20日目 剣術がチャンバラにならない為に

 再び教習に来たアナタ


「よく来ました勇者候補よ。お散歩で疲れてませんか? さて、今回の教習を始めますよ」


「・・・・・」


「今回の教習は西洋剣。この剣の簡単な使い方と注意をお教えします」


「・・・・」


「フフ、やっと勇者らしい装備が出てきて喜んでいるのですか? しかし前にお教えした棒術とそんな変わりませんよ。留意しなければならないのは刃がついていて鍔が有る事ぐらいです」


「・・・・」


「それだけで大分違う? ちゃんと認識した上でそう思ってますか? 怪しいですね。でもまず日本の刀とはまるで設計思想が違う物だというのは見て分かると思います。日本では両側に刃が付いた諸刃もろはの剣は自分も傷つける危ない物としてことわざにあるくらいですが、西洋ではサーベルなどが登場するまで積極的に諸刃の剣を使ってきました。それは何故かというと盾の存在が大きく関係しています」


「・・・・?」


「最も分かりやすい例はですね。あそこにヴァイキング人形を用意しました。アレを使ってご説明しましょう」


 そう言って女神は剣と盾を持ち、同じく剣と盾を持ったヴァイキング人形の前に立った


「まず、盾を相手に押し付け盾と剣の動きを封じます。シールドプッシュと呼ばれる技ですが押すプッシュと言うより盾相撲と言った方がイメージは近いかもしれません。油断すると逆に盾を剥がされたり押さえつけられますからね。単なる力押しは禁物ですよ」


「・・・・・」


「こうして相手と密着した状態から剣を相手を回り込む様にして、前に向けた剣の表の刃ではなく、自分に向けていた裏側の刃、裏刃で相手の後頭部を刈り取る様に攻撃します。無理な動きに見えるでしょうが勢いをつければ十分な威力が出ます。この様に両側に刃が有る事によって相手の防御を掻い潜った攻撃が可能になったのです。剣の前側しか攻撃に使わない打ち合いだけ考えていると相手の動きに翻弄されてしまいますよ」


「・・・・・」


「そしてまだこの時代はまだ鎖で出来たチェーンメイルが主流でした。丈夫な兜から下は衝撃に弱い防具だったのです。しかし鉄の板を使ったプレートアーマーが発明され衝撃にも強くなり防御力が上がったため盾の必要性が下がりました。盾を持たなくてもよくなったので両手でも扱える剣が登場します」


「・・・・・」


「両手で扱う様になった他にも、鎧の隙間を狙える様に切っ先が細く鋭くなり。盾を持たない事で手を狙われる危険度が上がったので、防御の為に鍔が長くなります、これによりさらに動きが複雑化しました」


「・・・?」


「鍔が大きくなるとなんで動きが複雑化するかと言うとですね。裏刃で攻撃する技術と合わて使ったのが関係しています。今度はナイト人形をご用意しました。見ててください」


「・・・・」


 そう言って女神は新しい剣を持ってナイト人形の前に立つ。ナイト人形はからくり仕掛けなのかギコギコと音を出しながら振りかぶる様にぎこちなくも腕を上げた


「勇者候補よ、長い物を握った手前が最も力が入り先端に離れる程力が入らなくなうと教えたのを覚えていますか? 梃子の原理、それと攻撃に使うのは先の部分。これらを考慮して・・・・」


「ブン!」


「・・・・!」


 ナイト人形の剣が振り下ろされるが女神はそれを受け止め


「この様に振り下ろされた剣を、下から切り上げる様に刀身の手前で受け止めてですねッっと!」


 女神が防御した時にはすでに切先は相手に向いていて、そのまま女神は剣を押し込んでナイト人形を突き刺してしまった


「・・・・」


「ふぅ、この様に受けた切先を刀身の根元近くで受け止め、刀身と鍔で相手の切先を押さえて攻撃を封じながら攻撃する。ヴァイキングで紹介したシールドプッシュと剣の攻撃が合わさった攻防一体の動きになっちゃたんですよね。ヴァイキングの剣は鍔が短くて危険ですけど、このロングソードなら大丈夫。装備が様変わりしても基本的な考えは残ってたりするんですよ」


「・・・・・」


「この刀身の根元で攻撃を受けて切先を相手に向け、何時でも攻撃できるようにするのはレイピアに受け継げられ、戦術の基本になってます。レイピア使いは切先をそらしたりしませんから油断すれば刺されますよ。でもレイピアはロングソードより刀身が長く片手で持つので弾かれやすいですから、他の武器でレイピアに応戦する時の参考に、相手もその弱点を考慮している事も考えてですがね」


「・・・・・」


「しかしロングソードはレイピア違い振りまわし易く、斬撃も鋭いですからこうも使えます」


「ブン!」


 ナイト人形が再び女神に剣を振り下ろす


「先ほどの様に斬りあげる様に受け止め! 今度は裏刃が相手の片の上に来るようします! そして剣をグっと上に上げる様に持ち上げ切先を下げ、相手の肩の上に裏刃を下ろし斬り付けます!」


「・・・」


「うん、ザックリ切れましたね。タイミングがしっかりと合えば相手の攻撃の力をそのまま相手に返してやる事が出来ます。諸刃の剣のことわざを逆手に取った訳ですね。ハハハハ」


 人形を斬り付けた姿勢のまま笑う女神


「・・・・・」


「おっと逆手で思い出した。剣を持ち上げる時にそのままではやり難いでしょう? そう言った時はグリップの下を持った手でグリップ底の飾りの様な場所を手の平で包むように持ち持ち上げるとやり易いです。そして力を入れたい場合はグリップの下を持った手を逆手に切り替えて持ち上げる方法もありますが、一瞬でも片手持ちになるので慣れない内はこう言った持ち方の切り替えは行わない方が良いでしょう」


「・・・・・」


「でもこれじゃ止めになりませんよね。ですからこの様に相手の剣を回り込む様にしながら横から首を斬ります!」


 女神は剣を引きながら持ち方変え、親指が長く伸びた鍔の横に置いて、相手に剣の横が見える様な握り方をした。そしてそのまま相手の剣に絡めて押しのけながら人形の首に斬り付けた。斬り終わっても相手の剣の切先は、女神の持つ剣の鍔にとらえたままだ


「ッ・・・!…?」


「ちょっとトリッキーな動き過ぎて分かりずらいかもしれませんが、実戦ではこの動きを一挙動で行います。バインドと言う鍔迫り合いの技術の一種ですが、これらはあくまでほんの一例です。訓練を受けたであろう剣士に挑む際は絶対に鍔迫り合いを挑まないでください! 体格差があっても、この様に一瞬でやられますよ!」


「・・・・・・」


「それと持ち方の切り替えを頻繁に行いましたが、他にも片方の手で刀身を持ち、同じ方に手の甲をむける槍持ちをしたり。両手で刀身を持ち逆さになった剣の柄や鍔で殴る技もあります」


「・・・・?」


「手が切れないのか? 焦っちゃうと切っちゃうかもしれませんが、刃の上を滑らせるような動きをしなければ大丈夫です。動かない様にしっかりと握ってくださいね」


「・・・・・」


「棒に刃と鍔が付いただけと言った意味がわかりましたか? 刀の様な太刀筋を想定して動けば、棒の様にあらゆる方向から攻撃が飛んできて混乱している中にやられちゃいますからね」


「・・・・・」


「では今回の教習はここまで! また次回会いましょう勇者候補よ!」


 女神は倒れた人形の頭を踵で踏みつぶして止めを刺し去って行った。アナタは日常に戻っていく

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