第3章
18 (+1)
ディスプレイには四枚のウィンドウ――テレポーターに覚醒した教職員各々のプロフィール情報がタイル状に並んでいる。
「一人ずつ見ていくぞ。まずは唯一の教職員枠――横川先生だ」
僕はウィンドウの一枚を最大化させる。
五十一歳、数学教師。
シワの多い顔面と腰を曲げて歩く様が思い浮かぶ。
一見すると弱々しいが、方便なのかやたら乱暴に聞こえる口調を使うし、プログラミングが趣味らしくて薄いノートパソコンを持ち歩いているしで、元気だが偏屈なおじいちゃんという印象だ。
「普通に殺せそうだね」
「普通にってどういう意味だよ?」
「んー、色々。首締めるとか、頭掴んで壁に叩きつけるとか。階段から突き落としただけでも死にそうだよねー」
冗談に聞こえないのが恐ろしいところだが、今は頼もしい。
「じゃあ麻衣にお願いしてもいいか?」
「やだ」
即答。まあ、そうだよな……。
一応粘ってみる。
「なんで?」
「殺人ってコストが高いんだよ。昔ならさておき、現代は特にね。何百人と殺し続けるのは不可能じゃないかな。わたしも迂闊には手を出さないの」
「用意周到なら出すのかよ」
「さあ。どうでしょう?」
庇護欲のそそられる
かく言う僕も他人事ではないか。既に一人殺してるし、あと五人殺すつもりなのだから。
プロフィール情報をスクロールしていく。
「自動車通勤。一人暮らし。住所は……結構登ったところにあるな」
あの辺りは確かキロメートル単位の長い峠道の、途中を逸れたところだったな。「ちょい待ち」麻衣が何か言ったかと思うと、スマホで地図サービスを開いていた。
「大きなおうちだね」
木造の一軒家で、衛星写真でもわかるほどに古い。家賃は安そうだが、虫とかたくさん出そう。
「……どう? いい殺し方、思い付いた?」
「まったく。とりあえず次だ」
マウスを掴んで次のウィンドウを最大化する。
「
生気の無い目に、手入れの大変そうなロングな黒髪を携えた女子が映っている。
「図書室の常連さんだね。本読むスピードがすごく速い。だーりんの比じゃない」
「なぜ僕を引き合いに出す……」
プロフィールを読み進めると、備考欄がやたら長いのが目につく。
「小説家。学校では秘密のため取り扱い注意。仕事で欠席することも多々だが、理由は『家庭の事情』で通すこと……って、え、高校生作家ってことか?」
お嬢様といい、小説家といい、もう殺したが女優といい、変わり種が多いんだなこの学校は。
「こいつは厄介かもしれんな……」
「だーりんのタイプだから?」
「二重の意味で違う」
まず僕のタイプではないし、仮にそうだとしても殺さない理由にはならない。
「こいつは小説家なんだろ? なら想像力は
「ほー、そらまずいねー。だーりん以上にこじらせてるわけですな」
「ああ。その可能性は十分ある」
僕の唯一のアドバンテージは、ラノベばかり読んだことで培った想像力と、そういった行為に怯まない図太さだ。
これらがあったから僕はテレポートの危険性にいち早く気付き、全員を殺すという策を考え、かつ実行に移せた。自分で言うのも何だが、ここまで迅速に行動できる奴はそうはいないと思う。
だからこそ意味があった。他のテレポーターがのんびりしている間に、不意を突くところにこそ勝機があったのだ。
だが塩見詩織は、もしかすると――僕の上位互換かもしれない。
「マンション住まいで、家族構成は両親含めて三人。階は六階か、ならテレアームも届く……」
今すぐにでも殺したい。何とかして殺せないか、と思考を巡らせるも、簡単に見つかるはずもなく。
両親はともかく、テレポーターである詩織にはテレポートできない。体内に物体を送り込んで殺すことはできないのだ。
テレポーターの殺害が難しいのはこの性質――ガード
「……一通り見てみるか」
三人目を表示させる。
黒縁メガネと、耳をすっぽり覆う程度の長髪に包まれた、いかにも賢そうな顔の男。
こいつは僕でも知っている。
「
西は二年A組で、僕らB組だから接点が無い。一年の時も違うクラスだった。
それでもこいつが熱心に、何かにとりつかれたかのように勉強に励んでいる様子は何度か見たことがある。鬼気迫るものがあった。
「勉学に費やしてるエネルギーをテレポートに向けられたらマズイよなぁ……」
塩見といい、どうしてこうクセのある奴ばかりなんだ。
しかも最後の一人は――
「
僕は嘆息しつつも、一応姫香のプロフィールも開いてみる。
目新しい情報が特に無くて、もう一度ため息。
「だーりん、ストレス溜めるとハゲるよ?」
そんな僕を見て麻衣がけらけらと笑う。一番の心労はお前だからな……。
「さて、どうやって殺そうか。全員をよく調べてから一気に殺すべきか、それとも一つずつ各個撃破していくか……」
麻衣はというと、頬杖をついてリズミカルに揺れながら「わくわく」などとほざいている。
こいつが手伝ってくれると百人力なのだが……。傍観者スタンスを保ってるから僕では動かせない。
身を挺した報酬、たとえば僕の童貞あたりを差し出せば、ひょっとすると一人くらいは殺してくれるかもしれないが、リスクが大きすぎる。
麻衣にとって僕は暇つぶしの道具だ。おそらく性的にも。
その気になれば僕を襲うことなど簡単だろうに、今のところ僕の意思を尊重してくれている。刺激を少しずつ楽しんでいるのだろう。
これがもし、いきなり童貞などという劇薬を与えてしまったら――?
僕としてもつかの間は快楽だろうが、こいつの飽きが来るのも早い。それは死を意味するわけで。
「悩ましいな……」
「よっしゃだーりん」
突然何を言い出すかと思えば、ぽふんと肩にもたれかかってきた。
甘い匂いが僕を刺激する。
「気分転換にえっちしようぜい?」
「性欲モンスターは黙ってろ」
「だーりんもまんざらではないんだよね? ほれほれ、楽になりなって」
僕の腕を引き寄せ、その豊かな胸に押し当てる麻衣。
クッションでも布団でもない、唯一無二の柔らかさを知覚する。ただ柔らかいだけだと割り切れれば楽なのだが、気を抜くと揉みしだいてしまいそうだ。
何とか振り切りたくて、視線を走らせていたところで壁時計が目に入る。
ちょうどいい時間だった。
「そろそろ休憩が終わるぞ」
「……サボる」
「サボるな」
麻衣ががばっと腕を広げて、僕に抱きついてきた。
匂いも。感触も。
一段と近く、深くなる。
……もう手段は選んでられない。
僕はテレアームを少し離れたところに伸ばし、変な体勢で落っこちないようテレハンドの向きを整えた上で、右手を何も持たないよう空ける。
最後に、左手をポケットに突っ込んでから、強く握り込んで。
「おりょっ?」
麻衣のハグが空振ったのが、少し離れたところから見えて。
次いで全身が重力に引っ張られる感覚。
どんっ、と不器用に着地した。少し足が痛い。
「もー、だーりんだったら。照れ屋さん」
「自己テレポートも便利なもんだな」
生き埋めのリスクがあるし、物量的に痕跡を残しやすいからあまり好きではないのだが、僕とてテレポーターだ。テレポートの練習を怠っているつもりはない。
発揮スピードはまだまだだが、テレポート後にうっかり頭から落ちないよう向きを考慮できるし、ポケットに手を入れておけばたとえ地中にテレポートしても身動きが取れなくて詰むこともないし、麻衣レベルの重量に包まれたところで一緒にテレポートされないことも知っている。
「そだねー」
僕がささやかな優越感に浸っていると、麻衣が不意にニヤつく。
その左手が握られたことに気付いたが、時既に遅し。
目の前に麻衣が出現して、一瞬で間合いを詰めてきた。
「まだまだ練習が足りませんな?」
麻衣は僕の額をこつんとつつく。「戻ろっか」と笑顔を向けてきたかと思えば、再びテレポートを発動。少し離れた地点、パソコンの前に移動して、後片付けを始めた。
性的なちょっかいは終わったみたいだが……実力の差は歴然だな。
テレアームを目的地点まで伸ばす瞬発力、正確性。
周辺の物体や地面を破壊せず、かつガード範囲にも入らないギリギリの位置を把握する空間認識。
そして、テレポート後の体の向きを適切に保つための、テレハンドの向き――これの調整が特に難しいんだ。
そもそも自己テレポートを行うと、自身の体は、自分の右手がテレハンドに重なるように体の向きが変更された上でテレポートされる。
だから何も考えずに自己テレポートをすると、おかしな体勢でテレポートしてしまうことになる。背中から地面に落ちたり、最悪頭から落ちることもありえる。
そうならないようにするには、自己テレポート前に二つのパラメーター――自分の右手とテレハンドを、適切な向きに構える必要がある。
麻衣は、これら全てにおいて、はるかに僕を凌ぐ。
僕が慎重に、十秒以上かけて調整することを、即座にこなしやがるのだ。
「……だーりん?」
「ああ、行く行く」
麻衣ほどテレポートを使いこなせる奴は他にいまい。……シャレになってしまったが、安気に笑える余裕などない。
僕はこんな化け物を倒さなきゃならないんだからな。
本当に、一番のストレスだよ……。
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