第3章前半 妖精姫

 先程まで、広大な工場内を作業服を着た大勢の従業員が、騒がしく、忙しく、駆けずり回っていた。それが今は、もぬけの殻である。

 いや、少女が1人佇んでいた。

 少女の名前は速水史帆。彼女は水龍カンパニーの従業員で、ここで働いている。

 ヴァイオレットの瞳に涙を滲ませ、史帆は被っていた作業帽を床に叩きつけた。帽子内で綺麗にまとめてあったブルネットの髪がほつれて、艶やかなセミロングがあらわになる。

 急きょ恒星間航行宇宙船ユキヒョウの整備前倒しが決まり、史帆を除く全従業員がスペースステーションのドッグに向かったからだ。

 義務教育を終え、水龍カンパニーに就職して2ヶ月しか経っていない史帆は、その作業から外されたのである。

 従業員入り口の金属ドアを激しく叩く音が聴こえた。

 無視していると次のドアが激しく叩かれた。

 工場の側面は、外からみてシャッターの右横にドアのある設計になっていた。シャッターは大中中小と3種類4つ存在する。

 予想通り、移動して次のドアを叩いている。

 史帆から離れる方へと移動しているから、最後まで無視しようと決心する。

 最後のあがきなのか、4つ目のドアが最も激しく、しつこく叩かれ、漸く音が止んだ。

 これで帰るだろうと安心していた。しかし見通しが甘かった。

 史帆の耳に3つ目のドアが叩かれる音が届いたのだった。

 コネクトを複合端末装置にセットして、監視カメラの映像をディスプレイに映す。そこには、走って2つ目のドアに向かう少年の姿があった。

 このままではエンドレスでドアを叩かれ兼ねない。仕方なく史帆は1つ目のドアにゆっくりと歩いていき、コネクトを翳して自動ドアを開けた。

 少年はアキトだった。

 アキトはドアの中に身体を滑り込ませ史帆を睨んだ。額からは汗が頬を伝い滴り落ちる。

「どういうことだ?」

 剣呑な口調で質問されたが、史帆にはアキトの意図が分からない

「なにが?」

「店が閉まってた」

「今日の営業は終わった」

「ふざけんな! オレは2時間前にカミカゼ水龍カスタムモデルを買って、今引き取りにきた。な・ん・で、店が閉まってる」

「営業終了したから」

「そんなこと聞いてねぇー」

「そうですか」

 史帆は早く会話を終了させたかった。

 アキトが「わかった」と言って工場から出ていくことを希望しているが、彼の表情から難しいと推測できた。

「終わらそうとすんな。早く、オレのカミカゼ水龍カスタムモデルをだせ」

 アキトの握りこんでいる拳が震えている。彼は怒りを抑えているようだが、史帆は少しも配慮せず事実を端的に述べた。

「本日の営業は終了」

「訊いてねー」

「告知していない」

 史帆はうんざりしてきた。自分の一存で、品物を引き渡すわけにはいかない。だから、こんな会話に意味はない。

 大体この男は、工場の作業員に文句を言ってどうにかなると考えているのだろうか?

「工場長を出せ」

 どうにかなると考えているようだ

「いない」

「いいから速水工場長と連絡を取れ。オレは今日引き取ると言って、2時間前にカミカゼ水龍カスタムモデルを注文して、金も振り込んだんだ。突然店を閉めたのはテメーらの都合で、オレの都合じゃねー。何とかしろ」

「店を閉めたのは、ウチの都合」

「そうだろ」

 満足気に頷くアキトに、史帆は冷徹に宣告する。

「だから、対応できないのもウチの都合」

 二人の間に不穏な空気が流れる。

「・・・速水工場長と連絡とれねーのか?」

「取れる」

 史帆は正直に堂々と、そして端的に答えた。

 その態度はアキトをイラつかせたようだが、怒鳴るような真似はせず要求してきた。

「・・・なら、連絡を取れ。いいか、そっちのミスなんだから、何とかリカバリーしろ。テメーがプロならな」

 史帆は仕方なく、コネクトを手にし自分の祖父でもあり、工場長でもある速水崇志に連絡を取ることにした。


「工場長、史帆ちゃんからですかい?」

「ああ、アキトがカミカゼ水龍カスタムモデルを引き取りに来たらしい」

 速水崇志が嘆息しつつ、隣に座っているピーターに答えた。

 水龍カンパニーの専用シャトルでスペースステーションに向かう途中である。乗員は2人だけでなく、史帆以外の水龍カンパニーヒメシロ支店の全従業員が乗り込んでいた。

「それで? 史帆ちゃんが対応する、と」

「そうさせた。史帆に足りないのは、技術力じゃなくコミュニケーション能力だから、ちょうど良い機会だと思ってな。ルーラーリングとの接続調整やら、マシンのチューニングやらは自分がベストと信じている設定をすればいいわけじゃねー。ユーザーの使い方にあわせて設定するもんだ。実際にユーザーと向き合っての設定は、良い勉強になる」

「あー史帆ちゃん。なんかしら、やらかしそうだけど・・・いいのかい工場長」

 ピーターの警告に、速水は白髪頭を掻き、肯定する。

「そうだな・・・いや、やらかした方がいいな。失敗しねーと反省しねーな。2,3回、史帆の天狗の鼻をへし折ってやらないとな。まあ、ちょうど良かった。これで少しは冷静になれるだろ」

「どうですかねー。自分1人だけ仲間外れにされたと思っているでしょうし、まずいことに腕はいい。そうだったなら俺だって、置いてかれたら納得できない。それに、本当の理由を知ったら、どうしてもついていきたくなるでしょうさね。そう、たとえ密航してでも・・・。もう俺なんか楽しみで仕方ねーんだから。オヤッさんだってそうでしょう?」

「まったくだ。これだから水龍カンパニーは辞められねーな」

「そうだ。今回の寄港中では間に合わねーかもしれないけど、申請はしといたのかい」

「申請はしたんだがな。審査結果に1ヶ月、承諾期間が1ヶ月。まあ、間に合わんだろうよ」

「審査結果がきた瞬間にOKしちゃえばいい。そうすれば帰りの整備に間に合うかもしれない」

「ピーター、オメーは悩まなかったか?」

「・・・ギリギリまで悩んだ」

「ワシもだ」

「工場長も?!」

 ピーターは驚愕した。

「工場長は根っからの水龍カンパニーのエンジニアだから、まったく悩まなかったのかと・・・」

「あの契約内容で悩まない奴がいるか?」

「そっか。そりゃあ、いないでしょうねー」

 2人が話しているうちに、水龍カンパニーのシャトルがルリタテハ軍専用スペースドッグに入港した。

 通常、地上との往復シャトルはシャトル用の停泊場へ入るが、水龍カンパニーのシャトルはドッグへと入港したのだった。しかもそのドッグは、他の区画と明確に分離されていた。軍事機密の中で最高のセキュリティーを要する宇宙船専用の区画だった。

 シャトルの隣に、ルリタテハ軍の通常の宇宙戦艦より明らかに小さい船が停泊していた。通常の宇宙戦艦は全長1キロ以上あり、大型宇宙戦艦だと1.5キロにもなるのだ。

「これですかい、全長たったの327メートルで、宇宙戦艦3隻が購入できるって船は・・・」

 ピーターの問いに速水工場長が答える。

「そうだ。こんな良い船をいじらせてくれる会社は、辞めらねーな」

 契約すると、ルリタテハの最新鋭技術が満載の宇宙船を整備できる。しかも給料が2倍に跳ね上がる。

 しかし、水龍カンパニーを辞めると、宇宙船関連の会社には就職できない契約になっているのだ。


 コネクトの音声通信を傍で聞いていたアキトはと冷たく言い放つ。

「速水のオヤッさんのOKでたな。早くやってくれ」

 史帆は憮然とした。新技術には触れられず、誰かの不始末を押し付けられたのだ。

「こっち」

 作業帽を目深に被り直し、ぶっきらぼうに言うと史帆は指図して工場の奥へと向かった。

 カミカゼ水龍カスタムモデルの前までやってくると史帆はカミカゼを指さした。

「そこで待ってて」

 カミカゼは、今までのトライアングルとは一線を画したモデルだった。

 トライアングルは手軽に都市間を行き来したり、街中の足として使われている。そのトライアングルの中でも、カミカゼは速度を重視した設計である。

 鋭角的なフォルムをもち、通常トライアングルではオリハルコンボードが2枚なのに、オリハルコンボードを3枚も使用している。

 その速度重視のカミカゼを、あらゆるシーンでの使用に耐えうるようカスタムしたのが、カミカゼ水龍カスタムモデルである。このあらゆるシーンには、トレジャーハンティングも含まれる。

 細身の史帆と比べるとルーラーリング適合率測定調整装置は巨大といってよい大きさがある。しかし、装置自体に重力制御の浮揚機能があるため、子供でも運べるのだ。史帆は装置を浮かせて、アキトの元に戻ってきた。

 カミカゼ水龍カスタムモデルから視線が外せなくなっているアキトの様子をみて、史帆は子供のオモチャじゃないのにと嘆息した。

 史帆はアキトに両腕ごとルーラーリングを適合率測定調整装置に入れるよう不愛想に指示し、適合率チェックをする。

 カミカゼの水龍カスタムモデルは、調整しないと適合率70パーセントを下回るというシビアなマシンである。

 驚くことに、結果は適合率83パーセント。

 かなり良い。史帆は意外感に囚われたが、どうでもよかった。

 機体を調整する必要がないと判断し、アキトに告げる。

「完了した」


 アキトの駆るカミカゼ水龍カスタムモデルが荒野に走る一本の高規格高速道を、法定速度の時速200キロで疾走している。

 カミカゼに慣れるために無理な運転はしていないが、充分高スペックを実感できていた。オリハルコン制御が体へのGを10分の1以下に抑えている。そしてスムーズな加減速感、カーブでの遠心力、どれも素晴らしく、満足のいく性能だった。

「うおおおおおーーーー」

 アキトはときおり、興奮を抑えきれずに、大声で叫ぶ。

 トレジャーハンティングで早く使いたいという逸る気持ちが絶叫を上げさせるのだった。

 道路からの騒音が主に風切音となった久しい。乗物からの叫ぶ声は迷惑な行為になるのだが、高規格高速道は乗物しか走行できず人は歩いていない。

 それにしても、水龍カンパニーの女エンジニアとのやり取りを思い出すと怒りが湧いてくる。あの女は、お宝屋3兄弟とは違った意味で話の通じないヤツだった。

 速水のオヤッさんも、意外と部下の教育がなってない。以前エラソーに講釈してた。

「エンジニアには2種類いる。機械だけを見ている技術屋と、機械だけでなくユーザーも見て、最適な設定をするプロだ。分かっとると思うが、ワシはプロのエンジニアだ」

 色々考えながら操縦してたら、すぐに目的地へと到着したのだった。

 メインエントランスで停止させ、ルーラーリングでカミカゼの機能メニューから、現在位置の座標を登録してから駐機場へと移動する。

 ここはヒメシロ星系随一にして唯一の総合レジャー施設”ヒメシロランド”である。要は、ヒメシロ星系の若者がレジャーで集まる場所はここしかない。

 アキトは気分転換と情報収集がてらやってきた。

 シロカベン市街から150キロあまりで、カミカゼなら往復2時間程度である。慣らし運転には、ちょうど良い距離だった。

 駐機場は野ざらしの広い平地で、トライアングルやオリビーが適当に停まっている。人が通るスペースがあれば、どの機体でも5メートルぐらい浮けるので、駐機場から抜け出すのは何の問題もない。

 カミカゼを道路に近くに駐機し、ヒメシロランドに足を踏み入れた。

 メインエントランスの門からは、幅20メートル以上あるメインストリートが緩やかに右カーブを描いている。メインエントランス傍には、左に巨大な建物があり、右に屋外レジャー施設がある。

 アキトは左の建物に入る。

 この建物には、屋内スポーツ施設や各種シミュレーションゲームコーナー、ゲームや映像ソフトの販売店、そして飲食店などがある。

「おもしれー、ゲームは入ったか?」

 シミュレーションゲームコーナーの顔見知りの店員に、アキトは話しかけた。

「おうアキト、久しー。新しいゲームよりさ、明日ある人型兵器のシミュレーショントーナメント大会に参加しないか?」

「腕試しはしてーが、仕事なんだ。わりぃな」

「仕事熱心なこった」

「オレは自営業だから、働かねーと。またなー」

「おう、またな」

 アキトは手を振りながらゲームコーナーを後にした。

 道すがら知り合いに次々と声をかけられる。

 ヒメシロを拠点としているアキトは、同じ若者が多く遊びにくるヒメシロランドに、ちょくちょく顔をだすからだ。

 ステップを踏みながらやってきた男がアキトの前でターンし、指を鳴らした。

「へいへいへい、アキトー。ナイスでホットなパーティーが3日後にあるぜい。参加でいいよなー」

 アキトの知り合いの中で一番奇妙な服装の、とびきり調子の良い奴だ。

「わりぃ、無理だ」

「おいおいおい、ブラザー。今度はマジでナイスなプリティーガールが参加だぜー。前回みてーに、ちょーっとオネーさんになりすぎたって女じゃねーぜい」

「25歳前後で、ちょーっとオネーさんになりすぎた、なんて言うと夜道で刺されんぜ」

「ちっ、ちっ、ちっ、聞いて轟けよ。今回はヒメシロ技術学校のオネーさんだぜい。ということは20歳前後だぜい」

「そこは聞いて驚けだ。仕事があるから今回は参加できねー」

「おう、なんてこったい。アキトは陰ながらボーイアンドガールに人気あんのに」

「ボーイ?」

「イエスイエスイエース」

 変なポーズを決めながら台詞を言う姿は、奇妙を通り越して、彼には似合っているとしかいえない。

「そっちの趣味はねぇーぜ」

「OKOKオーケー。それじゃ、また今度誘うぜい」

「ああ、そん時はよろしくな」

 彼は去る時もステップを踏んでいった。

 奥に行けば行くほど、一般の色が薄くなり、妖しい色が濃くなっていく。

 トレジャーハンター関係ばかりになったからだ。そして、アキトの目的の飲食店の客は、全員がトレジャーハンター関連だった。

 店は広いホールとカウンター、ショーステージ、テーブル席が雑多に置かれている。

 客は、それぞれに楽しんでいる。若者はカウンターかホールに、中堅以上はテーブル席と年齢によって客の好む場所が違っている。

 アキトの目当てはテーブル席の情報を持っていそうな、話好きで中堅以上のトレジャーハンターだった。

 テーブル席に視線を送りながら、相手の口を軽くさせる為のアルコールを購入しようとカウンターへと向かう。

 カウンターの端に・・・妖精姫がいた。

 彼女は日中に着ていたドレスとは違い、身体にピッタリとフィットした暗赤色のアンダーと黒のパンツ、白いジャケットを羽織っていた。

 白いジャケットは、控えめに金と銀の刺繍が施されていて、遠目にも高価な品物とわかる。

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