第22話 まおうが あらわれた! 


 連れて行かれたのは、平民地区にある酒場。まだ日があるためか閉店の看板が立っていたのだが、そんなものは関係ないと店の扉を開けて入っていく織田信長。


「おや、カズサノスケ様。今日は可愛らしいお連れ様とご一緒のようですね」

「あぁ、こいつらに何か見繕ってくれ」

「かしこまりました」


 お通しと緑色の飲み物を織田信長の置いた店主は、放心状態の二人の前に果実ジュースを置く。香りからして柑橘類だろう。匂いでやっと現実に戻ってきた二人は、何も混ぜ物は無いか匂いで確認。大丈夫そうだとジュースをひと口飲み、ほっと息を吐き出した。そして、どうやって逃げ出そうかという算段を立てはじめる。が、思い浮かばないのかシロとクロは目を合わせ、溜息を吐く。

 この織田上総介信長という人物が飽きるまで、我慢しようと頷き合った。ちなみに鑑定内容は予想を遥かに超えていた為、シロも一瞬思考が停止した。



────────────────

『カズサノスケ』(織田上総介信長)

35歳(349歳)

Lv:118

HP:10967

MP:5923


◆スキル

剣術:神級

銃術:神級

統治:神級

馬術:上級

鑑定:上級


◆魔法

火魔法:神級

闇魔法:上級


◆称号

「うつけもの」

「第六天魔王」

「異世界からの迷い人」

「迷宮(ダンジョン)突破者」

「Sランクランカー」

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 シロとクロが目を回すのも道理である。どこから突っ込めばいいのか、途方もないステータスがそこに存在していた。二人とも自分のステータスは棚に上げている状態だが。


「迷い人は齢二十を超えた者だけだと思っていたが、こんな子どもまでとは。お主たち、地獄をみたな」


 「どうであった、死というものは」と笑いながら聞いてくる織田信長に二人は言葉を失う。子どもに聞くような事ではない。

 そんな二人の反応を見た織田信長は笑った後、しゃくしゃく音を立てながらお通しを食べ始めた。

 よくよくみれば黄色い大根もどきの酢漬けだろうかと、シロは恐る恐る食べ「うわ、たくあんだ」と感動で声を上げる。


 異世界に来てから日本風の建物や物はみていたが、食べ物に日本を感じるものはなかったのだ。シロの声に釣られてクロもひと口食べ、残りを一気に口の中に詰めた。


「やはり迷い人だな。これをたくあんだと当てられたものは迷い人以外おらん。それに、この世界の住人はたくあんを美味そうに食わんからな。なぁ店主よ」

「そうですね。私はあまり得意ではありませんが、葉物の漬物は好きですよ?」

「キャベツの漬物か。あれも美味いな、ワシが生きた時代にはまだなかったものだが」


 「お主たちの時代にはあったか?」と聞かれ、びくりと身体を震わせる二人。答えないと殺されるのでは? と織田信長の強烈な偉業が脳裏に浮かんでは消えていく……髑髏にされて酒を注がれるのは勘弁してほしい。致し方あるまい、とシロが口を開いた。


「はい、私達は迷い人です……」

「やはり。何時からこの世界にいる?」

「一ヶ月ほど前からです」

「……報告に上がっていないな。まぁいい、よくひと月の間子ども二人だけで生きてきた。子どもは国の宝、これも何かの縁だ。ワシが後見人となろう」

「カズサノスケ様、それはこの子達にとって少々重いご判断では?」

「そうか? だがワシはこの二人が気に入った。それに鑑定スキル持ちの迷い人だ、放っておくわけには行くまい」

「ご安心ください、この子たちは既にギルドの庇護下にあるようです。先日ギルドの前を通った際に冒険者様方と仲良くお話なさっていました。それにレオン様のお知り合いのようですよ」

「ほう、あのレオンがか。子どもは苦手だと思っていたが、奴はまだAランクなのか?」

「そのようですね」


 「そうか、Sランクへの壁は高いらしいな」と飲み物を啜る織田信長。この店長かなり出来る人物のようだ。シロとクロは後見人は既にいるので結構ですと、店長の話に頷いている。


「では、後見人は後ほどにし、話を聞かせて貰おうか。丁度ワシが後世でどのように語られているのか、気になっていた所だ。是非教えて欲しい」


 「話してくれ」という織田信長に対し、二人はテーブルの下で足による喧嘩を始めていた。どちらが話すかで揉めているのだ。二人ともこんな所で死にたくない、責任の押し付け合いである。結局クロが話すよりもましだろうと判断したシロが、意を決して話し始めた。


「えっと、織田信長様はどのようなお話をご所望でしょうか?」

「うーむ、お主たちの時代でワシは有名なのか? 以前大正生まれだという女がワシは有名だと語っていたのだが」

「はい、私達はその女性よりも七十年ほど後に産まれましたが、織田信長様はどの世代でも有名であります。また、日本人ならば、その名を知らない人はおりません」

「ワシはどこで死んだか知っておるか?」

「はっ!? あ、えーっと」


 流石に言葉に詰まったシロは、クロに助けを求めるが、クロは無表情で虚空を見つめていた。お前も道ずれにしてやる! とシロがクロを睨みつけていると、織田信長は「楽にせよ、子どもらしくない者たちだな」と笑う。


「お主らを責めたりはせぬ。ワシの死はどのように伝わっておるのか、それが知りたいだけだ」

「か、しこまりました。えっと、織田信長様は本能寺にて自害とされていますが、ご遺体がみつかっていないため幾つかの説もあります。教師達には本能寺の変でお亡くなりになったと、教えられました」

「ふむ、そうか……。では、『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如く也』という言葉の意味は?」

「人間五十年のなど神からみれば一昼夜にすぎない。でしょうか、下天の解釈は私の勝手なものですが……」

「ほうほうほうほう、これはワシの言葉か?」

「ち、違います。敦盛の一節です」

「うむ! お主、学があるな。これを答えられる迷い人は久々だ。店主! やはりこの者達を連れて帰ろうと思う!」

「駄目ですよ。ギルドの人材には手を出さないとおっしゃっていたではありませんか」

「そうだったか?」

「それにこの子たちはギルドの期待の新人様です、ギルド長に叱られますよ」


 「ですよね」という店主に、頭を縦に振りまくるシロの姿はヘドバンしているかのよう。対してクロは「人間の一生は五十年って意味じゃないの」と顔を真っ青にしながらシロを突いていた。クロの方が間違いであったらしい。シロはホッと息を吐いた。こいつ《クロ》に任せていたら斬られていたかもしれないと……。


「ところでカズサノスケ様。そろそろお帰りにならないと、お迎えがきてしまいますよ?」

「む、もうそんな時間か。しかし、この者達に何かしてやりたいのだが……」

「この子達はまだ成人前のようです。成人の儀式の際に良い物をお与えになればよろしいかと」

「なるほど! それはとてもいい案だ!! ではお主たちの成人まで良いものを準備しておこう!!」


 飲み物を一気に飲み干した織田信長は「さらばだ!」と言って、勢いよく店から出て行った。何とも勢いと迫力のある人であった。シロとクロは姿が見えなくなると同時に姿勢を崩した、かなり疲れたらしい。


「ふふふっ、ご苦労様でした。カズサノスケ様は良い方ですから、成人の儀式を楽しみになさっていてくださいね」

「は、はぁ……」

「シロ、俺もうむり……今度会ったら叫ぶと思う」

「クロよりも私のメンタルのほうがボロボロだっつーの……」


 「あんなに緊張したの何時ぶりだろう」と身体を擦るシロ。

 クロは「俺が答えてたら、死んでたな」とぶるり身体を震わせた。


 店主に飲み物代として金を渡すが、「カズサノスケ様から貰っておりますから」と言って二人からは受け取けとらず、戦々恐々しながらと帰宅。


 二人の様子を不思議そうに眺めていたスーさんとククリさんであったが、二人とも「なんでもないです……」と疲れた顔で言うため、早々にベットに送り出した。



 その日二人の夢の中では、織田信長が敦盛を舞っていたらしい。



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