Timeslipとは……特異点を発生させてはならない
日が落ち、闇に包まれた京の町を駆け抜ける男達がいた。
ひとりは屋根の上を飛び跳ねながら走り。地面を走る浅葱色の羽織を着た男達は、屋根の上の男に対し苛立ちを露わにしていた。
追いかけるのがやっとで、中々下へと引きずり降ろせないまま、追いかけっこを続けている。
折角、
屋根の上を走る妖怪のような男は、腐っても大将というわけだ。
だが、そろそろ終いにしよう。地面にいる新選組の数は十数名。屋根にいる野衾はひとり。
総司に隊士達を使って野衾大将の意識を地上に向かせるよう指示を出し、俺は民家の二階から屋根の上に飛び出た。
地上を見下ろしている野衾の背がみえた。……いける。
そろり、音を立てぬよう慎重に近づき、すでに抜刀済みの刀を、野衾の背中に斬りつけた。
瞬間、発砲音。足元の屋根が撃たれ、俺は身体の平衡を崩してしまい、構えを解く。屋根の上から転げ落ちそうになるが、刀を屋根に突き刺して一歩のところで耐えた。
俺が立ち上がろうとしている間も発砲音が続き、隊士達の呻き声が聞こえ始める。
どこからか狙撃されているな。俺もいつ撃たれるかわからん、一度隠れ態勢を立て直し、野衾を斬らねば! 前を見ると。
野衾の大将の姿は消えていた。
ちっ逃がしたか……。
屋根の上から飛び降り、地面に足をつける。
銃撃もいつの間にか止んでいた。
駆け寄ってきた総司と隊士達に被害状況を確認すると、隊士数名の足が撃たれただけで死んではいないそうだ。
「野衾のやつら手を抜いたな。足だけを銃でぶち抜けるなら、殺せただろうに。新選組は相手にもならねぇってか」
「まぁいいじゃないですか。大将の顔はしっかりみましたし、特徴も覚えました。あ、僕が斬るので土方さんは手を出さないでくださいよ」
「勝手にしろ。それよりもどこから狙撃されていたか、分かった奴いるか?」
隊士達に聞いてみるが、誰一人として撃ってきた場所を把握してはいなかった。
大将もやっかいだが、銃の腕が良い野郎もやっかいだなと、屋根の上を見渡した。
鬼の副長土方が屋根の上を眺めている時。近くの屋根の裏に隠れ息を潜めていた男が二人いた。
一人は銃を構え新選組の動向を伺い、いつでも撃てるように構えている。もう一人は乱れていた息が整ったのか、懐から包みを取り出し、あんこ団子を一本頬張った。
「はぁ、ごめんクロ、助かった」
「ったく、団子買いに行ったんじゃなかったのかよ」
「いつの間にか鬼ごっごになってたんだよ。あの団子屋もう行けないなぁ……美味しかったのに」
「顔バレたのか?」
「顔っていうより、持ち物でバレたかな。できるだけ痕跡は残さず行動してたけど、まさか鞘の色と襟巻でバレるなんて……」
「最近肌寒いのに、外せと……」と悩んでいる深山に、黒田は笑いながら「まぁ会わないようにすりゃぁ問題ないさ」と言って、銃の構えを解いた。新選組は去って行ったようである。
野衾にとって新選組は警戒すべき敵だ。幕府の警察的組織という面でもだが、歴史の教科書にもしっかりと載っている組織だ。幹部を殺してしまった場合、歴史が変わるかもしれない。かなりデリケートな問題なのだ。
だからこそ野衾の大将である深山は、仲間に「新選組には手を出すな」と伝えていた。そのため黒田は銃で狙撃する際、新選組の隊士の足を狙ったのである。足ならば死にはしないし、うまい事いけば刀を振り続けられるからだ。
しかし、言い出しっぺの大将が新選組と追いかけっこだなんて、阿呆にも程がある。
今後行動には気をつけようと、思い知った深山であった。
まさかあの沖田総司がしつこく追っかけてくるなんて。しかも、笑顔でブツブツ念仏のように何かを呟きながら斬りかかってくるなんて、気持ち悪すぎた。もう二度と見たくはない。
「生の新選組、いかがでしたかなシロ殿」
「鬼の副長は写真通りでした」
「沖田は?」
「何か気持ち悪かった」
「えぇ、俺沖田総司好きなのに……」
気持ち悪いって……。と肩を落とし、屋根の上から地面に降りた黒田。深山も黒田に続き、屋根の上から飛び降りる。
団子屋にいた時間帯はまだ夕方の一歩手前だったのに、とうの昔に日は沈んでいる。
長い鬼ごっこだった。……しばらく攘夷運動はお休みだな。
「んじゃ帰りましょうか大将。夕飯は揚げ豆腐だってよ」
「やった。あ、副大将よ。暫くお休みするから皆に周知をよろしく」
「了解ー。団子俺にもよこせ」
黒田があんこ串の団子を頬張る。深山は食べ終わった団子串を銜え遊びながら、今後について思案を巡らせていた。
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