session 002

 二限目の終了を知らせるチャイムが鳴ってもまだ、僕の頭はジンジンと痛かった。


「ハヤト、大丈夫か?」


 見上げるとクラスメイトのタケルが立っていた。僕を心配して来てくれたのだろう。


「タケル、おはよう。こっちはなんとか…あいたた」


 タケルは身長が高くて美形でその上優等生、気の良い奴でクラスの人気者。こんな僕にかまってくれる数少ない友人の一人だ。一つ前の席にどかっと座って僕の頭を撫でている。そこにしっかりとタンコブが出来ている感触に驚いていた。


「すごい音したぞ。相変わらず手加減ないな、ヤっちゃんは」


「はははは…星が見えたよ」


 ヤっちゃんとは僕にタンコブが出来るほどの一撃をくれたヤスコ先生のあだ名だ。遅刻した僕がこっそり教室に入ってくるのを待ち構えて、頭の上からタブレットチョップをお見舞いしたのだ。お陰で頭が痛くて授業どころじゃなかった。こういう学校だから体罰がダメとは思わないけど、これじゃあ逆効果なんじゃないかなぁと思わずにはいられない。


「それで、どうだった?見に行ってたんだろ、アレ」


 タケルは身を乗り出して耳打ちする。その言葉に僕は今朝の光景を思い出して一気にテンションが上がった。


「そうなんだよ! すっごいよ! 遠くまで曇り無く見えてさぁ、そう! ニッポン桜も咲いててさ!」


「マジか! やべーな!」


「もうどれも教科書に乗ってるやつなんかよりすっごい綺麗でさ! 桜の色なんて…あ、そういえば」


 気がつけば大手を振って語っていた僕だけど、ふと気になることがあったのを思い出した。


「どうした?」


「ねぇタケル。浄化空砲ってあるじゃん?」


「ん、あれか。圧縮した空気を弾丸として撃ち出すって言う…」


「そうそうそれ。どう思う?」


 タケルは腕と足を同時に組んで考え込んだ。それが中々様になっている。


「どう、って言ってもなぁ。射程は短いし連射は効かないし、その上燃費が悪いって聞けばなぁ。活動範囲を考えても『近接系のMIの方があらゆる場面で優位』って論文が出てから授業でも取り扱ってないような代物シロモノだろ。…ハヤト、お前まさかと思うが」


「いや、そうじゃないんだけどね、ちょっと気になって」


 目を細めるタケルに向かって両手を大きく振って否定した。けれどその疑惑は晴れない。


「辞めといたほうがいいと思うぞ。まぁなんだ、焦る気持ちもわかるが、ハヤトにはハヤトの良さってのがあるんだからさ」


 そして背中を叩かれた。そんなつもりじゃなかったんだけど、こうして落ちこぼれの僕を励ましてくれるのはタケルくらいだった。優しいやつなんだ、タケルは。


「そのうち捕まえてバリバリ活躍してさ、そんで一緒に行こうぜ、あの場所にさ」


 タケルの笑顔が眩しい。きっと本気でそう言ってくれているんだろうけれど、それが逆に辛いんだ。


「そのことなんだけどさ、…僕、やっぱり一人で行こうと思うんだ」


「えぇ? 何言ってんだよ、つれねぇなぁ」


タケルはそう言って笑顔で肩に腕をまわしてくる。


「僕はタケルみたいに強い持ってないし…MIも役に立たないし…僕じゃきっとを守れないから…」


 最初は笑っていたけれど、僕のその言葉にタケルは眉間にシワを寄せていた。


「ハヤト…お前…」


 人間、努力でどうにかなるものとそうでないものがあると思う。僕は努力が好きなタイプじゃないけれど、全くして来なかった訳じゃない。けれど、こうしてクラスメイトを見ていて思うんだ。僕にはやはりその資格が無いんじゃないかって。


 そんな時だった。


「おいお前! 調子にのってんじゃねーぞ!」


 荒々しい声が三階の教室まで響き渡った。声は外からだ。みんな一斉に窓から顔をだした。


「シカトかよ!」


 見下ろすと人影が二つ。叫んでいるのはガタイがいい生徒で、もう一人の帽子をかぶった小柄な生徒を突き飛ばして、壁ドン状態だ。


「ち、アツシ、またあいつかよ…懲りねぇなぁ」


 タケルが頭を抱えながら言った。アツシは良くいるいじめっ子で、なんでも力で解決したがるタイプだ。あいつに絡まれた奴は沢山いて、校内でいう自然災害みたいなものだ。僕も何度か絡まれたことがある。


「あの子、誰だろう」


 絡まれている方の生徒。帽子を被っていてこちらからではよく見えないけど、制服は女物のスカートだからきっと女の子だ。でも、見たことがない気がする。


「お前、あいつ知らないのか? 有名だぞ」


「そうなの? 僕あんまり他人に興味ないから…」


「だろうな」


 争いの原因はわからない。アツシが一方的にまくしたてているけれど、その子は微動だにしない。何をしても響かない相手に、アツシのテンションだけが上がっていく。


「あ、あれキレるかも」


アツシの顔がみるみる赤くなって行くのがここからでも分かった。


「やべぇな、よし行くぞハヤト!」


「わ、ちょっと押さなっ…あ」


 タケルは僕が返事をするよりも早く、僕を窓から


 僕は空中で体勢を立て直して、両足で着地する。上を見返すとタケルは排水管伝いにゆっくりと降りて来ていた。


「あぶないじゃないかー! もー!」


「お前なら大丈夫だろ! ナイス時間稼ぎだ、ほら、前みろ!」


 排水管にしがみつきながら叫ぶタケルはいまいち格好良くなかったけど、その言葉に振り返れば、目の前には顔を真っ赤にしたアツシがいた。ちょうど二人に割り込む形で着地してしまったらしい。全力でタケルを恨んだ。


「なんだハヤトぉ…。邪魔しようってのかよああああ?」


 目が血走っていて最早野獣だ。右手を見れば装着されたMIがすでに起動して唸っている。アツシはやるつもりだ。


「ちょ! ねぇアツシ君? そりゃあまずいんじゃないかなぁ? ほ、ほら、ここ学校だし?」


 後ろにはその子がいる。勝手に逃げ出してくれればいいのに、相変わらずそこを動こうとしない。このままだと僕が危険だし、避ければこの子が危険だ。これでも男の子だから、流石にそんな情けないことは出来ない。だけど僕には…


「おいアツシ! 頭を冷やせって! 話なら俺達が聞くから!」


 タケルはようやく下り終えたようで、こちらに駆け出してくるものの間に合いそうにない。絶対絶命だ。タブレットチョップにその上ゲンコツなんて。なんて厄日なんだ!


「うるせぇ! 文句があるならお前からぶっ飛ばしてやる!」


 右手が大きく振りかぶられた。あの巨体から放たれる一撃は絶対痛い。僕は歯を食いしばった。


――殴られる!



「そこまでよ」



 ゲンコツがぶつかる音の代わりに聞こえたその声に振り返ると、女の子が仁王立ちしていた。鋭い眼光がアツシに、いや、僕達に向けられている。


「イサナ!」


 タケルが彼女の名前を叫んだ。

 学年代表生のイサナ。僕の知る限り、同級生で一番怒らせちゃいけない相手だ。

 なぜなら彼女はとても強くて、恐いから。


「なんだイサナぁ…お前まで邪魔しようってのかよ」


「校内でのMI使用による暴力行為は校則違反よ、アツシ。学校にバレれば、だけど」


「はっはは、じゃあなんだ、お前をぶっ飛ばしちまえば誰もチクらねえって訳だ」


「やってみる? あんたにそれができれば、だけど」


 一気に凄まじい緊張感に包まれた。窓から覗いている生徒達も息を呑んだ。僕達は完全に蚊帳の外だ。


「…生意気な女だな。がいないと自分の身も守れないクセに」


「…そっちこそ。がいないとまともに戦えもしないクセに」


 しばらく睨み合ったあと、結局諦めたのはアツシの方だった。舌打ちして、校舎の壁を殴った。風圧がすごい。こんなもので殴られていたらひとたまりもない。


「今日の所は引いてやる。次邪魔したらただじゃおかねぇ」


 そう捨て台詞を吐いてアツシは去って行った。さり際に野次馬と僕達を睨めつけていた。


 しかし一体僕は何をやっていたんだろう。


 気がつくとイサナが直ぐ側に来ていて、僕を睨んでいた。


「ねぇハヤト。あんたバカなの? あんたの実力じゃアツシに勝てるわけないじゃない。よわっちいんだから」


 イサナは腕を組んだままため息混じりに吐き捨てた。それはそのとおりなんだけど、イサナってすっごい可愛いのに、口が悪いんだよね。


「いやぁ…僕の意志じゃなかったんだけどね…はは…」


「タケルもやるならもっと上手くやりなさいよ。あのまま落っこちてハヤトが怪我したらどうするの?」


 振り向きざまに睨まれてアツシは頭をかいて笑っている。


「流石にそこまで鈍臭くないつもりなんだけどな、僕」


「ん!?」


「なんでもありません!」


 そしてもう一度大きくため息をつかれた。

 その頃には生徒達も関心を失って、殆どが教室の中に戻っていっていた。


「もう授業始まるわよ。何があったかしらないけど、これでおしまいでいいわね、あなたも」


 イサナはそう言って僕の背後を見た。そう言えば後ろの女の子は大丈夫かな!?


 さっきの拳の風圧で帽子が吹き飛んでしまったようで、僕の足元にあったそれを拾って――


 そして目に飛び込んできた光景に驚いた。


「…あ!」


 あの山の向こうで見た、桜色の髪。そして翡翠の瞳。


「あー!!」



 僕はあんまり深く考えるタイプじゃないから、この時はそんな風に思わなかったけど。


 でも今ならハッキリ言える。


 運命の出会いって、こういうのを言うんだ。

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