24 旅行計画
昼休憩。
いつものように僕と麻衣は部室に出向いた。
「モテモテだったね、だーりん」
「誰かさんが幼なじみとお姫様を刺激したせいでな」
「でもめぐみんの話題は逸らせたでしょ?」
「まあな……」
今朝方、星野めぐみが行方不明とのニュースが届いた。といっても担任の口からはっきり語られたわけではないが、重々しそうにノーコメントを貫く様子を見れば、真実なのだとわかる。
犯人は僕なわけで、この件を話題にされるとやりづらい。
そんな僕の心を察してくれたのか、麻衣が動いてくれたのだが……それにしても引っかき回しすぎだ。
おかげで彩音と姫香、それとなんだかんだ麻衣も含めて美女三人にいじられるという構図ができあがってしまった。
もはや休憩時間中の教室に安寧は無い。
どこかに逃げれば済むだけの話だが、残念ながらそうも言ってられないんだよなあ。
彩音はともかく、姫香は僕が殺すべきテレポーターの一人。現状どうやって殺すか皆目見当もついてない以上、なるべく一緒に過ごして情報を集めるくらいしか出来ることがない。
……まあ姫香は後回しだ。
僕はホワイトボードを準備し、スマホでカレンダーを見ながら、今月下旬と来月上旬の範囲を書き写した。
麻衣はというと、美味そうにサンドイッチを食べてやがる。
僕が口を開けて要求すると、食べかけのそれをねじこまれた。
「新しいのをくれよ」
「わたしと間接キスだよ? 嬉しくないの?」
「かじられてる分と天秤に測ったら、良くてイーブンってとこだな」
「冷たい彼氏だねぇ」
麻衣の不満をスルーしつつも、僕は頭の中を
つーか二階堂家のサンドイッチ、マジで美味しいな。
パンはふわふわ、野菜はシャキシャキ、肉はジューシー。お手伝いさんに作らせてるとのことだが、羨ましい。僕の分も作ってもらおうかな。
「……よし、書けたぞ」
僕は麻衣の隣に腰掛けて、新しいサンドイッチを一つ拝借した。
「直近の予定について整理する。ボードを見てくれ」
「ゴールデンウィークですな」
「ああ。この間にカタをつけるつもりだ」
カレンダーは四月二十四日月曜日、つまり今日から書いた。
ゴールデンウィークの始まりは二十八日の金曜日。ここまでに
この大型連休は五月八日まで続く。途中の平日が学校の方針で休校日となっているためだ。こういう気前の良さは美山高校の長所らしく、志望動機に挙げる人もいたんだとか。
「三人の殺害は連休中、早い内に済ませたい」
「やけに急ぐねー。まだ殺し方も完全には決まってないんでしょ?」
麻衣が左手を掲げたかと思うと、すぐに握り込んだ。
言うまでもなくテレポートだ。行き先は――窓側、コーヒーセットのところか。
体勢も直立だし、地面に着地する音も最小限だし、と相変わらずの正確性だ。それくらい使いこなせるなら暗殺もお手の物だろう。頼もしいが、どうせ頼れないので意味はない。
「悠長なことは言ってられないんだよ。テレポートが世間に露呈するリスクが怖いんだ。横川先生はともかく、広志は飛行バカみたいだからな。遅かれ早かれ誰かに目撃されるか、あるいは自ら力を晒す愚行に出るかもしれない。詩織に至ってはテレポートをどう使ってるのかさっぱりだしな」
コーヒーを準備する麻衣の手際に感心しつつも、僕は自分の思考を整理する。
殺し方も、死体の消し方もほぼ完成している。
あとは武器の調達と、確実にターゲットの息の根を止めるための詰めを固めるところか。
「広い家で一人暮らしの時雄と、人っ子一人いない山に出かける広志はともかく、詩織が厄介だな。両親と三人暮らしな上にインドア派だからな。まるで隙がない……いや」
自分を縛っていた固定観念に気付く。
「一人が三人になっただけか。うち二人はテレポートで殺せる……」
「だーりん?」
「いや、何でもない」
思わず小声でつぶやいてしまったが、麻衣にはまだ説明しなくていいだろう。
方法としてはまだまだ未完成だ。殺す人数はともかく、場所がマンションだからな。騒ぎを起こせば住民に勘づかれてしまう。
「麻衣。ゴールデンウィークは予定空いてるよな?」
「おやおや、デートのお誘いですかな?」
「それも泊まりで、な」
「そりゃ楽しみですな」
麻衣がカップを二つ持って戻ってくる。僕はカフェインは摂らないと言ってるのに……まあいい。
手渡されたコーヒーを口に付け、僕は続けた。
「決行は夜だ。広志を殺せるタイミングがそうなのと、あと武器の調達方法の問題でな」
「調達?」
首を傾げて「何を?」と問う麻衣に、僕は答えた。
「拳銃だよ」
◆ ◆ ◆
「というわけで今日の夜から二日ほど帰らないから」
ゴールデンウィーク初日――四月二十八日金曜日の昼、井堂家の食卓にて。
僕は二泊三日の旅行に出かける旨を両親と彩音に話していた。
「ハメ外すなよ」
「部屋は別々だから問題無いし、彼女は武道も嗜んでるんだ。仮に僕が襲ったところで返り討ちだよ」
「それにしても東京とはまた急ねぇ……。他の遊園地は無かったの?」
「遊園地と言えばデズミーランドが王道なんだよ。それにデズミーは東京じゃなくて千葉だ」
名目は文芸部の活動である。今書いている作品に遊園地デートがあって、そのための取材をしに行くという
しかし嘘とはいえ、自分が書く作品を親に話すというのは中々堪えるものがあるな。
……まあそんなことはさておき。
「さっきなら何だ彩音」
当たり前のように我が家に上がり込んでる幼なじみが、無言で僕を見つめている。
「べっつに。熱心なのねって」
「まあな」
無論本当の目的は別にある。
これはテレポーター三人を片付けるための旅行だ。行き先も千葉ではない。
テレポーターの皆殺しは僕にとって人生史上最重要のタスク。ましてこれから四人、いや場合によって六人も七人も殺すことになる。熱心にもなるさ。
「完成したら読ませてね」
「気が向いたらな」
「組み敷いてでも読むわ」
「本当にやめてくださいお願いします」
このやり取り、もう三回はしたぞ。
「どうして?」
彩音が嗜虐的な笑みを浮かべながら問うてくる。
先週末の告白イベント以来、更に積極的になったというか、やたら僕に絡んでくる。相当気持ち悪い台詞を投げたはずなのだが。
正直言えば彩音とは末永く過ごしたいので、嬉しくないわけではないのだが、今は――抹殺ゲームが終わるまではダメだ。
お引き取り願おうか。
「どうしてって恥ずかしいからに決まってるだろ。ラノベってのはな、自分の妄想を吐き出したオナニーみたいなものなんだよ」
「それはラノベに限らず創作全般だと思うけれど」
冷静に返してんじゃねえよ。そこは気持ち悪がるところだ。母さんの白い目を見てみろよ。
「そんなことはどうでもいい。僕のオナニーをおかずの本人に見られるわけにはいかないってことだよ」
「セクハラを通り越して呆れるわね……」
「彩音ちゃん。この子とは喋らない方がいいわ。変態が移る」
「母さん。セクハラって言葉は職場で行われる行為や言動を指すんだよ。ここは職場か? 違うよね。つまり僕はセクハラじゃない」
どきつい二人分の白眼視をスルーしながら、僕は昼飯をかきこむ。
僕の話題が逸れてくれるならそれで結構。
この露悪的なやり方は彩音単体には通じづらくなっているが、両親にはまだまだ健在だ。
そして両親に通じれば、彩音も巻き込んでくれて。
「彩音ちゃん。私達も旅行に行かない? 最近行ってないのよねー」
「おお、いいじゃねえか。三人で行くか? それとも五人?」
「お父さんもお母さんも休みは無いみたいよ。それに三人は微妙ね」
「そうよねー。お父さんは放っておいて、女二人で行きましょ」
「おばさんとも正直微妙だわ。友達と行きたい」
「もう、つれないわねぇ」
僕は蚊帳の外となるわけだ。
雑談という名の喧噪を聞き流しながら残りのメシを消化。
僕は部屋に戻り、スーツケースに適当に荷物を詰めながら、明日以降の作戦について振り返った。
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