21 察知
着崩した制服、ばっちり決まったメイクに、でかい態度。
メガネ率の高さと、全員の手に握られた携帯ゲーム機。
一つの机に群がって宿題や小テスト対策に取り組む集団――
四月下旬にもなれば新しいクラスの人間関係も落ち着くというものだ。
それに今週末からはゴールデンウィークが控えている。当校は気前がいいのか、間の平日も休日となっていて八連休と来たもんだ。
必然、話題は大型連休の過ごし方で賑わうはず、なのだが。
「先生、星野さんが行方不明って本当なんですか?」
リア充の典型的サンプルみたいな奴が尋ねた途端、教室が静まり返った。
「ノーコメントだ」
間髪入れずに答える担任。
この件について話すことは何も無い、と強烈な意思が感じられる。僕でもわかったんだから、リア充にわからないはずがない。
気まずい沈黙がしばし続くかと思われたが、「この無神経」「アテッ」そいつが女子に頭を叩かれたことで笑いが生じ、間もなく喧噪が戻ってきた。
「……お仕事でお忙しいのかと思っておりましたわ」
僕のそばで姿勢良く突っ立っている姫香がしゅんと悲しそうな顔を浮かべる。
ちょっと可愛いなとか感受性が豊かそうだなとか思いながら見ていると、姫香と目が合った。
「瞬くんはどう考えますか?」
「……なぜ僕に訊く?」
もちろん答えは知っている。
先々週、十四日金曜日の放課後に僕が殺したんだ。テレポーターだっためぐみを地中に誘導して、生き埋めにすることで。
といっても姫香に疑われていると焦る必要はない。なぜか知らないが僕はこいつに気に入られているだけだ。
「瞬くんなら真実を見つけられると信じております」
「その根拠はどこから湧いた……」
「
「その恋慕はどこから湧いた……」
「自意識過剰すぎて気持ち悪いわね」
と、そこで横から幼なじみのジャブ。
「僕はそうだと思っているが……違うのか姫香?」
「いいえ。合っていますわ」
そう言って頬を赤らめる姫香。ここ数日で彩音と麻衣に毒されてやがるからな、どこまで本気なのやら。
「合っているそうだ。嫉妬か?」
彩音をからかおうと思ってあえて自惚れてみたのだが、「ええそうよ」いきなりぴたっと寄り添われて、僕は思わず怯んでしまう。
場の視線が刺さり、数カ所からひそひそとやっかみも。
「彩姉、大胆だねー。でもそれ、わたしのだーりんなんだけど」
「私の幼なじみでもあるわ」
「あんだ、やんのかこらー」
麻衣がノリノリでメンチを切っている。見た目は童顔美少女であるため、ギャップが凄まじいというか、可愛さ百倍というか、事実「やべぇ」「反則だろ……」と男子らが声を漏らしたのが聞こえた。
彩音に左腕を引っ張られ、空いた右腕を麻衣に掴まれ、また引っ張られ――といつもの僕イジりに露骨にため息を吐いてみせるも、二人は止まらず。
姫香に救いの目を向けると、「楽しそうですわね」いや見てないで助けて。
居心地の悪さを感じながら、さらに視線を
……すいませんね。生徒が一人行方不明になってるのにハーレム主人公みたいなことしてて。
「クラスメイトが行方不明なのはなおのこと心配ですわ。こうなったら捜索隊に依頼して――」
「だめだよひめっち。警察の邪魔になるよー」
「ならば警察の方々にはご退場いただきましょう」
「姫香が言うとシャレに聞こえないわね……」
彩音に全面同意だが、とりあえず僕を解放してほしい。
僕の拘束とめぐみの話題は、本鈴が鳴るまで続いた。
◆ ◆ ◆
事実は小説よりも奇なり、ということわざがある。
現実はフィクションに勝る、とコメントしたサッカー監督もいる。
でも私はそんなの信じない。
現実なんかがフィクションに勝てるわけがないんだ。
もし勝てるのなら――これほどまでに小説という名の空想が溢れかえっているはずがないのだから。
勝てるのはごく一部の人間だけ。
私のような冴えない一般市民には、ただただ平凡な日常しかない。
そんな日常に、またもや非日常が起きた。
――女優、星野めぐみの行方不明。
人見知りな私にできるはずもないけど、彼女とは友達になりたかった。
年齢は一つ下だけど、女子高生でありながら社会人である点が同じだったから。
もっとも仕事は全然違うけど。
彼女は女優で、私は小説家。しかもライトノベルだ。
この仕事にこだわりはあれど、誇りはない。
だから誰にも教えていないし、むしろ隠している。学校側にも秘密にするよう取りはからってもらったほどに。
現実にはありえないキャラクターを生み出し、なりきって、世界に溺れて、意思に酔って――私にとってライトノベルは現実逃避でしかない。
ネットで公開していたそれがたまたま編集部の目に留まり、私にたまたま才能があって、こうして作家となった。
今でも唯一の逃避手段だけど、一番楽しい時間でもある。これで食っていけるのなら幸せなものだ。
最近はスランプ、というよりネタ切れに悩まされていた。
キャラクターの作り方と絡ませ方は得意。だけどネタがない。逃避が成立するような、非日常的で、刺激的で独創的でネタが。
せっかくそこそこ幸福な人生が手に入りつつあるのに、逃してなるものか。
ネタを見逃さないため、そして見つけ出すために、私は平凡極まりない日常生活にも神経を尖らせるようになった。
彼女について知ったのも、そんな時だった。
そんな彼女が行方不明になった。
行方不明。
それはフィクションやニュースの出来事でしかないこと。珍しいことだ。
そんな出来事が私の日常で起きた。
珍しいと言えばもう一つある。
テレポートだ。
意味不明な超常現象。もはや理解することは諦めたけど、確かに存在している、それ。
これと合わせると二件。
三年生になってまだ一月も経ってないのに、二件も。
ただの偶然か、それとも――
可能性という名の想像を巡らせていく。
この二件が偶然ではないと仮定するなら、テレポート関連で星野めぐみが行方不明になったと考えるのが妥当だ。
消息が掴めなくなる前、星野めぐみはどこで何をしていたのだろう。
私はスマホで調べることにした。
星野めぐみオフィシャルウェブサイト、公式ツブヤイターアカウント、数は少ないけどファンサイトなどを読んでいく。
行方不明になる前はドラマ撮影で忙しかったようだ。
あれ、このドラマは確か。……やはりそうだ、二階堂王介の主演作。
基本的に私は芸能に疎いけど、二階堂王介だけは追っている。
芸能界に君臨するただ一人の王様で、歴史上を類を見ない傑物で、味方も多いが敵も多いとされていて、それでありながら総理大臣よりも堅いガードだと言われていて。
そんな、人間を超越した存在は、一体どんな景色を見ているのだろう。
何を目指し、思い、考えているのだろう。
興味が、推測が、想像が尽きなくて、一日中耽ったこともあった。
そんな彼も最近突然死して、芸能界どころか日本中を騒がせて、テレビやネットでは今でも醜い争いや憶測が繰り広げられていて――ちょっと待って。
突然、死……?
芸能人の死はさして珍しいことではないけれど。少なくとも私はこの人が簡単に死ぬとは到底思えなくて。
そんな人が突如死んだ……?
それって、もしかして……。
私の手からスマホが滑り落ちた。
ごとっと重たい音が響く。授業中だから迷惑なのは知っている。どうでもいい。
「……ありえる」
それは最悪のシナリオだった。
私がテレポーターに覚醒した時のこと。持っていた紙切れが説明書に変化して、ただただびっくりしたせいで文面をまともに覚えてなくて、それでも頭の片隅が記憶していたみたいで、ついさっき想起された
――私立美山高校のテレポーター様。
繋がってしまった。
テレポーターは学校内にのみ存在している。
そしてその中に二人、殺人鬼が潜んでいる。
一人目は星野めぐみ。二階堂王介と同じ撮影現場にいたことから、彼を殺せるのは彼女しかいない。彼女なら、簡単に殺せる。体内に何かを送り込むだけでいいのだから。
二人目は、わからない。
もしかしたら杞憂かもしれない。
でも、星野めぐみの行方不明が意図的なものであったとしたら?
テレポーターなら、鉄壁な王を暗殺する手段を知っている。
テレポーターなら、それを実現できる人間が一人しかいないことにも辿り着ける。
たった今、私がそうしているように。
私が気付けたのはほとんど偶然だけど。
彼か、彼女か、正体不明の二人目は、どうだろう。
私には
……殺される。
だって私もテレポーターだから。
いや、でも、黙ってたら……バレない、……よね?
彼女がバレたのは、あくまでも二階堂王介という絶対者の死があったから。
一方で私は取るに足らない、地味で、男子にも名前を覚えられてないような女子でしかない。
小説家であることもバレてないんだし、バレない。バレるはずがない……。
だけどもし、テレポーターかどうかを知る術があったとしたら?
あるとも言い切れないし、無いとも言い切れない。まずはそういう術を考えてみる? 無かったらひとまず安心、でもあったら……違う、そういうことじゃなくて。
――逃げなきゃ。
◆ ◆ ◆
「小テストを返却します。井堂君」
一人ずつ呼び出してプリントを配るのって時間の無駄にも程があるよなあ。パソコンを使えば一瞬で採点して、生徒全員に通知できるのに。
などと現実逃避するも、点数を見ないわけにはいかず目を落とす――二十点中六点。我ながら酷い。
席に戻ると、隣の彩音にプリントをかっさらわれた。
「……遊びすぎでは?」
彩音には麻衣と文芸同好会で活動していると伝えている。もちろん嘘であり、実際行っているのはテレポートの検証とテレポーターの抹殺だ。小テスト如きにかまけている暇などない。
「こんなもんだろ」
「違うわね。あなたは大体五割から七割くらいを取る。四割を切ることは滅多にない」
さすが幼なじみ、よく見ていらっしゃる。
僕は教科書を持ってから感想を口にしてみた。
「……ストーカー?」
ひゅんと平手が飛んできたのを教科書でガード。ぱんっと痛そうな音が響く。
「そんなに熱心に何を書いてるの? ラノベ? ジャンルは?」
「言いたくないな。ハズい」
「じゃあ放課後部室に乗り込むわね」
部室は校内で堂々とテレポートについて話せる唯一の場所。他者に入室できる余地を与えるわけにはいかない。
が、彩音は親しい仲だ。遊びに来るのをシャットアウトできるほどの自然な理由はそうはない。まして今は麻衣との恋仲がバレてて、ただでさえラブラブしてるんじゃないか疑惑がかけられているわけだしな。
「ラブコメだよ」
「どんな?」
「……王道モノだ」
「説明になってない」
「ぐっ……」
にやにやしながら彩音が追及してくる。
教室の、しかも授業中に、自分が書いているラノベについて喋るなど公開処刑にも程があるが、彩音を部室に寄せ付けないためには仕方ない。羞恥の一つや二つくらいくれてやる。
「冴えない男子と学校一モテる幼なじみ女子の恋物語だ」
「どこかで聞き覚えがあるわね」
「テンプレだからな」
彩音がジト目を向けてくる。これが僕と彩音をベースにした話であるということに気付いているのだろう……って睨んでないで何か言えよ。
「綾崎さん」
「あ、はい」
先生に呼ばれた彩音が慌てて席を立つ。クールビューティーには似つかわしくない
ともかく、これで彩音の干渉は回避できそうだな。僕は忙しくてラノベを書いている暇などないが、彩音との日常なら実体験ゆえに考えやすい。過去には妄想だってしてるんだ。それらを垂れ流すだけでいい。彩音はすぐに気味悪がって、呆れてくれるだろう。それ以上は踏み込まれない。
「さすが綾崎さん。満点ですよ」
教室が微かにどよめく。学年一桁順位は健在らしい。
しかもノー勉なんだよな……。本人曰く勉強すれば一位も取れるとのこと。僕の幼なじみがチートすぎる件。
「今回満点を取ったのは綾崎さんだけですよ。西君も不調だし、そんなに難しかったかしら?」
「いえ、いつも通りだと思います」
彩音が淡々を答えて席に戻る一方、僕はその西君――
西広志。
僕らと同じ二年生で、隣のA組に在籍。
毎回学年一位の成績を取っていて、近寄りがたいオーラで勉強ばかりしている、絵に描いたような秀才にして、テレポーター。
先週末の調査では尾行が大変だった。いつ勉強してんだと疑問に思うくらいだったが、やはり小テストの出来が悪くなるほどの忙しさだったか。
無理もないだろうな。
だって、奴が行っているのは――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます