7 嘘つき息子

 学校関係者全員の一人一人について、漏らすことなくテレポーターかどうかを出来るだけ早く調べたい――


 そんな見るからに難しそうな調査の方法が簡単に思い付くはずもなく、下校時間直前まで粘っても成果は無かった。


 麻衣を見送ってから帰宅すると、時刻は午後七時になっていた。

 リビングには既に夕食が並んでいる。

 父と母、それから隣家の幼なじみこと彩音あやね。いつものメンバーだ。


しゅん、早くなさい」


 母にはメールで帰りが遅くなると伝えておいたはずだが、家族全員で食卓を囲うという井堂いどう家のルールを崩すつもりはないらしい。

 僕は手早く着替えを済ませて彩音の隣、いつもの定位置に腰を下ろした。


「部活に入ったんだって? 何部よ?」


 母が早速問いかけてくる。

 彩音には既に切ったカードだが、僕にはずっと温めておいた人生プランがある。ここで完全公開するのが妥当なタイミングだろう。


「文芸部だよ」


 正確には同好会だが部活の方が響きは良い。誰かさんに補正されなければこのままで行こう。


「文芸というとアレか、小説とか書くんだよな?」


 今度は父。


「まあね」

「お前に小説が書けるのか? 気持ち悪い本しか読んでないだろ」

「ライトノベルだよ。書くのもそういうやつ」

「……なあ彩音ちゃん、本当なの?」


 なんで彩音に訊く? ……まあ父が僕よりも彩音を溺愛していて、頼りない弟を引っ張る姉のように扱っていることは今に始まったことではないが。


「ええ、割と本気みたいね。そういえば部員にも一人、可愛い子がいたかしら」

「ふーん」


 そんな信じられないような目で息子を見ないでくれるか。


「隣にいい子がいるってのに。なー母さん」

「彩音ちゃんに失礼よあなた。こんな息子はもったいないわ」

「別にその子目当てで入ったわけじゃないんだが……」


 このままだとまた彼女がいないだのおしゃれしろだのといった煩わしい話になりそうだ。

 僕はわざと椅子から立ち上がり、両手で机を叩くというダブルの動作をかます。期待通り三人の注目が集まる。


「というか彼女に失礼だよ。彼女は僕と同い年だけど、経験は圧倒的に上だ。色恋で近づいたというのは、たとえ冗談でも不愉快だ」

「……まあ、どうしたのよ一体」


 母が口に手を当てて驚いている。父も鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていた。ちなみに彩音はマイペースに食事を再開している。


「いい機会だから言っておくけど、僕は作家を目指してるんだ。ライトノベル作家ね」


 顔を見合わせる両親。


「初めて本気になれる夢が見つかった。二人ともライトノベルには偏見を持ってるみたいだけど、ごめん、こればっかりは全く譲る気はない」

「……ああいうエッチな絵を描くのか?」

「そうじゃなくて」


 本当に何もわかってないんだな。それはイラストレーターであって作家ではないし、ラノベだからエッチなわけでもない。

 早くメシを食べたいところをぐっと堪え、僕は説明に明け暮れた。


 十五分くらいは会話しただろうか。

 ようやく両親とも一応の納得を見せてくれた。


「正直何を目指してんだって不満はあるが、息子が本気になったんなら仕方ない。さっきも言ったとおり学業はおろそかにするんじゃないぞ。大学にも行くこと。いいな?」

「わかった」

「彼女もつくれよ」

「なんでだよ。むしろそんな暇は無いんだが」

「今から幅を狭めてどうする。作家ってのは人生経験を切り売りするようなものなんだろ? むしろ青春に全力投球してもばちは当たらんと思うがな」


 ぐっ、ラノベ作家のハウツー本で見たような正論を吐きやがって。


「瞬が本気ならお母さんから言うことはないわ。当たり前だけど、人様の迷惑になることはしちゃダメよ? 間違っても性犯罪とか犯さないようにね」

「息子を何だと思ってるんだよ母さん……」


 ちなみに現実はもっと残酷で、息子は殺害を企ててますけどね。


「困ったらお姉さんに相談しなさい」


 横から来た声に振り向くと、彩音が箸まで置いて僕を向いていた。

 茶碗も皿も綺麗に平らげてある。僕はまだ全然食べてないのに……。


「……何をだよ。彩音まで乗っからなくていいから」


 言いながら箸を持ち、唐揚げを口に運ぶ。少し冷めているのが残念。


「私は真面目なのだけれど。もちろん素直にあなたの色欲を全部受け止める保証は致しかねるけど」

「ウッ……お、お前まで何言ってんだ!?」


 麻衣みたいなこと言うものだから唐揚げを喉に詰まらせてしまったじゃないか。お茶を注がれてなかったら危なかったぞ。


「彩音ちゃん! とうとうその気になってくれたの!?」

「ノーコメントよ」

「ちょっと彩音ちゃん、冗談にもならないわよ。やめておきなさい」

「ノーコメント」


 突如大きな声で彩音に詰め寄る両親。そりゃ母と一緒に僕をディスるのが普段なんだから仕方ないか。リアクションに乏しい僕も思わず窒息しかけたし。


「それより瞬。さっき『お前まで』って言ったわよね」

「言ってません」


 言いました。言った瞬間、やらかしたと思ったまである。スルーしてくれることを祈ってたけど、そうもいかないか。


「言った。あなたよりは記憶力に自信あるわよ。ウッ……お、お前まで何言ってんだ――こうだったでしょ?」


 律儀に再現してんじゃねえよ。内心舌を巻く。

 しかし僕に焦りは無い。一瞬で言い訳がひらめいてくれたからだ。


「今読んでるラノベのヒロインがあの手この手で誘惑してくるキャラなんだよ。外見的特徴は彩音に似てるからな、一瞬リアルに現れたのかと思ってびっくりしただけだ」

「よく幼なじみの女子と家族の前でそんな会話ができるわね……」

「ラノベ作家になりたいならこの程度の胆力たんりょくは必要だよ」


 幸運なことに、まさにそういうラノベがある。仮に作品名を問い詰められても大丈夫だ。


「それで、彩音は今日うちで風呂入るのか?」


 将来の夢については周知できたことだし、この場に用は無い。僕は強引に話題を切り替えることに徹する。


「というか僕が先に入るから自宅で入ってくれ」

「イヤに決まってるじゃない。瞬の残り汁なんかゴメンよ」


 自宅で入ればいいじゃないか。どうせ風呂掃除と湯沸かしが面倒なだけなんだろうけど。

 彩音の両親は共働きで、しかも仕事中毒ワーカホリックであるため家にはほとんどいない。風呂どころか一泊していくことも日常茶飯事だ。


「僕だって彩音のは勘弁してほしいところだ」

「そうだったかしら? 中学二年の時――」

「すいませんでしたお先にお入りください!」


 それはやめて。本当にやめてくれ。僕の中で最大級の黒歴史である。

 いや悪いのは物色した僕だけどさ、悲鳴上げちゃうほどの制裁も食らったじゃん。二度とほじくり返さないでもらいたい。


 ともあれ話題の転換には成功した。

 三人が他愛ない話をするのを聞き流しながら、僕はさっさと晩飯を消化してリビングを出る。


 その後は自分の部屋でしばしテレアームの練習。きりのいいところで彩音がノックもせずに入ってきて、風呂が空いたことを知らせてきた。

 なぜかバスタオル姿だったことはあえてスルー。やはり麻衣に触発されて僕をおちょくっているのだろうか。本音を言えばじっくり見てみたかったが、夕食時に口を滑らせた手前、絡まれそうなことは控えた方が懸命だろう。

 結局徹底したスルーが功を奏したのか、彩音から言及されることはなかった。


「ふぅ……」


 熱めに設定した湯に浸かる。ザバァと溢れるのを横目で見ながら、早速思考に沈む。




 今日、僕の人生はターニングポイントを迎えた。


 僕はラノベを読むだけの平穏な生活を目指している。だが生きる以上、働く必要もあるわけで、僕としてはいかに楽でありながら、最低水準の生活を確保できる仕事に在りつけるかを考える必要があった。

 一方で、そうしなくてもしばらくは楽できる生活方法も考えていて、それがさっき告白したばかりの『ラノベ作家になる』という夢だ。


 この夢を抱えている以上、僕がラノベを読むという行為は怠惰ではなく努力となり、両親に叱られにくくなる。また、作家という夢が大成するには時間もかかるから、夢を追いかけているという体で親のすねをかじりやすい。

 あとは頑張っているふりを適度にしつつ、ラノベを読みまくる生活に溺れるだけだ――




 我ながらゲスだが、しかし有意義な生き方だと自負している。

 ちなみに夢に破れた後は傷心した演技をして、さらにかじることもできるだろう。両親は地味に厳しいが、なんだかんだ甘い。結局フリーターの僕を渋々養ってくれるだろう。

 一番楽なのはニートだが……さすがに許してくれないだろうな。


「あとはあっちか……」


 テレポーター抹殺ゲーム――僕の平穏のために他のテレポーターを皆殺しにするという最重要目標だ。


 少しずつ検討はしているものの、何せテレポーター候補の分母が大きい。美山高校の関係者全員なのである。ここからテレポーターを発見し、始末しなくてはならない。

 どうやって始末するかもまだ考えてないし、そもそも八百を超える人間をどうやって効率良く調べればいいかもひらめかない。

 もたもたしていると他のテレポーターがやらかす危険もある。テレポートという能力が世間に露呈してもダメだし、他のテレポーターに命を狙われるようなことも当然避けたいわけで。


 僕は平穏に生きたいだけの、ただの凡人だ。

 フィクションの主人公のようなスペックも、精神力も持ち合わせていない。

 そんな僕が、超能力バトルだとか駆け引きだとかいった事態に陥ったらどうなるか――すぐにゲームオーバーだろうなあ。

 ……やはり避けねば。

 そうなる前に、先手を打って全員を殺す。それしかない。


 いつもは十分とかからない風呂に一時間も入っていたのだと、時計を見て気付く。

 その間、ずっと策を練っていたわけだが、何も思い浮かぶことはなかった。むしろのぼせて気分が悪い。

 振り返れば今日は色々あったし、そもそも昨日はろくに寝てないしで、相当疲れているはずだ。あまり自覚が無いのはテレポートのせいで気がたかぶっているだけだろう。


 午後十時を前にして僕は就寝した。

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