台詞に吐く。

「幽黒レーザー?? なんだぁ、それ!」

 ジンが理論、技術の解説全般を懇切丁寧に、しかし偉そうな口調で説明してくれた。地頭は良いと自負していたが、理解が追い付かなかった。

 そもそも宇宙には、原子等の通常の物質は5%だけで、ダークマターが約25%、ダークエナジーが約70%存在する。

 ここまでは知ってる。

 ダークマターとダークエナジーは電磁波、平たく言うと光だが、光が反射などの干渉をしないので観測が難しい。しかし、重力波に干渉するので、重力波を測定すれば、ダークマターとダークエナジーを分析することが可能である。

 これは理解できる。

 重力波を測定するには、重力を操る技術があれば実現できる。そう、重力元素を精錬して製錬した合金鋼『オリハルコン』を活用すれば可能となる。

 一般にオリハルコンとは重力元素を含んだ合金鋼をいうが、ワープ用のオリハルコン、重力測定用オリハルコン、重力発生オリハルコンを多種多様である。そして暗黒レーザーは、ワープ用オリハルコンのエナジー活用版である。

 ジンの言葉は、頭に入ってきている。

 ワープ用オリハルコンは超重力と超エナジーを発生させワープを可能にする。

 しかし、実は重力元素とは存在していないと説明された。

 ここで前提が狂い、理解が追い付かなくなってきた。

 通常物質以上に様々な元素がダークマターには存在し、通常物質との合成された物質の一部が重力元素である。オリハルコンは精神感応物質で、重力を操る元素はミスリルと名付けられている。

 オリハルコンを通してミスリルを使って重力を操れたからであり、オリハルコンとミスリル、通常物質が含まれ精製された合金を、通称”重力元素”と呼ぶらしい。

 ただ、世の中で重力元素といえば、オリハルコンと呼ばれ定着している。正式には重力を発生させるのはミスリルである。

 もう自分の中の常識が崩れ去り、何が何やら・・・。

 オレは理解を諦め、ただ脳にインプットをするだけにしていた。

 そして漸く武器の説明に入る。

 ダークエナジーは大抵、引力とは正反対の力”斥力”を発生する。これはダークマター以上に謎に満ちていて、研究が進んでいないらしい。しかし試行錯誤の上、利用方法を確立していた。それが風姫の暗黒レーザーだった。

 その武器の名は『幽黒』という。

 オレは心の底から、ふざけるなと言いたかった。全然説明になっていないじゃないか、と。

 元々幽黒はダークレーザーか暗黒レーザーという呼び方をしていたが、簡単に武器と推測されるし、ダークや暗黒の語感は悪い、という理由で却下され、幽黒に落ち着いたということだった。

 この情報はホントどうでも良かった。だけど、真剣に聞いていないと躊躇せずジンが手刀をオレの頭に落とすので、痛みと共に記憶に残った。

 それにしても反抗できない威厳のようなものを漂わせているので、ジンは先生というより教官というに相応しかった。

 そして幽黒は風姫だけでなく、ジンや彩香も使っていて予備もあるそうだが、オレには貸せないとのことだった。正確にいうと、貸しても無駄だかららしい・・・。

 風姫たちのルーラーリング自体が特殊で、普通のでは取り付けても飾りか籠手としての用しかなさないからだという。

 その代わり、幽黒の初期バージョン・・・銃型のものを借りれることになった。欠点は2つで、惑星都市に持ち込めないのと、反応速度が落ちることらしい。

 オレとしては初期型で充分だった。

 護身用として惑星都市に持ち込むことなどしないし、ルーラーリングからの反応速度と比較すると遅いが、通常のレーザー銃と同じようにトリガーを引くだけでなので気にするほどではない。

 ”風”は風姫のオリジナルで、風姫にしか使えないという。原理ぐらい教えろと要求したが、すげなく断られた。

「女は少しぐらい秘密があった方が魅力的と聞いたわ。それに私の秘密を知ると、人生引き返せなくなるわ」

 いくら美少女とはいえ、人生の進む道を決められては堪らない。聞かないでおこう。

 ただ、風の威力と発動条件だけは教えてもらえた。

「カマイタチの威力は肉を切り刻むぐらいで、骨まではムリのようね。トラック型オリビーぐらいだったら吹き飛ばせるわ。それと、このルーラーリングつけていれば発動できるわ。たとえ両手両足を縛られていても・・・」

 笑ってしまうぐらい人間離れしていて、ルリタテハの破壊魔は、呆れるくらい強いことを思い知らされた。

 昨日、彩香が妖精姫を助けなかったのも納得できる。彼女は、いつでもグリーンユースを全滅させられたからだ。グリーンユースにとって幸いだったのは、ルリタテハの破壊魔を本気にするほど追い詰めきれなかったことだろう。

 追い詰めていたら、彼らは確実に死後の世界を目にしたはずだ。


「それでは作戦計画に汝の訓練計画も盛り込んでおく、コムラサキ星系に到着するまでに休憩なぞ取れると思うな。汝のライコウだと大体、コムラサキ星系まで2日で到着となろう。1日目はシミュレーターで、2日目は実機での訓練とする。実機では風姫の相手ぐらいできるレベルにはなって貰おう。そのぐらいは期待して良いだろうな、アキト。汝は重力元素開発機構の歴史の中で、初めて実技テストでパーフェクトをだし、トレジャーハンターライセンス取得した偉才だとの触れ込みだからな」

「ジン。いくらアキトが偉才でも、私が1、2日で負けるなんてあり得ないわ。それにアキトには覚悟がたりないから、尚更あり得ないわ」

 マシンの武器についての説明はまだだった。

「そうですね。昨日の戦闘を拝見した限りでは、お嬢様の敵ではありませんね」

「大丈夫だ。我がアキトを2日間で立派な戦士にしてやろう」

「ジン様、些か疑念を感じずには、いられません」

「ジンの力を疑う訳じゃないけど、果たして可能かしら?」

 次から次へと出てくる自分に対する否定的な意見に、アキトは反対する気力をゴッソリと持っていかれた。

「汝ら、それは疑っているということではないかな。アキトに才能がなくとも我がいる」

 アキトは「勝手にしろ」と吐き捨てて、3人の気の済むまで放っておき考える。

 風姫は何者だろうか? オリハルコンロードでの貴賓車両、宇宙港での貴賓室、桜井支部長の態度を鑑みると、どっかの財閥のお嬢様とかではなさそうだ。血縁に公的でかつ高位な身分をもった人物がいる、ということだろうか?

 それと、ジンと彩香はどうか?

 ただの使用人とは思えない。

 その3人の本人を目の前にした批評がようやく終わり、結論がでたようだ。

「我が汝を預かることになった。しっかり精進せよ」

 ジンの重々しい宣告に、アキトは嘆息しながら呟いた。

「・・・もう勝手にしやがれ」

 ジンは鷹揚に頷くと、左腕のルーラーリングに手のひら大の無線装置を接続した。

 ブリーフィングルームの中央に、半透明の3次元映像が表示された。それは惑星ヒメシロを中心としたスペースステーションやスペースドッグ、衛星とその軌跡が描かれていた。

「ユキヒョウは、このスペースドッグにある」

 ジンがそう言うと、一つのスペースドッグが赤くなり、その近くの空いている空間にスペースドッグの映像が大写しになった。

「到着予定が19:30だ」

 芸の細かいことに、3次元映像でシャトルの航路を緑色で描き、スペースドッグに入港するシーンを再現している。そして、入港した瞬間に19:30と時刻を表示させた。

 時刻の下に小さな文字が、なぜか気になった。ルリタテハ標準時刻との文字が・・・。

 惑星ヒメシロのシロカベンでは現在時刻は15:00だが、ルリタテハ標準時とは3時間半の時差がある。ルリタテハ標準時に直すと18:30になる。

「ジン、そこの時刻間違ってんぜ。ルリタテハ標準時刻で表示させるなら23:00だ」

 ニヤリと笑ったアキトに、3人は何を言われたのか分からないとの表情を浮かべていた。

 小さな間違いだが、時刻の間違いというのは大事故につながりかねない。少し得意になってアキトは再度、指摘した。

「今ルリタテハ標準時18:30だから、ドッグに着くのは23:00じゃねーか? 今すぐ出発したって、あと1時間じゃ着かねーぜ」

 3人はようやく理解したようだった。風姫は可笑しそうに微笑み、彩香はやれやれと吐息を漏らし、ジンは出来の悪い生徒を見る眼つきをアキトに向け簡潔に説明した。

「我らのシャトルの現在位置は、そこの緑の場所だ。現在の等速航行の約30分後に減速航行に切り替える。30分後にはスペースドッグ内に等速ゼロで完全停止予定だ」

 ジンの示した緑の位置は、すでに惑星ヒメシロの衛星軌道上を指していた。

 そのことが、アキトにはまったく理解できていなかった

「とっくに成層圏を突破していますよ」

 彩香の言葉は理解できたが、意味の理解に手間取った。

 アキトは咄嗟に思いついた反論を試みる。

「揺れなかったぜ」

「当たり前だわ」

 取り付く島もない風姫の台詞にイラつきながらも再質問すると、彩香がこれまた素っ気ない口調で説明する。

「このシャトルは核融合エンジンで航行しているのではく、オリハルコンの重力制御で上昇しているのですよ。そしてシャトルの部屋も重力制御システムで、揺れやGの変化を抑えています」

 どんだけのオリハルコン・・・いやミスリルを使用しているのか・・・。それに、どんだけ金をかけているんだと、アキトは続ける言葉を失う。

 マシンに装備されている武装の説明はこれからだが、アキトは驚く準備だけはしておくことにした。

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