第3章後半 妖精姫

 お宝屋の千沙と比べるとボリューム感はないが、均整の取れた見事なプロポーションだ。彼女にだけスポットライトがあたっていて、輝いているようにみえる。

 今日3回目の邂逅に、否も応もなく運命を感じる。

 いや、感じたかった。

 妖精姫には、アキトを強烈に惹きつける魅力がある。

 それが何かと問われると答えに詰まるのだが・・・。

 声をかけてみよう決心してアキトが足を踏み出す。

 しかし、2人の野暮ったい男に先を越された。2人は、お揃いの深緑色のツナギにベレー帽をかぶっている。

 1人はアキトより少し背が高く筋肉質、見かけたことはあるが話したことはない。

 もう1人はタクマという男で、アキトより背が低く痩せている。彼は自称170センチ、実質167センチで、妖精姫より背が低い。会えば話したり遊んだりする。なかなか愉快な性格している奴だが、連絡先は交換していない。そんな仲だった。

 先を越された。彼女の美貌に吸い寄せられるたのだろう。

 ”断られてしまえ”と心の底で念じる。

 アキトは3人の様子を窺いつつ、会話の聴こえる位置まで移動した。

「いいから来いや」

「意味が理解できないわ」

 妖精姫の冷たい返答に筋肉質の男が怒鳴る。

「そうかい? なら、わからせてやる。きな」

「会話になってないわ。あなた達は教養が足りないようね。本当にルリタテハ王国市民? それとも義務教育受けるのを放棄したのかしら、それな・・・」

「よぉー、タクマ。わりぃーな、その子はオレの連れなんだ」

 妖精姫の悪意の塊の言葉を途中でブロックして、アキトは口を挟むと共に、タクマ達の前に体を滑り込ませた。

「待ってたわ、アキト。早く行きましょう」

 何故オレの名前を知っている?

 疑問が頭の中をよぎったが、思考を続けることができなかった。

 アキトの左腕に妖精姫が腕をまわし、体を密着させてきた所為で、神経が左腕に集中してしまったからだ。

 そのまま移動しようとするアキト達を大きい方のヤローに右肩を掴まれ、その場に固定されたのだった。

 さっきからいきり立っているのは、こっちの筋肉質のほうだった。そして、そのペースは崩れず、アキトに怒りの台詞を叩きつける。

「ふざけんな。オレらは、キッチリとけじめを取らなきゃおさまりがつかねーんだ。それとも、その女と一緒にシメられてーってか?」

 アキトはトラブルを起こそうとする気はないのに、彼の周りではトラブルが発生する。

 今夜も彼方からのトラブルをわざわざ拾う必要もないのに、アキトはトラブルに179センチの全身で突っ込んでしまった。

 ここまでくると、アキトはトラブルを愛しているのではないかと思えるほどだった。

 この時も筋肉質男の上からのもの言いに、アキトの頭の血が沸騰し剣呑に言い返す。

「テメーら二人で、オレをどうにか出来るとでも? いいぜ、相手になってやる」

「いつ、オレらが二人といった? オレらはグリーンユースとしてけじめとりにきたんだ」

 タクマ達の後ろから深緑色のツナギ10人ぐらいがゆっくりとやってきた。

 トレジャーハンティングユニット”グリーンスター”の若手が、グリーンユースと自ら恥ずかしげもなく名乗り、お揃いのツナギを着用しているのだ。

 アキトはグリーンスターの若手を。センスも悪いが、頭も悪いに決まっていると勝手に決めつけていた。

 この決めつけは間違っていない。

 グリーンスターはヒメシロ星系を拠点としているトレジャーハンティングユニットの中で5大大手の一角である。グリーンスターはに所属しているトレジャーハンターの資格を持っていない者たちの集まりがグリーンユースだからた。

 グリーンユースメンバーの視線は、妖精姫に注がれている。騒ぎを聞きつけて集まったというより、捜し人を見つけた、ということだろう。

 うん、無理。

 戦力差を見極める冷静さがアキトに残っていた。冷静さを失った時点で死と一体になる世界に生けるものとして、それはできて当然である。

 半円で囲まれたアキトは、相手の懐柔しつつ脱出の機会を探る戦略に変更する。口調を柔らかくして、グリーンユースメンバーに尋ねる。

「穏やかじゃねーな。いったい彼女が何したってんだ?」

「シラを切んじゃねー。アンタら2人でメンバー3人を病院送りにしたんじゃねーか」

 懐柔は難しそうだった。

 それに、いつの間にかオレまでメンバーを病院送りにした一員になっている。

 しかし、こんな可愛くて綺麗な少女に、そんなことができるだろうか?

 当然の疑問を彼女にぶつけてみる。

「そんなことやったのか?」

「病院に届けてあげるような親切はしてないわ。しつこく誘われて、外にまで引っ張って連れてかれたから手を離してもらったのと、追いかけてこられないようになってもらっただけだわ」

 そりゃー、メンバー3人が少女1人に叩きのめされたりしたらチームの沽券に関わるだろう。しかし、妖精姫に非があるように思えない。

「わりーが、テメーらに非があんだ。我慢しな。オレは正義の味方じゃないが、悪党の味方にはなれねぇーしな。気持ち的にも彼女につくぜ」

 左腕にある妖精姫の柔らかな感触を手放すのを惜しく思いながらも戦闘態勢・・・ではなく、2人で逃げる体制整えるように、彼女を斜め後ろに下がらせ手を握った。

 知り合いのよしみか、自称170センチが被害を説明する。

「鋭利な刃物で斬られたように全身が斬り傷だらけでよ。細かい傷もあわせれば、斬り傷が1人100以上あんだ。特に酷いのは手足で、腱が切断されてんだ」

 そりゃ、懐柔は不可能だろうな。

 でも彼女1人で、そんなことが可能か?

 いや、そうか・・・だからなのか。オレも彼女の仲間で・・・それでオレ達2人が、3人を切り刻んだと考えている、と・・・。

 ダメだな。詰んだ。

 彼女と仲間でないとの言い訳は、この時点ではもう無理だ。

 諦めたように妖精姫へとアキトは視線を向けると、何を誤解したのか、彼女は一つ頷いてから、驚きの内容を当然のごとく宣う。

「手の腱を斬ったのは銃で撃たれない為、足の腱を斬ったのは追いかけてこれないようにする為、他の斬り傷はおまけだわ」

 場の緊張感が増してきた。

 この女の口を封じないと手遅れになる。自分が相手を挑発しているのがわかっていない。

 アキトは素早く思考を巡らせていたが、口からは思わず呟く。

「なんでだ?」

「正当防衛に理由が必要かしら?」

「過剰防衛には必要だぜ」

 テンポの良い質問に、アキトはつい軽口で応じてしまった。

「警察は過剰防衛と判断しなかったわ」

「ふざけんな! 違うだろ。てめーは、自分はヤッてないって言ったんじゃねーか」

 筋肉質男が怒鳴ると、妖精姫は思い出したように軽い口調で言う。

「ああ、そうだったわ」

「やっぱ、テメーらの仕業だな。許さねーぞ」

「私が、彼らをどうやって切り裂いたというのかしら? 私はその現場に、呆然と佇んでいただけだわ」

 アキトは、おい、と心の中で叫んだ。この女、色々と手遅れだ。この空気どうしてくれる。

 アキトは遊び友達の自称170センチのタクマに救いを求める。

「オレ達は友達だな」

「そうだよ」

「ここはオレに免じて治めてくれ」

「無理だよ。どうにもならない」

 自称170センチは、胸の前でバッテンをつくった。

「しゃーねーな」

 覚悟を決めたアキトはゆったりした動作で、右手で胸ポケットのクールグラスを取り出し、妖精姫に手渡す。

 アキトがあまりにも自然で堂々としていたので、グリーンユースのメンバーは、どう行動すべきか判断つかずに、その様子を眺めていた。目端の利くのものがいれば、アキトの左手にも神経を遣ったかもしれない。もしくは、店が明るければ気が付いたかもしれない。

 妖精姫は怪訝な表情を浮かべつつも受け取ったクールグラスをかけた。その瞬間、カタンという音とともに強烈な閃光がアキトの背後で生まれた。

 アキトは妖精姫にクールグラスを渡すと同時に、ベルトに仕込んでいた閃光弾を掴んでいたのだった。タイミングを見計らって閃光弾のスイッチを押し、股下から後方へと手首のスナップを利かせて放った。

 店の広いホールを満たした強烈な眩い光のなか、アキトは妖精のような柔らかく滑らかな姫の右手を握り疾走した。2人とも誰にも、物にもぶつからずホールの出口に達する。これはアキトが閃光の迸る前に逃走ルートの空間を把握し、眼を閉じて動いた結果だ。

 アキトの空間把握能力が発揮されたのだった。GE計測分析機器や輸送機械を操縦させたら、おそらくトレジャーハンターでナンバー1だろう。その能力は、正確な空間把握能力からもたらされているのだ。

 複合娯楽施設の中を駆け抜け、外に辿り着く。グリーンユースの連中との距離は約50メートル。

 充分だ。

 アキトは妖精姫の手を離し、コネクトから無線操作でトライアングルをヒメシロランドのメインエントランスに呼ぶ。これは水龍カスタムモデルの機能の一つで、設定された座標にオートパイロットシステムで来るというものである。

 アキトはヒメシロランドに入る前に登録していたのだ。

 メインエントランスを駆け抜けると、アキトのカミカゼがタイミングよく到着する。

 カミカゼに飛び乗るとアキトはメイン操作パネルの下から素早くケーブルを引き出し、そのコネクタを左手のルーラーリングにはめた。

 アキトと共に走ってきた妖精姫は、躊躇せずタンデムシートを跨ぎ腰に抱き付く。

 背中の感触で妖精姫がしっかり捕まったことを確認すると次の瞬間、アキトは空気を切り裂くかのようにカミカゼが発進させた。

 カタログスペックに偽りなく、カミカゼは2秒で時速200キロに達した。

 しかし乗っている2人には、そんなに早いとは感じられない。カミカゼの重力制御で加速感が減じられ、水龍カスタムモデルの気密カプセル機能で風を感じることがない為だった。それに荒野と高規格高速道の変化の少ない風景が、高速走行を感じさせなかった。

「はい、クールグラス返すわね」

 アキトはクールグラスを受け取り、カミカゼとリンクさせた。

「それにしても、もっとスピードでないのかしら?」

 妖精姫にいわれるまでもなく加速を試していた。

 しかし、200キロ以上のスピードがだせない。

 ルーラーリングを通して、情報パネルに設定を表示させて確認してみる。

 ”制限モード”となっていた。

「嘘だろ。なんてこったぁあぁあぁーーーー」

 アキトは思わず大声で叫んだ。

 ルーラーリングの微調整は自分でするから構わないと判断していたが、制限モードで良い訳がない。カスタムモデルを購入したのだから、都市用制限モードは解除されていると思い込んでいた。

 水龍カスタムモデルの特徴である水中や宇宙空間での走行機能は、制限モードと関係なく標準装備となっている。しかし速度は時速200キロ制限され、地表10メートル以上は宙に浮かばないようになっている。

 これではトレジャーハンティングに持っていけない。

 だが、それよりも何よりも、今の状況は非常にまずい。

 本来のカミカゼ水龍カスタムモデルの性能であれば、グリーンユース連中の操縦しているトライアングルごとき振り切るのは容易い。

 しかし今は都市用制限モードに設定されている。

「なにが?」

 妖精姫の問いに力なく答えた。

「都市用制限モードだ」

「そう。なら、いいわ」

 なにが良い訳ないだろ、と言い放つため後ろを振り向くと、いきなり2条の黒い閃光が迸る。それは、アキトが見たことも聞いたこともないレーザービームだった。

 そのレーザービームが、400メートルの距離までに接近していたオリビーを吹き飛ばした。

「殺す気か!」

 そう言いながらも、アキトは逃げ切るために考えを巡らせる。制限モードの所為で速度があがらないなら、高規格高速道は不利になるだけだ。

 高規格高速道のガイドレールを超えて荒野へと飛び出す。

「そこまではしないわ。でも・・・死亡しても自業自得ね」

「惑星ヒメシロへの銃の持ち込みは重罪だぜ」

「これが、銃に見えるかしら」

 アキトの横へと突き出した妖精姫の右腕には、ルーラーリングに20センチぐらいの銃身が2本並んで取り付けてある。

 常識的に考えて、あんな小さな銃が400メートル先のオリビーを破壊できる威力のレーザービームを出力できるはずがない。何よりも銃身だけしかないから銃には見えない。

「銃だよな?」

「銃だわ」

「おいぃぃぃーー!!」

「でも、エネルギーパックもないし、私のルーラーリングにつけている飾りにしかみえないでしょうね。これが銃であると証明できなければ、犯罪にならないわ。それよりも、彼らの方こそ犯罪じゃないかしら?」

 妖精姫は後ろから迫ってくるグリーンユースを指さす。

 振り向くまでもなくアキトのクールグラスには、カミカゼ水龍カスタムモデルの機能と連携し、周囲の映像と情報を表示している。クールグラスは、3台のオリビーと8台のトライアングルが、2人を射程に捉えていることを知らせていた。

 つまり、グリーンユースのマシンは武装されているのだ。

 次の瞬間、レールガンの高速弾とレーザービームがカミカゼの周囲を賑やかにする。

 立体的な機動で、上、横、後ろを抑えられ、速度にも劣るカミカゼにできるのは、ジグザグ走行と急転回だけだった。

 アキトは即座に状況を理解し、決断した。

 うん、OK、撃ってよし。

「撃てぇええーーー」

 アキトの叫びとともに、4条の黒い閃光が妖精姫の両腕から放たれた。

 直後、轟音とともにカミカゼの上を押さえていた2台のトライアングルが大破する。

 次に、左斜め後ろのトライアングルとオリビーが縦回転しながら脱落していった。前下部のオリハルコンボードにレーザービームが直撃し、破壊された所為らしい。

 だが、グリーンユースの連中は残りのオリビーとトライアングルを散開させつつ銃撃を続ける。レールガンの弾が無数の轟音をあげ、夥しいレーザーの光条が夕闇を明るく照らす。

 お互いのマシンが複雑に回避機動をとりながら高速走行しているため、敵の弾は精度が悪く、まったく脅威になっていない。しかし、妖精姫の黒光りするレーザービームもグリーンユースのマシンを僅かに掠める程度だった。

 レールガンの弾がカミカゼのすぐ横に着弾して砂埃を巻き上げ、レーザービームの光が妖精姫のブロンドの髪を照らし輝く。

 多勢に無勢だ。どうする?

 カミカゼの操縦に全神経を集中させていて、アキトには打開策を考える間もなかった。

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