第15話「ダンジョン(7)」

 皆が寝静まったダンジョンの夜。


 薄暗がり、焚き火の光が辺りを薄く照らす以外には、静寂が包んでは静かに時間が過ぎるばかりで有るからして、如何に例の札の効果が絶大で有るかを暗に示していることが分かる訳だが、そんな加護の渦中に在っても、どうやら目が冴えたのか?、眠れぬ夜を過ごす女が一人。


「(‥‥眠れない‥‥どうしよう‥‥)」


 安眠する他一行を他所に、メリッサだけは眠り倦ねた様子で、時間ばかりを費やしている。

 緊張か、不安か、はたまた高揚しての事か、何れにせよ、戦力の回復を旨としている最中に、こうした事は由々しき事態で有り、本人も深くそれを理解しているものであるから、速やかに解決を図ろうと望むが、


「(う~ん‥‥う~ん‥‥)」


 右へ寝返り、左へ寝返り、もぞもぞと身体を動かすなりするものの、一向に寝静まる気配が無い。


「(このままではいかん、‥‥そうだ! 羊を数えれば寝付けると聞く。これでいこう!)」


 などと安直に閃いては実行するも、結果は言うに及ばず、


「(羊が556匹‥‥羊が565匹‥‥あれ? 何か一気に数が増えたような?‥‥‥‥‥、ダメだ!、眠れん!!)」


 こんな調子である。


 眠れないことに頭を抱えながらも、当然彼女に対して時間が待ってくれる訳も無く、どうすることも出来ない現状に思いの外苦悩を強いられる事になるメリッサの姿は少し不憫にも思えなくもないが、そんな彼女の傍らから思いがけず小さく声が掛けられる。


「(う~う~唸ったり、もぞもぞと動いたり、何してるの、あなた?)」


「(うわっ!‥‥あっ、いや、その、なんだ‥‥、これは、明日に向けてのイメトレをだな‥‥)」


 メリッサの不審とも思えるそんな挙動に何事かと起きてしまったが為、エレノアが文句など飛ばしてみた次第で有るが、これに慌てて苦しくも言い訳を始めてみたりするが、どうにも苦し紛れが相当なようで、エレノアと言えばこれに呆れ顔で彼女を嗜める。


「(眠れないなら眠れないって素直に言いなさい)」


「(あ‥‥、はい‥‥、ごめんなさい)」


「(ほら、こっちへ来なさい)」


 条件反射的に謝ってみたものの、そうエレノアに言われて萎縮気味ながら直ぐに彼女の側まで行くと、エレノアが何やら小瓶を自身の荷物から取り出してはその小瓶の蓋を開封、メリッサに向けて瓶の中身を嗅がせてみせる。


「(こ、これは!)」


 中からは仄かに香る甘い匂いと共に、何やら眠気を誘う芳香剤か、鼻先から鼻腔を伝って直ぐ、一瞬で眠気が訪れる。


「(ならこれで十分でしょ。これから更に大変になるのだからさっさと寝て身体を休めなさい)」


「(す、すまない。助か‥‥‥‥zzz)」


 どうやらメリッサに嗅がせた芳香剤とは、彼女を寝かし付ける為の魔道具だったようで、その効果によりあっさりと就寝。先程の踠き様が嘘のようである。


「(まったく‥‥、不眠で戦えず死にましたなんて目も当てられないんだから)」


 そう少しばかり小言を言って、エレノアもまた床に伏せては次に備えて再び就寝へと移る訳だが、最後にふとある思いに至る。


「(いえ、それならいっそのこと‥‥‥‥‥‥‥‥‥、彼の悲しむ顔が目に浮かぶわ。全く、酔狂なことね)」


 何を思い立ったか、不穏な考えに駆られては少しの思案の後直ぐにそれを否定、一笑に付してみるが、正直なところ事情としても笑えたものではないからこれ以上の余計な詮索はここまでにしたい。




 ○●○




「さあ、出発と行こうか!」


 皆身支度も整えてか、ドルフに促されて一行は次の階層へと歩を進め始める。


 階層を階下へ下る一行。そんな折、前夜の一件に関連してメリッサからエレノアに何か言いたいことが有るようで、


「エレノア殿!」


「何かしら? さん」


「‥‥いや、昨晩は本当に助かった! お陰で寝不足に為らずに済んだ!」


「あら、それは良かったわね、さん」


「私の名はメリッサだ、そう呼んでくれて構わない!」


「うるさいわね。私、馴れ馴れしいのは好きじゃないの」


「私は一向に構わない!」


「私が構うのよ!」


「ケンジは呼んでくれているぞ!」


「どうやらあなた、今直ぐ私に斬られたいようね?」


「二人共どうしたの?」


 ああだこうだと言っては押し問答気味且つ剣呑な二人の言い合う様子に、前を歩いていたケンジが振り向き様、様子を尋ねて来るがこれに誤魔化すようにエレノアが適当を口にする。


「何でもないわ、後ろの女狐が浅ましくこちらに摩り寄って来てるだけよ」


「親交を深めようとしているだけだ!」


「だからうるさいのよ」


「ふふっ」


「ちょっと、何を笑っているのかしら?」


「二人共いつの間にそんなに仲良くなったのかなと思ってね」


「殴られたいの、ケンジ?」


「いやいや、恐いよ、エレノア!」


「あなたが良識から外れることを言うからいけないのよ」


「私は貴殿と仲良くしたいと思っている! 昨日も眠れない私の為に尽力してくれてすごく嬉しかった!」


「へえ、それは初耳だね」


「ああ、とても感謝している!」


「チッ‥‥」


「((し、舌打ち!‥‥))」


「(ふぅ‥‥)そうね、魚心有れば何とやら。突き放すばかりが脳じゃない。‥‥‥いいわ、今後の事を考えてお互い仲良く行きましょ」


「い、良いのか!」


「あなたから口にして於いて驚くとか意味がわからないのだけれど?」


「い、いや、願ってもないことだ!、よろしく頼む!」


 どういう心境の変化か、一息入れるなり突然態度を軟化させるなりメリッサの求めに応じると言うエレノア。これに対し逆にまさかと驚くと共に喜ぶメリッサであるが、しかしながら一つエレノアから付け加えが有るようで、


「但し、一つだけ条件が有るわ」


「条件?」


「このダンジョン探索の間、あなたの気概を見せて貰うわ」


「き、気概?」


「そうよ。残りの探索中、あなたにどれだけ今回のダンジョンに対する気概が有るか確り見極めさせて貰うわ。親交だなんだと言っているようだけど、上っ面で近寄られても迷惑なだけ。どう、あなたにこの条件が飲めるかしら?」


 そのまま事に応じる気かと思いきや、ここで条件を突き付けて来る辺り、一考はしていたのだろう。


 ただでは譲らないのが彼女の性分と思えなくもないが、この難癖に近い要求に当のメリッサも困惑気味な様子ではある。ただそれもほんの一瞬、直ぐに口を開きこう告げる。


「わかった、その条件飲もう!」


「あら、意外と素直じゃない」


「ここまで来た手前、それぐらい見せ場として示せねばここに挑んだ意味も無いし、クランの仲間にも鼻で嗤われてしまうのは必定。それに、貴公らには随分借りを作ってしまった。簡単に返せるものではないが、少しずつでも返して行かないとな」


 何か決心を決めたかのようにも思えるそんな口振りに彼女も思うところが有ったのか。


 そんな彼女とは反対に違う見方でケンジが何の気なしに話に入る。


「別に借りなんて無いし、こう言う時に見せ場なんて求めるものじゃないよ。それにここまで来た時点で十分君らの本気は伝わったし、クランの皆も絶対にメリッサ達を嗤ったりなんかしないと思うよ」


「ケンジ‥‥‥」


 男の労いとも取れる言葉にグッと込み上げるものが有ったのか、感慨もひとしおに目頭を熱くするメリッサ。


「そう言ってくれるだけで今回の挑戦が決して無駄では無かったと思えて来るよ、有難う」


「肩肘張らずにやって行けば良いと思うよ」


 これもケンジなりに考えての配慮なのであろう。


 彼女の思いを汲み取っての言動か。現にそう言われた側の心中は何処か重荷が外れたかのように明るい顔立ちに見える。


 そしてモチのロン、これに怒りを孕みながら、ケンジの背後に静かに立っては、目視にて当人の左臀部へと照準、忍ばせた右手にておもいっきり尻肉を捻り上げる者が一人。


「痛ーーーーー!!」


 叫ぶケンジ。直ぐ様何事かと後ろを振り向くが、そこには冷たく目を据わらせたままのエレノアがケンジを睨んでいるのが分かる。


「エ、エレノア‥‥」


「ケンジ、あなたはどちらの味方なのかしら?」


「い、いや、あんまり負担を強いるのも悪いかなと思って‥‥」


「黙ってなさい」


「はい‥‥」


 眼光も鋭く放たれた威圧的な一言に、呆気なく沈黙を余儀無くされるケンジ。しくしく顔で痛めた尻を擦る様は何とも痛々しい。そんな彼を他所に再び二人の話が進む。


「少し雑音が耳に入ったようだけど、あなたの気概、確りと見させて貰うわ」


「ああ、期待に添えられるよう頑張るよ」


 突如突き付けられた課題ではあれど、彼女にとってこれを解決してこそ得られるものがあるのなら是非も無い話であり、それは今後の彼女達との親交への期待と合わせて、己が成長を促す上でも必要な事であると、図らずもそう決意して挑戦へと挑むメリッサなのであった。

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