第18話「ダンジョン(10)」

「ゲゲゲゲギギャギャギャ」


 薄気味悪い奇声を上げてはケンジ側を威嚇するイビルの一頭。それに呼応するように周りのイビル達も嬉々として敵対行動を取りに来る。


 これ見よがしの悪意。

 気色の悪い薄ら笑みは己が優越を元として生じる自信の現れか。

 ただ、そんな敵の様相にも動じる事無く敵側の動向に注力するケンジ。


「敵は全部で6体‥‥、ドルフさん、簡単で申し訳無いですけど、


「了解!」


「それじゃあ‥‥、行きます!」


 踏み込みと同時、ケンジの合図と共に敵の正面から二手に分かれては弧を画くように迂回、イビル一党へと挟撃する形でお互いに接近を図る。


 が、その中の一頭が迫る二人を無視するや、後方に待機するエレノア率いる陣営に向かって黒い光線が射ち放たれる。


「!?」


 置き去りの形と為って結界内に止まっていた後方の面々に光線が直撃。イビル側からすれば格好の餌食として襲われることになる。


 されど、そんな攻撃をものともせず未だ強固に展開する結界。


「スゴい、この結果まるで壊れる様子が無い」


 結界のその強固さに結界内にいる者の殆どが感嘆の声を上げる。


 そんな声を他所に結界の外では戦いが続く。


「結界内は安全ですからそのまま突撃して下さい!」


「あい、わかったー!!」


 _(二手に分かれて挟み撃ちにします、自分に合わせて付いて来て下さい)_


(これで良いのだな、ケンジ。お前を信じるぞ!)


 当初示し合わせた通り、イビル側へと二人が猛追、ドルフに至ってはそのまま勢いも良く剣を振るいに入る。


「おーーーーー!!!」


 自慢の大剣が横薙ぎに一体のイビル目掛けて大振りに振られようとする。


 ただ、それでも憫笑しては振られた剣を横目に構い無く光線を放つイビル。

 自らの攻撃が絶対で有るかの如く躊躇無く打ち込まれる。


 身に及ぶ危険は甚大。


 されど、ここで驚くべき事態が起こる。


 イビルから放たれた光線は真っ直ぐにドルフ目掛けて被弾しようとするも、途端に湾曲、目前で掠めては明後日の方向へと着弾するに終わる。

 片や、被弾を免れては先述に述べた通り大剣の一閃は勢いもそのままに止まること無く振り抜かれる事に。


 結果、血渋きと共に断頭されるイビルの生首。


「!!?」


 驚きを隠せぬドルフ。

 斬った感触と直後に残る違和感に自身の成果とは言え、斬り伏せた本人がまるで信じられぬと言った様子。


「ドルフさん! そのまま行きましょう!!」



 思考の整理もおぼつかぬまま間髪を入れずケンジからの指示が飛ぶ。

 そうしては、考える間を捨てケンジの指示そのままに勢いを殺す事無く二体目へと追撃を計ろうと同じく大きくも大剣を振るいに走るが、


「ギ、ギャァァァ!!!」


 あっさりと二体目の首も跳ねては三体目へと移行、三体目は頭から両断しては撃破するに到る。


「すごい! あっという間に半分を片付けたぞ!」


 グレアムが驚嘆の表情でそう語る。


 だが、ここから敵も思考を切り替え反撃に走る。


「ギャャャ!!!」


 怒気に歪んだ顔から大きく口を開けたかと思えば、口腔内が赤く光り始め、ドルフに照準を合わせる。


「(むっ!)」


 刹那、身に及ぶ危険を感じては自らの大剣を差し出し防御に移行しようとするも、


「遅い」


 そんな一言と共に背後から一瞬にして短剣の斬撃にてイビルの首を跳ねるケンジ。後ろには何時仕留めたのかも分からない同じく首を跳ねられて横たわるもう一体のイビル。


「これで五体。あと一匹仕留めれば終わりだね」


 そう言って、背後に狼狽える最後の一体を見やっては鋭く眼光を向ける。


 たじろぐイビル。


「ギャーーー!!!」


 勝ち目が無いと悟ったのか、自らの黒翼を目一杯に拡げたかと思えば、先程ケンジ一行が落ちてきた天井方向に向かって飛び立つ。


 想定外の事態として強く危険を感じ、一目散に戦線を離脱しようと出来る限りの速度で天井へと逃走を計るイビル。

 上へと逃げれば奴らも追ってはこれまいと見ての判断・行動で有ろう。


 ただどうしたことか、左右の視界が大きくズレる。


 背後から身体を合わせる形でケンジが一刀両断にせしめたのだ。自身の跳躍のみでイビルの背後に急接近、イビル自身何をされたのか知る間も無く討ち取られたのだ。


「よっと」


 そうして後、地面に着地、平然とした面持ちでドルフの下へと戻るケンジ。


「やりましたね、ドルフさん!」


「ああ、本当に貴様と言う漢は途轍もないな!!」


「いやいや、凄く良い連携でしたよ」


「俺にも何か付与してくれたのだろ?」


「あくまでオマケ程度です」


「謙遜はよせ」


 過酷且つ困難な状況にも力を合わせて乗り越えてこそ生まれる信頼関係を今正に体現したかのように握手を交わし笑い合い互いを労う両者。尤も、以前より信頼関係の上では十分に築いていた両者としては改めて確認し合えたに過ぎないことだと言えなくもないが、結果としても喜びはひとしおと言った心境では有ろうか。


 そうこうして、後方の結界内で待機していたエレノア以下の同行メンバーがケンジ側を見ては結界を叩くなりして合図を送る。


「あ、すみません、今結界を解きますね」


 ケンジがそれに気付くなり直ぐ様駆け寄っては結界を解く。

 瞬間、ケンジにどっと押し寄せるメンバー一行。


「うわっ!」


「流石だな、ケンジ!!」


「やっぱり魔刃の二つ名は伊達じゃ無いッスね!!」


「見事と言う他あるまい」


 メンバーの多くがケンジに押し寄せるなり思い思いに賛辞を口にする。


「皆さん、大袈裟ですよ」


「大袈裟? S級討伐指定並のモンスターを相手に無傷で討ち倒しておきながら未だ余裕を口にするとは‥‥、いやはや本当に大した男だ!!」


「いやいや、そう言う意味で言った訳じゃ無いですよ。それにドルフさんがいたからこうして上手く行けた訳ですから、自分だけの成果では全然無いです」


「確かに全イビルの半数を討ち倒すなど、並大抵の事では無いのは確かだ、それについて貴公はどう思う?」


 そう言ってオリアナが直ぐ様ドルフに向くなり質問するが、


「お前達も分かっているだろ、全てはケンジのアシスト有っての結果だ。ともすれば、ケンジのそう言うところは話し半分に聞き流すのが無難だ」


「何言ってるんですか! ドルフさん!?」


 問われた質問に自身の成果も後に、正直に本音を語るドルフ。そんな発言に慌てる様子のケンジだが、訝しげな表情でルイスが口を挟んではこう言う。


「ケンジ氏は冒険者には珍しいぐらい慎ましいと言うか、謙遜や遠慮が行き過ぎてるきらいが有るッスよね」


「確かに些か珍しい類なのは間違い無いな」


「行き過ぎって言うか‥‥、あまりガツガツしたり目立ったりするのが得意じゃ無いってだけです‥‥」


「なるほどッス」


「だが、リュネビルの一件で一躍英雄に成った訳だ」


「英雄なんてそんな大袈裟な!」


「大袈裟なものか。君があそこに居合わせていなかったら今頃街はどうなっていたか検討も着かんよ。それに、少なくとも街の人間は君に感謝していると思うぞ」


「その通りだぞ、ケンジ! あの時貴公が居なければ私も副団長もこうして貴公とダンジョンを共にすることなど無かったのだ! 今もこうして助けて貰って於いてこう言うのも何だが、少なくとも私達にとっての英雄だ!!」


 急に話に入ってはケンジの手を握るなり熱く語り出すメリッサ。


「ハハッ、何だか照れるなぁ」


 それに対して苦笑気味ながら恥ずかしそうにポリポリと頬を掻いては照れ笑いを浮かべるケンジ。

 メリッサからのこうした行動に思いの他驚いてはむず痒さを覚えるケンジでは有るが決して嫌と言う訳では無く、多少の嬉しさにはにかむ程には喜びを表しているようで。

 そして、そんなケンジの反応にドキッとするメリッサだが、


「フン!!」


 瞬間、愛刀の柄を握ったかと思えば、文字通り躊躇無くケンジとメリッサの握られている互いの両手に白刃の斬撃が襲う。


「オワー!!」


 ただ、直ぐ様ケンジがこれに反応、寸でのところで互いの両手を離し切断の危機を免れる。


「何してるの! エレノア!!」


「‥‥目障りなものが目に入ったから切り離そうとしただけよ‥‥」


「目障りって‥‥」


 エレノアのそんな所業に滅茶苦茶だとばかりに一言言っては怒るケンジだが、ひどく凄んだ眼差しをケンジに向けるなりそう言ってのけるエレノア。

 対して、何でそんなに怒っているの?と言った様子のケンジでは有るが、エレノアのドぎつい視線にこれ以上の追及は危険と判断、メリッサ含めてしょんぼりと静粛に努める。


「御仁方、寸劇の最中申し訳無いが、あちら側を見ろ」


 そう指差してグレアムが目線の先を示す。


「別フロアが在る。奥に何か見えるな?」


「そうッスね、まあ行けば分かると思うッスけど、下に通じる階段も無し、他にフロアも見当たらないと来れば、ケンジ氏の言う通りそろそろ終盤も近いってことッスかね!」


「終盤かどうかも分からんし、まだまだ危険も拭えぬところだが、あの先に何か有るので有れば、最早行かない手は無かろう」


 イビルとの交戦後も未だ続こうかと言うダンジョンの探索。何処で終わるかも分からない中では有るが、そんな状況下でもメンバーの士気に関してはまだまだと言える程には衰えた気配も無い。


「良し! 先を急ごうか」


 メリッサも足早に促すが、気持ちも高揚としているのか、本人も次に示された先に対しても前向きな姿勢が伺える。それも対イビル戦での成果が一つの要因に為っている事は幾分確かなようで、他のメンバーも心境は同じではなかろうか。


 そうした状況の中、気も高く次に進もうと歩を進め出すメンバーであるが、途端、地鳴り共にメンバー全員の姿がその場から忽然と姿を消してしまう。

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