第19話 シロ「日本人のくせというか」



 ヤマトノ国へ来てから、毎日下宿先の食堂をお手伝いしていた。理由は下宿賃が二人合わせて一ヶ月銅貨一枚という安さと、日本人にありがちな何かしなきゃいけない精神の所為。休む時は休む! が出来ないのが民族のさがというか、何というか。


 『子熊食堂』という可愛らしい名前の食堂は、午前十一時から午後八時までの営業。現代日本で考えると営業時間が短い気もするが、家族経営ということを考えると結構忙しい。

 大抵のお客さんは地元の人、たまに冒険者。いつもはスーさんが料理を作りククリさんが給仕役だが、今日は食堂の給仕役を私とクロが担当していた。単にGランクの仕事がなかったともいう。


「シロ! これを三番テーブル! クロはこれをカウンターの男二人組にもってけ!」

「「はい!」」


 給仕と言っても注文は取らずに運ぶだけの役を任されたのだが、如何せんこれが難しい。客はコロコロ変わるし、皿も大きく身体が小さい私達にとっては難敵である。ファミレスの店員さんは手だけでなく腕にも皿を乗せて運んでいたな、あれ結構難しいよ。私には無理だよ。

 何度か配膳を間違えてしまったが、客はみな気さくだったので助かった。クレーマーなんていたらメンタルボロボロである。


 お昼の忙しい時間帯を乗り越え、賄いの玉子サンドウィッチを頬張っているとレオンさんが現れてお勉強のお時間となりました。

 勉強は学校に入ってからでもいいそうだが、早く知っていて損はないということでレオンさんの実演授業である。

 レオンさんが火魔法、ククリさんは水魔法が得意だそうで水魔法担当。スーさんは一応風と、身体能力向上の魔法が得意だそう。

 井戸と畑がある庭に出て、レオンさんが仁王立ちしながら話し出す。


「前にも説明したが、魔法は主に火、水、風、土、光、闇の六属性だ。身体強化の魔法なんかは無属性に分類される。基本的に勉強すればどの属性も使えるが、得意属性というものがあり得意属性の魔法は習得が容易といわれている。シロは水、クロは火だな」

「船で会ったお爺さんは空中から銃を出してきましたけど、あれも魔法ですよね?」

「あぁ、無属性である空間魔法の一種だな。使える人は稀だ、それに魔力が多くないと使えない。その爺さんはかなり腕のいい魔法使いだろう」


 「では火魔法から教える」と言ってレオンさんは〈火よ〉と詠唱し手のひらに炎を出す。

 基本的に魔法は魔力の有無と詠唱によって発動するらしい。しかし、高度な魔法を使用する際には魔法陣が必要な場合もあるとのこと。

 特に転移の魔法は魔法陣が必須で、魔法陣を使って場所と場所を繋げているんだとか。その辺は魔法学校でしか勉強しないといわれた。冒険者学校では勉強しないらしい……まぁ平民が通うとなると生活用とか、実利実用的なものに偏るのだろう。


「詠唱は人によって異なるが、基本は〈火よ〉、〈水よ〉だな」

「水魔法は私がみせるわよー!」


 そう言って〈水よ、我が元に集まれ〉と詠唱したククリさんの周りに水が集まった。

 おぉ、凄い。魔法だ、何度みても喜んでしまうのはオタクの性。

 水を操りくるくる回しながら、ククリさんが「シロちゃんやってみてー!」と言うのでこの世界の言語で詠唱する。


〈水よ、我が元に集まれ〉


 詠唱通り水が身体の周りに発生、水泡がふわふわと浮いている。クロを見れば手のひらから炎を出していた。これでクリアーである。魔力操作をやめると、水は地面に落ちた。


「二人とも余裕だな。お前たちは迷い人であるから、魔力に余力があれば自国の言葉で詠唱してみろ。威力が増すぞ」

「えっシロちゃんとクロちゃん迷い人なの!?」


 「ちょっと、聞いてないわよ。迷い人は大人しかいないんじゃなかったの!?」「ククリおばさん、こいつらは子どもだ。ということは迷い人は大人以外にもいるということが証明されただけだ」と何か話しているぞ。

 迷い人って大人オンリーなの? 初耳なのですが。かといって精神は大人だから何も言えないなぁと思いつつ、日本語で詠唱してみる。



≪水よ、我が元に集まれ≫



 勢いよく水が集まった、しかもさっきよりも水の圧縮度が高い。魔力もあまり使っていないとみた……あー日本語チートですね。稀にあるけど……これで分かった。

 完全隠蔽を作った時、詠唱を全部日本語にした私のスキルレベルは神級に、最後だけ日本語詠唱にしたクロは上級になったわけだ。


 迷い人がチートする気持ちがちょっとだけわかったかも、かといって使い方を間違えると危険極まりない。追い打ちと言わんばかりにレベルも後押ししてくるので、本当に危ない時以外はこの世界の言語で詠唱しよう。

 クロにも伝えないとな。とクロを見たら、右手を抑えて「なるほど、これが俺の力……」と中二病患者になっていたので、ふわふわ浮かんでいた水をぶっかけてやった。


「シロちゃんもクロちゃんも迷い人なんて……大変だったわね、うちの子にしようかしら」

「お婆様が孫にしたがってたから、早めの方がいいぞ」


 「ガーネット様が!? うーん、この子達にとってどちらがいいのかしら」と、言うククリさんの目が、どうも慈愛じみている気がする。子どもをみる親の目という感じだろうか、私は親が居ないのでよくわからないが。


 あ、育ての親は別ね。何度訓練で殺されそうになったか……あの爺は私を勝手に育てて、勝手に外に出して、勝手に死にやがった。

 あの世が本当にあるならば、あの世で一発殴って一緒にご飯を食べてやる。


 だけど、例えばだ。例えば今私が死んだら、また二十八歳に戻りそうな気もするんだ。

 今更だけど、永遠ループではないよね? 昔、何度も死と生を繰り返す小説を読んだことがある。……だんだんとこわくなってきたな。


 身体を震わせて、びしょ濡れで前髪を掻き上げているクロの横に引っ付けば「濡れるぞ?」と当たり前のことを言われた。そりゃ水ぶっかけたの私ですし。


「いや、ちょっとこわいこと思いついて」

「こわい? 今更こわいことあるか?」

「まぁまぁまぁ! 大丈夫よシロちゃん! 私たちがついてるわ!!」


 「何もこわくないからね!!」とククリさんに抱き寄せられた。大きな胸に顔を埋めても怒られない、何とも幸せな体勢だけど、残念なことに息が出来なかったのですぐに離してもらった。現実はなんとも非道である。


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