第10話 クロ「チートに振り回される俺達」


 

 そんなこんなありまして、今俺達は馬車の上の人となっております。


 懸念していた読み書きは、朝現れたレオンさんが「絵本をクリスから預かってる。それを使おう」と言って解決。

 薬草採取の依頼も受け(受け取りはディクタチュール国の港町ギルドになっていた。)、経路を確認。

 出発前に誓約の魔法をかける瞬間をみせてもらい、「レオン! 二人に怪我させたら承知しないからね!!」と泣き叫んでいるガーネットさんに見送られて、ディクタチュール国を出発しました。

 歩きかと思いきや、ガーネットさんの知り合いだという行商人夫婦の馬車に乗せられて、馬のひずめと馬車の車輪の回る音を聞きながらの旅という快適さ。


 魔物はスライムか歯長兎等Fランク程度しかでないそうで、特別警戒するほどでもないと商人の奥さんが笑って言っていた。




 さてさてはじまりましたよ、異世界ファンタジーの旅!



 ワクワクと心を躍らせるが、残念。俺達はお勉強のお時間です!!


 馬車に乗ってしばらーくはのほほんと外を見ていたのだが、乗り物に酔わないと知るや否や、レオンさんはマジックバックから絵本と小さな板と木炭を取りだした。

 シロは「うひょー!」と絵本を見て目を輝かせている。そういえばこいつ言語学専攻だったな。

 俺? 体育科教育学専攻だ!! 英語は苦手です!! 教師は何でも知ってると思うなよ!


「この木版に書いて練習しろ。文字は布で擦ったら消えるからな」

「紙じゃないんっすね……」

「この世界では木版が一般的だ」


 レオンさんから木版を受け取り、よく見てみると何かツルツルした表面に加工されていた。黒板みたいなもんだなと納得。


 勉強方法は、初めに日本語でいう五十音表記を書いてもらい、文字と対応した発音を覚える(この世界の言葉には五十音も無いっぽい)

 絵本を読み上げてもらって内容を把握(これで絵を見れば、文のおおよその意味がわかるようになるらしい)

 絵本を自分たちで声に出して読み上げる(単語が読めない場合はレオンさんに恥ずかしがらず教えてもらう)

 話す聞くに不便は無いため、言葉の発音さえわかってしまえばこっちのものだ。声に出せば言葉の意味がわかるって素晴らしいね!

 あとは声に出して発音しながら書く練習をすればいいだけである。


 簡単に言っているが、この勉強方法はリーディングスピーキング能力が既にあるから出来るんだからなってシロが言ってた。よくわからんが頷いておく。


「読み書きできないのは結構辛いね。まぁ全く分からない言語を調べるために『何?』を聞き出してそこから聞き取りしていくよりましか。異世界語を話せることに感謝感謝」

「なんだそれ?」

「言語学者のアイヌ語調査話。昔ゼミの教授が話してた」

「へぇ……って、これ鑑定すれば読めるんじゃないか?」

「……まじで?」


 試しにスキルを発動させ「あ、マジだ……」とうなだれるシロに「どんまい」と言いながら、俺は文字をガリガリ書き練習。読めても書けなきゃ意味無いからな。今日中に名前は書けるようになろう。

 レオンさんに異世界語で書いてもらった『クロ』という単語を練習していく。シロも復活したのか「今日中に名前と絵本の単語暗記してやるわくそがぁ」と燃えていた。

 燃え尽きて灰にならないことを祈ろう。


 俺たちが必死に読み書きの練習をしている最中、魔物がちょいちょい現れたらしいがレオンさんによって瞬殺。商人の旦那さんも結構強いらしい。

 俺達のチート場面は無しです。平和っていいですねー。



 ディクタチュール国城から数十キロ離れた辺りでお昼となり、馬車を道の端に寄せて休憩となった。ケツが痛かったので助かったとも言えよう。絶対赤くなってる、痛い。


「そういえばシロとクロのステータスを見ていなかったな。鑑定していいか?」

「俺はいいですよ」

「私もいいですよ」


 レオンさんはマジックバックから二枚紙を取り出し、俺達に持たせ〈鑑定〉と言う。

 すると紙に『完全偽装』で作り上げたステータスが反映された。よかった偽装できてる。ちょっとドキドキしたわ。


「思っていたよりステータスが低いな。魔法を教えようかと思ったが、その前に魔力を増やさないと。ならナイフの使い方を先に教えた方が、……よし、先に体術の練習をしよう」


 昼飯のサンドウィッチに大口開けて噛み付いた瞬間でした。なんで体術?


 早々に昼飯を食べ終わったレオンさんは「よし、まずは柔軟を……」と勝手に練習メニューを決めていく。まぁ体術くらい大丈夫だよな? むしろついていけない可能性もあるよね? とシロとこそっと相談し、レオンさんの講義を受けることにした。


「二人とも一度走ってみろ」


 と、言われたので二人で地面を一歩蹴り出したら、駆け出すどころか体が前に飛んでいく。

 勢い余って数十メートル離れた地面に俺は頭から突っ込み、シロは顔面で地面を受け止めていた。しゃちほこですね。

 「ぶはっ! くそ痛い!!」と言って勢いよく起き上ったシロ。随分と生きがいいしゃちほこだな。


「よっ土に塗れたいい男!」

「女だよ!!」


 後ろの方でレオンさんの「大丈夫か? あと目の前にある薬草は採取しておけ、依頼票にあった魔力回復草だ」と安否確認する声が聞こえる。意外と普通の反応だ。


「なんか普通の反応だね」

「だな。というか足短いわ、手は短いわで違和感ありまくりなんだが」

「それなー」


 こりゃ慣れるまでに時間がかかるぞ。チート主人公たちはよく簡単に使えてんなとどうでもいいことで感心する。

 シロが力に振り回されていることに少々驚いたが、よく考えたらシロも人間だったな。どうも出会ったころから妙に強かったのでその意識が抜けないらしい。


 レオンさんの反応が鈍い件については、


「うーんステータスは低いが、お前たちはやはり迷い人なんだな」

「それどういう意味ですか?」

「迷い人は自分の力に振り回されやすい。特に初めは大変だと曽祖父が言っていたんだ」


 「俺の曽祖父は迷い人でな」と語るレオンさんに、迷い人何をしているとちょっと苛立つ。異世界チート生活満喫してんじゃないよ迷い人たちよ!


「ちなみに曽祖父はレベル五十からスタートだったらしい。お前たちと一緒に召喚された勇者はすでにレベル十七だったぞ」

「へぇ、ところで魔王っているんですか?」

「魔王という二つ名の人間はいるが、ディクタチュール国王がいう魔の者ではない。元Sランクの冒険者だ」


 「色々伝説のある人でな。親しみを込めて魔王と呼ばれている」と説明するレオンさんに対し、シロはドン引きしながら「さー身体を慣らすぞー!」と屈伸運動している。


 迷い人チートはよくわかったが、魔王いないんかい。じゃあなんで勇者召喚なんてしたんだろうか。謎である。巻き込まれた側の身にもなって欲しい。



 そんなこんなで、身体を動かして馴らしたり、馬車に揺られたりすること数時間。


 夕日が沈むちょっと前に、港町サンプアに到着した。

 ここからヤマトノ国直通の船に乗るらしい。意外と近い。


 ディクタチュール国は勇者召喚を行なったので、ヤマトノ国との貿易は封鎖されるだろう。とのこと。ディクタチュール国は小国なので貿易封鎖されたらすぐに景気が悪くなるだろうなとレオンさんが言っていたよ。

 そこまでして勇者を召喚したのは何で? 本当に何で? 俺の疑問はつきません。


「はい、レオンさん質問です」

「なんだシロ」

「貿易に影響がでてまで勇者を召喚したのは何故でしょうか?」

「あぁ、それはディクタチュール国はな、ヤマトノ国が欲しいんだ。金になる『迷宮ダンジョン』があるからな」


 「ヤマトノ国へ着いたら言葉以外も教えてやる」と言って、宿屋に俺達を置いたレオンさんはギルドと船の手配をするために出かけて行った。 


 ちなみに宿屋は商人夫婦おすすめとのこと。

 連れてきてくれたお礼に心を籠めて子どもらしく「ばいばい!」と商人夫婦に手を振って別れを言えば、奥さんの方が「あんな子が欲しいよ」と旦那さんを突っついていた。旦那よ照れるな、いい機会だやる事やってしまえ。


 

 案内された部屋で暇になった俺は「どっこいしょー」と椅子の上に座り、机に木版をおいて勉強の続きだ。

 シロもベットの上で木版に向かってガリガリ書き練習していたが、飽きたのか別の事をし始めている。だって書いている文字が日本語になってんだもん、何やってんの、燃え尽きたか?


「シロ、勉強は?」

「今日はいいや。大体覚えたし、それよりも勇者だよ。完全に国家間の戦争用に召喚されてるじゃん。教師的にはよろしくない」

「個人的には?」

「勝手にやってろ。といいたいけどヤマトノ国に行く身としては、なんとも言い難し」

「かといって国同士の話だからなー。昔ならいざ知らず、此処は異世界だ。今の俺達には何もできないだろ」

「それもそうだね。……ところで私たちのチートですが、隠さなくてもいいのでは? と一瞬思いました。そこんところ意見ありませんかクロ殿」

「そうですね、勇者一之宮のレベルが十七という低さと中途半端な数字には驚きました。レオンさんの曽祖父こそ勇者では?」

「あれじゃね、年齢がレベルに反映されてるんじゃないかな?」

「俺達は九十年も生きてないだろ」

「それもそうか、まーいっかー知らなーい寝る!!」


 「スヤスヤする!」とサンダルを脱ぎ飛ばして布団の中に潜るシロ。

 あぁもう、サンダルちゃんと揃えろよなーと愚痴を言いながら揃え直し、勉強をする気にならなかったので俺も布団の中に潜り込む。


 意外と疲れていたのか、俺達は朝まで爆睡していたらしい。夕飯を食べ損ねたせいか腹の虫が大きく鳴った。


 レオンさんはその音を聞いて「菓子ならあるぞ」と笑ってお菓子をくれた。隣のシロはまだスヤスヤしていた。


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