第17話「ダンジョン(9)」

 それは暗く深いがらんどうの奥底より姿を現す。


 全身黒いなりをした人型と思われる飛翔体のそれは、突如眼前に現れては薄気味悪い笑みと共に右手を差し出したかと思えば、掌より黒い光を放ち、ケンジ率いるメンバー目掛けて閃光の一撃を射ち放つ。


 油断。


 ほんの一瞬だけ気が緩んでいたのかも知れない。

 虚を突かれた格好で、ケンジ自身反応が遅れてしまった格好となる。

 見えない地下深くからあっさりと目前に迫られ、敵に攻撃の手段を与えてしまった事を彼は後に猛省する訳だが、飛翔体の姿を捉えるや誰よりも先に得物を手に取り自らの体勢を敵方に向ける。


 が、放たれた閃光はケンジよりも先にそのままケンジ側メンバーの足下へと着弾、回廊の石段は大きく崩落、メンバー全員の体勢も大きく崩れる事になる。


「!!!」


 どうにか閃光の直撃は免れたものの、その中の一人メリッサが衝撃の反動を受け、バランスを失い宙へと放り出される。


「うわっ!!」


 そのまま例に漏れず真っ逆さまに落下、暗い底へと落ちていく。

 が、直後ケンジが空かさず彼女側へと移動、そのまま彼女を抱き抱えては先述の通り深い底へと落下していく。


「ひえ~~~!!!」


 高速で落下していく自身の現状に声にもならない声で絶叫し、恐怖を表すメリッサだが、涙目で半目になりながらも自分を抱え守ろうとしている男の横顔が目にも入れば、そうした自身の恐怖も幾分マシにも変わろうか。


「よっと!」


 そんな落下の最中、どういう原理か?、途端に空中にて羽上がる二人の身体。

 そのまま壁沿いに連なる回廊へと着地、事無きを得る。


「ケ、ケンジ、い、今のは魔法か何かなのか?」


「少し違うかな。ちょっとした小細工だよ」


「(こ、小細工‥‥魔法では無いのか?‥‥)」


 簡単にもそう言ってみせるケンジではあるが、見せられたメリッサ本人としては何をしたのか検討が着かない状況に困惑するばかりであり、只、今はそれどころでは無い事も有って、疑問は残る他無いと言った現状で有ろうか。しかし、そう言った思考も次の瞬間には霧散する。


「ケンジ、後ろだ!!」


 そう叫んだメリッサの目線の先、先程自分達を襲って来た人型の飛翔体が空中で浮遊、こちらを見ながらまたしても気味の悪い笑みと共に右手を翳したと同時、黒い閃光を射ち放つ。


 が、先程とは違い、透かさず剣の一振にてケンジがこれを往なす。


「!?」


「二度は通じないよ」


「ギ、ギギ、ギャアアアアアアアアア!!!」


 酷い奇声を上げては、隠す事も無く怒りを顕にケンジ側を睨む人型の飛翔体。


「奇声もやばいし、敵意も剥き出しだな‥‥、メリッサ、ごめん!」


「え?」


 ケンジがそう言うと、そのままメリッサを再度抱き抱えて、今度は勢いを付けて下と降下、メリッサの悲鳴と共に回廊の奥底へと消えて行く。




 ○●○




「ひえ~~~~~~~~!!!」


 変わらぬメリッサの悲鳴と共に、回廊を横目にひたすら空洞の中を落ちていく二人。


 そんな最中も、途端景色は一変、様相が変わる。


「(お?)」


 どういう訳か、空洞の底を抜けるとそこは広いドーム型の形状をした空間へと景色が移り替わる。


 そんな光景に多少の警戒感を抱くもそのまま降下、着地点と思われる地面を確認すると、先程と同様、寸でのところで羽上がり、事も無く着地してみせる。


「取り敢えずここがの棲み家って訳か」


 メリッサを抱えたまま視線の先は正面向こう、つい先程回廊で出くわした者と姿形そのままのそれが目前に数体いる中、そう言い放つケンジ。


「ここは危ないからメリッサは後ろに下がってて」


「あ、ああ」


 言われて直ぐ、ケンジから降ろされてメリッサが後方へと下がる。が、


「受け止めなさい、ケンジ!!」


「え?」


 メリッサを後方へ下げて直後、上空からケンジの頭上目掛けて降り掛かって来るエレノア。


「うわっ!?」 ドサッ!!


「ナイスキャッチよ、ケンジ」


「何やってんの! 危ないでしょ!」


「あら、こうしてちゃんと受け止めてくれたじゃない。私は信じてたわよ」


「無茶するなぁ‥‥」


 エレノアの無茶振りに軽く嘆息するも、今度は二人の直ぐ横にドルフが落下して来る。


 ドオオオン!!!。


「うん、着地成功!!」


 勢いそのままに地面を踏み抜いて後、事も無げにそう言ってみせるドルフ。トロル戦同様肥大した身体がその頑強さを物語っている。


「他の皆は大丈夫ですか?」


「上を見てみろ」


 ケンジが他のメンバーの安否を気遣うもドルフに言われて直ぐに上空を見上げれば、残りの4人がゆっくりとこちらに落ちてくるのが分かる。


「すごい、浮遊魔法ですか」


「いやはや、流石に4人ともなると浮力を維持するのが大変です、はい」


 着地して直後、汗など拭っては辛そうにする様子のレナードであるが、どうやら一人で魔法を維持しここまで運んで来たようで、少なからずその実力の一端を示す。


「で‥‥、わざわざ降りて来てみたは良いが、何やら数が増えているみたいじゃないか」


 共に上階より降りて来たオリアナが怪訝そうにも敵側を見やるなりそう口にするが、幾分表情は険しく思える。


「自分の記憶違いじゃ無ければ、あれ、【イビル】ッスよ」


「ああ、私も同じことを考えたが、まさか実物に出会すとは‥‥。ダンジョン内とは言え、【終末大陸】由来の化け物がこんなところにいるなど、些か国難の匂いがして来てならんな」


 敵の存在を確認してはルイスに心当たりが有ったようで、それに呼応してはオリアナからは悲壮の滲む発言が交わされる。


「すみません、皆さん少し後ろに下がって貰って良いですか?」


 そんな中、唐突にもケンジから指示が為されるが、これを聞いては誰とも言わず後ろへと下がって行く皆々。只一人ドルフを覗いては。


「ケンジよ、一剣士としての願いだ。何かやれる事は無いか?」


「‥‥そうですねぇ‥‥」


「無いわ、彼の言ったことが全て。死にたく無ければここは言われた通り下がるべきよ」


「!?」


 ドルフに問われて多少の思案にケンジが講じようかと言うその時、間髪を入れずエレノアが強い口調で制止の旨を伝える。


「鬼狩りとも有ろう者が敵の戦力を見誤っているのかしら? ここは素直に言うことを聞きなさい。勿論自身の矜持とを天秤に駈けて、尚も死に行くつもりなら話は別だけれど」


「むむ‥‥」


 言われて直ぐ悔しくも沈痛な思いで引き下がろうとするドルフ。心中察するには幾何かの覚悟を持っていたであろう事は言うまでも無く、只、それでも厳しい口調の中にも本人の身を按じるエレノアの忠言・配慮も汲み取れば、この判断が正しいと言う事に疑問の余地は無いように見える。ただしかし、


「ドルフさん、そのまま動かないで下さい」


「うん?」


 ケンジがそう言うや、何処からか鉱石のようなものを取り出しては後ろにいる皆の目前に放り投げる。

 瞬間、投げられた鉱石らしきものから光が生じると、ケンジとドルフ以外の面々を見えない何かが包み覆う。


「これは!?」


「結界?」


「結界石か。隠匿の札物といい、また珍しいモノを隠し持っているな」


「少しその中で待ってて下さい」


 怪しげに光る鉱石が皆を包む中、そんな一言を終えて直ぐ、両手に剣を携えて戦闘態勢へと移るケンジ。

 これより始まる死闘にも抜かり無く勝負を決めに掛かる気配が窺えるも、そこに当然エレノアから苦言が呈される事になるのだが、


「ケンジ、あなた分かってるの?」


「勿論! やるからには全力で挑まなきゃね。それに、鬼狩りとも有ろう者がこんなところで死ぬのならそれまでだよ」


「あら、それは私への当てつけかしら?」


「い、いやいや、滅相もない!? ‥‥ただ、可能性は信じてみても罰は当たらないかなって。そうですよね、ドルフさん?」


 そう言ってドルフに視線を移すケンジ。


「あ、ああ! このドルフ・グランヴァルト、必ずや期待に応えよう!」


 これに多少の動揺を見せるも直ぐ様威勢も良く啖呵を切るドルフ。

 エレノアの心配を他所に飄々と語り、そして問い掛けるようにドルフを鼓舞するケンジの強かも自信の入り用を察するに、特段好機で有る事に疑いは無いようである。


「それじゃ‥‥、行きます!」

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