第13話 不屈の闘志

 サイグ村・炭鉱前。数人の炭鉱夫と鍛冶師・ジルマが、ルデックとエルビが村に居ないことに気付いたのは数刻前のことだった。そして現在、彼らが向かったであろう炭鉱前に辿り着く。


「お前ら準備はいいか!」

「「「おぉ!!」」」


 彼らが斧やピッケルなどを武装し身を固めているのは炭鉱内にスケルトンが発生したからである。炭鉱夫たちは一度スケルトンと対峙したが、その魔物は倒しても何度も蘇るアンデット種だったため退散を余儀なくされる。


「よっしゃ、行くぞ!!」

「待ちなアンタ達!!」


 奮然ふんぜんとして炭鉱に踏み込もうとした炭鉱夫たちをジルマは制止した。


「何だよ姐さん!」

「ジルマさん。早くしねぇと二人があぶねぇ!」

「あんな骨野郎どうってことねぇよ!」


「そんなことわかってる! でも、入る前にアタシの話を聞いてほしい!!」


「んな悠長なことやってらんねぇよ!」

「………いや、姐さんがそう言っているんだ。何か理由があるんだろう」

「ジルマさん。手短に頼むぜ」


 あぁと応え、ジルマは話し始めた。


「アタシ達が思っている以上の出来事が起きる、いや起きているのかもしれない」


「………姐さん。詳しく話してくれ」


「まず、事の発端。炭鉱にスケルトンが現れたのは皆もよく知っているだろう」

「あぁ。作業してたらいつの間にか現れてな」

「スケルトンが現れたのは……もう日付が変わって二日前か」


 サイグ村の収益は炭鉱で採れる鉱物資源が主だ。作業が出来ないのであれば村として成り立たない。困り果てていたそんなある時、防具を造ってくれと男女三人組の冒険者が尋ねて来た。


「えぇ、二日前にスケルトンが現れて作業が出来なくなった。その次の日、昨日の昼間に冒険者がアタシの所に尋ねて来たのさ。防具を造って欲しいと」


 ジルマはその際にスケルトン討伐を依頼すると二つ返事で戻って来たことを思い出す。


「こんな時に冒険者か。怪しくないか」

「あぁ確かに。じゃあ、姐さんはその冒険者が怪しいってのか?」

「いや」


 二人の言う通りかなり怪しい。時機が良いのに加え、スケルトンの話をすると冒険者はやはりと言った顔をしていたからだ。ジルマは当時何とも思っていなかったが、今思い返せば不思議なことだらけだ。しかし、同時にある人物を思い出す。


「たった今思い出したのさ。冒険者の中に騎士・レミファードが居たことを」


「ん? レミファードって言えばエレス・グラン王国の騎士様だろ。確か今はアイーネ国に居るんだったよな」

「そういえば、アイーネ国にスケルトン軍が押し寄せたって聞いたぞ!」

「………なるほど、スケルトンが発生したという事で周辺の村々を回っているのかもしれないな」


 炭鉱夫たちは皆、頷き始めた。しかし、一人の炭鉱夫が首を傾げる。


「待てよ。それなら何でわざわざ冒険者を装う必要があるんだ。『調査をするために来た』って言えば済む話だろ」

「確かに不自然だな」

 

 ジルマは話を続ける。

 

「ガルドの言う通り、怪しいし不自然なのはアタシも思ったさ。じゃあ何故、そうする必要があったのか。スケルトン軍がアイーネ国に押し寄せたこと。レミファードが冒険者を装いスケルトン討伐に行ったこと。それら二つの疑問を重ねると一つの仮定が見えてくる。あのスケルトンは何者かによって召喚されたものなんじゃないかと」


「す、スケルトンを!? しかもあんな数をか!!」

「つまり、あのスケルトン達はアイーネ国と敵対関係にある何者かが、意図的に召喚したもの。そしてアイーネ国はその関係図を俺たちに悟られないように秘密裏に動いたってことか」


 辿り着いた真相に皆が固唾を飲む。


「しかし、それはまずいな。アイーネ国は光の女神・シャルデュンシーを祀っているサダス教の総本山だろ。他の国が黙ってないはずだ」

「待てよ。てことは今から闘おうとしている奴は、数ヵ国を相手にできるほどの軍事力を保有している可能性があるってことか!!」


「そう、つまりアタシたちが今、闘おうとしているのはそういう奴らなんだよ」


 辺りに深い沈黙が続いた。それを一人の炭鉱夫が壊す。


「……でも、それでもやるしかねぇだろ!!」

「あぁ! 二人も炭鉱も村も俺たちが守るんだ!!」

「「「おぉ!!」」」


『素晴らしい』


 突然、炭鉱内から拍手が生まれた。


「「「!!」」」

「誰か来るぞ!!」


 音の主は我々の前に姿を現した。


「な、何だコイツ」

「黒い鳥!?」


「初めまして。サイグ村の方々」


 音の主は長いくちばしを持つ鳥のマスクを被った全身黒で覆った不気味な奴だった。


「何だお前は!」

「お前がスケルトンを召喚した奴か!」


 炭鉱夫たちはぐっと武器を握りしめる。返答次第では状況が大きく変わる。

 

「いえ。私は張本人ではありませんが、その関係者と言ったところでしょうか」

「……なに!?」

「何しに来やがった!」


「私共としましては貴方方に居られては大変不都合でして。ご退場頂けませんでしょうか?」


 丁寧な口調。落ち着きのある物言い。しかし、黒い鳥のような見た目と素性が分からないのが相まって炭鉱夫たちは不気味に感じていた。黒い鳥の問いに長い沈黙が続いた。


「では、一つ提案を。貴方方がこちらに来られた理由は存じ上げて居ります。では事が済み次第、二人をサイグ村までお送り致しましょう。それでどうでしょう、退いて頂けないでしょうか?」


 炭鉱夫たちが沈黙していたのは怒りを堪えていたからである。先祖から譲り受けた地を無断で踏み荒らされ、更にはルデックとエルビの幼い子供たちの身を危険に晒している。怒りがどっと溢れた。


「退く分けないだろッ!」

「そうだ!」

「お前たちが何処のどいつか知らないがこの落とし前はつけて貰うぞ!」


 皆の意志は固かった。そして村の将来のために覚悟を決めた。


「いやはや、困りましたね。………仕方がありません、では強引に行かせて頂きます」


 黒い鳥は鞘から翼のような双剣を引き抜き十字に持ち替え唱える。


「主よ、勇敢なる者に安寧を。苦痛なき裁定を。そして迷うことなく天国へ辿り着けるようお導き下さい」


 そこに唱えた言葉の意味に対し理解できない者たちは居なかった。一人の炭鉱夫がピッケルを振り上げた。


「この野郎!!」


 ピッケルは黒い鳥の横腹に深く減り込んだ。しかし、黒い鳥は出血は愚か、痛がる素振そぶり一つ見せなかった。


「随分と酷いことをなさいますね」

「こ、この。ば、バケモンがッ!! グハッ!!」

「主よ、お導きを」


 ガルドは黒い鳥の剣に貫かれ膝から倒れる。


「ガルド!!」

「よくも!!」

「やりやがったな!!」


「主よ、彼らにお導きを」


 そこは地獄だった。仲間たちが次々に斬られていく凄惨な光景。圧倒的な力の差にどうしようもなかった。


「……」


 血の滴る紅い刃先が最後に残ったジルマへ向けられた。途端にジルマの手のひらからツルハシが滑り落ち腰から地面についた。


「先ほどのご推察は大変興味深い内容でした。賞賛の拍手を送るほどに」


 怒りや悲しみがジルマの心の中をかき乱す。


「……ぁぁ………あ」


 しかし、現実は残酷だった。身体の中を埋め尽くすのは恐怖。掠れた音が口から出ていくのみ。


「このような結果になってしまい私としても大変心苦しいです」


 よくも仲間を!! 殺してやる!! ここで殺されるくらいなら最後まで抵抗してやる!! 心でそう叫んでも手先は震え身体は岩石の如く硬直し呼吸は乱れた。


「………く、く……そ」

 

 ジルマは自分が何も出来ない情けなさ悔しさから涙を流した。


「主よ、お導きを」


 絶望の最中。――――――地獄に一陣の風が駆けた。金属音が一帯に響き渡る。


「………おや」


 ジルマの目の前に全身を鎧で包んだ黄金髪の男の背中。


「……あ、アンタ」


 その後ろ姿は昨日の昼間に送り出した冒険者たちの一人。


「これはこれは、レミファード公。お噂はね伺っておりますよ」

「……黙れ。貴様と話す舌は持ち合わせていない」

「それは残念」

「フン!!」


 騎士は膂力のみで黒い鳥を弾き飛ばす。そして、すぐさまジルマの下に近寄り手を伸ばす。


「お掴まり下さい。お怪我はございませんか?」

「あ、あぁ」

「ジルマさんですね。二人は岩陰で隠れて居ります。私が時間を作りますので二人を連れて退避を」

「分かった。でも、アンタはどうするんだい………アイツは強いよ。皆で闘ったが歯が立たなかった」

「御心配には及びません。さぁ早く」

 

『おーーーーい!! そこ誰か居るのか!!』

 

 背後の坑道から数人の足音と共に声が聞こえる。


「な、何だこれは!!」

「大丈夫かお前ら!!」

「何だコイツ!!」


 駆け付けたのは先に森でエルビたちを探しに行った炭鉱夫たちだった。


「アンタ達、早く村に運ぶよ! エルビとルデック出てきな! 皆早く行くよ!」

「姐さん、わかった」

「息があるぞ!」

「立てる奴は居るか?! お前ら村に運ぶぞ!!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「オラアァァッ!!」


 西の森・アイーネ国側。勇者の雄叫びが森中に響き渡り、拳のみの対話が両者の間で激しさを増していた。


「オラァ!! ラアァッ!!」


 勇者は渾身の猛打を翁の総面に放ち続ける。しかし、翁の面は連撃を淡々と弾き返す。


「その程度か」

「ジジイッ!! オラァ!!」


 勇者の拳が空を切り軌道が逸れ胴ががら空きになった一瞬の隙。


「ぐハッ!!!」

 翁の面は途切れなく勇者の身体に剛打を叩き込んでいく。

 

 どれもが強烈な一撃一撃はさらに勇者を追い込む。内臓は押し潰れ、血を吐き出す。勇者は激しい痛みに耐えながら起き上がろうと顔を上げた。


「ぐッ……ッ!?」


 ――――――が、既に拳が待ち構えていた。


「グフッ!! ………ハァハァハァ」


 意識が遠のく中、すぐ背後に迫る黒い影。最も女神が危惧していた最悪な状況だった。闘いの最中さなか、既に出血が致死量に達していた。


「もう終わりか。小僧」


 残された選択は限られていた。死を悟り何もかも諦めるか、眼前の敵に背を向け逃げるか、すべてを棄て命をうか………しかし、それらは勇者の中には存在しなかった。


「ハァハァハァ……………面白れェ」


 目の前の強敵に対し笑ったのであった。揺れ、薄れる視界の中、目の前の遥か彼方に居るような敵に対し拳を構える。


「続きだ」

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