41 結論

 二階堂麻衣が行方不明――


 そう聞いた時、私は真っ先に思った。




 ――瞬が対処したんだ、と。




 星野めぐみ、横川時雄、西広志、塩見詩織。そして天神姫香に、二階堂麻衣――ここ二ヶ月の間に、不自然な事件が不自然なほど集中している。

 何が起きているのかはわからないし、調べる気もないけど、関連が無いとは思えない。


 中心にいたのは、おそらく麻衣。

 瞬はどういうわけかそれに付き合わされていて、どういうわけか麻衣を殺した。ラブホテルで行方不明になったという話だから、そこで殺したのだろう。

 どうやって死体や凶器を始末したのかは皆目見当も付かない。

 わからないことばかり。だからなのか知らないけれど、到底ありえるはずのないことが頭をよぎる。




 ――超能力。




 瞬も、麻衣も姫香も入学式の日、超能力について言及した紙切れを拾ったと言っていた。

 私は見覚えがなかったけれど、それはどうやら美山高校の生徒に対して広く実行されたイタズラらしい。

 紙切れの内容は、たしか早口言葉をたくさん唱えたら超能力が手に入る――というものだったか。

 どう考えてもイタズラだ。さしてセンスもない。


 だけど、もしそうじゃなかったとしたら。

 本当に、そのような非日常的なことわりが存在していたとしたら。


 ……ありえない。

 あるはずがない。


 だけど、そこを仮定した途端、断片的だった事象が一応の繋がりを見せてしまう。




 ――地形や地名ではなく、テレポーテーションの方です。




 それは姫香が文芸同好会――瞬と麻衣に、自身が書いている小説について相談した時のことだ。

 超能力バトルものを書いていると言っていた。

 設定がやけに具体的で、まるで挑発するかのように二人にぶつけているのが少しひっかかっていて、それでもその時は深く考えなかったんだけど。

 超能力が実在するという前提で捉えれば、話は百八十度違ってくる。


 超能力とはテレポートのこと。

 瞬と麻衣はテレポーターで、姫香もまたテレポーターで。姫香は二人に対して、私は知っていますよと暗にほのめかしていたのではないか。

 ただの相談のようで、その実、宣戦布告だったと。




 ――テレポートにおいて最も恐ろしい側面は何だと思いますか?


 ――テレポートした先の空間が壊れること。


 ――たとえば私がテレポートを使えるとして、瞬くんの体にテレポートしたとしたら、どうなると思いますか?




 そんな姫香の話に、私は物理的にありえないと突っかかった。

 突っかかったからよく覚えてる。そんなことは物理的に起こり得ない。

 だけど、もし可能だとしたら。


 ……ううん、違う。


 可能なんだ。


 それが姫香の出した結論だったんだと思う。

 不可解な事件の、一連の犯人は瞬と麻衣。やり方は、テレポートによる内部破壊――そうなんですよね? と姫香はジャブを打っていたのだ。


 結果として姫香は負けた。

 だから行方不明になっている。おそらくはもう――


 そして麻衣も同じ末路を辿たどったと思われる。


 黒幕は最初から瞬だったの?

 それとも麻衣が実行犯で、瞬はただ付き合わされていただけで、最後の最後に麻衣を殺して自由を勝ち取った?

 瞬の性格と、二人の唐突な出会いを考えれば、最初は麻衣が先導していたと考えて間違いないんだけど。


「彩音。帰るぞ」

「……早かったのね」


 天神家別邸からの帰り道、私と瞬は大きな書店に寄っていた。

 瞬の口ぶりから一時間はかかると思っていたのに、もう重たそうな紙袋を持っている。


「お前こそやけに熱心だな。どのレーベル?」

「タイトルだけ見てもよくわからないって痛感したわ」


 違う。一時間はとうに経っていた。私が考え事に惚けていただけ。


「行きましょう」


 瞬が私の目前にある棚を覗き込む前に、私は歩き出した。

 後ろから瞬がついてくるのを感じながら、悩む。


 ――私はどうすればいいんだろう。


 姫香のように正義感に溢れているわけではないし。

 麻衣のように好奇心が旺盛でもない。

 好奇心? なぜそう思うの? ――ああ、ラブホテル。瞬と毎日よろしく愉しんでいたようで。


 瞬はラノベ以外には淡白で、基本的に何事にも無関心だ。私と一緒。

 さすがに男の子だけあって、性欲は残ってるみたいだけど、引き出すのは中々に骨が折れる……というのが前に一度誘惑した幼なじみの感想。

 そもそも本人にさして魅力があるわけでもないから、普通は引き出そうとしない。

 それをやってのけたというのだから、好奇心という他はない。羨ましい。


 私もそうすればいいのかな。


 つまらないのは、私が深入りしようとしないから。

 私は昔から人並以上に要領が良く、能力が高かったから、何をしてもすぐに習熟して、すぐに飽きた。

 瞬はこんな私を羨んでいるけれど、私は逆に瞬が羨ましい。


 どうしてそんなにラノベに熱中できるの?

 一つのことに没頭し続けられるの?


 井堂瞬。

 私の、ただ一人の幼なじみで、家族と同じくらい、あるいはそれ以上に一緒に過ごしてきた仲。

 私が執着できそうな、ただ一つの対象。


 だけど瞬は超能力者テレポーターで、殺人鬼――


 瞬のことならわかっているつもり。

 私が下手に追及すれば、最悪私は殺されるだろう。

 私だって死にたくはない。

 なら、見て見ぬふりをする? ――できないかもしれない。だって、気になるから。


 ……気になる?

 そっか、気になるんだ。


 やっぱり瞬は――この男の子は、私の唯一らしい。


「瞬」


 本屋の入口で、私は歩みを止める。


「どうせ暇でしょ。カフェにでも寄らない?」

「なんでだよ。落ち着いて読めないだろ」

「そうね。だったら、私の家はどうかしら。井堂家よりも静かよ」

「確かにそうだな。んじゃそうするか」


 瞬は全く動じずに受け入れた。

 幼なじみの女の子の家だというのに。少しくらいは意識してもいいじゃないの。

 ラブホテル生活のおかげで、ずいぶんと耐性が付いたみたいね。


 これはからかいたくなる。

 けれど瞬にとって麻衣は、おそらく邪魔者で、もう過去の人だ。

 掘り返すと心証に悪いかもしれない。


 からかいたい。でも掘り返すべきじゃない。……葛藤ね。


「ふふっ」

「……なんだよ」

「ううん。なんでもない」


 とりあえず瞬の背中を叩いておいた。


「あいっ!?」

「気持ち悪い悲鳴ね」

「お前なぁ……」

「楽しいわね」

「人を突然叩いておいて……趣味悪いぞ」


 瞬の言うとおりだと思う。

 でも、唯一なんだから仕方ないもの。


 あっさりと出たけど、これが私の結論だ。

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