第2章

8 王の突然死

 朝五時はまだ暗い。

 外の暗闇を見ると、これは早朝ではなく深夜と呼ぶべきではないかと思える。

 テレポートの調査を行うため、僕は両親にも彩音にもばれないようにそっと行動する。三メートルの巻き尺と財布をポケットに入れて外に出た。


 春の早朝はまだ肌寒く、薄い羽織り物では少々心許ない。

 コンビニに立ち寄り、お目当てのアイスロック――味の付いた氷菓子を購入。直後、迷ってから、ホットの缶コーヒーも買う。

 いつもより一時間は少ない睡眠時間のはずだが特に疲れは無い。どころか頭も冴えている。

 テレポートのせいだろうか。普段は全く無茶をしないから、いつ身体が異常に見舞われるかはまるでわからない。用心は必要だろうな。考えすぎか。

 コーヒーを飲みながら目的地の公園に向かう。


 ちょうど飲み干したところで到着した。

 日中は親子連れで賑わう巨大滑り台も、スケーターの貴重な練習場となっている広場も、その先の二百メートルはあろうかという遊歩道も、どこを見ても人っ子一人いない。頼りない街灯のせいか、寂れた印象さえ受ける。……期待通りだ。


 空き缶をゴミ箱に捨てた後、僕はまず遊歩道に描かれたブロック模様の、ブロック一つ分の長さを測る。きりのいいことに五十センチである。

 続いて植木から葉っぱをもぎ取った後、計測開始位置に目印としてアイスロックの容器を置く。

 そこからブロック二個分の間隔、つまりは一メートル間隔でまたいでいき、二十メートルまで来たところで葉っぱを置いていく。

 二十、二十一、二十二――とりあえず三十二メートル分まで置いた。本当は四十メートルまで置きたかったが、今はさておき、実験開始後は人に見られるわけにはいかない。スピード勝負なのだ。足りなければ後で試せばいいし、明日以降に回してもいい。

 小走りでアイスロックの置いた地点まで戻り、手に取って開封する。

 改めて周囲を見渡して、誰もいないこと、誰も覗いていないことを確認して。


「……よし」


 テレアームを真っ直ぐ伸ばし、最初の葉っぱが置かれた部分、二十メートル地点に触れてみる。

 薄暗くて目視は叶わないが、幸いにもテレアームが感触を伝えてくれる。程なくして葉っぱらしき感触に触れた。

 右手でアイスロックを一粒掴み、その手と同じ掴み方、同じ角度になるようテレハンドを動かした。手探りだが、何とかなるだろう。

 最後にテレハンドを葉っぱから少し上方にずらし、もう一度周囲、特に後方と前方に人がいないことを確認してから――左手親指を握り込む。


 アイスロックの粒が消えた。


 僕は少しだけべたついた指をズボンで拭きつつ、葉っぱへと走り寄る。


「……よし」


 葉っぱのそばに粒が転がっていた。無事テレポートされたようだ。

 再び開始位置に戻り、同じ要領で次の葉っぱにもテレポートを行う。二十一メートル、二十二メートル、二十三、二十四……もちろんその間も誰かに目撃されないよう細心の注意を払った。


「なるほどな……」


 二十九メートル地点の葉っぱには届いたテレアームが、三十メートル地点には届かなかった。


 テレアームは腹部から伸びているため、限界距離の計測は腹部が基点ゼロとなるはず……という予測の下、うつ伏せてからも試してみたが、やはりわずかに届かなかった。

 まだ数センチ単位では正確に計れていないが、決まりだ。




 テレアームを伸ばせる最大の長さは――三十メートルだ。




 僕は後始末をして公園から撤収した。


 自宅に戻ってからは情報収集に勤しむ。

 たとえばニュース。有名人の不審死が報じられれば、物好きなテレポーターが殺害したのだと僕は考える。あるいは、もっとありえそうなのが地元での殺人事件か。僕の知る限り、この街で殺人事件が起きたことは無い。

 それから美山高校に通う生徒達のツブヤイター。もしテレポートの持つ非現実性を重く受け止めないバカがテレポーターになったとしたら、迂闊にツブヤキを書いているかもしれない。

 ニュースサイトとツブヤイターのページを巡る。不審死、殺害、死亡、テレポート、超能力――その辺りの言葉を意識し、またページ内検索も使いながら何十、何百という記事やツブヤキを読んだ。


「……収穫無しか」


 座ったまま伸びをする。気付けば朝日が差し込んでいた。

 もうじき朝飯の呼び出しが来るだろう。今朝の作業はこれくらいにしておくか。

 僕は麻衣と使っているチャットサービスを開き、ニュースサイトのURLと、生徒らのツブヤイターアカウントをブックマークしたアカウントのID、それからパスワードを書き込んでからリビングに向かった。




      ◆  ◆  ◆




「王さん死んだってヤバくない?」

「ねー、びっくりだよねー」

「過労死とか?」


 教室に入ると同時に、そんな話題が耳に入った。


「芸能界が荒れるわね」


 僕が自席に座ると、先に登校していた隣席の幼なじみ――彩音が声を掛けてきた。


「……興味ないね。そもそも何の話だ」


 王さん、という単語には聞き覚えがあったが、芸能界のことなどどうでもよく、記憶を辿る気すら起きない。


「ニュース見てないの?」

「ラノベは読んだよ」

「芸能人の二階堂王介にかいどうおうすけが亡くなったらしいわよ」

「……へえ」


 普通にスルーされた件はさておき、その名前は僕でも知っていた。

 というより日本人なら知らない人はいないだろう。あえて言うならプロ野球選手のイチロー並の知名度だろうか。


 お笑い芸人であり、俳優であり、映画監督であり、小説家であり、作詞家であり、実業家であり――と多数の肩書きを持つ男。

 のみならず長座番付の常連だったり、数多の女優やアイドルと付き合っては別れている遊び人だったり、大御所芸能人らのさらに上に位置する存在で首領ドンやらキングやらと呼ばれている傑物であったり、黒い繋がりも持っているのではないかという噂もあったり、と規格外も甚だしい。


 そんな男が死んだとなれば騒ぎにならないはずがない。

 スマホでニュースサイトを開いてみると、早朝には無かった見出しが目に入った。

 緊急速報、二階堂王介氏が急死――


「呑気なものね」

「僕には関係ないからな」

「テレビ番組も相当荒れるわよ」

「テレビも見てない」

「ラノベバカ」

「ほっとけ」


 彩音が露骨に嘆息してみせた。そういう雑談なら他を当たってくれ。

 しかし二階堂王介ほどの大物が突然死するなど不自然にも程があるな……。テレポーターの誰かが興味本位で殺したということか?

 速報の記事や二階堂王介のツブヤイターアカウントによると、今日は早朝から映画撮影をしていたようだ。その最中に死んだとなれば隠し通すこともできまい。緊急なのも頷ける。

 もしテレポーターの仕業なら、そいつはその場に――少なくとも半径三十メートル以内に居合わせていたことになる。撮影現場を特定し、あまつさえ接近できるような人間が、この美山高校の生徒や教員にいるだろうか。


「らのべばか、とは何ですの?」


 僕が喋ったのではない。彩音でもない。

 こんな口調を使う奴は、校内にただ一人のみ。


「あら、姫香ひめかじゃない。久しぶりね」

「おはようございます、彩音さん」


 出入口の前で丁寧なお辞儀を披露する彼女。艶やかで触り心地の良さそうな黒髪がさらりと流れる。

 なんとなくテレアームで触ってみて、想像以上の手触りにびっくりした。

 ……背徳感が凄まじいな。これで胸やお尻を触ったらどうなるだろうか、と一瞬考えて、すぐに頭の隅に追いやる。少なくともテレポーター抹殺ゲームを完遂するまでは、余計なことにうつつを抜かすべきではない。


「瞬くん。おはようございます」

「ああ」

「おはようございます」

「……おはよう」

「挨拶はきちんとしませんと」

「そうだね。悪かった」


 彩音だってしてないじゃないか、というツッコミはぐっと堪える。こいつはこいつで何かと面倒くさいのだ。


 天神姫香てんじんひめか――いわゆるお嬢様である。

 二階堂王介にも負けないネームバリューを持つ世界的大企業、かの『天神グループ』会長の一人娘という、お金持ちの中のお金持ち。


「ところで、らのべばかとは何ですの?」

「ラノベ――ライトノベルというエッチな本ばかり読んでいる莫迦ばかという意味よ。二階堂王介のニュースも知らなかったみたいだし」

「まあ。それは無知にも程がありますわね」

「それは僕の台詞だ。ラノベのラの字も知らないにわかが知った気になるなよ」


 かく言う僕もただの消費豚でしかないわけで、偉そうなことは言えないのだが、彩音に止められるまで熱心に説明してやった。


「――確かに仰るとおりでしたわ。申し訳ありません」


 姫香が申し訳無さそうな表情で深々と頭を下げてくる。オーバーなリアクションだが、こういう奴なのでいちいち気にしない。


「にしても、もう登校できるんだ?」


 彩音が話題を変える。


「はい。実は逃げてきちゃいまして」


 ちろっと舌を出す姫香が可愛い。クールビューティーな彩音ではこの味は出せないだろう。麻衣なら……出せそうだな。


「王介さんがお亡くなりになられた影響で、天神家はてんてこまいですの。忙しくなりそうでしたから、お父様にお許しをいただいて学校に待避することに致しました」

「意外と不真面目よね、姫香って」

「心外ですわ。わたくしは天神家の傀儡かいらいではありません」

「冗談よ。それでいいと思うわ」


 姫香が二階堂王介と面識があることは知っている。以前仲の良さそうなツーショットを見せられた覚えがある。

 それにしても一介の高校生から出る会話内容ではない。相手が校内一の完璧美少女彩音ということもあって、さっきからクラスメイト達も聞き耳を立てているし、教室に入ろうとする人達もわざわざ後方に回っている始末。目立ちすぎる……。

 しばらく二人で話し込みそうだから、僕はスマホをいじることにした。


『どう思う?』


 チャットで麻衣に尋ねてみた。もちろん二階堂王介の突然死についてだ。麻衣ならこれだけでも通じるはず。

 ……が、応答が無い。いつもなら煩わしいくらいに愛のメッセージを寄越したりするのに。

 ちらりと教室中央を見ると、麻衣はスマホで熱心にフリック入力をしていた。僕以外にもチャットする人間がいるのか。

 まあいい。急ぐ話でもないから『昼休憩に話そう』とだけ残しておく。

 彩音と姫香はまだまだ雑談中のようだし、僕は考え事に全神経を注ぐことにした。




 テレポーターを抹殺するために、まずは対象を特定する必要がある。


 そのためには学校関係者全員に対して、テレポーターかどうかを判別していくことになるのだが……良い方法が見つからない。この件は、昼にでも麻衣の知恵を借りよう。


 それからテレポートの検証と練習もまだまだ進んでないな。

 この先テレポートを使う機会は避けられないだろうが、この力は一歩間違えれば人を殺し、物を壊し、瞬間移動というありえない現象を目撃させてしまう結果となる。

 悲劇を起こさないためにも、知識と経験を持って飼い慣らしておくべき――




わたくし、瞬くんを尊敬していますの」


 ……現実に引き戻された。いきなり何だ。

 顔を上げると、姫香がきらきらした眼差しで僕を見つめていた。


「自分を貫いておられる姿勢が素晴らしいですわ。わたくしは空気を読んでばかりで……」


 何の事だがわからないが、どの口が言っているのだろうか。

 姫香の武勇伝は色々と見聞きしている。


 学校施設の不備を学園長に指摘して即座に直させたり。

 しつこくナンパしてくる上級生を投げ技で飛ばしたり。

 掃除をサボって遊んでいる男子達に皆の前で正論をぶつけて公開処刑したり――


 普段は抜けているくせに、正義感が強いところがあるから正直扱いにくい助詞だ。

 しかも美山高校の経営は天神グループの傘下と来たもんだ。生徒のみならず教員からも恐れられている存在で、言うなればこの学校の裏番。自覚が無いのは幸か不幸か。


「瞬は愚かなだけよ。ただのわがまま。子どもにでもできることよ」

「それでもお友達が一人もいらっしゃらないのでしょう? なのに堂々としていらっしゃる。これは信念がなければ成し遂げられない芸当ではなくて?」

「芸当でも何でもないわ。私がいるからよ」


 故意の彩音と天然の姫香。二人とも僕をディスって楽しいですか?


「お二人は仲睦まじいのですね。羨ましいです」

「お望みなら譲るわよ。百円でどう?」


 彩音に両肩を掴まれ、ぐいっと引き寄せられた。なんでそうなる。

 かと思うと、今度は姫香まで掴んできた。


「ありがとうございます。でも小銭は持っておりませんの」


 小銭はいいから手を離してくれ。教室中から刺さる視線が痛い。


「席に着けー、ホームルーム始めるぞ」


 と、そこに担任が入ってくる。


「天神じゃないか。今週は来れないと聞いてたが」

「今日からに訂正させてください」

「わかった――で、井堂と何してるんだ?」

「彩音さんから瞬くんを譲り受けているところです」


 担任が見るからに「は?」という顔をした。

 諸悪の根源たる幼なじみはというと、「ぷっ、くくっ……」顔を逸らして堪えてやがる。


「先生。早くホームルームを……」

「あ、ああ。程々にな?」


 なんで僕を見る。姫香に注意してほしいんですが。


 間もなく先生の掛け声が響き、姫香含め全員が着席してホームルームが始まった。

 その後もつつがなく授業が進行するのを軽く受け流しながら、僕はひたすらTODOを整理していた。


 そして昼休み。

 彩音姫香ペアに捕まる前に教室を出て、いつもの部室へ。

 弁当箱を開封し、一口食べ始めたところで麻衣がやってきた。


「おはよー、だーりん……」


 僕を見るや否や、肩を落として疲労してますアピールをぶつけてくる。


「疲れたならメシを食え」

「ううん。だーりんを食べたい」

「エッチしても栄養は取れないぞ」

「ううん。だーりんの肉を食べるんだよ。わたし、食人主義者カニバリストだから」


 お前が言うと冗談に聞こえないんだよ。……冗談だよね?

 麻衣が僕の隣に腰を下ろす。一瞬びくっとした僕に「冗談だよー。まだ食べないって」と麻衣。まだって何だよ!?


「……まあいい。なんか忙しそうだが、どうかしたのか?」

「大したことないよ。パパが死んだだけだから」

「大したことあるだろ……ん? パパ?」


 なんだろう。この何か重要なことを見落としているような感覚は。


「うん。撮影の休憩中にいきなり倒れて死んだんだって」


 麻衣は持参したバスケットからサンドイッチを取り出して机に置く。


「……なあ麻衣」

「なあに?」

「麻衣の名字ってなんだっけ?」

「二階堂だよ」

「父の名前は?」

「王介」


 包装を解きながら淡々と答える麻衣。


「マジかよ……」


 今まで気付かなかった僕も僕だが、まさかこんな所にも二階堂王介との繋がりがあるとは。

 僕の日常系はどうした? こんな、いかにも何かに巻き込まれそうな展開は勘弁してほしいんだが。


「それよりだーりん。あーん」


 麻衣が大きく開けた口を近づけてくる。相変わらず歯医者に飾ってあるポスターみたいに綺麗だし、なぜかミント系のいい匂いもするし、と言うことなしの口内だと思うが、僕に向けて開いてくる意味はわからない。


「わたしは忙しいんだから、ほら、早く運んでよー」


 言いながら麻衣はスマホをいじりはじめた。誰かとやりとりしているようだ。何気に僕と麻衣で使っているのと同じチャットサービス。


「何してんだそれ」

「あーん」

「……わかったわかった」


 僕は右手で自分の弁当を食べつつ、左手で麻衣の口にサンドイッチを運ぶという横着をしてみせる。

 にしてもこのサンドイッチ、包装といい、パン生地の手触りといい、明らかに市販のクオリティじゃない。見るからに新鮮で、美味しそうだ。

 一口かじってみる……美味しい。僕の神経質な舌が添加物感を全く検出しない。


「美味いなこれ」

「パパも満足する味だからね」

「なんか麻衣も相当なお金持ちそうだな」

「だと思うよー。ひめっちには及ばないけど」


 もぐもぐと食べつつも視線はスマホに固定され、フリック入力も止まらないのだから器用なものである。

 僕はこの分業だけでも混乱してしまって、結局麻衣が咀嚼している隙に食べるしかなかった。


「ひめっちって……もしかして姫香とも知り合いなのか?」

「うん。幼なじみ。学校ではお互いに干渉しないようにしてるけど」


 さっきから何なんだ。次々と爆弾を投下しやがって。

 僕は何から尋ねればいい?


 ……とりあえずこのままでは質問もままならないので、僕は自分の食事を諦めた。

 麻衣にサンドイッチを与えつつ、スマホを覗き込む。そこは雑談というよりも質疑応答で、顔文字も絵文字も無いビジネスライクな会話が続いていた。

 僕がもう一度これは何かと問おうとする前に、麻衣が口を開く。


「パパのマネージャーさんとやりとりしてるの。パパが死んだせいで、対処しなきゃいけないことが山のようにあるみたい。娘のわたしにもしわ寄せが来てる」

「しわ寄せでこの量か……」


 スクロールバーのつまみが豆粒みたいに小さい。朝からずっとやりとりしているようだし、大変そうだ。


 それからは特に会話もなく、僕は麻衣の口にサンドイッチを運ぶマシーンと化した。何度か僕もかじってみたが、麻衣は僕を責めることもなく淡々とチャットをこなしていた。

 昼休憩が半分過ぎたところでサンドイッチがなくなり、僕も自分の弁当を平らげることにする。


「おわったー」


 麻衣が「よいしょ」と僕の太ももの上に頭をねじこみ、くるりと上を向いてきた。いつの間にかメガネも外している。庇護欲をそそる童顔が僕を見上げる。

 変な気持ちになる前に、僕は用件を切り出した。


「二階堂王介の急死についてだが、臭うと思わないか?」

「うん。だーりんのここよりも臭う」

「嗅ぐな。ぐりぐりするな」

「おお、やわっこい感触ですな」


 おちおち食べてもいられない。麻衣の頭を無理矢理どかせる。


「僕はテレポーターの仕業だと思ってるんだが、麻衣の見解を聞かせてくれ」

「わたしもそう思うよ。アレを殺すだなんて普通に無理だもん。総理大臣を殺すより難しいんじゃないかなー」


 またねじこまれないよう僕は机に密着して座り直す、とその心配は杞憂だったようで、麻衣は椅子の上でこぢんまりと体操座りになった。普通に見えてる。というか見せてるなこれは。

 白い下着はこれ以上見ないようにして、


「何者なんだよお前の親父さんは……」

「人間らしくない人間かな。実は人間じゃないのかも。超能力者だったりして」


 既に僕らが超能力者テレポーターなだけに全く笑えない。


「死因とかわかってないのか?」

「まだわかってないねー」

「誰の仕業なんだ? 僕はテレポートが頭をかすめるんだが」

「わたしもそうだと思う。パパは恨みもたくさん買ってるけど、自衛できる力を持ってる。身体も、技も、頭脳も、経済力も、あと人望も。――正攻法では殺せないよ」


 麻衣は両足を降ろして机と向き合い、机上に置いてあるメガネを付けてから頬杖をついた。

 そんな偉大な父親が亡くなった今、何を思っているのだろう。悲しんでいるようには見えないが。


「誰が殺したんだろうねー。撮影現場的に考えたら、今朝学校にいなかった人なのは間違いないだろうけど」


 なるほど。王介を殺してからホームルームに間に合うように登校できるような距離じゃないってことか。


「なら話は早いな」


 麻衣が横目で僕を見る。角度のせいか妙に色気があってこそばゆい。

 そんなレアな麻衣を眺めながら、僕は説明を続ける。


「今朝出席してない生徒がわかればいい。教員ならわかるはずだ」

「みやしー?」

「そう」


 麻衣はみやしーこと宮下先生を脅迫して、いいように使っている。

 この部屋も文芸同好会の部室ということになっているが、麻衣が無理矢理作ったもので、顧問も宮下先生だ。


 僕は美山高校が生徒の出席状況をコンピュータで管理していることを麻衣に伝えた。

 これは以前数学の横川先生と雑談していた時に知ったことだ。日直で全員の提出物を届けた時だったのだが、名簿に手書きした出席状況をコンピュータに打ち直すのが面倒だとぼやいていた。生徒の学生証にICチップを入れて、教室にセンサーを設置すれば自動化できるだの何だのと語ってもいたな。


「つまりだーりんは全校生徒の個人情報を渡すようみやしーを脅迫しろって言ってるんだね。怖いよだーりん」

「既に脅迫してるのはお前だろ……。で、可能なのか?」

「うん。今すぐでもできるよ?」

「今すぐか……できればいつでも好きな時にアクセスできるようにしたいんだが」

「なんで?」


 首を傾げる麻衣。いちいち動作があざと可愛い。


「いいか、最終的に僕らは他のテレポーターを全員探さなきゃいけない。そのためには全校生徒と教員、事務員も含めて校内の人間全員について、一人ずつテレポーターかどうか調べなきゃいけない。ならチェックリストが必要だろ。こいつは調べた、こいつはまだ調べてないってのを正確に把握するためにも。出来れば顔写真付きがいいんだが……」

「んー……」


 麻衣が長考し始めたので、今のうちにメシをかきこんでおく。


「みやしーに訊いてみるっ」


 麻衣は突然立ち上がり、軽やかな足取りで隣の化学準備室に入っていった。宮下先生が気の毒である。

 その間に僕は昼食を平らげ、喉も潤して、次は何をしようかと考えようとして、しかし麻衣の結果が気になって何の手も付かず、という感じで結局手持ち無沙汰なまま待つこと五分。


 麻衣が戻ってきた。

 その手にはノートパソコン。


「おっけーだったよ。無線LANが使えるパソコンに教員専用のセキュリティツールを入れたらアクセスできるみたい。みやしーのお古のノートが余ってたから譲ってもらった。ぶいぶい」


 Vサインを見せつける麻衣。いい仕事をしてくれる。

 どうしようか迷って、とりあえず頭を撫でてみた。


「よくやった」

「えへへ」


 照れくさそうに目を細める麻衣が可愛らしい。中身を知らなければ天使そのものだ。


「放課後、早速アクセスしてみよう」


 本当は使用履歴を監視するツールが入ってないか確認したかったが、たった今もらったばかりだから仕掛ける暇も無かっただろう。


「それよりこれ、学校側から怒られるなんてことはないよな。たとえばこのパソコンの識別子だか識別コードだか知らんが、そういうのが現在使ってないものだとしたら、学校からは『使われてないクライアントからのアクセスがあった』ように見えるよな」

「大丈夫だよ。学校の管理側から何かツッコまれても適当に誤魔化ごまかしといてって言っておいたから」

「さすがだ」


 もう一度頭を撫でてやると、麻衣はなぜか胸を張ってきた。それを揉め、と。

 正直揉みたいか揉みたくないかと言われると前者だが……ダメだ。麻衣に呑まれないよう、仲を進展させすぎないよう注意すると決めたばかりじゃないか。


「そ、そうだな、あとは、管理側からの干渉でアクセス禁止を食らったら面倒くさいから、今日の放課後で一気に見てしまおう。可能ならデータのコピーも取っておきたい」

「放課後? 明日じゃなくて? 今日の出席情報は明日入力するんじゃないの?」

「横川先生は当日中に入力していた。僕が教師でもそうする。まあずぼらな教員は麻衣の言う通りかもしれないが」

「じゃあ賭けよー。過半数のクラスが入力されてたらだーりんの勝ち。ぬぎたてパンツをあげる。過半数以下だったらわたしの勝ち。だーりんのぬぎたてパンツをもらいます。ぐへへ」


 事あるごとに下ネタを入れてくるのやめてくんない?


「そんな賭けには応じないぞ」

「また放課後ねー」


 麻衣が立ち上がる。時計を見ると、五時間目まであと数分。


 目立たないよう先に帰ってくれと頼んだが、麻衣の押しを断り切れず、一緒に出ることとなった。

 トイレに寄るふりをして何とか一緒に教室に入るのは回避したが、勘弁してほしいところである。

 ……いや、しかし毎回こんなことをするのも面倒だし、文芸同好会という隠れ蓑もあるわけで、案外下手に隠すよりも堂々とした方が良いのかもしれない。そもそも既に何人かには目撃されているし、彩音にも知られているし。

 ただ麻衣がエスカレートしすぎて教室でもラブラブオーラで接してくる可能性があるのがなあ……。


 平穏への道のりはまだまだ長そうだ。

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