第2話 誰だテメェ!!

 温かみのある高く澄んだ声で、背もたれに寄りかかった男を起こす。目の前に座る男は、朧気な細いまなこを徐々に開いていく。


「………うっ」

「よく寝ていましたね」

「誰だテメェ!」

「!?」

 て、てめぇ?

 

 眉がピクリと動いたが、すぐに気を取り直す。


「私は女神シャルデュンシー。貴方をここに召喚した者です」

「はぁ? てか、ここはドコだ!!」

「ここは、女神の間と呼ばれる場所です。人間……」

「何言ってんだ。BBA」

「界でいうところの神殿……ん?!」


 あれ、今一瞬。ババ……いくら何でも聞き間違えよね。女神って言ったもんね。


「ごめんなさいね。よく聞こえなかったわ。もう一回、言ってもらえるかしら?」

「BBA!!」

「……」

「どうしたBBA」

「がッ……誰がBBAよ!! 初対面のひt……女神に対して使う言葉じゃないでしょ!!!」

 何なのコイツ!! けど、怒っちゃ負……


「ちっ。更年期かよ」

「はい?!」

 抑えるの抑えるのよ。ぐっと堪えて、女神シャルデュンシー。彼にはこれから勇者をやってもらうの。勇者は世界にとって大切な存在。

 右目の眼輪筋をピクピクさせながら、無理やり笑顔をつくる。


「おい。元の場所に帰せ!!」

「え?」

「帰せって言ってんだよ!!」

「ふぅ、まぁまぁ落ち着きなさい」

「あ?」


「そう言えば、(誰かさんのせいで)説明が途中でしたね。死んでしまった貴方は勇者として選ばれたのよ」

「死んだだと? 生きてるじゃねぇかよ!!」

「えぇ、今は生きている。けど、ついさっきまで貴方は死んでいたの……最後に喧嘩していた時のこと覚えていますか?」

「あぁ、覚えてるぜ! あいつ等はぶっ殺しても殺したりねぇな」


「……そう、覚えているのであれば説明は省きますけど。傷が癒えていることに不思議だと思いませんか?」

「ん。確かにな……なんでだ」

「私が女神で傷を癒したからです」

「女神?」

「そう女神です」


「神なんているわけがねぇだろ!!!」

「な!」

 コイツ! 私の存在を否定!?


「BBAの戯言に付き合っていられるほど暇じゃねぇんだよ!! 元の場所に帰しやがれって言ってんだよ! BBA!!」

「BBAじゃないわよ!! 女神よ!!」

「その白髪どう見たってBBAじゃねぇか!!」

「白髪じゃないわ!! ミルキーホワイトよ!!」

「ホワイト……白髪じゃねぇか!!!」

「かっ……」



 女神である私をBBA呼ばわり。なんて下品な奴なのかしら。本当に勇者なの? なんかの間違いなんじゃないの? ……コイツとは会話すらままならない。このまま奴のペースに乗せられる前に会話を変えなければ。


「……そういえば貴方、勇者って知ってる?」

「あ? 知らねぇよ。んだよ、ユーシャってよ」

「そう。最近の子は勇者になるの早いって聞くけど、その口ぶりから察するに勇者やったことないでしょ」

「ある分けねぇだろ! 話聞いてたかBBA。耳クソ詰まってんのか?」

「詰まってない、全部聞こえているわ。あと、BBA言うな」

 ここで、怒ってしまったらコイツの思うつぼ。


「でも、貴方。勇者すらやったことないなんて……お子ちゃまね」

「んだと!」

「恥ずかしくないのかしら。未経験ってことに」

「テメェ! いい加減にしろよ!!」

「まぁまぁ、落ち着きなさい。勇者になって魔王を倒してからでも遅くないでしょ?」

「クソBBA!! 話聞いてたか! 俺は」

「周りからナメられるわよ」

「何だと!?」







『悪垣ィ! テメェまだ勇者になってなかったのかよぉ! 俺はもうガキんときに済ませてるぜぇ! ダッセ』


『将太……勇者になったことすらないお前とは、もう喧嘩はできないな』


『ガハハハハハハハハハハハハハハハ』







「上等だゴラァ!! やってやろぅじゃねぇかぁっ!!!」

「契約成立ね」

 ふっ……単細胞でよかったわ。シャルデュンシーは腹の内でも、ほくそ笑んだ。



「そうそう、契約書の前に伝えておくんだったわ」

「あ?」

「重要な話だからよく聞いてね。貴方は貴方が生まれた世界のルールに従わないといけないの。これは神である私でも変えることができないの」

「何が言いてぇんだ」

「今後、もし死んでしまったらってこと。だから肝に銘じてね」

「俺が死ぬワケねぇだろ」

「そうね。簡単に死なれちゃ困るわ。でも、そうならないように私がサポートするから」

「あ? ンだこれ」

「契約書よ。ここに貴方の名前を書いてもらえるかしら……名前書ける?」

「そんぐれェ書けるわ!!」


 彼はペンを置き、紙を私の手元に向かって投げつける。


「これでいいんだろ」

「ええ」

 名前も間違ってない。バッチリね。


「では改めましてよろしくね。悪垣わるがき 将太しょうた

「おう。BBA!」


 コイツ……


 女神はニッコリと微笑みながら、拳を背中に隠した。

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