第6章後半 ルリタテハの破壊魔

 彩香を睨んだあと風姫に視線をやると、風姫は彩香と微笑みあい、腹の立つ感想を口にする。

「冗談のセンスがないのかしら?」

 そう言うと、風姫は優雅にソファーへと腰を下ろし、煌めく金髪をかきあげソファーの背もたれの後ろへと流した。ジンと彩香もソファーに座ったので、アキトも座る。

 ヤツらは一応雇い主だ。しかも破格の報酬を支払ってくれる。大人になれ。

 アキトは自分に言い聞かせる。

 眉を顰めたアキトは落ち着くためにティーカップへと手を伸ばし、紅茶を一口啜る。紅茶の良い香りのおかげで、少しだけ心と眉の形を落ち着けることに成功した。

 3人の自己紹介を回想しながら、アキトは風姫に向かって疑問を口にした。

「そういや、アンタに苗字はないのか?」

「あなたも名乗ってないわ」

「アンタはオレの雇い主だ。知ってんだろ」

「知っているわ」

 言葉に詰まる。切り返しを考えたが、すぐには言葉が思い浮かばない。

「それより、2つ質問があるんだが?」

 仕方なく、アキトは話題の変更を選択したのだった。

「いきなりなのね・・・。まあ、いいわ。何かしら?」

「峡谷でグリーンユースの奴らを吹き飛ばしたあれは何だ?」

「風だわ」

「風だな」

「風ですよ」

 風姫、ジン、彩香は、蔑むような平坦な声で答えた。

「テメーら2人は見てねーだろ」

「だが、風だ」

「そう、風です」

「・・・。あー、もういいや。じゃー、何か? 風姫は風を操れるとでも?」

「もう呼び捨てで呼ばれるとはね・・・まあ、いいわ」

 風姫は澄まし顔で彩香に視線を送った。

 彩香は頷いてから話す。

「お嬢様には、風の妖精姫という2つ名があります」

「なんで、自分で言わねーんだ?」

「いくら私が妖精のように可憐で美しいからといっても、自分で妖精姫というのは、流石に面映ゆいわ」

 口許に手を添え、恥ずかしげに俯く風姫には”抱きしめたい”、”守りたい”と無条件に抱かせる愛おしさがあった。

 しかし、もう騙されない。

 事実とはいえ、自分で自分を可憐とか美しいと宣い。破壊神のように容赦ない攻撃を加えるような女に気を許してはいけない。

「言ってんじゃねーか!」

 とりあえずアキトは突っ込むんだ。

「そうね」

 風姫の微笑に魅了されるが、アキトは気を引き締め直す。すると記憶の奥が刺激された。学生時代に聞いた噂話がある。

「お、お前。もしかして、ルリタテハ出身か?」

「そうよ。何かしら?」

「まさか・・・。ルリタテハの破壊魔!?」

「しっ、失礼だわ。何よ、破壊魔って。何なのよ、まったくもー。・・・雇い主に向かって失礼すぎるわ」

 色々と心当たりのありそうな顔をしている。

 しかし、風姫がルリタテハの破壊魔だと、昨日の出来事がすんなりと納得がいく。

 ルリタテハの破壊魔・・・。

 ここ数年、ルリタテハ星系の大事件には、陰で必ず絡んでいると噂されている。

 風を操る美少女ということで、学生の間で関心を呼んでいた。

 しかし、ニュース等でルリタテハの破壊魔が絡んでいるという情報が発信されたことはなく、都市伝説のような扱いだった。

 語られる伝説は色々あるが”オリハルコン技術の密輸出事件”、”自由主義団体による王家排斥騒動”、”アース教団人質事件での人質救出と教団解体”の3点が取り上げられる。

 そして、その伝説に共通しているのが、金髪碧眼の美少女が風に舞い、犯人を切り裂き吹き飛ばす。建物や施設、乗り物は原型を留めないほど破壊しつくし、警察の現場検証が常に難航する。だが、その少女に捜査の手が伸びることはないという。

 その少女が目の前にいるのか・・・?

 アキトは念のため確認してみる。

「破壊魔は否定しねーんだ?」

「全力で否定するわ!」

 風姫は即座に否定して、アキトから顔を叛けて、彩香に助けを求めた。

「彩香、アキトに言ってやってくれないかしら」

「お嬢様の所業は、幼いころからすべて存じています」

「どういう意味かしら?」

 風姫の蒼く輝く双眸が不安に揺れ動いている。

「ルリタテハの破壊魔では、まだ可愛すぎるかと思われます」

 ジンが風姫を擁護するため口を挟む。

「彩香。風姫が自らトラブルを引き起こしてるわけではない。少し発言には気遣いをしてやるがよい」

 ため息を吐いてから、彩香は真剣な口調で諭すように話し始める。

「ジン様はお嬢様に甘すぎます。いいですか、お嬢様は自ら積極的にトラブルを起こしていないとはいえ、トラブルを拾ってきます」

「トラブルは捨て猫じゃねーぜ」

 呆れてアキト呟くが、彩香はそれを無視して淡々と続ける。

「お嬢様はトラブルテイカーという異名まであるんですよ。それに、ジン様はトラブルインクリーザーと呼ばれています。いいですか、2人揃うとルリタテハの踊る巨大爆薬庫とまで云われているのです。ルリタテハで、如何にお2人をトラブルから引き離すために周囲が努力していたか・・・。お2人には自覚が足りなすぎているようです。少しは周囲の迷惑をお考えください」

「踊ってなんかないわ」

 的外れな風姫の反論に対して、ジンが重々しく、まとめの台詞を口にした。

「うむ。どうやら風姫には、反省が必要なようだな」

「ジン様!」

 彩香の厳しい口調に、ジンが苦虫を噛み潰したような顔で黙り、風姫が素直に反省の弁を述べている。

 彩香のお説教と風姫の反省の弁・・・というより言い訳が、ひと段落したので、風姫の2つ名についてアキトは尋ねる。

「それで、風の妖精姫は、どうやって風を操っているんだ?」

「こうかしら?」

 風姫は右手人差し指を立てて、クルッと廻した。

 風は吹かなかった。

 答える気がないというのが、ありありと分かる動作だ。

「2つ目の質問いいか?」

「構わないわ」

「コムラサキ星系でトレジャーハンティングする目的はなんだ? ホントは、トレジャーハンティングの見学がしたいってんじゃねーんだろ」

「見学だわ」

「見学だな」

「見学ですよ」

「アンタら2人は、風姫じゃねーぜ」

「だが、見学だ」

「そう、見学です」

「・・・。あーっと、何かー? 風姫はトレジャーハンティングに興味があるだけだ、とでもいうのか?」

「まあ、そうかしら? 興味があるということだわ」

「そういうことにしたい訳だ、と・・・。念のために忠告しておくが、コムラサキ星系で複数のトレジャーハンターが行方不明になっているぜ。見学ならミヤマセセリ星系がお薦めだ」

 風姫が澄みとおった碧眼を彩香に向ける。

 その視線に応えるように彩香の艶やかな唇が動く。

「ミヤマセセリ星系は、近くて安全安心の初心者向けハンティングスポットですよ」

「却下だわ」

「なんでだ?」

「楽しそうでないから」

「コムラサキ星系は面白いとでも?」

「面白いわ」

「根拠はなんだ?」

「勘だわ」

「行先変更の検討余地はねーのか?」

「ないわ。契約にもコムラサキ星系で4週間となっているわ」

 柔らかい口調で微笑を浮かべながらも、一歩として譲歩する気配がない。

 オレは止むを得なくトラブルの関係者になることがあるが、風の妖精姫はトラブルを忌避していない。回避しようという意志もないようだ。

 ・・・というよりも、トラブルに積極的にかかわりたがっている?

 アキトは諦観気味に契約内容を認める。

「ああ、そうなってんな」

 契約前なら断る仕事だった。能面老師とゴウからのアドバイスが頭の中を駆け巡っているが、すでに契約を交わしてしまっている。

 アキトは覚悟を決める。

 自分のサバイバル能力を信じて・・・。

 だが、契約前なら本当に断っただろうか?

 風姫たちの目的が何か知りたいとの好奇心から受けてしまったかもしれない。

 いや正直な気持ち、自分は風の妖精姫と一緒にトレジャーハンティングをしてみたいと考えてしまっている。

 トレジャーハンティングという仕事は死を呼び寄せる。”ルリタテハの破壊魔”と一緒にトレジャーハンティングするという決断は、トラブルを引き受けると同義だろう。

「ジンさんと彩香さんの立場は何だ?」

「お目付け役だな」

「お目付け役ですよ」

 サバイバルには自信があるとはいえ、これから2週間一緒にやっていくには、確認しておかなければならないことがある。

 コムラサキ星系を訪れるのは命がけとなる。ならば優先順位を決めなければならない。そう、命の優先順位を!

「テメーら3人に、命の優先順位はあんのか?」

 ジンは眼を見開き「ほう」と感嘆した。

「わたくしは、お嬢様とジン様のお目付け役を仰せつかっています。ゆえに、お嬢様とジン様より、当然優先順位は低くなります」

「我も風姫のお目付け役だ。風姫の命を最優先にすればよい。それに長く生きすぎたしな」

「風姫もそれでいいんだな?」

 風姫は形のいい顎に指を添え、少しだけ考えてからアキトに返答する。

「そうねぇ。私は死にたくないし、まだ死んではいけないようだしね。守ってもらえるかしら?」

「ああ、いいぜ。守ってやる」

 アキトは一呼吸してタイミングを計り、身を風姫の方へと乗り出してから風の妖精姫の碧眼と視線を交錯させ、話に引き込むようにしてから言葉を続けた。

「ただ、それには信頼関係が必要だぜ。そうだよな?」

「そう・・・ね。何か要望があるのかしら?」

「最低限どんな武器があるか知らねーと、一緒には戦えねーぜ」

 風姫は口を噤み、彩香は眉を顰め、ジンは愉快だとでもいうように口角を吊り上げる。

 風姫と出会ってから初めて、アキトが主導権を得た瞬間だった。

「汝が望むのは、武器の種類だけで良いのだな」

 ジンが睨みを利かせてアキトに尋ねた。

 ジンの視線は物理的な圧力があるかのようにアキトを威圧するが、視線を逸らさず要求を口にする。

「数、種類、スペック、操作方法、使用時の制約事項といったところだ。そっちの武器は、色々秘密なんだろうけど、できる限り情報を開示してもらおうか。なんなら守秘契約に一筆書いてもいいぜ」

「操作方法まで確認したいということは、いざとなったら汝は、その武器を使用する意志があるのだな」

「当たり前だ。生き抜くために利用できるものは、すべて利用して最善を尽くす。オレは生き残るぜ」

「よかろう。ユキヒョウに搭載しているマシンの操作方法と、訓練の機会を授けよう」

 ユキヒョウ? マシン??

「ジン様、よろしいのですか?」

「我の一存で許可する。誰にも文句はいわせん」

 ジンは正面の座っている彩香に、キッパリと言い切った。

 なんか、拡大解釈されている気がするが・・・。

 ジンは右側に座っているアキトに向かって邪悪な笑みを浮かべた。少なくともアキトにはそう感じられた。

 本当は、愉快でしかたないとの単純な笑みなのだが、ジンの人生の重みと厚みが、そう魅せるのだろう。

「我らは、汝と信頼関係を築くとしよう」

 確実に拡大解釈されている。ヤバい・・・。だが、ここまで来たら引く訳にはいかない。

「ああ、信頼には信頼で応えるぜ」

 アキトは笑み浮かべ、言い放った。

 風姫たちの表情を見るに、イイ顔で笑えてないらしい。自分でも笑みが引き攣っていると判る。

 どうやらアキトが苦労して得た主導権は、1分とかからずジンたちに奪い返されたらしい。

 しかも、後戻りできないように引きずり込まれつつある気がする・・・。

「さあ、行きましょう、アキト。私たちと共にコムラサキ星系へ・・・。素敵な冒険が待ち構えているわ」

 風姫の宣言で、アキトに引き返す道はなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る