第16話「ダンジョン(8)」

 そこは大きく空洞化したように上下に広がる空間の中。


 螺旋状に連なる階段をひたすらに下へ下へと降りていく一行。

 どれだけ経ったか、未だその奥底が見えないでいるのが現状である。


「しかし長いッスね、まるで底が見えないッスよ」


 ルイスが少し草臥れた様子でそう話すが、他も同様、長く続く道程に何処か不安めいた気持ちに駈られる者もいるようで。


「ダンジョン初挑戦の立場で悪いが、ここまで長く底の見えない回廊が続くのは本来有り得るものなのか?」


「あくまで経験則ですけど、自分は無いですね」


「無いのか‥‥」


 不安でも有るのか、グレアムが疑問に思った事について質問してみるが、これに対してケンジが素直に答えて、より良い答えでは無かったのか、更に不安が増したようで暗い表情を浮かべるグレアム。


「ま、まあ、変に気にする事でも無いと思いますよ。あくまで経験則ですし、ダンジョンて全部内容が違いますから」


 悲愴な面を見せるグレアムにフォローなど入れるケンジだが、反対にここでエレノアから手厳しく指摘が入る。


「今更あれこれ勘繰ったところで後の祭でしょ?。それとも何、今から一人でこの場所から引き返すつもりなのかしら?」


「い、いやいや、引き返すなどとんでもない!? 勿論このまま最後まで着いていくつもりだ!」


「ま、引き返したところで、魔物の餌になるのが関の山でしょうけど」


「うっ‥‥」


「エレノア、あんまり詰るようなことを言っては駄目だよ」


「自分達からくっついて来た身で不安になっている時点で覚悟がまだまだ希薄なのよ。詰る位良いお灸よ」


「まあまあ」


 苦笑してはエレノアのグレアムに対する態度を宥めるケンジだが、ここでエレノアに変わってケンジがグレアムに話を切り出す。


「それとなくですが、グレアムさんの気持ちも分かりますよ。何が起こるか分からないのがダンジョンですからね」


「ああ‥‥」


「正直自分も怖いと思ってます」


「え?」


「怖くない方が可笑しいですからね。リスクが高いと尚のこと怖いです。そもそも今回の依頼とか予定に入っていなかった訳ですから、やってられませんて話ですよね。しかも選りに選って侵食型ですからね。仕事を増やすなと」


 どういう意図なのか、いきなり愚痴気味にあれこれ語り出すケンジ。


「自分もだいたいはグレアムさんと似たようなものです。いや、グレアムさんはやる気が有ってここにいるわけですけど、自分はもう早く帰りたいとしか思っていないですからね。あ、これって失言でしたかね?」


「は、ははっ」


 笑みなど浮かべては自らを扱き下ろす発言をするケンジだが、それに対して苦笑気味に只、何か悟ったかのように笑うグレアム。


「君にそんな冗談を言わせてしまう自分の不甲斐なさが身に沁みるよ」


「いやいや、怖いのも帰りたいのも割りと本気で言ってるんですけど」


「そんなことを言って、こんな俺にも気遣ってくれる君を本当に尊敬するよ。‥‥それと、漸く決心が着いたよ、先を急ごうか」


 どうやら何かしらの決意が固まったのか、グレアムが自ら歩みを促す。そうした動きに反応してメリッサからも軽く檄が入る。


「私が言うのも何だが、ケンジは出来た人間だ。それを知った上で気遣われてばかりでは【気高き鷹】として立つ瀬も無い事。ならば、ここは我々が奮起するしかあるまい!」


「ああ、その通りだ。このまま不甲斐ないままでは終われまい」


 同じクランのメンバー同士、どうやらケンジの気遣い?と言うべきか、その言動に逆に感化されてか、奮起する事に。只、これを嘲笑うかのようにエレノアが小さくも一言を呟く。


「(有名にもなってくると勝手に勘違いしちゃって、本当滑稽に写るわね)」


「(ちょっ! 人聞きの悪いことを言っちゃ駄目でしょ!)」


「(あら、あなたが口にした半分は本当の事だと思ったのだけれど?)」


「(うっ‥‥)」


 エレノアの皮肉めいた一言に対し直ぐ様反論に講じようとするケンジだったが、逆に確信を突かれるものであるからそれ以上言葉が続かない。


「(でも、結果的に上向いたんだから良いんじゃない?)」


「(そ、そう、それ! 結果オーライて事でね?)」


「(調子良いこと言って。‥‥ま、もう半分はあなたの優しさなんでしょうけど‥‥)」


 互いにヒソヒソと内緒話のように会話をする二人。


 会話の内容はどうと言うことでも無く、只解釈の違いやら勘違いやらが交錯した結果の問答である。只、それでもそんな二人の様子に気付いてか、気になっては事情を知る由も無いドルフが聞き耳を立てながら会話に割って入って来る。


「なんだ、なんだ、コソコソと。情報共有は重要だぞ。大切な話で有れば、聞かずにはおれんな!」


「いや、特に聞かれて良いものでも無いんで、ここはスルーでお願いします」


「そうね、聞くよりも先を進む方が懸命ね」


「ふむ、ならば先を急がねばな!」


「そうそう、こんなのはさっさと終わらせて帰るのが吉ってもんスよ」


「勝手に付いて来た身で何を言うか」


 多少の談笑に講じる一行。数刻前よりも幾分明るく見える光景にはまだ凡そ希望が見えるようで、行く先ヘの不安や煩慮はここではまだまだ不要であろうか。

 とは言え、悪意とは往々にして他者への配慮を欠く事の一切を厭わないものであるから、希望云々についての観測はここでは無意味とも言えるだろう。

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