────歴史の隙間話。

Timeslipとは……偶発的に過去や未来へ移動すること


 日が沈み、闇が京の都を包み込む。

 栄華を誇り輝きを放つ都も、闇夜の前では無力である。影を生きる者たちにとっては力が増す時間とき




 今日も今日とて、酒に溺れた男達が陽気にふらりふらりと帰路につく。その後ろに潜む影に全く気付く筈もない。何せ影は闇なのだ、気配もなく、音もなく、男達に近づいていく。


 ヒュッと一番後ろを千鳥足で歩いていた男が姿を消す。しかし仲間の男達は気づかない。


 また一人、ひとりと消えていく。微かに香る血の匂い、酒に酔った男達は気にも留めない。



 最後のひとりとなって、やっと男が気がついた。同じ志を持ち、集まった友たちがいない。名前を呼ぶも返事はなく、ただ空しく声が響く。

 男は気づいた。『将軍』の名の元に集う武士たちを、粛々と斬り捨てている奴等ではないかと。見廻組や壬生の狼どもとは異なる存在、大きな尊王攘夷に隠れた影。幕府を倒さんとする攘夷をうたう奴らよりも、遥かに厄介な者たち。誰もその姿をみたことはない、目にした瞬間死ぬからだ。


「くそっ出てこい幕府にあだなす野衾のぶすまがっ!!」


 夜にのみ現れる、その者たちが通った後には死人と血の跡が点々と残る。そんな噂が立ったせいか、血を吸うといわれる妖怪にたとえられていた。

 野衾は西洋でいう蝙蝠のような生き物だ。現代でいうムササビやモモンガの異称として用いられている場合もある。姿はイタチに羽が生えているともされ、夜に人の持つ松明を消し、人の目や口を覆う妖怪。

 そんな妖怪に喩えられている者達は、男の叫び声に臆することはなく。男の背後に回り込み、首へ横に一太刀。舞った鮮血が地面に落ち、男の身体も崩れ落ちる。何もわからぬまま男は頭と胴が離別し、転がった頭部は目を大きく見開きながら死んでいった。


 死してやっと瞳に映すことのできた男達の姿は、結局誰にも伝えられず。



 影が赤く塗れた白刃を一振りし、紅色の鞘に納めた。


 もう一つの影が『天誅』と書かれた紙を、事切れた身体の上にひらりと投げ置いた。



「新選組か見廻組か、どっちが先に見つけるかな? 賭けようかクロ」

「俺は新選組に六文」

「三途の川の渡し賃かよ」

「シロだって新選組好きだろ?」

「好きだけどさー」


 

 シロ、クロと呼ばれる者達の仲間が建物の陰から合図を送る。撤収だと腰に差した刀を握りしめ、音もなく二人は駆け出した。




 のちに『紅き修羅』『蒼き刃』と幕府側からも同じ志を持つ倒幕派からも恐れられた二人と、その仲間たちである。


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