第12話 蠢く闇

 西の森。サイグ村とアイーネ国とのあいだを隔てる大森林。白く巨大な樹木が幾つも繁茂している、その光景は神殿の石柱群を彷彿させる。

 西の森内に四つの人影。アイーネ国に向かう三人と一体。勇者は女を背負い、女神と精霊は先導する。


「リルちゃん、有難う。貴方のおかげで迷わなくて済むわ」

「チッ、いい加減にしろよクソBBA。毎回毎回ラリってんじゃねぇよ」

「………言っておくけど、これ迄一度もクスリなんてやった事ないわよ」

「はァ? シラフかよ。BBA、病んでんのか」

「病んでないわよ!!」

「んなワケねぇだろ。頭ミテ貰え」

「だから病んどらんわ!! てか、BBA言うな!!」


「………? おい、BBA。何かキコエねぇか」

「………えぇ、何かを叫んでいるように聞こえるわね。BBA言うな」


 私達は声のする方へ目線を向けると、その先に無数の灯りが見えた。それは誰かの名前を叫んでいるように聞こえる。


「もしかして」

 と思い、近寄る。段々と発する声と姿形が鮮明になってゆく。


『おーーーーい!! ルデック!!! エルビ!!!』

『どこだ!!』

『返事しろ!!』


 無数の光は松明を持った炭鉱夫たちだった。恐らく、炭鉱内で会った幼い二人の子供たちを探しているのではと思い、私達は急いで彼らに近づいた。


「おい、誰かいるぞ!!」

「なぁ、あんた等。二人の子供を見なかったか?」


 私は炭坑内で二人に出会い無事である事、仲間の一人がサイグ村まで同行している事を話した。それを聞いた彼らは曇っていた顔が段々と安堵した表情になっていく。


「そうかそうか良かった。無事で良かった。有難う冒険者」

「全く、炭坑には近づくなってあれほど言ったのにな」

「いやぁ、全くだ。たぶん、ルデックがエルビを連れ出したんだろう。あのいたずらボウズ」

「とにかく、本当にアンタ達には感謝している。村に着いたらアンタの仲間に伝えておく。それじゃ気をつけてな!」



◇◆◇◆◇◆◇◆



 騎士は女神たちと別れてから妙な胸騒ぎが止まらなかった。まるで役割を与えられあつらえられた舞台で演じているかのような感覚。この状況が誰かの思惑通りに動かされているかのように。


「……」

 先程からの違和感、悪寒は何だ。どちらにせよ早く戻らねばな。


「あ、あの……その」

「? あぁ、暗いから不安だったかな。であれば少し」


「ち、ちがうよ」

「ぼ、ぼくたち。わ、わるいことしたんですか?」

「悪いこと?」

「おんなのひとにおこられた」


「……」

 この一帯で生まれ育った者は魔物を見ぬまま成人する。同じく、知見せぬまま寿命を迎える者が多い。今回は好奇心が勝った子供と、それら偶然と思惑が重なって起きてしまったが故の事象。

 しかし、我々との時機が合わなければ命の危険さえあった。そのことでシャルデュンシー様は、一刻も惜しかった時間を割いてまでも真剣にお叱りになった。それが今、効いたのか彼らは涙目を浮かべている。


「う……ぐすっ」

「お、おい。なに……なきそうになってんだよ」

「少し、私の話を聞いて貰えるかな」 


 騎士は膝を付き、彼らに目線を合わせる。


「今の君たちより年が少し上の頃だったか、己の知識や剣の技を磨くために色々と無茶をしてしまったことがあった。その事で私は叱られたんだ。自分では悪いことをしたつもりはなかった。寧ろ、正しいと思って行動していたことが周りに心配をかけてしまっていたんだ」


◇◆◇◆◇◆◇◆


『レミファードさん。貴方の思う強さとは一体何でしょうか?』


『はい、ペトス司教。それは民や国を第一に考え、護るためであれば己の命さえいとわない献身の心です』


『貴方の言う通り、騎士として戦いでの死は名誉であるとされています………しかしですね。私は命とは、命をつなぐために存在していると思うのですよ。神が与えて下さった、身命を我々人間が自己の意志で取捨しゅしゃすべきではないと』


◇◆◇◆◇◆◇◆


「子供ながらに悟ったよ。自分の命は自分のものだけじゃない。故に命は何ものにおいて最も尊く重いと。先ほど女性が怒ったのは、何ものにも代えがたい君たちを思っての事なんだ。もし、魔物に出会っていたら無事では済まなかっただろう」


「う……うん」「ごめんなさい」


「………そう言う私も先ほど叱られたばかりで、君たちに言えたことではないと重々承知している。しかし、一つ言えるとするならば」


 再び、彼らの目を交互に見つめる。


「素直に謝れば伝わるはずさ」

「う、うん」「は、はい」

「では行こう」


 …………しかし、レティーナ様曰く。『全て塞いだ』と言っておられたが魔力供給が切れ、崩れた隙間から入って来たのだろうか。しかし、短時間でしかも子供の足で中腹ここまで来れるか? 


「一つ尋ねたい。入口は白い何かで塞がれていたと思うのだが」


「うん、しろいのがたくさんあったよ」

「でも、があけてくれた」


「黒い鳥の人?」

 


◇◆◇◆◇◆◇◆


 

「あれ? ねぇ、もしかしたら。あの人もサイグ村の人じゃない?」


 私たちが炭鉱夫と別れてから、距離的にも時間も経過していなかった所に小柄な老人。しかし、それがあごに白髭が施された翁の総面そうめんだと気付いたのは、月下に照らされて間もなくだった。


「………いや、ちげェな」


 翁の総面は灰色の中華の武術服をまとい。灯りを一切持たず、茫然ぼうぜんと立ち尽くしていた。


「まさか……!」

「あぁ、敵だ。BBA、アマを頼む」


 将太は背中のレティーナをそっと降ろす。彼の目線は目の前の敵へ、鋭く尖っていた。


「こっからは一人で行け」

「駄目よ! 先の戦闘で血を多く流し過ぎた、これ以上闘えば」

「それじゃ間に合わねぇだろ!」


「はぁはぁはぁ」

「レティーナ!!」

 解ってる。痛いほどに解ってる。けど、命を天秤にかけるなんて今の私には………出来ない。


「俺に背中アズけろよ。スグ、追いつく」

「………将太」

「さっさと行け」

「必ず、絶対よ。帰って来て」

「あぁ」


 女神は急いで女を抱き上げると森の奥へと消えて行った。勇者はその後ろ姿に一瞥を送る。


「待たしちまったな……あ?!」


 両者の間は無に等しかった。翁の総面は一瞬の間に間合いを詰めていた。そして、軽く握った縦拳をゆっくりと勇者の目の前に差しだす。


「テm」


 静かに湧き出る、まるで氷塊のような殺気。


「!!!」


 冷たく重く鋭い縦拳。勇者はそれに身を震わせた。咄嗟とっさに胴を反らす。

 ――――――勇者の真横を拳が通り過ぎる。


「ハァハァ」


 ――――――ほんの一瞬。ついさっき迄、縦拳で軽く小突いてくるかのように勇者の目には映っていた。まるで、闘う気が全く感じられなかった突き。しかし、その拳が勇者の制空圏せいくうけんに触れた途端……それは牙を剥いた。


「ッぶネぇ!!」

「勘が良いな、小僧」

「………テメェ……なんだ今の」


「どうした。儂と話がしたいのか?」

「ッ!! このジジイ、上等だッ!!」

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