20.5 猜疑心

 しゅんはまだ何かを隠している。

 そしてそれは二階堂麻衣にかいどうまいと無関係ではない――

 私はそう確信していた。


 物心つく前から一緒に過ごしてきたからこそ言える。

 瞬は部活に入るような人間じゃない。

 ラノベ執筆という創作に精を出すタイプでもない。

 けれど彼は部活――といっても同好会だけど――に所属し、ラノベを書いているらしく、帰りも遅い。


 私でも惹けなかった瞬。

 彼女は一体何をしたのだろう。


 ……した? そう、彼女がしたんだ。

 瞬が自らの意思で近づいたのではなく、彼女から近づいた。

 そして瞬には、拒否できない事情がある――


 その事が少しだけ寂しく、悔しくて。

 一緒に過ごす時間が少なくなって、それでも踏み込めなくて。


 でもいいの。

 瞬が私のことを想ってくれていたから。

 今は違っても、必ず戻ってくると――そう確信できたから。


 だったら私は待つだけ。

 がっつくことも考えたけど、今日の瞬は露骨に嫌われようとしていた。今は手が離せない事情があるのだろう。そう楽観的に捉えてあげようかしらね。


「……ううん。たぶんそこは問題じゃない」


 瞬には悪いけど、私は瞬のことなど何一つ怖くない。

 力も、頭も、技術も、何を取っても負ける気がしない。


 それでも私が踏み込めなかったのは。

 深入りできなかったのは、彼女の存在。




 ――二階堂麻衣。




 あれはただ者じゃない。

 かの二階堂王介の娘で、姫香とも幼なじみだという話を聞いて一応納得したけれど、それにしても異常だ。


 姫香ならわかる。

 天神グループの一人娘として一流の教育を受けているはずだし、本人の口ぶりから察しても、自己鍛錬に重きを置いている風だった。

 そもそも美山高校に入学して、入学式の日に初めて見かけた時点で、一目瞭然だったのだから。


 武術を心得た強者には相応のオーラがある。

 鍛錬に裏打ちされた身体、言動、姿勢や立ち振る舞い。それが武術の持つ求道や哲学によって支えられている。

 勤勉に取り組む者は、そうした精神的な側面を無視しない。むしろ踏襲する。

 だから律儀に反映される。一目見てわかるほどに。


 姫香にはそれがあった。

 麻衣にはそれがなかった。


 けれど、あの日。

 麻衣が姫香との関係を打ち明けて、いつも付けていた不格好な眼鏡を外した日。

 あの時から変わったのだ。

 彼女の気配が。何も感じなかったそれが、姫香と同等、あるいはそれ以上の凄まじさに。


 偶然で隠せるものではない。意図的に隠していたということだ。

 何のために? なぜ?


 ……わからない。

 けれど、これだけはわかる。


 二階堂麻衣はただ者じゃないということ。


 そして瞬は、そんな彼女に目を付けられたのだということを。

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