12 獲物探し

 青天から朝日が降り注いでいる光景を、僕は部室から眺めていた。

 本当なら自宅でラノベを読んでいるところなのに……。休日出勤するサラリーマンはこんな気分なのだろうか。


「やっちゃったねー」


 麻衣が他人事のようにつぶやいた。椅子を傾けて器用にバランスを取っている。呑気なものだ。


「ああ。もう後戻りはできない」

「あのままで大丈夫かな?」


 僕の顔色をうかがう麻衣。容姿を誤魔化ごまかしているいつものメガネは掛けておらず、可愛らしい童顔が晒されている。


「……大丈夫だろう。旧校舎を取り壊して丘ごと更地にでもしない限りは」


 テレアームで触れた感触が今でも蘇ってくる。

 生々しくありながらも、人間の柔らかさが全く感じられなかった、死体の感触が。


「あーあ、めぐみんの小ぶりなおっぱい、好きだったのに」

「またテレアームで触ってたのか」

「うん。今はだーりんのだーりんを触ってるけど。――むむ、普段より萎えてますぞ?」

「そら萎えるでしょうよ……」


 なんたって生まれて初めて人を殺して、テレアームとはいえ死体にも触ったんだからな。


「そう? わたしは興奮したよ。まさか自分で殺すんじゃなくて相手に自害させるなんてねー」


 僕はテレポーターの一人――星野めぐみの殺害に成功した。

 といっても直接手を下したわけではない。めぐみを上手いこと誘導して『テレポートすると死ぬ場所』にテレポートしてもらったのだ。


 めぐみが単純な奴で助かった。

 彼女がもう少し賢ければ、僕が信用されることはなく警戒されて終わっていただろう。そうなれば始末にも苦労したはずだ。


「だーりんの慧眼けいがんも素晴らしかったよ」

「慧眼とは大げさな」

「テレポートで死ぬなんて初耳だもん。だからだーりんはあまり」


 突然麻衣が消えたかと思うと、「自己テレポートしないんだね」いきなり真後ろから聞こえてきた。

 自分でもびくっと体を震わせたのがわかった。心臓に悪いからテレポートで一気に距離を詰めるのはやめてくれないかな。「だーりんびびりすぎ」うるせえ。


「別に普通の思考だと思うんだがな……。地面の中みたいに自分が丸々埋まる場所にテレポートしたらどうなるか、麻衣は考えたりしないのか?」


 たとえテレポートされた物体がテレポート先の物体に必ず打ち勝つのだとしても、だから安全ですねとはならない。

 テレポートを発動させるには、左手親指を内側に曲げるように握り込むアクションが必要だ。言い換えるなら、テレポート先には親指を曲げ、手を握り込めるだけのスペースが必要になる。

 めぐみが死んだ理由はここにある。地中にテレポートしたはいいが、ちょうど自分の体分からだぶんのスペースしか確保されず、親指を動かす余地すらなかった。


 文字通りの生き埋め。


 これこそが僕が考えたテレポーターの始末方法――自分で手を汚さずに殺すやり方だった。


「んー、そだねー」


 人差し指を顎に当ててわざとらしそうに考え込む麻衣。

 大して考えてないのか……いや、考える必要がないのだろう。麻衣は僕と違って頭が良い。テレポートの扱いも僕より上手いはずだ。テレポート先を読み違えるミスなどしないのだろう。


「だーりんの中にテレポートしたらどうなるかは考えたよー。試せないのがざんねん」


 こういう思考は本当に勘弁していただきたいところだが。


「ガード範囲レンジのおかげでな。この仕様があって助かった」


 テレポーターにはガード範囲という空間が設定されており、この範囲内はテレポートを受け付けない。つまり体内に何かを送られて殺されることもない。


「だねー。無かったらだーりんは今頃ばらばら死体だと思う」

「相変わらず恐ろしい奴だ……」

「めぐみんを殺しただーりんには言われたくなーい」


 ぐっ……。殺したのは事実だから反論できない。

 だが平穏のためだ。やむを得まい。

 誰だって自分が一番大事なのだから。


 外の景色を見ながら、到底許されるはずのない殺人を胸中で正当化していると、


「だーりんっ!」


 いきなり後ろから抱きつかれた。

 背中に二つの柔らかい感触が押し当てられている。


「それでこの後は何すんのー? めぐみんの死体確認だけでおわりじゃないよね? デートだよね?」

「違う」

「じゃあここでいちゃいちゃ?」

「しません」

「そっか、天気がいいもんね。青●だね? だーりんったら大胆なんだから」

「頭沸いてんのか……」

「体は沸いてるよ? エッチな気分で温かいんだよぅ……」


 抱きついたままくねくねと体を踊らせる麻衣。

 胸が、脚が、女の子の感触がすりすりと擦られて伝わってくる。いい匂いもするし。……僕の方がおかしくなりそうだ。


「とにかく」


 麻衣を強引に押しのける。


「まだおわりじゃないんだ。僕と麻衣以外のテレポーターを全員殺すまでは終われない」

「わたしも生かしてくれるん?」

「当たり前だろ。彼女だからな」


 大げさに喜んでくるかと思いきや、麻衣はふふっと微笑んだだけだった。


「むしろ麻衣無くしてこの作戦は成り立たない」


 立っているとじゃれられやすいので、そばの椅子に腰掛けてから、僕は続ける。


「麻衣のおかげで学校関係者全員の名簿を入手できた。これを元にして、一人ずつテレポーターかどうかを漏れなく判別していくんだ。まずはテレポーターが何人いるかを知らないことには始まらないからな。幸いにも今日は土曜日。覚醒のタイムリミットは過ぎている」


 僕らはこれまでの考察から四点の事実を掴んでいる。




 一つ目。覚醒してテレポーターになり得る人間はこの美山高校の関係者に限られる。


 二つ目。覚醒は一昨日おととい――木曜日がタイムリミットであり、それ以降は覚醒し得ない。つまり新たにテレポーターが増えることはない。


 三つ目。テレポートはあらゆる場所に物体あるいは自分自身を送り込むことができるが、テレポーターに対しては行えない。


 四つ目。テレポーターのガード範囲――テレポートを受け付けない範囲は、自身の体から五十センチ以内の空間全域に設定されている。




 以上を踏まえれば、テレポーターの探し方も自ずと決まってくる。


「あとは一人ずつに対して、体の外側で、かつガード範囲の内側の空間に、何かをテレポートさせてみればいい。テレポートできたら白。テレポートできなかったら黒――そいつはテレポーターだ」

「だーりん。全校生徒が何人いるか知ってる?」

「教職員も含めて千人もいない」


 八百人くらいだった気がする。


「できると思う?」


 もちろん時間を掛ければ不可能ではないが、麻衣が言っているのは短期間で、という意味だ。

 間が空けば空くほど、他のテレポーターがやらかしてテレポートが白日の下に晒されるリスクが高くなる。始末は出来るだけ早い方がいい――とは僕が口うるさく言っていることだが、だからこそ実現できるのか疑問なのだろう。


 麻衣がパソコンの前に腰を下ろす。

 スリープを解除して、お馴染みのチャットサービスを立ち上げた。そこには名簿データもアップロード済だ。それを開き、暇つぶしと言わんばかりに眺め始めた。なぜか僕のページだが。


「策はある」


 麻衣と目が合った。「ほんとに?」子どものように純粋無垢な眼差し。「本当だ」僕はそう答えてから、麻衣のそばに移動する。


「まず教職員と生徒に分けて考えるぞ。教職員は数が少ないし、朝や放課後の職員室でおおよそ一網打尽にできるから問題視しなくていい。問題は生徒だが」


 マウスを拝借して、別のファイル――校内マップを開く。

 マップといい、名簿といい、麻衣が宮下先生を脅して入手したものだが、本当に助かる。先生には同情するが。


「生徒が必ず通行する場所が一カ所だけある。どこだと思う?」

「んー、校門?」

「惜しいな――ってどこ見てる」

「だーりんの肛門」

「……校門は二カ所あるからダメだ」

「二つも!?」


 僕の急所に顔を近づけている麻衣は無視して、


「でもその先――玄関は一つしかない」

「なるほど」

「うぉっ!?」


 僕と机の間からにょきっと顔を出す麻衣。僕がとっさに避けなかったら顎にクリーンヒットしてたぞ……。


「……もっと言うと、ここだ」


 僕はディスプレイに映したマップの一点、玄関を渡った先にある分岐点――通称『交差点』を指差す。


「一時間目の授業が始まるまでに、生徒は必ずここを通る。朝一でここに張り込んで、通りがかる奴に片っ端からテレポートで物体を送ればいい」

「何を送るの?」


 頭頂部で僕の顎をぐりぐりしてくる麻衣。なんか髪がさらさらしてるし、弾力があるし、相変わらず匂いも暴力的だし……。

 なんと言えばいいのか、不意に抱きしめたくなるような、そんな衝動に駆られてしまう。


「……だーりん?」

「やりづらいから離れろ」


 いったん麻衣と距離を取り、隣に座り直る。

 ブレザーのポケットからキーアイテムを取り出し、キーボードの手前に置いた。


「送るのはこいつだ」

「……つまようじ?」

「ああ。これを通行する奴の足下――地面の中にテレポートさせる」


 テレポートを用いてテレポーターかどうかを判断する際、ネックとなるのがテレポートされた物体だ。もし相手に見られたら、突然物体が出現したように見えてしまう。不自然にも程がある。おいそれと超常現象を目撃されるわけにはいかない。

 だが、地面の中であれば気付かれることはない。


「地面の下がつまようじだらけになっちゃうよ?」

「ゴミを残すなと?」

「ううん、地面が崩れるかもねーって」

「……鋭いじゃないか。そこは僕も心配していた点だ」


 地面の一部をつまようじに置き換えたとして、その上を人が通るとどうなるか――

 もし地面が崩れてしまったら、それは不自然な現象として目立ってしまう。テレポートの存在に繋がるとは思えないが、他のテレポーターが何かに気付く可能性はあるだろう。

 たとえば僕なら、地中に何かをテレポートさせたせいで地面が緩くなっていたのでは、と考える……かもしれないな。


「というわけで麻衣、今から検証するぞ。使えそうな足場を探しに――いや、あれを使おう」


 ちょうど使えそうなものがあった。

 部室の隅に四角椅子――直方体の積み木ピースを巨大化したような、簡素な木製椅子が積んである。背もたれもないし、座り心地も悪そうで、さしづめここを物置にして放置しているといったところか。

 僕は四角椅子を二つほど降ろして、麻衣のそばに運ぶ。

 ものさしで高さを測ってみて……うん、五十センチ以上あるな。よし。

 麻衣に説明しつつ準備を継続した。といっても椅子を縦に並べるだけだが。






「――で、なんでわたしが実験台なのさ?」


 数分後。

 二段に重ねられた椅子の上に麻衣が立っていた。というより立たせた。


「何度も言ってるだろ。僕より運動神経がいいからだって」

「そうだけどー」


 麻衣が口を尖らせてぶーぶー言っているが我慢してもらおう。僕だったらリアルに怪我しかねないからな。


「もう一度説明するぞ」


 僕はかばんから三百本入りのつまようじを取り出し、机に置いた。

 一本ずつ取り出し、手で折って三等分にしていく。破片の一つを右手でつまんで、


「僕はこの破片を、その四角椅子の一段目、座面にテレポートさせる。もっというと数センチほどある厚みの中だな」


 テレアームを座面の一片にセットし、左手を握り込む。

 破片が消えた。

 座面の中に入り込んだのだと、テレアーム越しの感触でわかった。


「これをひたすら繰り返して、どうなるかを見る。麻衣が乗ってる椅子の二段目はいつぐらつくのか。破片はどこまで送り込めるのか」


 本当は交差点と同じ環境下、たとえば校舎のどこかの地面で実験したかったのだが、地面を壊してしまうのはまずい。

 そこで代案として、何か別の足場を使って模擬実験する――というのが僕のアイデアだった。四角椅子があったのはラッキーだ。

 その際、危険なのが上に立つ生け贄だが、麻衣の身体能力なら問題無いだろう。といってもはっきりと目撃したわけではないのだが。


 ……麻衣との出会いを思い出す。

 手紙でここにおびき出されて、何度か素人離れしたポテンシャルを見せられたっけな。あれはどう考えても普通じゃなかった。

 護身術だか格闘術だか素人の僕にはさっぱりだが、ただ者じゃないことだけは確かだ。

 実際、麻衣も簡単に引き受けたし。


「だーりん、見て見て」

「どうした――」


 視線を上げると、すらりと伸びた麻衣の足。

 細すぎず太すぎず、白すぎなくて黒すぎない、そんなバランスのいいおみ足――薄々気付いてはいたが、どうやら美脚の持ち主でもあるらしい。

 しかも麻衣は恥ずかしげも無くスカートをまくし上げており、ピンクの水玉パンツが晒されている。


「もっと大人っぽい方がいいかな?」


 見ての通り、中身もただ者じゃない。

 幸か不幸か僕限定みたいだが。


 ……もしテレポートというしがらみがなくて、こいつが危ないストーカーサイコ女でなかったなら、僕は自ら誘惑に乗るだろう。

 けど現実はそうじゃないんだよなあ。


「トランクスとかどうだ?」


 それなら全く気が乱される心配はなさそうだし。


「真面目にやってよだーりん!」

「僕の台詞だ……」


 麻衣の絡みをあしらいつつ、僕は淡々とつまようじの分解とテレポートに勤しむ。

 実践を想定して、狙いは適当にばらつかせてから送る。

 五個、六個……十個、十一個……。




 ……百個、百一個、……。




 ……百二十……二百……三百……。


 握り続けている左手親指が痛くなってきた。


「……変化無しだな」

「そだねー。どういう理屈なんだろね」


 麻衣もすっかり飽きてしまったようで、座ってから足をぷらぷらさせ始めた。足下ろしたらテレポート先の座面もガード範囲に入っちゃうだろ……と言いたいところだが、もういいだろう。

 思っていた以上に地面は持ちこたえてくれる、と考えてよさそうだ。

 これがつまようじではなく、もっと柔らかい物体や、氷みたいに解けてなくなるものだったら話は変わってくるのだろうが。そのうち実験したいところだ。


 結局僕らはつまようじセット三百本を使い切る前に実験を打ち切った。


「親指が痛えな……本題はここからなのに」

「ふぁいとだよだーりん!」


 両手をぐっと握ってみせる麻衣。


「麻衣が手伝ってくれると嬉しいんだがな」

「わたしが手伝いすぎたらつまんないじゃん。わたしはだーりんの奮闘を見たいの」

「奮闘はしたくないんだがな……」


 本音を言えば先手を打って、楽して勝ちたい。

 僕は平凡だから。奮闘するような事態になったら勝ち目は薄いと考えるべきなのだ。

 あるいはもっと楽したいなら、優秀な麻衣に協力してもらうのが一番てっとり早いんだよなあ。特に今回の作戦は一人では無理だからなおさら手を借りたい。さてどうするか……。


 お礼で釣るか。

 面白そうだからと興味を引くか。

 それとも有益な情報を提供するか。そんなのねえよ……いや待て。


 ――ある。


 麻衣なら気付いていてもおかしくないし、そもそも必要もなさそうだが……ダメ元でやってみるか。

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