2 招待状
昨日は散々だった。
テレポーターに覚醒したせいで学校をサボり、サボった件を幼なじみから追及され、代わりに黒歴史が晒されてしまい――
自分でも何を言っているのかわからないが事実である。その証拠に、僕の腹部からは黒い腕――テレアームが生えている。
この非現実的な腕は言うなればポインタ。テレポートの移動先を定めるために使う。
「眠い……」
夜更かしをしたのは人生初だ。
いつもは夜十時に寝て朝六時に起きる僕が昨日、というか今日の午前四時に寝て、六時に起きている。
たったの二時間である。全然寝た気がしない。少し頭痛もある。
もちろんただ起きていたわけではなくて。
まず彩音に黒歴史を知られた原因でもあるノートパソコンにパスワードを設定した。その上で、彩音を
といっても本当に実行するつもりはない。
彩音がパソコンの中身を盗み見る何らかの仕組みを仕掛けていないとも限らないから、用心のためである。
あいつの性格を考えれば、こんなガチの計画を知れば必ず僕に追及してくるはずだ。逆に追及してこないなら、イコール中も見ていないと言える。……まあやり過ぎだとは思うが念のため。
その後はひたすらテレアームを検証していた。
スマホに書き写していたテレポートのルールも適宜読みながら、浮かんだ疑問点を一つずつ潰していった。
頭も体もだるいが、苦労に見合った成果が出たと言える。
僕はスマホにまとめた要点を読み返す。
テレアームは本人以外には見えない。
テレアームはあらゆる物質をすり抜ける。
テレアームはいかなる力も及ぼさない。
テレアームの先端『テレハンド』には感覚器官があり、テレハンドが触れた物体の感触はリアルタイムに本人に伝わる――
まあ触れた物体というよりも『テレハンドが通過した空間上に位置する物体』という方が正確なんだろうが。
ただし本人にとって有害となるような刺激的な感触は伝わらない。たとえば淹れたてのコーヒーに触れても熱くはないし、氷に触れても冷たくはないし、はさみに向かって思い切り突き刺してみても痛みはない――
ここはかなり曖昧だ。
まず本人と書いているが、おそらく人間と書いた方が正しい。
それから『有害』についても具体的な定義がなく厳密性に欠けるが、ここはテレポート能力のシステムが都合良く働いてくれることを祈るしかあるまい。少なくとも思い付く限りの方法は試したが、痛みとはまるで無縁だった。
ただ一つだけ例外があって。
テレアームにもテレハンドにも筋肉痛という概念がある。つまり動かしすぎると疲れる。この体力はどうやら自分の両腕に従っているらしい?
体力無限かと言うと、そんなことはなかったりするのだ。
そもそもテレアームは第三の腕と形容できるくらいに両腕と同じ仕様を持っている。操作感も全く同じだし、腕が三本あるから混乱するかというとそんなことはなくて、まるで生まれた時から三本あったかのような感覚があるし、と何かと使いやすい。
この力を授けた存在は一体何を考えているのだろうか。わざわざ人間が使いやすいように整えた超能力を配布してまで、何をしようというのか。今も僕を見て愉しんでいるのだろうか。無論、知る術などあるはずもないが。
……次。
テレアームには肘がある。
前腕はテレハンドを含め、大きさが変わることはない。
上腕は両腕以上に伸びる。数十メートルくらい?
そうなのだ。このテレアームはめちゃくちゃ伸びる。某格闘ゲームに登場するインド人僧侶の比じゃない。
だからといって調子に乗って遊んでいた結果が、この筋肉痛である。
テレアームを伸ばす速度は両腕のそれと等しい。つまり普通の腕を伸ばしきるのに要する労力と、テレアームを伸ばしきるのに要する労力は等しい。もっと言えば、ほぼ一瞬でテレアームを最大長である数十メートル? まで伸ばすことができる――
こんな仕様があれば遊びたくなるものも無理はないというもの。
何せ一秒もあればテレアームを二往復できるのだ。仮にマックス二十メートル伸びるとすれば、半秒でその距離にリーチできることになる。秒速四十メートル。時速にすると144キロ――
テレポートと組み合わせれば、体力の許す限りその速度で移動できることになる。車とか要らないんじゃないか。無論、目撃されてしまっては元も子も無いが。
「……こんなもんか」
まだ不明点を潰し切れたわけではないし、把握すらしていない性質もあるはずだ。
しばらくは時間を探して検証を続けるべきだろう。
「瞬? 入るわよ」
と、部屋の外から幼なじみの声と、同時にドアを開く音がした。
ノックくらいしてくれ。
「彩音か。おはよう」
「……元気無いわね。珍しい」
僕は彩音曰く『病的なまでに』規則正しい生活をおくっているらしい。毎日決まった時間に寝て、起きるだけなのにな。
そんな僕が眠そうにしているのだから、珍しいにも程があるのだろう。
「誰かさんのせいでね」
「私を想って夜も眠れなかった?」
「いやまったく」
「私をおかずにして夜な夜なハッスルしていた?」
「違います」
「じゃあ何よ?」
彩音が我が家みたくベッドに腰を下ろす。
既に制服に着替えているせいで、スカートから太ももが露出してしまっている。細すぎず白すぎない、健康的でバランスの良い肉付きだ。
「……ラノベを書いてたんだよ」
僕は視線を外しながら答える。
どうせ下着は見えない。彩音はそこまで計算している。僕の前だろうと無防備になるような人間ではない。無防備だとしても、それはそのように見せているだけだ。迂闊に釣られてもからかわれて終わるだけ。
「スマホで?」
「スマホで」
さすが鋭い。
だが僕のスマホにはもうテレポートのルールは表示されていない。ボタン一発で非表示にするアプリを入れてあるからだ。パスワードロックも掛けている。ばれる心配も無いし、焦る必要もない。
「学校でも練りたいからな。スマホの方が何かと便利だ」
「まあパソコンを持ち込むよりは賢いわね。不真面目だけど」
「うるせえ。お前に話したせいでやる気が出ちゃったんだから仕方ないだろ」
この言い分も夜な夜な考えていたことの一つだ。
ラノベを書くという体を作っておけば、テレポートについて考えることのできる機会も増える。普段はスマホをあまりいじらない僕だが、これで不自然さもなくなるというもの。
「あっそう。出来たら読ませてね」
僕が答える前に彩音が歩き出す。朝ご飯ですね、わかります。
階段を下る足音を聞いて、「ふう」思わず吐息が漏れた。
とりあえず彩音の対処は一段落だ。僕がヘマしなければ問題は起きまい。
朝はトーストを二枚平らげ、コーヒーも二杯飲んだ。
いつもの倍を消費する僕を両親が訝しんできたが、肉体改造計画と適当に答えておいた。これでもあっさり通るから楽だ。どっかの幼なじみとは大違い。
食後は彩音が当然のように僕を誘い、というか連行し、一緒に学校へ行く。玄関で一人になった時に、父が「そろそろ本気になったんだな、うんうん」などとほざいてきたがスルーした。
彩音と付き合う、か……今以上に尻に敷かれそうだな。そもそも彩音が僕を選ぶはずもないが。
「まだなの瞬?」
「へいへい」
この幼なじみのせいで少々慌ただしいものの、これが僕の日常だった。
テレポートを手に入れてしまったとはいえ、乱れはまだ無い。このまま慎重に事を進めれば全てが上手くいく――そう考えていた。
いや、過信していたのだ。
◆ ◆ ◆
『私もテレアームを持つ者です。同じ仲間同士、お話しませんか。以下のURLはチャットルームです。今日のお昼休憩までにアカウント登録を済ませて入室してください。確認できない場合、あなたがテレアームを持つ者であることを公開します』
午前八時前。僕はトイレの個室で頭を抱えていた。
この紙切れは、小さく折りたたまれて僕の上履きに入っていた。下駄箱でこれに気付いたのがほんの数十分前。
とりあえずわかったのは、僕が今圧倒的に不利な局面に立たされているということ。
そもそもテレポーターであることを知られている時点で、完全に向こうが上手である。
最後の文言――公開するという脅しが本当かどうかが疑わしいが、本当でない確証も持てない。万が一公開されてしまえば、平穏に過ごしたい僕としては致命的なダメージになる。
というわけでまずはスマホでURL――どうもチャットサービスのようだ――にアクセスし、アカウント登録まで済ませておいた。これでうっかり登録に苦戦してタイムオーバーというマヌケな事態は潰せた。
その後はブラウザを閉じてメモアプリを立ち上げ、現状を整理している。
手紙の主がテレポーターであることは間違いない。そして、どういうわけか僕がテレポーターであることを知っている。
いつ、どこでばれた?
……真っ先に思い浮かべたのが幼なじみの彩音だったが、こんなふざけた真似はしない。むしろ口頭で相談してくるだろう。
誰かは知らないがテレポートを使っている所を見られた? 僕が使ったのは昨日の朝、丘の頂上で試した時だけ。人はいなかったし、遠方から覗ける場所でもなかったはずだが。
いや肝心なのはそこじゃない。仮に見られたとしても『テレアーム』という言葉まではわからないはず。これがわかるのはテレポーターだけだ。
なら、手紙の主は僕のテレポートを見た後でテレポーターになったのか。あるいは、テレポーターになった後で僕を――待てよ。もしかして、もしかすると。
――テレポーターかどうかを判別する方法が、ある?
手紙の主は僕がテレポーターであることを疑っていない。
もしテレポート能力を用いた何らかの手段で知ったとするなら、それはテレポートという超常現象のルール、仕様、性質ということになる。つまりは疑いようのない事実だ。
だから僕がテレポーターであることを100%疑っていない。その自信が、このような断定口調に表れているとしたら……?
いや違う。判別方法があるならぜひ知りたいが、今考えることじゃない。
僕のゴールは平穏な生活を手に入れること。
ところがテレポートという非現実的な能力と、その能力者はそうじゃない。波乱を巻き起こす火種でしかない。
火種は全て鎮めなければならない。
だからといって、下手に頑張った結果が裏目に出て殺されるのは御免だし、怪我さえも嫌である。
手紙の主が何を考えているかは知らないが、これが僕を殺す罠でない保証はどこにもない。もっとも僕ならわざわざ存在を知らせるようなことはせず、こっそり暗殺を企むのだが。
……殺す気はないということか? ならば何を意図している?
と、その時、予鈴が鳴り響いた。
僕はからからとトイレットペーパーを引き、特に汚れてもいない尻を一応拭いて、水に流してから個室を出る。
これ以上考えてもらちがあかない。
悔しいが、手紙の主に従う他はないだろう。
「あら」
声の方を見ると、彩音が隣の女子トイレから出てきたところだった。確か図書室に行ったんじゃなかったか。
「お前も大か?」
彩音の腕が動いたのでとっさに頭をガードする。推測どおりチョップが落ちてきた。勢いは無いに等しかったが。
「下品」
「事実を言ったまでだ」
「次は首を打つわよ?」
「すいませんでした」
素振りのスピードと目がマジだった。程々の胸が揺れたのも見えたが、凝視する勇気は持てなかった。
教室までのわずかな道のりを並んで歩く。
やはり彩音がテレポーターであるとは考えづらい。もしそうなら僕は人間不信に陥るだろうし、そもそも勝ち目なんてない。このifは考えるだけ無駄だ。
教室に入ると、クラスメイトらが「おはよう」だの「おっはよー」だのと挨拶してきた。無論、僕ではなく彩音に。
気さくに挨拶を返す彩音の横で、僕は黙々と着席し、一時間目の準備。
完了したところで、さっきのチャットサービスを開く。
登録したばかりのIDとパスワードでログインすると、部屋一覧が表示された。といっても『ようこそ』と書かれた部屋が一つあるだけだ。
タップして入場する。
既にメッセージが書き込まれているようだ。順に読んでみよう。
『七時三十五分。憎き幼なじみが来た。だーりんはいない。私の手紙を見つけて、どこかで熱心に読んでいるのかな?』
『七時三十六分。憎き幼なじみが出て行った。一生いなくなればいい』
『七時四十五分。まだだーりんが来ない。私の手紙に振り回されているのかな。すてき』
『八時。だーりん遅いよ。早くログインしてよ』
『八時三分。だーりん来た! 今日もかっこいいな。食べちゃいたい。でもログインはまだだね。早くしないと食べちゃうよ。隣の幼なじみは要らない子』
『八時七分。ログイン来たあああああ。ようこそ。ようこそ!』
ゴトッと机に落ちたのは僕のスマホだ。
全身から血の気が引いていくのが自分でもわかった。
ふと隣を見ると、彩音が視線で何事かと問うていた。僕は首を横に振り、スマホをしまう。
間もなく担任が入ってきてホームルームが始まるも、内容なんて頭に入るはずもなく。
……何なんだアレは。
上手く言葉に表せないが、文面からヤバさがにじみ出ている。こいつとは関わっちゃいけない、と直感が告げている。
しかし手紙の主でもあるから避けるわけにもいかないし、そもそも――いるんだよな、この教室に。
僕の席は廊下側の一番前。手紙の主を特定するには……振り返ってみればわかるだろう。
何なら適当に質問を書き込んでみればいい。スマホで返事を打っている奴が犯人だ。こいつにはもはや隠す気など無い。むしろアイコンタクトの一つでもくれるんじゃなかろうか。
一体何のつもりなんだ。
心理戦か?
単に僕の反応を愉しんでいる?
あるいは本当に僕を――いやそんなはずはない。こんな冴えない真面目男など何の面白みもない。若干一名、毎日気にかけてくれる美人が隣にいるが、これは例外だ。
「具合悪そうね」
その美人も今は煩わしいことこの上ない。
「ああ。今日はもう一言も喋りたくない」
「普段からぼっちのくせに何言ってんだか」
「うるせえ」
彩音は教科書とノートを縦に持ち、とんとんと整える。姿勢良く座っていることもあって優雅というか……いいご身分だ。
「ん? 具合悪いのか井堂?」
突然担任が絡んできた。やめてくれ、注目が集まるだろ……。
「い、いえ。ちょっとだるいだけです」
「昨日も風邪だったんだから無理すんなよ」
「はい……」
昨日は仮病でしたけどね。あと彩音もジト目を向けるな。
程なくしてホームルームが終わると、彩音の席に女子が集まってきた。
「ねえねえ、綾崎さんと井堂くんって仲いいの?」
「ただの幼なじみよ」
「いいよねー、そういう気心知れた関係」
「羨ましいなら譲るわよ」
僕を手で示す彩音。つられて女子達も僕を見る。
「う、うん……」
名前知らないけど露骨に引かないでくれ。あと彩音はふざけすぎ。……だが、ファインプレーだ。
僕はぼりぼりと頭をかいて居心地の悪さを演出し、席を立った。
彩音に呼び止められる心配もない。「機嫌損ねちゃった?」「彼は緊張しているのよ。女子の免疫が無いから」好き放題言われているが気にしない。ぜひ彩音にはこのままクラスメイトと仲良くする日常にシフトしていただきたいものだ。そうすれば僕も行動しやすくなる。
一時間目が始まるまであと五分。
僕は渡り廊下で壁にもたれながら、スマホでチャット部屋を開いた。
『八時十二分。だーりんを心配していいのは私だけ。食べていいのも私だけなんだからねっ!』
『八時十四分。だーりんに群がる雌豚。脳みそに犬のフンを贈りたい気分』
『八時十五分。あーんだーりんどこ行くのー? もう我慢ならない!』
……相変わらずきついな。
さっきから僕を食べたいと主張しているが、どういう意味なんだろう。……いや考えないでおくか。
それよりも二つ目だ。
フンを贈るというのは一見すると冗談に見えるが、僕らに限ってはそうじゃない。フンを脳にテレポートさせれば、物理的に送り込むことができる。もちろん送られた人間は死ぬ。
こいつはテレポートの、この暴力的な攻撃力に気付いているのだろうか? だとしたら僕も一瞬で殺される危険があるのだが。
『八時十八分。我慢できないので会いましょう。会います!』
「うわぁ!?」
急にメッセージが出てきて、僕はスマホを落としそうになった。
『八時十八分。昼休憩に化学準備室に来てください。幼なじみを連れてきたら殺します。一人で来てネ』
リアルコンタクトか。いずれこうなる気はしていたし、僕としても早めに出会っておきたかったが、今日の昼かよ……。
無論彩音を連れていくつもりはない。殺されるみたいだし。僕か、彩音か、はたまた両方か……どっちにしても勘弁してほしい。冗談に見えないところが怖い。
本音を言えば会いたいくないが、放置しておく方が面倒だろう。何より相手は僕より
……そうなんだよな。選択肢は一つしかないんだよなあ。
『八時十九分。わかった』
僕は書いていた返事を投稿する。無事表示されたことを確認してスマホをポケットへ。
ってもう十九分か。
僕は慌てて教室に戻った。
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