第6章前半 ルリタテハの破壊魔
部屋から出て行ったお宝屋3兄弟を見送り、アキトは自分の荷物が置いてある壁際までゆっくりと歩く。
「お風呂があるわよ」
アキトは壁に背をあずけ床に座り込んだ。ゴウとの対決は十分に満たない闘いだった。だが、異常に疲れていた。ゴウから発せられた威圧感が、アキトにプレッシャーと緊張を与えた結果だろう。
格技場の出入口近くにいる沙羅に訊く。
「3兄弟は?」
「それは・・・まず、お風呂にいるわね」
本当は横になりたがったが我慢する。
横になったら負けのような気がしたからだ。
それに沙羅のいる前で横になったりすると、絶対お宝屋3兄弟の耳に入る。
情報屋として売れる情報は、適正価格で、その情報を必要としている相手に売り捌くがモットーの喫茶店サラである。
ゴウとの闘いで疲弊し、グッタリしてたなんて知られたら、ヤバいことになる。
ゴウなら〈ふっはっはっはっはっはっはー。どうやら引き分けだったのだな。今からでも遅くはない。それっ! お宝屋で、レッツ、トレジャーハンティングだ!〉と口走り。
翔太は独特の押しの強さで〈そうそう、やっぱりアキトには僕たちのフォローが必要なんだよ! さあ、宝船で宇宙を駆け巡ろうじゃないか〉とでも言いながら物理的に背中を押して宝船に乗せようとするだろう。
千沙はオレの体の心配をしつつ〈大丈夫だった? まだ、痛いところあるの? ゴウにぃのこと、ごめんね〉などと気弱なセリフとは正反対の行動に出るに違いない。具体的には翔太に協力して、宝船へと引っ張り込もうとするに決まっている。
黒革のジャケットとカバンを手繰り寄せ、カバンの上に置いたルーラーリングを右腕、左腕、右脚、左脚と順番にルーラーリングをつける。ルーラーリングを身に着けるのに順番はないが、これはアキトのジンクスだった。この順番でつけるとマシンとの適合率が上がる気がするのだ。
「アキト君・・・」
ルーラーリングをつけ終えた時、沙羅が声をかけてきた。
「ちょっと待って」
アキトは、瞑想を始める。
身に着けるとルーラーリング自身が、すぐに調整を始める。調整時間は人によるが、平均15分ほどである。ただし、運動していたり、緊張していたりすると1時間以上かかることもある。
調整が完了しないとマシンとの適合率が低くすぎて、最悪操縦することができない。
「いいぜ、沙羅さん」
身に着けてからの1分ほどで、ルーラリングの調整が完了する。
これはアキトに与えられた天賦の才能だった。
「地下格技場の使用料の件なんだけどね。いいこと教えてやったんだから、勉強代だって、ゴウ君が言ってたんだよね。どうする? 別に、今度ゴウ君が店に来た際に請求してもいいわよ」
アキトは、しばし絶句した。
だが、このやり方はゴウらしく、しかもアキトのことを良く理解している。
勝手に借りていかれたなら、アキトの性格からして取り返しに行かざるを得ない。そして、こういうやり方は嫌いじゃない。
アキトは苦笑いを零し返事をする。
「わかった、払うぜ。少しだけ、勉強になったからな・・・。それと、質問いいか?」
「いいわよ」
「こんな地下室を持ってるなんて、喫茶店サラは一体なんなんだ?」
「秘密よ。ねっ」
「質問いいっていったよな?」
アキトは剣呑な雰囲気を漂わせ圧力をかけてみたが、沙羅のにこやかな営業スマイルにあっさり跳ね返るされる。
「答えるとは言ってないわね」
ため息を零しアキトは考える。
契約もそうだが、オレには人生経験がまだまだ少なく世の中がわかっていない。昨日と今日で色々思い知らされた。
ただ、今日はまだ半分しか消化していない。
アキトが思い知らされる本番は、これからだった。
シロカベン宇宙港でシャワーを浴び、シャトルの搭乗カウンターに行くと、中年の素朴で優しい感じの女性職員が伝言を取り次いでくれた。
一つ目の伝言は、その場ですぐに理解できた。
水龍カンパニーの無愛想な女性従業員が、昨日と同じ作業服姿でカウンター近くにいたからだ。
「なんだよ? オレに用か?」
グリーンユースとの戦闘で苦戦した原因の一端は彼女にある。水龍カンパニーとは良好な関係を維持していきたいと考えているが、どうしても不機嫌さが表情に出てしまう。
「謝罪にきた」
史帆は帽子をとり、頭を下げた。
「昨日はすまなかった。今日の納品では、制限モードを解除しておいた」
「カミカゼ水龍カスタムモデルか?」
アキトが素っ気なく訊いた。
「そうだ」
頭を下げたまま答える。
喋り方が無愛想で、ブルネットの艶やかな髪が史帆の横顔を隠しているため表情は見えない。しかし、謝罪の気持ちは伝わってきた。
一息つくと、アキトは気持ちを切り替え、サバサバした口調で言う。
「謝罪はもういいぜ。オレも確認しなかったんだからな。それで、どこにあるんだ?」
史帆は顔をあげ、答える。
「宇宙船ライコウに届くように手配してある。すでに届いているはず」
無表情ではないが、愛想がない彼女の顔を正面から眺めると、誰かに似ているような気がする。
「ライコウの存在を知ってるぐらいだから、名前も知ってるんだよな」
「知っている・・・トレジャーハンターのシンカイアキトさん」
「水龍カンパニーのヒメシロ支店には、良く顔を出す。これから、よろしくな」
右手を出したアキトに、黙って頷く史帆。
仕方なく手を戻し、名前を尋ねる。
「速水史帆」
昨日会ったとき誰かに似ていると思ったが、そう彼女には速水のオヤッさんに面影がある。
心の中で邪悪な笑顔をするアキト。普段は散々説教をくらい、勉強料だと我慢していたが、言い返すネタが出来た。
今度説教されたら〈孫の教育が先じゃないのか〉と言い返そう。
その口が更なる説教をもたらすことを推察できていない。その時にはアキトの人生経験の少なさが、また露呈することになるのだ。
女性職員の2つ目の伝言に従って、アキトはシロカベン宇宙港の指定された部屋に出向いた。
体育館ほどの広さがある豪華なスペースで、調度品は一目で高級品とわかる。そこは、VIPルームの中でも最上位にあたる貴賓室だった。
カウンターで働いている以外の人は、アキトしか存在しない。
ソファーに腰を下ろすとカウンターからウェイトレスが、すぐに注文を取りに来る。
ここには客がオレ1人しかいないから当然なのだろうが・・・。
スペースアンダーにジャケット姿なんていう如何にもトレジャーハンター姿のオレに対してでも、丁寧な応対をする。流石は貴賓室のウェイトレスだ。
、普通はスペシャルフロアの乗客であるはずがない。
もう生涯利用することはないだろう。メニュー内にあるすべてが無料で提供されているのだから、この機会に高級なものを食しておくのもいいと考えた。
しかし、アキトはコーヒーを頼んだ。
慣れない雰囲気の部屋で落ち着かない。この緊張から脱するため、普段からの嗜好品を選んだのだ。これから金とコネを持っているが素性の怪しい依頼主と仕事の話をするのだ。緊張を解しておかないと冷静な判断ができない。
淹れたてのコーヒーの香りと味を楽しみ、ようやく人心地ついた。
高級なフロアに相応しい高級な味わい・・・なのだろうが、能面老師の淹れるスペシャルより味が落ちる。
戻ってきたら、また喫茶店サラにコーヒーを飲みに行こう。
喫茶店サラに行く本来の目的は情報収集なのだが、いつの間にかスペシャルの優先度が上がっていた。恐るべし能面老師・・・。
そんなことをつらつらと考えていると、宇宙港職員の制服を着た女性がやってきた。
「アキト様、準備が完了しました。こちらへどうぞ」
「・・・オレ?」
自分でも間抜けと思う表情で、素っ頓狂な声を出してしまった。そして、道すがら女性から説明を受けたアキトは愕然とした。
貴賓室が待ち合わせ場所になっていたことと、重力元素開発機構ヒメシロ支部の支部長からの仕事の斡旋ということもあって、定期シャトル便のファーストクラスでスペースステーションに往くとばかり思っていていた。
だが、そのアキトの想像を超えていた。
特別機の貸切シャトルが準備されているということだった。
特別機の客室乗務員によって案内されたシャトルの内部は、シャトルじゃなかった。完全に別物だった。具体的なイメージを提示すると宮殿だった。
絨毯敷きの広い室内の天井からはシャンデリアが下がっていて、デスクやクローゼット、食器棚、本棚、ソファーセットなどの調度品が設えてある。ソファーセットのテーブルは円卓で、ソファーは一人座り用4席が等間隔で配置されている。
「あら、アキト。遅かったわね」
妖精姫がソファーから座ったまま声をかけてきた。
円卓には4人分の磁器のティーセットが並べられていて、カップからは湯気が立ち昇っている。
空いているソファーに腰を降ろしながらアキトは答える。
「昨日の疲れが残ってたのさ。だが指定された時刻には遅れてないぜ」
深い意味はないが、今日ゴウと闘ったことは伏せておいた。
「トレジャーハンターは体力があると思っていたけど、違ったのかしら?」
アキトは正面の妖精姫を見据えながら嫌味を放つ。
「違わないぜ。昨日は、あの後に、購入したばかりのカミカゼが何故か動かなくなってさ。急にな。シロカベン市街まで7キロを深夜まで野駆け訓練したんだ」
「そう。それで、カミカゼ水龍カスタムモデル届いたかしら」
「ああ」
「それは良かったわ。それと、昨日は楽しかったわねー」
楽しかった? そこは普通、助かったわ、じゃないのか?
「テメーら何者だ?」
「あなたの雇い主だわ。知らなかったのかしら?」
アキトは驚きを隠せなかった。そして、妖精姫たちは呆れ果てている。
どうせ知らない相手だろうから、契約書はライコウに戻ってから、確認するつもりだった。それが、完全に裏目に出た。
「いいわ。どうせ自己紹介が必要でしょうから」
ソファーから立ち上がる妖精姫の姿は、美しさと気品、高貴のオーラを漂わせている。両手でドレスのスカートの裾をつまみあげ、彼女は腰を折り優雅に一礼して名を告げた。
「私は風姫。カゼのヒメって書いてフウキと読ませるわ」
妖精姫の名は、風姫。
身に纏っているドレスの鮮やかで上品さが風姫の可憐さに相まって、別の世界からやってきましたと姫ですと紹介されても、納得してしまいそうだ。
「オレはアキト。トレジャーハンターだ」
ただ心を落ち着けていたアキトは立ち上がり、彼らしい自然体で簡潔に自己紹介した。
残りの2人は、アキト以上に簡潔な自己紹介だった。
昨日は風姫に見惚れて、良く観察できなかった男と女に視線を走らせる。
「我は神隼人」
ジンハヤトという男は178センチのオレより少し高いぐらいで、細身だが均整の取れた体格をしている。仕立ての良い如何にも高級な濃紺生地に白の細い縦縞のスーツを着こなしている60歳ぐらい。髪はシルバーで鼻梁がすっきりと通っていて眼つきは鋭い。歩んできた人生の厳しさを顔に刻んでいた。
立っている姿勢に力みや不自然さがない。相当強いか? ただ単に立ち姿が綺麗なだけか? 昨日の風姫の容赦ない強さを知っているだけに、彼女に仕えている彼が、後者の訳はない。
「わたくしは甲斐彩香」
カイアヤカと名のった女は身長は風姫と同じぐらいで、スカイブルーを基調としたピッタリとしたパンツスーツを着ている。
風姫と違うのは、年齢差からくる色香というか、スタイルが違う。必要なところに必要な分の肉が、形良くついている。
大人の女性だった。
年齢は25歳ぐらいか? 黒髪で、長さは腰まであるストレートを無造作に流しているが、艶やかで良く手入れされているのが分かる。
彼女のグリーンの瞳が、こちらの内面を探るように光を放っている。
風姫と一緒だと目立たないが、1人で歩いていると男の目を引くに違いない。
「その声・・・。昨日オリビーを操縦していたのはアンタか?」
「そうよ」
「なんで助けなかった?」
「君を助ける義務も義理も気持ちもないからですよ」
冷静な口調で綾香は言った。
「彼女はどうなんだ。助けなくてよかったのか?」
妖精姫あらため、風姫を指さしてアキトは訊いた。
「お嬢様の安全は最優先事項です。昨日は比較的大人しめでしたので、安心して見物していられました」
澄まし顔で応えた彩香に向かって、アキトは怒鳴る。
「安全だったって? 冗談きついぜ」
「冗談は愉しいものですよ。余裕のない男は見苦しいものです。それと余裕があれば、もっと笑える冗談を言えるようになります」
彩香に、子供を諭すかのような口調であしらわれた。
二の句が継げなかった。
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