39.5 恋人の本質
絶頂のスイッチが押下された。電流が全身を駆け巡る。
意識を失いそうになるのを、悲鳴を上げることで食い止める。
今回は調子は良いみたい。三十秒くらいは続きそう。
最初の違和感は、入ってから五秒ほど経ったときだった。
だーりんのだーりんがわたしから離れ、抜けたようだ。
いつもはわたしが治まるまで繋がったままなのに、どうしたのだろう?
幸いにもわたしの絶頂は止まらない。形状記憶、ではないけど、自分でもびっくりするくらいに持続してくれる。わたしは淫乱な女だ。
次の違和感は、十三秒後に訪れた。
首筋がやけに熱くて、急激に体の力が抜けていく感覚。まるでわたしに穴が空いて、ありとあらゆるエネルギーが漏れていくかのような。
快楽に負けない何かが近づいてきた。
それは、あっという間に追いついて、追い越して。振り返ってきたかと思うと、大きな口を開けて、丸呑みしてきた。
脳が認識を振り切るほどの緊急事態――なるほど、たしかにこれはそうだね。
痛い。
ごっそりと首筋を切られたみたい。
誰の仕業かは知ってる。
知らなかったのは、彼の意思。
まさか、こんな安直な手で殺しに来るとは。
血痕の後始末はどうするの? チェックアウトは? それに死後暴露のことは考えなかったの? ……考えなかったんだろーね。
あんぽんたんなだーりん。
気の毒なくらいに頭が鈍くて、そんなところが可愛いんだけど。
だーりんは、やっぱり狂ってるねえ。
抹殺ゲームを提案されたときは濡れそうになった。
平然とそんなことを思い付いて、行動に移すのにはわたしもびっくりした。
そこいらの男子とは違う。だーりんなら当分の間、暇を潰してくれると思ったんだよね。
まあ命も潰されちゃったけど。
うん、わかってる。
傷口を両手で抑えてるけど焼け石に水、どころか水滴にもなりやしない。
頸動脈もやられてるし、これはもう、助からない。
だーりん。
今まで楽しかったよ。
愛してる。愛してた。
……でも、ちょっとだけ、冷めちゃったかな。
だって、わかっちゃったから。
だーりんの根底が、何なのか。
だーりんのそれは、障害でもなければ才能でもない。
無知なんだ。
要領が悪いくせに、ラノベばかり読んでるから知識が、経験が、感性が偏る。
無知という名の、いびつな蓄積。
そんなものを常識ではかろうとしたのが間違いだった。
だーりんがわたしを快く思ってないことは知っていた。
だけどだーりんではわたしを殺せない。わたしも隙を与えなかったし、身体能力とかテレアームの扱いとか、何度か披露してビビらせりしたしね。
効果は絶大だったのに。
それで、たぶんだーりんは追い詰められて、大胆にも妥協したんだ。
捕まってもいいと。
わたしさえ殺せればそれでいいと。
そういう判断をして、行動に移せるところがだーりんの恐ろしいところだと思う。あんぽんたんなだけなんだけどね。でも、それで
あー、もっと一緒に過ごしたかったな。
そもそもわたしはだーりんを殺す気なんてなかったのになー。
性欲は習慣的なもの。
食欲や睡眠欲みたいに、一度味わうとしばらくは勘弁だけど、またすぐに訪れる類のもの。
そしてだーりんは、わたしにとって身体的にも精神的にも相性のいい相手。あんな人は簡単に探せるものじゃない。わたしが飽きっぽいからなおさらね。
本当に、本当に本当に、気持ちよかったんだから。
ずっとずっと、そばに置いとくつもりだったのに。
だーりんが嫌だと言っても。彩姉を選ぶと言っても、絶対に逃さなかったのに。
あーあ。しっぱいしっぱい。
もっと釘を刺しておくべきだったかなあ。
ひめっちみたいに死後暴露について話しておけばよかったかな。わたしが死んだら、テレポートについて解説した記事と、撮影した動画が全世界にばらまかれちゃうよ? みたいな。
だーりんでもブログや動画サイトの予約投稿くらいなら知ってると思う。死後暴露を信じさせるのは容易いことだ。
……わたしもまだまだだね。
パパには遠く及ばない。
パパかぁ。
もしパパがテレポートを手に入れたら、世界はどうなってたんだろう。
それはそれで見てみたかった、かな。
昔の記憶がめまぐるしく蘇る。……走馬灯というやつですな。
これが途切れる時が、わたしが終わる時。
間もなく、わたしは意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます