第21話「ダンジョン(13)」
深手を負った相手に対しとどめを刺そうと影が近付くなり、メリッサの正面にて剣を大きく振り上げる。
方や、矛先に目を向ければ、流血と悲痛に堪えるばかりか、満身創痍も甚だしく見えるメリッサが眼前にて力無く座しているのが分かる。
客観的に見ても勝敗は決したで有ろうと誰もが思う状況か。
当然このまま行けば死を待つばかりの身で有る事は本人こそ強く思うところで有ろう。
ただ、そんな朦朧とした状況下、涙目ながら鈍く光る両刃が自らに降り掛かろうとする光景を何処か俯瞰した思いで見やる自分がいる事に気付くメリッサ。
「(‥‥ここに来て一体何度目の窮地だ?‥‥)」
本人曰く、そう思い返すようにこれまでの経緯が頭を過ぎる。
「(グスッ‥‥所詮これが私の限界なのだ‥‥‥‥でも‥‥‥‥)」
敵を前に自身の非力を悟っては諦念に駆られようかと言うところ、ただ、それでも何処か諦める事に抵抗を感じずにはいられない自分がいる事に今際の際、気付かされる。
されど、そんな彼女の思いを他所に影の剣が躊躇なく彼女に振り下ろされようとする。
「__ッサーーーーー!!!!!__」
遠くから聞こえる誰かの怒号。
自分の名を叫ぶ声が何処からか聞こえてくる。
ただ、そんな声に振り向く余裕も最早無く、振り上げられた凶刃がメリッサを襲う。
「あっ‥‥」
__(「お前はいつも油断すると剣が直線的に成りがちだ」)__
瞬間、何時ぞやの記憶と共に思考が駆け巡ると同時、自らを模したであろう影に一抹の違和感を感じるや即座に身体が反応、剣の軌道を予測、一瞬態勢を横にずらしただけではあるが紙一重にて斬撃を躱す事に成功。
そのまま無傷の利き手にて影の胸部を貫くに至る。
「ガ‥‥ガガ‥‥ガ‥‥」
ふらつく影の足取り。
まさかの事態に蹌踉めくように後退しようとする影。
ただ、最後の足掻きか、振り上げられたままの剣が未だメリッサを襲おうと態勢に入る。
が、次に目にするは、横から勢いも良く頭部に剣が突き刺さる影の姿。
「見事よ」
遠間より影への投擲を終え、一言賛辞を口にするエレノア。
そのまま足早にメリッサの下ヘ駆け寄っては自身の懐から小瓶を取り出すなりそれを開封、メリッサの口へと押し込む。
「ふごっ!‥‥」
直後斬られ傷ついたはずのメリッサの腕がみるみる治癒、治っていくのが分かる。
「(‥‥こ、これは、ハ、ハイポーション‥‥)」
「高かったのよ、それ」
軽く微笑しては軽口でそう答えるエレノア。
「取り敢えず暫くそこで休んでなさい」
そう言うなり、敵目掛けて猛進、剣閃を走らせに行く。
「メリッサ! 無事か!!」
次に険しい形相を浮かべてはグレアムが慌てた様子でメリッサの元に駆け寄って来る。
「私は問題無い。そっちは大丈夫なのか?」
「ああ、さっきエレノアが俺の相手をぶった斬ってくれたよ」
見れば、グレアムにも敵との交戦で負ったで有ろう無数の斬り傷の跡が覗える。
「影相手に打ち勝つとは大したものだ」
「火事場のなんとやらだ。‥‥もう出来ない」
「十分だ。後は彼女らに任せよう」
疲労困憊と言った具合にそう言って後方より心中未だ猶予の無い中、エレノア達の死闘を祈るかのような眼差しで見守るメリッサとグレアムである。
◯●◯
「チッ! ‥‥全く、素直に斬られて欲しいものね」
剣の切っ先を敵方に向けては舌打ちするなり、幾分恨み節のように文句が漏れ出るエレノア。現状に苛立ちを募らせているのが容易に見て取れる。
「‥‥フッ__」
シュン
軽い呼吸の後、渇いた風切音と共に敵に対しエレノアが一気に間合いを詰めては瞬速の剣閃を走らせに掛かる。
されど、そんな剣撃に合わせるかのように敵である影がエレノアの斬撃を事も無げに防いでみせる。
「(防せがれた!?)」
ガキン!!
影に剣ごと弾き返されては飛ばされる形で後方に着地するエレノア。
「(渾身の【瞬走】を見切られた‥‥)」
これまでに見せたどの瞬走よりも上手く行ったと言えようそれを防がれたエレノア。
手前、無機質に表情一つ表さないながら不気味にこちらに視線を合わせる自らに似た模造の産物。
シュン
ブシュッ!!
瞬間、逆に今度は影が瞬走を実行、エレノアの脇腹付近を斬りつける。
「クッ!‥‥、ハァァァ!!」
「‥‥‥」
それでも、斬られた直後も怯む事無く影に対して応戦を図るも、軌道を見破られてか剣を躱される。
「(本当に向こうは怖いぐらい冷静ね)」
「‥‥‥」
シュン
「ウソッ!?‥‥クッ!!」
剣を躱されて直後、間髪を入れずに再びの瞬走。面を喰らう形でこれに対応仕切れず、更に傷を負う事となるエレノア。
「(‥‥安々と二度目の瞬走なんて、やってくれるわね!)」
そう思考して直ぐ様敵に向き直っては態勢を図ろうとする。が、
シュン
「なっ!?」
影からの再三の瞬走を用いた刺突にて利き腕で有る右腕を鋭利に貫かれる。
「くっ‥‥(やられた‥‥)」
「‥‥‥‥」
シュン
「しつこい!!」
シュン
今度は両者瞬走にて互いに繰り出した剣の一閃が一挙に交錯する。
「うっ‥‥」
「‥‥‥‥」
放たれた互いの剣撃はどうやら双方相打ちの形で傷を負う事に。ただ、流血する右腕の具合からも分が悪いのは明らかにエレノアに有るようで、
「(受け過ぎた、これ以上は流石に危険ね‥‥、でも‥‥)」
一瞬の思考の後、手負いの中、剣の持ち手を変えるなり対面の敵に対して大きく深呼吸、腹部に力を込める。
「(丹田だったかしら? こういう時にこそ使うべきなのね)」
「エレノア殿!!」
そんな中、一通りの様子を見ていたメリッサが居たたまれず当人に向けて叫びを挙げる。
「落ち着け、メリッサ。ここで叫んでも何もならん」
「しかし!」
「こちらが加勢したところで邪魔になるだけだし、信じる事以外俺達に出来る事は無い。気持ちは分かるが、とにかく彼女を信じろ」
「‥‥何も出来ない自分に腹が立つ」
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