第3話 そ、素質はあるの

 契約書事務作業的なことを終えたのち。数時間にも及ぶ説明の末、彼にこれから行く世界の諸々を教えたんだけど……伝わったはず。


「……つまりよぉ。マオウってのをぶっ倒せばいいんだな?」

「そうよ……うん。そう、そうなの」

 ふぅ、伝わったみたい。よかっt


「だったらよ。今すぐマオウんとこ行ってぶっ飛ばせば、済む話じゃねぇか!」

「!?」

 伝わってなかった。


「ちゃんと聞いてた? 今の貴方が行っても無様に負けるだけよ」

「んだとBBA!!」

「落ち着きなさい。あとBBA言うな! 魔王だけじゃなくて、色んな奴とも戦いたいんでしょ?」

「あ? 俺は暇じゃ……ん、それもありだな」


 ふ、単純。

 

「それに、最初に行くところは決まっているのよ」

「どこだよ」

「いい質問ね! 特別に応えてあげる」

「もったいぶってんじゃねぇよ。BBA!」


 コイツ!


「もう忘れたのかしら? 私の名前は、シャ・ル・デュ・ン・シーって言うのよ!!」

「長い。BBAでいい」

「!?」

「はよ言え」

「いいわよ! わかったわよ!! 教えてあげる!! であるこの私を信仰している国……アイーネ国よ!!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ステンドグラスから透ってくる光だけで、ここサダス教会の照明は保たれている。祭壇の前で、兜を外した金髪の騎士が膝を折り、女神像に向けて祈りを捧げていた。


「女神シャルデュンシー様。我らにご加護を…………ん? なんだ」

 ボワンって音がし……

「ぐびやぁ」


 背部に強い衝撃が走る。踏まれたような感覚……いや踏まれた!! そいつ等は私を石畳であるかのように踏みつけていく。


「あ?」

「え、誰かいたの?」


 声でわかる二人組の男女だ。


「イタタ。誰だ! ここは祈りを捧げる神聖な場所であるぞ………」

 不届き者たちを一喝しようとしたが、その考えは一瞬にして消えた。言葉を失うとは正にこのこと。雷が全身を駆け巡る。

 

「なんと美しいお方だ」

 心の声が言葉として出てしまう。私は悟った。貴女に些細な嘘さえつくことはできない。正直者になってしまう。


 若い騎士は女に詰め寄る。そして恐る恐る問う。


「もしや、貴方様は女神シャルデュンシー様では?」 

「え」

 純粋な目をした若い男が私に語り掛けてくる。


「今にも溶けそうな、ミルキーホワイト色の長く光沢のある髪に、美しく整ったお顔。純白のキトンに鴇色の羽衣を纏っておられる。その神秘的なお姿は、この世に二人とはおりませぬ」

「そうかしら」

 ……新手のナンパ師?


「こちらの女神シャルデュンシー像をご覧ください」


 振り向くと、胸の前で手を組んでこちらを見つめる女神像があった。足元には『女神シャルデュンシー』と書かれている。


 これが、私……いや、老けすぎだろ!! 誰だこれ造った奴!!! 皺が目立ちすぎんよ!!

 目を輝かしている彼には悪いけど、これ私じゃないわ。認めたらBB


「BBAだな」

「うるさい。黙れ」


 咳払いをして、騎士風の男に尋ねる。


「えぇ。私は女神シャルデュンシー。敬愛なる信徒とお見受けしますが貴方は?」

 『あれが私? 冗談じゃない!! これが本物よ!!』と言わんばかりの女神フェイスで彼を見つめる。


「お会いできて光栄であります! 貴方様にお会いしたく……もう何と言ったら」


 騎士は涙を流し、鼻をすする。


「申し訳ございません。感極まってしまいました」


 そして息を整える。


「私はレミファード。聖騎士であります。ほら、お前も挨拶しなさい」


 爽やかな青年は、胸元のマントの裾を捲る。


「あら。可愛い精霊さんですね。お名前は? ……うふふ。可愛らしいわ」

「シャルデュンシー様に名をお褒めいただいて、名付け親として鼻が高いです」

「……オメェら何やってんだ。頭イカレたか?」 

「「え」」


 微妙な空気があたりを包む。


「将太。見えてないの?」

「何がだ」

「この子よ。精霊よ」

「いねぇだろ」

「ここよ!」

「馬鹿にしてんのか。それともテメェら、クスリでもやってんのか」

「「……」」


 空気がさらに濃くなる。


「……シャルデュンシー様。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「彼は一体何者ですか? 奇怪な服装に鋭い目つき。到底、天使とは思えません……はっ! もしや、私の信仰心が足らなかったばかりに……」

「レミファード。顔を上げなさい。貴方の信仰心が足らなかったのではありません。彼の名は悪垣将太。私が異世界から召喚した勇者です。服装が奇怪に思えるのは、彼が服のセンスがないからです」

 本人が目の前にいるが気にしない。愚痴を漏らす。嘘は言っていない。


「なんと、彼が勇者。しかし、猶更。精霊この子が見えないとなると」

「そ、素質はあるのよ。素質は」

 将太ごめん。弁解できない。

 

「テメェら。何コソコソしてんだ」

「ほら。将太も挨拶しなさい。レミファードさんが困っているでしょ」

 勇者であろう男の背中を叩きながら、前に押し出す。

 

「ん。あぁ、そうだな。俺は悪垣将太。このBBAに拉致パクられ」 

「ちょ!」

  

「き、貴様!! 今なんと言った!!」

「はぁ?」

「私の聞き間違いかもしれぬが、もう一度申してもらえるだろうか?」

「ちっ、仕方ねぇな。『俺様は悪垣将太様だ! このBBAに拉』」

「無礼者!!」

「うお!」


 レミファードは抜刀し、将太に切りかかった!!

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