# Fatal Error

「糞が!あいつら撃ってきやがった!」

ジャヴァが魔法通信の向こう側で憤る。

「戦場で通信封鎖スタンドアロンなんて何考えてやがる!」


「トウジ、ちょっと運転代わって。」

「・・・・・・はい?」

「よっ、と!」

パールは馬のシートを蹴って宙返りし、俺の座っているさらに後ろに着地した。

「え、えええええええ!?マジで!?」

「はいはい!狭いから前行って!」

慌てて体をずらし、ハンドルらしき部分に飛びつく。

「こんなの運転したことねぇよ!」

「だーいじょうぶ、トウジならできるって!」

彼女は恐ろしいことに、後部シートの上で器用に立っている。

風が彼女のスカートや髪を力強く後ろへたなびかせるが、動じる様子は全くない。

「さっき二人乗りは難しいって言ってただろ!」

「だーいじょうぶ!しっかりハンドラ握っといて!」


バルネラ王国軍の陣地、つまり友軍から2発目の魔法弾が発射される!

俺は車体を左右に振って避けようとすると、

「待って、トウジ!動かないで!」

「でも!」

「いいから!あたしを信じて。」

そう言ってパールは右腕を俺の肩に載せる。

「ちょっと眩しいかもだけど、我慢してね!」


パチン!と指を鳴らすと、パールの魔法弾が友軍陣地に向かって放たれ、俺たちを狙った砲撃と交差する・・・。


ドドォ!


いや、違う!弾は交差せず、


「すごい・・・神業だ!」

「へっへー、もっと褒めてくれてもいいよッ!」


パチン・・・パチン!

パールは器用に、騎兵に当たる砲撃だけを撃ち落としてゆく。


「これでも・・・くらえッ!」

パチッ!

ひときわ強い光を放つ魔法弾が、俺の肩の先から発射される。

その弾は砲撃を打ち消さず、まっすぐ友軍の魔法防壁ファイアウォールへと向かう。

「パール待って!あそこにいるのは味方かもしれないんだぞ!?」

「これでいいの!」


ぴたり、と光の弾が魔法防壁の前で止まる。それと同時に友軍からの砲撃が止まった。

「あれ見えてるの、トウジだけじゃないんだ。。あの色の光は『攻撃中止』!・・・あれ、『魔法汚染注意』だったかな?んん?」


「・・・。」


なにはともあれ、攻撃は止まった。



###################



「うへぇ、近くで見ると結構でかいなぁ。」

俺が馬の速度を下げ、慎重に魔法防壁ファイアウォールに近づくと、ひとりでに馬に近い光の壁に、人が通れそうな穴が開く。

「お、これは入り口?」

「やっぱ便利だねぇトウジの。慣れないうちは馬ぶつけるんだよー。」

パールがそう言っていると、陣地の内側から背の高い軍人が走り寄って来る。

「お怪我はありませんか!戦姫殿!」

ぜいぜいと息を切らせながら敬礼しているところを見ると、軍人も運動不足になり得るようだ。

「野営工兵隊所属、マトラー・マスウォック中尉です。大変な無礼を詫びます。」

そう言って中尉は右手を差し出す。パールはぴょんと馬から飛び降りてこれに応じた。


「くぉらァ!俺たちを撃ったのはお前か!マトラー!」

後から到着した騎兵の中からジャヴァがずんずんと歩み寄って来る。発電タービンを回せそうな勢いで怒り心頭だ。

第5エンドポイントのジャヴァか、悪かったよ。」

「悪かったで済んだらよォ、MPはいらねぇんだよ!」

「暴れ馬のジャヴァを殺ったとあれば、敵と味方から名誉勲章だったな、惜しい。」

「けぇッ、後ろには気をつけな!前も左も右も!あと上と下にもなァ!」

悪態をつく二人の間に、パールが入って宥める。

「まま、落ち着きなってジャヴァ。あたし達は調査に来たんだよ?」

「はぁ・・・そうですね姫さま。マトラーは生真面目だけが取り柄の男です。こいつが誤射をカマすとは思えません。」

そう言って眼帯のない方の目で再び睨め付ける。

「訳を聞かせて貰うぞ!」


マトラー中尉は、待ってましたと言いたげに手招きした。



###################



野営地の中に入ると、兵士たちが慌ただしく作業している。

「まだ設営中でしてね。こちらへ。」

こちらと言われたが、そこは何もない空間だった。砂地に、白い花がぽつんと咲いているだけだ。マトラーは何もない地面に両手をつくと、その周りが四角く発光した。そのうち、「ずぞぞ」と音を立てて仮設テントが浮かび上がる。


「なんてこった、こんなのまで出せるのか。」

俺が驚いていると、マトラーが入り口の布を開けながら

「はは、これは魔法築材を使った野営テントですよ。現代戦の必需品です。」

と解説する。言われてテントを触ってみると滑らかで不思議な感触がした。

「何してる、とっとと入るぞー。」

ジャヴァに急かされて入り口をくぐる。


当たり前だが、設営されたばかりのテントの中には何もない。照明も窓もないので薄暗いが、先ほどまで野ざらしだった空間とは思えないほど空気は澄んでいて心地よかった。パールが指を鳴らすと、人数分の椅子が現れたのでそこに腰を下ろす。


「で、何がどうしたら味方を砲撃するんだ?新兵ルーキー麦酒エールを出す魔法と間違えたか?」

マトラーはジャヴァの問いに答えず、懐から何かの黒い玉を取り出した。


ヴン...


空中に像が浮かび上がる。

「うおお!立体映像!?すげぇ!」

デジタルを感じて思わずテンションが上がってしまう!

城、山、平地、川・・・どうやら周辺の地図のようだ。

マトラーがにやりと笑って空中で手を滑らせると、僅かな読み込み時間の後、緑色と赤色のアイコンが表示される。

「これは戦場盤オペラハウス、敵や味方の位置、兵科、装備、損害状況が表示されて、作戦目標も可視化されます。緑が友軍、赤が敵軍、不明は黄色。」

「へぇ!戦術データリンクみたいなもんか!入力はハンドシグナル?どうやって投影してるんだ!?なぁ?」

俺が興味の向くままに立体地図に手をかざすと、静電気のようなピリピリとした感触を残してすり抜けた。

「ほう、あなた魔法技師?」

「あー、正確にはコンピュータエンジニアなんだけど・・・まぁ似たようなもんかもな。」

「よろしい、説明しましょう!」

マトラーはノリノリだ。

「このデバイスは煙状の魔法源物質マナを魔力でリアルタイムに整形して、下から光を当てることで投影してます。」

「ふんふん、いいなぁすごいなぁ!持って帰りたいなぁ!」

ジャヴァが「おい誰かこいつ抑えてろ」とつっこむ。

「ふふふ、ここからが凄いですよ、見よ!バルネラ王国の魔法技術は世界一ィ!」

そう言ってマトラーが地図の中央をピンチアウトすると、像が拡大していって・・・虚像の魔法障壁ファイアウォールを抜け、テントの中に・・・!なんと、この場にいるのと同じ人数の人影が座って表示されているではないか!

「うお、こんな細部まで!?変態だ!変態技術だッ!」


「魔法盤の中の機械仕掛ステートマシンと呼ばれる自立駆動のユニットが、受信した情報を元に現実の兵士の動きをシミュレートします。」

「『受信』ってことは処理の主体は他の場所で、子機は表示だけしてるってことだな?」

「ええ、部隊が観測した情報を指向性通信プライベートキャストで城に送信した後、城が集計・分析して各部隊に戦況を全体通信マルチキャストします。」

なるほど、中央集権型アーキテクチャだな。


よく見ると、テントの中の人影に、一人だけ所属不明黄色の表示がいる・・・俺か。


時々、ざざっと不快な音を立てて投影された像がちらつく。

パールはそれが気になる様子だ。

「今日は魔力場が安定してるのに随分とノイズが多いなー?」


ザァッ・・・!

ひときわ大きなノイズが走ったあと、黄色い俺の表示が敵性赤色に変わった!

「ああーッ!」

ジャヴァが俺に右手を向ける。

「てめぇ、やっぱり帝国のスパイだな!」

「ちょ、違う!なんで!」


「待てジャヴァ。」

マトラーが慌てて止める。そうか、読めてきたぞ!

「まさか、起こってる問題って・・・。」


「そうなんです。」

マトラーは肩をすくめる。

戦場盤オペラハウスが、何もしてないのに壊れた。」



###################



俺たちは戦場盤オペラハウスを再び俯瞰視点にして眺める。

「うーん、こんなとこに敵がいるっておかしくない?」

赤色の表示が、拠点であるはずの城の目の前に表示されているのを見つけて、パールが呟いた。

「オイオイオイオイ、なんで陸地に潜水艇があるんだよ。はは、マトラーお前KIA死亡になってんじゃねーか。」

ジャヴァが笑い出す。

「笑い事じゃあない!さっきも第5騎兵小隊あなたたちが敵で表示されたせいで自動防御魔法が発動したんだ。」

「困ったなー。」

パールが髪を手で弄りながら考え込む。

「あたしらの軍隊は戦場盤オペラハウスを前提に動くようになってるんだ。これじゃあ大混乱すんのも当たり前だよ。」


「さっきみたいに、騎兵隊が接近して目視で戦ったら?」

俺は思ったことをとりあえず聞いてみることにした。ジャヴァが答える。

「アホかお前。騎兵ってのはなぁ、機動力で戦場を引っ掻き回すのが仕事なんだよ。敵の場所も規模も分からん状態で物量相手にしたら一瞬で溶けて終わるわ。」

ふーむ、そういうものか。次はマトラーにも聞いてみる。

「その戦場盤がおかしくなった原因に心当たりは?」

「こんなことは初めてですよ。自己診断魔法で走査させましたが、受信機も表示システムにも異常はありません。」

「直接は関係ないかもしれないんだけどさ。」

俺はさっきから気になっていたことを口にする。

「こいつのデータは城から全体送信マルチキャストしてるんだよな?敵に傍受されたら情報だだ漏れになるんじゃないのか?」

「それは心配ありません。魔法通信は全て王国軍の規格で暗号化されているので、傍受しても無意味な情報の羅列です。デバイスが敵の手に落ちた場合は、即座に安全な経路で解読キーを取り替えるので秘匿性は保証されています。」


なるほど。最低限、情報セキュリティの備えはあるようだ。しかし気になる。俺のエンジニアとしての勘がしきりに訴えかける。敵にのではないか・・・とッ!!


可能性は3つ、対象、入力、データ。明らかに対象の変質ではないと考えると、入力とデータに問題があるはずだ。次に考えるべきは、異常が発生しているか。ここで見た子機での表示と、城で処理した段階のデータを付き合わせれば切り分けることができる。

いや待て、司令官ルビィの口ぶりだと、データの異常に全く気が付いていない様子だった。だとすればやはり・・・!


「おい、どうしたトウジ、黙り込んじまって。腹でも痛いか?」

ジャヴァが怪訝な顔をしていた。


「マトラーさん、もう1つだけ聞いても良いですか。」

「ええ、何なりと。」


「暗号化で情報が秘匿されていることは分かりました。では、


?」


「かい・・・ざん?何ですかそれは。」


ざわり。


俺の体が総毛立つ。

間違いない、これは帝国軍によるサイバー攻撃だ。


この世界に来て、気圧されることばかりだった。どこか現実離れしたような感覚だったが、違う。今わかった。


「みんな、聞いてほしい。」


俺はいつの間にか立ち上がっていた。皆の視線が集まる。


。」


# 次回、Call Back

exit

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