第40話 クロ「異世界から、我が元へ」



 頭を振られ過ぎて「おぇ」と吐く俺。

 琥珀さんだけが「大丈夫ですか?」と俺の心配をして背中をさすってくれた。めっちゃ嬉しい、大将も部下も心配してくれない。つらい。


「賢者よ。お主の打刀と脇差は、シロとクロのもので間違いないのか?」

『いくら姿が変わろうとも、俺は主を間違えません。それに打刀と脇差は元々二人のもの、本来の持ち主へ返されただけの話です』

「姿が変わろうともか、ワシも言われてみたいものだな。……で、シロもクロも本当は子どもではないのだな?」

『当たり前でしょう、俺だって主は選びます。どうしてお二人は子どもの姿に?』

「俺達が知りたいわ、おぇ……」


 子どもになった理由なら俺達も聞きたい。タイムスリップして五歳に、異世界召喚で十二歳に若返り。お蔭で不老の薬なんぞに頼らなくても見た目は若いまま、精神年齢は爺と婆だ。若者についていけなくなるだろうが。


「ふむ。二人が悪魔と戦えた理由はわかったが、お主たち生まれは大正よりもっと後だと言ってなかったか? 賢者と同じ時を生きたならば、時代が違うだろう?」

「ノーコメントで……」


 「ややこしくて説明したくないんです」とシロが答えると、「わかった。言いたくなったら言え」と上総介様は口をへの字にする。


「だが本来の年齢と、野衾のぶすまといったか? それについて教えろ。教えないうちは帰さんからな」


 ドスンと座り直した上総介様は、琥珀さんに「新しい茶を淹れてこい。茶菓子もな」と言う。琥珀さんは「は、はい!」と大慌てで取りに向かい走っていった。

 琥珀さんの背中を見送り、俺達も敷物の上に座る。残ったお茶を飲んで一休みしようと、湯呑の中を覗けば桜の花が一片。


 色々あってすっかり忘れていた。見上げれば、満開の桜。

 薄桜色が視界を埋める。

 昔、シロや清太、みんなで花見したっけ……懐かしいな。あの頃が一番上手くいっていたかもしれない。いや、一番平和だったのは現代日本のゲーセンで音楽ゲームをドコドコ遊んでいた時だわ。超面白いよね、アーケードゲームって。

 教師がゲーセン行くなって? 大丈夫、学校から離れたゲーセンに行ったからな!


『野衾については俺が説明しましょう。織田信長様は野衾という妖怪は知っていますか?』

「上総介でよい。野衾というと、飛んで血を啜るという妖怪だったな?」

『はい。俺達はその野衾という妖怪に喩えられ、恐れられていた者たちの集団です。徳川幕府に対し疑問を持ち、倒幕を目標に動いていました。その元締めが深山さん、シロさんです。で、副大将はクロさん』

「俺の扱い雑じゃない?」

『そうですか?』

「あの狸の子孫に喧嘩を売るような者達だったとは、意外なものだな。……でなければ刀で悪魔なんぞ倒せる筈もないか。で? 歳は幾つだ」


 「クロは、六十八です……」とシロが俺の年齢をバラした。え、俺の年齢なの? あ、女性に年齢は聞くなってやつか。シロにしては珍しい感情である。


「シロも同じくらいか、思っていた以上に歳だな。ワシなんぞ五十前で死んだというのに」


 「ワシは裏切られて死んだんだがな!」と笑う織田信長に、なんとも言えない感情を思い浮かべる。笑い事で済むんですかそれは……。

 清太は首を傾げ、俺に『アンタが死んだの、四十になる年ですよね?』と小さく聞いて来たので、はぐらかしておく。あとで教えますよ、今は黙ってろややこしくなる。


「深山真白と黒田海斗。賢者が認めた者達モノノフか……ますます部下に欲しいところだが、見目が子どもではなぁ」


 「惜しい、実に惜しいぞ……」という上総介様に頬を引き攣らせながらやめてくれと思う。

 俺はシロ以外の下にはつくつもりはない。シロが部下になるというのなら話は別だが、シロは誰かの下について刀を振るような性格ではないからな。清太もシロの性格を知っているので、上総介様に苦笑している。


 シロはゆっくりと立ち上がり、脱いでいたサンダルを履いた後、上総介様に言った。



「私は上総介様の部下にはなれませんよ。私は私の為にだけに、刀を抜きますから」



 「ご馳走様でした」と言って去るシロに、慌てて俺も「ご馳走様!」と叫びついて行く。

 何ともシロらしい。「私」というのは自分が刀を抜くと決めれば、誰の為であろうと刀を抜くということだ。格好良いな、うちの大将は。


 ただその後ろにフワフワ浮く野郎はどうにかならないもんか。烏帽子とか被ってたら完全にアウトだと思うんだ。




 上総介様のいる蔵から離れ、暫く歩いたところで立ち止まり「はー」と溜息を吐いたシロ。


「あーやばい、織田信長に喧嘩売っちゃった。大丈夫かな」

『大丈夫ですよ。深山さんなら織田信長なんて余裕です!!』

「やべ、清太も持ってきちゃった。その辺の騎士に返すか」

「そうだな、返そう」

『駄目ですよー自分の持ち物なんですからちゃんと回収してくださーい』


『ね!』と可愛らしく注意する女性の先生のような仕草で言う清太。野郎がやっても可愛くねぇよ。今の俺ならば可愛くできるけどな!! ピースサインして舌を少しだして決めポーズでもしてやろうかと思っていたら。

 

 突然シロが抜刀し、刀身を眺めた後、鞘に戻す。カチンッと小気味のいい音がした。


 一連の流れが巧みすぎてどこの時代劇をみているのかと思ったわ。


「刃こぼれ無し、手入れもされてる。清太はいつからこの打刀とクロの脇差に憑いてるの?」

『ざっと三百年くらいです。長かったけど、待ったかいがありました!』

「私とクロがこの異世界に来ることを知っていたってことで、あってる?」

『いいえ、完全に賭けでしたよ。何せ創造神が『まだ生きている』と言っていましたから。俺は海になんか沈まずに、元の世界で貴女をもっとよく探せばよかったと、とても後悔しましたよ』


 『でも、貴方達はこの異世界に来てくれた。それだけで俺の苦労は報われます』笑顔で言う清太に、シロは真面目な顔で言い返す。


「言っておくけど、私はもう野衾のようなことはしないし。平和にのんびり生活を送るんだ。清太の求めるような大将ではいられないかもしれないし、まず私は女だ。清太を騙していたことになる。そんな元大将についてくる意味はあるの?」

『意味はありますよ。深山さんの生きざまを近くで見れるならば、本望です』


 清太の言葉を聞き、一瞬呆けた顔になったシロだったが「了解、ありがとうね。私の刀を守っててくれて、大切に使う」とはにかんだ。


 女の子の笑顔だ。シロもそんな風に笑えたのかと父親気分で眺めていたが、笑顔を向けられた野郎がニヤニヤハァハァ鼻息荒く何か言い始めたので脇差を抜き、一閃。清太、いや煙が縦に割れるがすぐに戻り、『あぁん? 何ですか副大将?』と喧嘩を売ってくる煙野郎め。さっさと往生しろや。


 門が見当たらないので、シロが「ちょっと探してくるわ」とどこかへ走って行った。

 何かを察したのだろう、あんにゃろ逃げやがった。いつも仲間内の喧嘩となると面倒臭がって逃げやがる! 


 だが、丁度いい。こいつ清太とは腹を割って話したかったところじゃぁ!!


 喧嘩上等だボケェ、うちのシロさんは渡さねぇぞ!!


「清太さんよぉ、毎度毎度思っていたが。シロにべったりくっつきすぎじゃねぇすかねぇ?」

『それはこっちの台詞ですよ副大将ぉ。異世界まで一緒について来るなんて、深山さんの隣をそろそろ譲りましょうやぁ? 時代の流れは賢者でっせ?』

「何をゆうてんねん、時代はまだまだ副大将のわいに決まっておるやないかぁ!」

『しつこいんですよアンタ! いつまで隣に居座るんですか、アンタは一人でも平気でしょうが!!』

「んなわけあるか! 俺にボッチは無理だ!!」

『いーや、アンタは一人でも生きていける奴ですよ! だけど大将は一人で生きて行けない奴だから、勘違いしているだけです』

「……まぁシロは危なっかしいけどよ。だからついて行きたくなったんだろ、清太もそうだろ。あの背中守るのが、俺のやりたい事だ」

『……また死なせたら、今度こそアンタを殺しますからね』

「わかってる。だけどシロは自分を突き通して、死んだんだ。それを否定するな」


 元々現代日本を生き、大学もでた教師だ。明治維新、戊辰戦争の終わりの地はどこかなんて知っていた。

 それでも死地へ行ってやりたかったことがシロにはあった。俺が説明すべきではない、だけど行動を否定されるのは癪に障る。

 かといって本当に死んだシロは馬鹿だとは思うがな。シロのことだから生き延びると、勝手に思っていた俺も馬鹿だったが。


「本当に俺達がこの異世界にくること。知らなかったのか?」

『知りませんよ。どちらかと言うと創造神は連れて来たくないって言ってましたよ、理由は知りませんが』

「だから創造神って誰だよ?」

『この異世界を創った神のひと柱って一回言いましたよね? この世界で一番偉い神様です。日本で言う伊邪那岐イザナギ伊邪那美イザナミのようなものですかね。ヤマトノ国には創造神を奉ってる神社もあるはずです。俺は賢者として神の声を降ろす神事なんかも行なっていましたから。さっき十四代って言ってたので、今も神社の神主なんじゃないですかね』

「あ、だから白の狩衣なの?」

『これは深山さんのお名前になぞらえただけです。俺以外はオランダ人宣教師のような恰好をしていましたよ、長崎にありましたよね、教会でしたっけ? 建物もあんな感じです、五百年前は』

「はじめから神社じゃなくて教会って言えよ。あと日本文化を輸入するな、和風ファンタジーになるだろうが」


 お前か、和風ファンタジーに仕立てたのは!

 ムカついて刀を振り回せば『何すんですか!』とガチギレし怒っている。俺への清太沸点はかなり低い。少しは副大将を敬えよな!!


「清太」

『何ですか。アンタと話したくて俺は刀に憑りついてるわけじゃないんですけど』

「それはどうでもいいんだが。俺とシロはお前が思ってるほど、良い奴じゃないぞ。本当にこの刀、俺達に戻していいのか?」

『いいです。深山さんにしかあの紅色の打刀は使いこなせません。残念なことにアンタも、その青時雨の脇差がお似合いです。ムカつくから言いたくないんですけど、俺嘘は嫌いなんで』

「シロは男だって嘘ついてたけど?」

『それとこれとは別です!! 深山さんは理由があって嘘をついていたんでしょうからね!』

「わかってんじゃん。流石清太くん」


 フンスフンス、鼻息荒く言い切る清太に俺は笑う。ホント、シロのことはわかってるよなこいつ。気持ち悪いくらいにな。……本当に気持ち悪いな。


 行方を眩ませていたシロが琥珀さんと一緒に戻ってきた。

 琥珀さんに二振りを貰っていいのか確認すると、大慌てで「何をおっしゃいますか!! あなた様方は私達カシワ家の新しい主です!! 持っていて下さい!!」と仰々しく言われ、「これからカシワ家は、シロ様クロ様をお守りする任につかさせて頂きます!!」と跪かれた。


 やばい、必要のない部下が増えた気がするぞ。


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