Swingin' The Born To Your Bady
session 003
肩まで無造作に伸ばした桜色の髪。
「あーー!」
気がつくと、その手を両手で掴んでいた。
「…なに?」
「君、この学校の生徒だったんだね!! すごい!!」
彼女は
「…このあたりの若い子ならみんなこの学校の――」
「いやー! こんな偶然ってあるんだね!! 僕感激しちゃったよ!」
「…話聞いてよ。てかそれ、返して」
彼女の目線の先には僕が今思わず放り投げた帽子があった。
「あーごめん! これね、はい」
僕の手から奪い取るようにしてそれを被ると、ぐいぐいと頭に押し込んだ。桜色の髪は殆ど見えなくなってしまった。彼女の頭には大きいそれは、黒くて深くて、まるでその目的のためにあるようだった。
「ねー、なんでそれかぶっちゃうの? せっかく素敵な髪してるのに」
「あなたには関係ない」
「もったいないじゃん! ねぇ外しちゃいなよ!」
「…話を聞かないタイプだって、言われない?」
「ねぇアタナ達、もしかして知り合いなの」
そのやり取りを見ていたイサナが不思議そうに頭をかしげて、でも目線は鋭く僕達を睨みつけながら聞いてきた。胸の前で組まれた腕から威圧感を放っている。
「え? あー? うん、そうそうイサナ! 実はね――」
「初対面よ」
彼女はひどく面倒くさそうにそう言い放った。あっけに取られている僕を見て、イサナは心底疲れたようにため息をついた。
「どっちでもいいけど。これ以上の面倒事はごめんだわ。授業も始まるし。あなたもそれでいいわね」
イサナは僕越しに彼女を見て、そう言った。そう言えば争いの理由って何だったんだろう。
「ええ」
彼女の他人事のような返事に、一瞬睨みを効かせたイサナだったけど、直ぐに諦めたように吐き捨てて
「タケル、行こうぜ。またヤッちゃんに怒られるぞ」
「えっ、それは嫌だなぁ…。ねぇ君もさ、ってあれ?」
振り返ると既に彼女はイサナとは逆の方向に数歩先まで歩いていた。ことの当事者なのにそっけないというか。
でもそんなことより僕には気になっていることがあったんだ。僕は小走りで彼女を追い越してその行く手を塞ぐように振り向いた。背の低い彼女の表情は目深にかぶった帽子が邪魔して良く見えない。
「ねね、君名前何ていうの? あ、そうだ、こういう時は自分から名乗らないとね! 僕はハヤト。じゃあ次は君の番!」
彼女は何か言いたそうだったけど肩の力を抜いて答えた。
「…チエルノ」
「チエルノ…? へぇ! 珍しい名前だね!」
「わかったらもう行っていい? 私に関わらないでって言ったはず」
「やっぱり! 今朝の子は君なんだね!」
「……だったらなに」
「ねぇ、なんであの場所にいたの?」
気がつくとタケルが追いかけてきていた。彼女を挟んで向かい側から僕を呼んでいる。
「おいハヤトもう行こうぜ。早くしないと…」
「僕はさ、あの場所が好きなんだ! 今朝はワクワクしたよ! 君もそうなの!? 嬉しいなぁ! ねね、どうせなら今度一緒に――」
そう言いかけた瞬間、彼女が僕の頬を打った。一瞬なにが起きたのかわからなかったけど、パン、という音、視界に見切れた彼女の左手、そして歪んだ表情で、それがわかったんだ。
「私に関わらないで。あなたには関係ない」
呆気にとられている僕を置いて、彼女は歩き出した。同じく驚いていたタケルが静止しようとする。
「おい、ちょっとアンタ…」
「…三度目。私に関わらないで」
そう言って、彼女は校舎の角に消えていってしまった。
∑∑∑
教室に戻ると、僕は笑い者になっていた。
ハヤトがいきなりデートに誘っただの、平手打ちでフラれただの、みんな好き放題だ。僕は窓側の席に座ってそれを黙って聞いている。若干内容は違うんだけどなぁと思いながらも、間違っている訳ではない所が辛い所だ。
ただそれも、僕の後ろに座る学年代表生のイサナが大きく喉を鳴らすと、一瞬で静まり返った。教室が騒がしいのが面白くないらしい。綺麗にそろった赤髪がまるで炎のようだ。
∑∑∑
「それにしても驚きだよねー。ハヤトが女の子口説くなんて」
下校時刻を過ぎた頃。校舎裏の街道を四人で歩いている時の事だった。茶化すように話しかけてきたのがミヤビ。ミヤビは同じクラスの女の子で、明るい癖っ毛をツインテールにした、元気で可愛らしい子だ。他にはタケルとイサナがいる。
「本当驚いたぜ。あんな人前でさ」
今でも楽しそうなのはタケルだ。イサナは一番うしろでムスッとしている。
「しっかし、ハヤトが女の子に興味があるとは思わなかったなー! しかも年上! チエルノさん、美人だしねっ」
「え? あの人年上なの!? 年下かと思った! でも僕達三年生だよね?」
ミヤビが言ったことに驚いて聞き返すと、タケルが呆れたように答えてくれる。
「ハヤトお前本当何も知らないんだな。彼女は俺たちの一学年上の代表生だったんだぞ」
なるほど、と思った。だから彼女は有名だったんだね。僕はあまりそういう事に興味が、と言うか人に関心が無くて知らなかっただけだったみたいだ。一生懸命頑張る人ほど、学年代表生っていうその存在は意識する事になるだろうから。そしてもう一つ、なるほどって思ったことがあった。
「えーそうなんだ! だからイサナは知ってる風だったんだね! ねね、彼女どんな人?」
「あらやだ、ハヤトったら本気ぃ~?」
間髪入れずにミヤビが茶化す。さっきからテンションの低いイサナは面白くなさそう、というか迷惑そうに言った。
「別にどんな人も何も、助けてあげたのにお礼も言わず、あんたに平手打ちするような、心も体も色々足りてない人よ」
「おいおいイサナ。それはまた厳しいな。せっかくハヤトが興味持ってんのに」
「…だから何よ。事実じゃない」
「ねーねーイサナ。チエルノさん、なんで私達と同じ学年にいるの?代表生だったのに留年とか、あるの?」
切り出したのはミヤビだ。それは僕も気になっていたんだ。
「それ、一応プライベートなんだけど」
「えーイサナかたーい」
「…まぁ、彼女も隠している訳じゃないし、いずれ分かる事だからいいか」
そういってイサナは立ち止まって、言った。
「バディを死なせたのよ。卒業前の、派遣演習で」
∑∑∑
学校裏の街道を抜けると、生徒たちの宿舎がある。何かの研究施設と併設したような校舎は広大だが、それに比べて宿舎はさほど大きくない。
街道沿いで日用品等のこじんまりとした商売を営む人以外はこの周辺に住んでいる人は居なかった。一歩区画を出れば、人の手が入らなかった自然が
それは宿舎の二階の窓からも見渡せて、一方で最新型教育施設の物々しい姿がアンバランスな情景だった。遠く窓の向こう、太陽が緋色の光線を放ちながら一際高い校舎の影に埋もれていく。
それを宿舎食堂のテーブルに頬杖をついて見つめるイサナにタケルが声をかける。
「あんな言い方しなくてもよかったんじゃないか」
「…今はあんまり聞きたくない」
「あれは事故だ」
イサナは黙ったままだ。そうこうしている間に太陽はすっかり校舎に隠れてしまった。空はあっという間に群青に染まっていく。
「俺たちも三年生だ。時期がくれば俺たちも派遣演習に行くことになる。誰の身にも危険はあるんだ。お前のバディだって、怪我をすることだってあるかもしれないじゃないか」
「あたしなら、そんなことさせない。それが誰だって。あたしはカノジョなんだから」
「それを言うなら俺だって。カレシである以上、そんな事はさせない覚悟があるさ。でも実際は何があるかわからない。お前がいくら優秀だからって――」
「もう寝るね。おやすみ」
そう言って背を向けて自身の部屋に戻っていった。
「イサナ。お前…」
∑∑∑
街道から逸れるように旧市街を抜けていくと丘があり、その先には破棄地区がある。表向きは人が住んでいないとされているけれど、実際には人が住んでいた。シンおじさんもその一人だ。インフラが完全に停止したこの地区での生活は全てが自給自足でその水準は低いし、安全とは言えない。住んでいるというより、住み着いていると言った方が正しいかもしれない。
そんな場所の一角に僕の隠れ家がある。一階はボロボロで変な植物やらが生えそろっていて使い物にならないけど、二階は無事だった。宿舎の方が当然環境はいいんだろうけれど、僕はここが好きだった。何よりあの場所に近いし、いつ出かけても宿直員に咎められないからだ。面倒くさい人間関係もないしね。
窓の外を見ると月が綺麗だった。満月の輪郭がびっくりするほど明確で、それは空気がとても澄んでいることを示していた。ここらへんの空気は砂塵やら植物の胞子やらなにやらでたいていは少し霞んでいるので、これは大変珍しくて貴重だった。じゃなければ、今朝のようにあんなにくっきりあの場所が見える事も無い。
僕はベッドに寝そべって今朝の事を思い出していた。それだけでワクワクしてくる。どうしてみんなはそんなに興味がないんだろう?あんなに不思議で魅力的なのに。
そこまで思って、急にあの子の顔が頭によぎった。桜色の髪の、チエルノさん。
(バディを死なせたって、どういう意味だろ)
僕はまた二階を飛び出して屋根から屋根と飛んであの崖に向かった。流石に夜も深いからシンおじさんが住んでいる屋根は避けて通った。また怒られちゃうしね。
あの崖に手を伸ばして登ろうとした時、ふと気になるものが目に入ってきた。超望遠鏡を構えて除きこむと街道を歩く人影がある。背中には長物、夜でもしっかりと目立つその明るい髪はひと目で誰かわかる。
(チエルノさんだ。こんな時間に何してるんだろう)
彼女は周囲を気にした後、急に方向を変えて崖の茂みに姿を消した。その先には今朝(といっても時刻がまわって昨日になるかな)彼女と遭遇した見晴らしのいい丘がある。
僕は気になった。好奇心となんだかなんとも言えない胸騒ぎがして彼女をつけてみることにしたんだ。
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