第7話 勇者らしくない勇者

 ――――――――夕刻。日を背にして伸びた三つの影が夕暮れのアイーネ国を彩る。



「おーい! 英雄たちが帰ってきたぞ!!」「あの真っ黒なのが勇者様か」「なんて美しい御方なの」「皆様方。誠に感謝致します! 有難うございました!」


 アイーネ国民は我々の帰還を祝福した。私とレミファードは歓声に手を振り応える。


「お母さん。あのお姉ちゃん、キレイだね」

「こ、こら。女神様よ」


 お姉ちゃん……子供は正直ね。うふふ。

  

「おい、BBA。腹減った」

「……」

 

「将太」

「あ? んだ金髪」

「貴様のおかげでアイーネ国に笑顔が戻った。感謝する」


「んじゃメシおごれ」

「メシ? 食べ物のことか?」

「あぁ。喧嘩の後ったらメシ食ったり、酒飲んだりスンだ」

「酒? 馬鹿言え!! スケルトン襲撃があった直後だぞ!! 第二波が来てもおか」


「少しくらいなら、いいんじゃない?」

「シャルデュンシー様! しかし」

「確かに貴方の言う通り、スケルトン軍以上のクラスが来てもおかしくはないわ」

「なら、猶更!」


「でも、安心して。どんな奴が来ても私が張った結界が護るわ。誰も死なせたりはしない………それにこれ以上、長居はできないと思うから」

「!?」


「だから、今日は民と触れ合いたいの………あらそれとも、私の力じゃ心配?」

「そ、そのような事は微塵もございません!! ただ」

「レミファード、貴方は堅過ぎるわ。もう少しぐらい余裕を持たないとだめよ」

「……はい。承知致しました」


「おい! んで、どースンだ。食うのか、食わねーのか」

「シャルデュンシー様のお許しを得た。深謝してたらふく食え」

「財布ン中空っぽにしてやんぜ」

「それは食い過ぎだ!!」


 悪垣将太……勇者らしくない勇者。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 酒場・グラス。アイーネ国でたった一つの酒場。昼間の襲撃が嘘のように酒場は賑わっている。民たちの歌や踊りでアイーネ国に少しずつ笑顔が取り戻っていく。ようやく見ることができた表情。私も彼らと共にそのひと時を楽しんでいった。


「ほんと、よく食べるわね」

「食い意地だけは一人前だな」

「ガブガブ。ゴクゴク。んっぐ――――――ふぅ、まぁな」


「あ、あの! 少しよろしいでしょうか?」


 髪が緑色の若い兵士が食事をしていた我々に声を掛ける。


「君は、リクル君」

「はい! レミファード様! アイーネ国・兵士見習いのリクル・ロールです!  皆様とぜひ、お話をと思いまして!」


 少年・少女にも見える中性的な顔立ちで、その瞳はキラキラと輝かせている。


「うふふ。勿論いいわよ」

「有難うございます!! お話ができて光栄です!! 先ほど御三方の戦闘を間近で見れてとても感激致しました!! 勇者様は荒々しくも豪快な殴打でスケルトンを圧倒! 我々との距離があったのにもかかわらず凄く気迫が伝わってきました!!」


 その言葉に将太は手を止める。


「ほーぅ。中々ワカってんじゃねーか」


 どうやら嬉しそうだ。

 

「はい! かの有名なレミファード様の音速の剣技は美しく、そして華麗。戦闘中だというのに見惚れてしまいました!」

「照れるな」


「シャルデュンシー様の温かいお言葉。その場にいた誰しもが勇気づけられたことでしょう! どんな魔法よりも最も効果があると思います!! いや絶対にです!!」

「うふふ。良かったわ」


「はい!! 皆様方、本当にありがとうございました!!! アイーネ国一兵士として精一杯努力して皆様方のお役に立てられるようになりたいです!!!」


「オメェ中々ミコミあんな。強くなれるぜ」

「あぁ。確かにな」「そうね。頑張ってね」

「! ありがとうございます!!」


 リクルの背後から、鎧の軋む音が近づいてくる。


「そろそろ、行くぞ。リクル」

「は、はい! シリス隊長!!」


「それでは、勇者様。レミファード殿。シャルデュンシー様。私たちは行くとします。アイーネ国の兵たちよ! 時間だ!」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 レミファードは正門を背にして眼下に広がる夜の草原を監視していた。意図の読めない敵は何を仕出かすか分からない。彼はこれまでの経験を生かして様々な視点で考えたが結局、満足のいく答えには辿り着いていなかった。


「私のような若輩者ではまだ経験が浅はか。真に至らないのは当然か……しかし、静かすぎる」


 静まり返った、アイーネ国。盛大に行われていた宴は終わりを迎えたのか。結局、あの将太という男。シャルデュンシー様の神酒を飲んですぐ、倒れるように寝てしまったからな。……大口を叩いていた割に下戸とな。


「あら、レミファード。ここに居たのね」

「! シャルデュンシー様、それにペトス司教まで。もうお休みになられているのかと」

「ちょっと二人で話し合っていたの。あのスケルトンたちのことをね」


「! では、やはり」

「えぇ。自然発生したものではなく、人の遺体を基にして作られたものだったの」

「……やはり」


「そこで、彼らを供養するためにペトスさんと話し合ってたのよ。後日、共同墓地に埋葬してくれるみたい……ね、ペトスさん?」

「はい。ただ今、アイーネ国兵士総勢で掘削中です。魂が天へと昇るために我々がするべきことは、ご遺体を安らかなる地にて埋葬することに御座います」

「えぇ」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「栄光あるアイーネ国・兵士として、戦闘で活躍できなかった分ここで働くのだ!! 皆、心して作業せよ!!」

「「「はい!!」」」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「そういえば、レミファード。途中で宴の席を飛び出しちゃったでしょ? 見張りは大丈夫って言ったのに……もう寝なさい」

「しかし!」

「これは命令よ。休みなさい。それに夜風に当たっていたいの……ね? 交代」


「……私にはどうしても出来ませぬ。騎士として民とシャルデュ」

「もう、仕方がないわね。聖なるフォールン癒しの光ライトニング

 

 彼の瞳に両手の平を向ける。

 

「!? うッ…………」

 

「レミファード殿! どうなされた! シャルデュンシー様、これは一体!?」

「大丈夫。ただ寝ているだけですよ。ペトス司教、彼を連れて行っていただけますか?」

「畏まりました。失礼します」

「二人とも、お休みなさいね」

「はい」「……」



「…………ふぅ。あのスケルトンは、私たちがここに来てから召喚されたのよね」


 そう、タイミング的に間違いない。私たちの目的を知っていて、それの妨害を狙った犯行。今回はスケルトンだったから良かったものの……。なら、これ以上アイーネ国を危険に晒すわけにはいかない。本当は今すぐにでも出ていかないといけないのに……頭ではわかってる。でも、せめて今日ぐらいは…………。

 

 女神は寂しそうに溜め息を吐いた。

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