第19話「ダンジョン(11)」

「こ、ここは‥‥」


 地鳴りの直後、次にメンバー全員が目にした場所は大きくも開けた大広間であった。


「一体何が起きたのだ?」


「分からん‥‥、分からんが、どうやら異常事態なのは間違い無さそうだ」


 突然にして唐突に襲って来た事象に為す術も無くこの何処とも分からない大広間に飛ばされたメンバー一同。


 動揺は明らか。理解の埒外に思考が全く持って定まらない。

 ただ、それでも瞬時に皆が臨戦態勢の確保に努めようと警戒の目を張り巡らせる。


 張り詰める緊張感。


 切迫した状況の中で如何にどう立ち回れるかを各々が模索する。


 そんな中、不意に目を凝らせば、少し離れた先、何かしら浮遊するような形で佇む物体らしき物が一つ。


「おい、あれは何だ?」


 当然の如くメンバーの中から疑問の声が飛ぶ中、


「その【鏡】を見るなーーー!!!」


 途端、鬼気迫る表情でドルフが叫ぶようにして大声を上げる。


 皆がそんな彼の怒声に思わず振り返るも、次の瞬間、鏡と思われたそれは突如光り出し、メンバー全員に閃光が走る。


 眩しい光から解放されて直後、各々に異変らしい異変は見当たらない。ただ前方の光景が先程とは一切違うと言う事だけは誰の目からも明らかなようで、


「‥‥ここはダンジョンだぞ、どうしてあちら側に人がいるのだ? それに何処か?」


 怪訝な顔でメリッサが率直な疑問を仲間に伝えみるが、


「‥‥最悪の事態だ‥‥、皆、剣を抜け」


 そんなメリッサの問いにいち早くドルフが口を開くも回答は要領を得ず、逆に驚怖に顔を強張らせては目前の敵に向けて刀光剣影の姿勢を張る一方。


「(何をそこまで焦って‥‥)」


「【写し鏡の幻想ミラーコピーズ・メーカー】」


「え?」


が知る中でも最悪級と言える討伐対象だ」


 徐ろに彼の魔物についてドルフ同様強張った表情で簡潔に語るオリアナ。


 震える手をどうにか抑えようと握る剣の柄に力が籠もる。


「最悪級?‥‥(と言うか、怯えてる?)」


 オリアナの発言や異変を見るなり、またしても疑問符が頭から浮かんでは思考に駆られるメリッサだが、そんな悠長な間合いも次の瞬間には霧散する。


 ガキィーーーーーーーーーーーーン!!!!!!


「ひゃーーーーーっ!!!」


 耳を劈くような凄まじい激突音と共に、風圧でのけ反るように後方に吹き飛ばされるメリッサ。

 当然何が起きたかも分からないまま放心状態を余儀なくされるが、目に写ったものを見て唖然とする。


 見れば目の前にてケンジと【影】の互いの両剣が激しく軋み合いながら交錯しているではないか。


「(え?‥‥、え?)」


 状況を呑み込めぬまま呆気に取られるばかりのメリッサ。


「何時まで尻餅を着いてるつもり?、早くこっちに来なさい!!」


 そんな最中、メリッサの腕を掴んでは急いで後ろヘと避難させるエレノア。


「全く、何回助けられれば気が済むのかしら? ‥‥でも良かったわね、ちゃんと首が有って」


「ヘっ?‥‥、首?」


「‥‥もういいわ。取り敢えず、彼の邪魔だけはしないように努めなさい」


 そう嘆息しながらメリッサに注意して後、振り向いては祈るかのように幾許かの不安を胸にケンジへと視線を注ぐエレノア。


「(任せたわよ、ケンジ‥‥)」




 ○●○




 甲高く響き続ける剣と剣の攻防。


 奔る互いの剣の衝撃が広汎に渡り激しく空間を揺らしては辺り一面が震撼する。


 そうした揺れる空気の感触は当然傍観する側にその凄まじさを一際実感させて止まない。


「最早夢でも見ているようだ‥‥」


 弥立つ身の毛を抑えながらドルフが熾烈に激闘し合う両者の実力を推し量る。


「おい! これは一体どういう状況なんだ!! ケンジは一体何を相手にしているんだ!! 何か知っているなら答えてくれ、グランヴァルト!!」


 そんな激闘の渦中、焦りと狼狽仕切った様子で語気も強くグレアムがドルフを問いただす。


写し鏡の幻想ミラーコピーズ・メーカー。私や彼の認識に間違いが無ければあのモンスターはそう呼ばれている」


 対して、背後からオリアナがモンスターの詳細について口を開く。


写し鏡の幻想ミラーコピーズ・メーカー? ケンジと戦っているあの影の事か!?」


「いや、あれは今言った名のモンスターが自身の魔力で具現・生成した傀儡だ」


「傀儡?」


「【空ろ飾りの虚影ミラーコピーズ】と呼ばれる、対象物から複製コピーして出来た、実体を有する紛い物の産物だ」


「要するに今ケンジが戦っている相手はケンジの複製コピーということか?」


「左様」


「だがしかし、あんな化け物、【討伐手帳ハンティング・ブック】にも記載されていた記憶は無いぞ?」


「基本詳細は不透明ッスから記載されてないのも無理ないッス」


「詳細が不透明?」


「死んだ人間じゃ情報なんて持ち帰れないッスからね」


「!?‥‥、だがやけにあんた達はあのモンスターに詳しいようだが?」


「そんなバケモノ相手に生還している一人がドルフ氏で、詳細なんかはそれを元に語ってるだけでオリアナ隊長も自分も遭遇したのは今回が初ッス」


「そ、そうなのか」


「んで、ここが一番重要な部分なんスけど、今ケンジ氏は自分のコピーと戦ってる訳ッスね。で、仮にもしケンジ氏がそのコピーに負けるような事が起きたら‥‥」


「当然、全滅は必定」


 オリアナやルイスの悲壮な旨の発言に途端、メリッサが身震いしては大きく背筋を強張らせる。


「(あの時死にかけた時もそうだ、ダンジョンとはこんなにも危険なものだったのか‥‥)」


 道中、危険な場面は幾度も有った。ただ、それでもダンジョンに対しての認識が今この現状を持って大きく揺らぎ、変わり始めるメリッサ。

 それに伴って自身が恐怖に足が竦み、全身から怖気が走る程に怯えて来るのが分かる。


「(ま、不味い、このままでは‥‥)」


「メリッサ!!」


 ビクッ「ハイッ!!」


「ちゃんと背筋を正しなさい!! さっき私と交わした約束をもう忘れたの? それとも何? 結局は口先だけの嘘言だったってことかしら?」


「ち、違う! そんな真似、絶対にしない!!」


「だったら見せなさい、あなたの気概を!!」


 眼前の出来事に萎縮状態のメリッサ、そんな彼女に活を入れる格好でエレノアが奮起を促す。


「(そうだ、こんなところで怖気付いてどうする? 私はこんな思いをする為にここに来た訳では無い!)」


 そして、それに応えてか直後、


「ふぅ‥‥、良し!!!」


 一息入れるなり、闘志を見せては声を上げるメリッサ。


「ふむ、どうやら気構えは整ったようだな、メリッサ嬢。行けるか?」


「当然だ! 何時でも行ける!!」


「だそうだ、‥‥全く大したものだ」


「何が大したものかは知らないけど、こんなところで挫けられても困るからやる気になってくれて良かったわ」


 先程メリッサにした態度とは打って変わって、冷めた表情でドルフの感心に対してエレノアがそう答えるも、メリッサに見せたそれが彼女なりの叱咤激励で有る事は一同当然理解しているようで、彼女の行動一つが及ぼした影響は今持って大きいと感じる皆で有る。


「ほら、そうこうしている内にヤツらが寄ってきたわよ」

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