第29話 鈴木「蜂蜜は肉を柔らかくするんだぜ」
さて、勉強の続きだ。
俺達は勝手に別の
『召喚者』は総じて力が強かったせいで国やヒトに、兵器や武力、としてよく召喚されていたらしい。しかし、別の世界に突然連れて来られるという状況と、兵器としての扱いに耐えきれなくなった召喚者の多くは精神が狂い死んでいったそうだ。
結果、人への不道徳行為、並びに『召喚者』を危険人物と判断。この異世界で『勇者召喚』は禁術となる。
ディクタチュール国は世界で禁術とされている召喚を、何年かに一度の頻度で、何食わぬ顔で行っていたそうな。いつも失敗していたらしいが。
今回は奇跡的に成功してたため、冒険者ギルドや世界各国から制裁が行われるとのこと。
戦争も起こるのではないか、とクリスさんは言っていた。やめてくれー勇者には魔王を吹っ掛けるだけにとどめてくれ。死なれると困るぅ。
まぁ……主人公が変な所で死ぬわけないか。
『迷い人』はいつの間にかこの世界に迷い込んでいて、迷い込む瞬間に死を経験している人らしい。そのため召喚者よりも落ち着いており、この世界にすぐ馴染んで、再び生きていくものが殆どだとか。年齢は人それぞれだそうだが、子どもの迷い人は確認されていない。
召喚者同様、この世界の人よりも能力が高いそうだ。ある迷い人は「自分の死が、命の強さを上げたのでは」と語っていたという。自分が死んだ時に発生した経験値を自分で吸収したってことだろうか。
召喚者も、迷い人も、一部を除けばチート能力者ということになる。俺だって空間魔法という部分だけ見ればチートだしな。魔力足りないけど。
下手に『召喚者』だとバレるとどこかの国に狙われるため、俺は『迷い人』として生きていったほうがいいとクリスさんに言われた。しかし『迷い人』も現在少ないので、『迷い人の血を引く一族』としておくのが無難らしい。
面倒事に巻き込まれたい場合や、金、権力が欲しい時はバラしてしまえばいいとクリスさんは笑っていた。
厄介事は勇者案件なので、俺はひっそりのんびり隠していきます。
ディクタチュール国をはじめ、多くの国は召喚者を欲しがっているという。
理由は、対三強王国用の人材確保だそう。
三強王国というのは、
魔法王国『ユナイ王国』
獣人王国『メリカ王国』の三ヶ国を指す。
巨大な国土と人口、資源など小国からみたら宝の山のような三ヶ国だそうだ。
ちなみにヤマトノ国は、メリカ王国と陸地で繋がっているが、境目は山脈と大きな川があり、常に雨が降っているせいか道は水浸し。なので島国扱いされているんだとか。迷宮王国というだけあって、いくつかの迷宮が存在している。そのため、冒険者にとって憧れの地でもある。わぁファンタジー。
加えて、冒険者ギルドの本部もあるので、突然魔物災害等が起きてもすぐに対応できる。
国としても住みやすい気候で、経済も治安も安定している国だそうだ。攻めづらい地形に、
国王自身も元Sランク冒険者だとか。なにそれ、勇者いらなくない?
冒険者が定期的に狩っているため、魔物という恐怖が少ない現在。
小国の間では、国土を広げるのが流行りだそう。しょうもなさすぎる。クリスさんも「そういった国は、じきに魔物に飲み込まれる」と溜息を吐いていた。
冒険者ギルドには強い人間がゴロゴロいるらしいが、国や政治には介入しない。金で雇うことも出来るが、ランクの高い冒険者ほど馬鹿ではないので、いくら金を積まれても無視するんだそうだ。
クリスさんもディクタチュール国に金で雇われないかと言われたらしい。それをギルドが逆手にとって、召喚の儀式について調べていた。クリスさんは料理番としてディクタチュール国に潜入し捜査していたんだとか。
まだ数名の冒険者が勇者を見張っているらしいので、イチノミヤとそのハーレムに命の危険は及ばない筈。
『勇者召喚』はギルドと三強王国が長い時間をかけて消滅させた。
現在、ディクタチュール国以外の国では失われし禁術魔法扱い。
何故ディクタチュール国で使われたのかというと、城の王の間の床に書かれていた魔法陣が召喚陣だったそう。「盲点だった!」とギルドに雇われ捜査していた魔法使い達は後に叫んだという。
救いなのは一度召喚魔法を使うと、使用された魔法陣は数百年使えないということ。
迷い人を捕まえればいいという話もあるが、迷い人はいつどこに現れるか解明されていない。また、ヤマトノ国が積極的に迷い人を保護しているため、迷い人はヤマトノ国に流れていく。そうでなくても何故かすぐ冒険者になり存在を知られて保護されるため、一個人や国で囲い込むのは困難とされていた。
召喚者や迷い人を探す方法は一つ。黒髪を探せばいい。この異世界には珍しいから。黒髪人種である日本人ばかり迷い人になるのはよくわからない。
現在は子孫たちが多く存在しているため、正直黒髪はそこまで珍しくもないとのことだ。
俺は生徒指導で担任の黒田に「鈴木、お前ちょっと茶色いな。地毛? 他の先生に騒がれる前に幼稚園くらいの時の写真持ち歩とけ。高校卒業したら思う存分染めろよーハゲない程度にな」と言われるくらいには茶色の髪だ。
勇者イチノミヤは金髪だろうって? 頭良いし、生徒会長だし、自分のスペックで先生たちを丸め込んでたよ。
いるよな、ちょっと校則破っても自分のキャラで許されるやつ。ハゲの教頭とか、女子を見る目が気持ち悪い英語の先生とかは、理由もなくイチノミヤとその周りを褒めまくっていたな。
ディクタチュール国王も、イチノミヤの金色の髪色をみて、はじめは難癖付けてたけど、ステータスをみて手のひらを返していた。
長いものには巻かれるタイプなのだろう、気持ちは分からんでもないが社会の理不尽な残酷さを見せられているようで気持ち悪かった。かといって、今の俺も勇者イチノミヤに巻かれるしかないんですがね。
黒田と、深山先生は珍しいタイプの先生だったのかもしれない。全員が同じ扱いで、上も下もないただ生徒として接してくれる、距離間が程よい先生。早く元の世界に帰りたい……。
「ところで、クリスさん」
「何だジロー?」
俺の師匠クリスさんと、野営をしながら夕飯の準備をしていた。夕飯は熊の獣人さんからドライアドの蜂蜜を頭ほどの大きさの壺を二つ買い付けた。それを味見だといってオーク肉の漬けダレに使うことにしたらしい。
何で師匠かって? あのな、
俺が夜中しんどすぎて泣いていたんだ。バレないようにしてたんだけど、気づいちゃった師匠が、夜食だと言ってスープを作ってくれた。
それが滅茶苦茶美味くてさ、泣いてたのも忘れて夢中で食べた。
美味い飯は世界を救う!
俺、元の世界に帰ったら料理人になる……!
なんでも師匠は料理スキルが上級らしい。それでも父親には勝てないんだとか。
師匠の父親はヤマトノ国でも激戦区で食堂を営んでいるとのこと。父親を超えるのが夢だと、はにかみながら言う師匠にちょっと心がときめいた。
なにそれ、カッコイイ、Aランクの冒険者なのにさらに別の夢があるとか、かっけえ!! となった俺はクリスさんを師匠と呼ぶことにしたんだ。
貴重なドライアドの蜂蜜に、オーク肉という豚の肉にしか見えない塊を漬けこむ。なんでも蜂蜜で肉が柔らかくなるんだと。実験みたいで面白い。
俺も師匠に習いながら変な手つきで芋の皮むきを手伝う。
母さんの手伝いをちゃんとすればよかったと後悔。父さんも料理好きだったし、習う機会はいっぱいあった。くそ、魔王の所為だぞ! 魔王さえいなければ俺は巻き込まれなかったのに!! いやでも、召喚されなきゃ師匠の料理は食えないしな、悩む……そういえば、魔王ってどこにいるんだろう。勉強した限りじゃ、召喚者は戦争の道具らしいし。
もしや召喚者が魔王になったか? 召喚者同士の、ケツ拭いイベントか?
「魔王ってどこにいるのかなーと思って」
「いないぞ魔王」
「え?」
「ディクタチュール王がいう魔王ってのは、ヤマトノ王のことだ。王様が『我は第六天魔王。神の御業により天原でも黄泉でもない界へ遣わされ、真の第六天魔王となった!』って冒険者時代に語っていたらしい。その魔王から取ったんだろ、ディクタチュールが一番欲しいのは金になる迷宮と迷い人の残した遺物だからな」
「えぇ……えぇ、まじでぇ……魔王って、その魔王様ぁ……?」
「一気に胡散臭くなんたんですけど」と師匠に言う俺は悪くない。
だって、ゲームとかでよく第六天魔王様は出てくるじゃないですか、ネタにされてるじゃないですか……えぇ、これ現実だよね? 俺はゲームの世界に迷い込んだのぉ? ていうか第六天魔王ってもういないんじゃ、帰れないの?
……やっぱり帰れないのぉ?
「魔王って言う割にはこわかないぞ? 俺の親友の曽祖父だからな。あぁ、そいや迷い人だったなあの人」
「え、ちょっと待って、ご存命!? 魔王様いま何歳!?」
「さぁ……? 確か迷宮で呪いを受けたせいで見た目は若いし、歳取らないらしいからなぁ。ヤマトノ国は今の国王になって長いし、俺がガキの頃にはとっくに王様だったぞ?」
「あー、えっと、倒されちゃ不味い魔王ってことですよね……?」
「そうだな。まぁ倒せる奴はいないと思うぞ、冒険者の頂点にいる人だからな」と漬けダレと一緒にオーク肉を熱したフライパンの上に置いた師匠。あぁ、めっちゃいい匂い。甘い香りと、少しスパイシーな香り、タレが焦げる匂いって最高……。
俺は皮をむき終わったジャガイモを切りながら、思った。
何か、面倒臭そうだから勇者に任せてしまおう。
オークの甘辛ダレ漬け焼きは、絶品でした。
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