第14話「ダンジョン(6)」

「‥‥うまい‥‥」


 グレアムがそう呟いては手に持つ皿の中身が直ぐに口へと消えていく。


 火を起こしてからの手際の良さは目を見張るものである。


 小さく扇状に設えられた簡易な宿営地。


 そんな中で狩りで捕獲したと思われるそれをカッティング用の肉切り包丁で手際良く解体しては、ロースと思われる部位を何枚にも捌いて行って油を敷いた手持ちの片手鍋で味付けも忘れず確りと焼いていく。そうして出来上がったものを一品ずつ皿へと盛り付けて行く。

 結果、こうして食事にありつけている訳だが、端から見れば簡単そうに見えるそれも当然手間の掛かる作業であるからして、皆関心の度合いは大きい。


「具材とかは何を使ってるんスか?」


「主にレッドリザードね。普段から高熱を纏っている分、軽くハーブオイルに浸して焼いてホーリーバジルで和えれば簡単に出来上がるわ。因みにトッピングは【ウムドレビ】よ」


「ウ、ウムドレビだと!? 流石に冗談としても笑えないぞ!!」


「知っている人からしたら常識だけれど、芽だけなら万能薬よ」


「そ、そうなのか‥‥」


 フォークに刺している肉と曰く付き野菜?を訝しげに見ては意味深に呟くメリッサ。


「お嬢様には少し刺激が強かったかしら?」


「い、いやそんなことはないぞ! あ~、むっ!‥‥モグモグ‥‥う、うまい‥‥」


 恐る恐るも勇気を出して料理を口に入れるが、途端その味の素晴らしさに先程までの不安は何処へやら、月並みにも『うまい』を口にするではないか。


「ガッハッハッハ、ダンジョンで食べる飯は当然格別だが、エレノア嬢の作る料理はそこらの下手な料理人より群を抜いて旨いからいつも楽しみで仕方が無い!」


「それはどうも」


 ガツガツとエレノアお手製のステーキ肉を頬張りながら称賛ばかりを口にするドルフ。エレノアの料理が相当お気に召しているのが分かるが、エレノアにはどうやらそんな大男からの賛辞よりも他にコメント待ちの殿方がいるようで。


「いつも思うけどホントスゴく美味しいよ、こんなに美味しいと直ぐ太っちゃうね」


 お目当ての男からは取り立てて捻った感想も無く一言、ちゃんと美味しいと言った返事が来る。

 美味しく料理を食べる中での何気無いケンジのその一言、そんな一言では有るがそれは彼女が待ち望んだ一言に他ならない。


「そっ」


 そっぽを向きながら軽い返事で一言返すも、口角の緩みが半端ない。

 言うまでも無いが、デレ隠しの典型である。


「ダンジョンでお手製の飯と言うのも悪いものでは無いが、いやはや大したものだ。因みにだが、毎回こうして自炊しているのか?」


「毎回て訳では無いけど、極力現地調達で賄ってる感じかな。知識が無いと出来ない事だけど。それもこれもエレノアのお陰だよ」


 それを聞いては空かさずケンジから背を向けて紅くなる頬を口元ごと両手で覆い隠すエレノア。


「なるほど。本当に良く出来た冒険者達だ」


 オリアナからの称賛の弁を最後に皆思い思い食事を楽しむ。


 そうして当初より魔法で照らした照明の下、おおよそ食事も終えて事後は各人ごと次に備えての準備や段取りに入ることになるが、そうした中今後の展望についての話し合いが設けられる。


「さて、今からはこの人数で簡単では有るが少しばかり明日以降の行動について話し合いたいと思うのだが、‥‥そうだな、率直に聞こう。今回の件、メドは立っていると言う認識で良いのか?」


 オリアナが脈絡無くケンジ側に向けてそう質問するが、これに対して意図を察する形でコクリと一回頷いて話を切り返すケンジ。


「ある程度メドは立てているつもりです。それと多分ですが、目的の場所は近いと思います」


「何!! それは本当か!?」


 吉報と捉えるべきか、ケンジが逆に脈絡無く核心部分が近い事を伝えるが、メンバーの多くがそれを聞いた途端、騒めくように驚きを露にする。

 只、ここでケンジから付け加えて話が続く。


「はい、ただ少し気なることが有ります」


「気になること?」


「これは探索中に気付いたことなんですけど、今回の【侵食型】ダンジョンについて、少し様子がおかしい気がするんです」


「様子がおかしい?、それはどういうことだ?」


「因みに【侵食型】の特徴て何か分かりますか?」


「それは‥‥」


「【増殖型】と違い、魔物が増えるだけで無く地理そのものに影響を与えかねないと言うことでよろしいでしょうか? はい」


 途端のケンジからの質問に少し考えた素振りで質問に答えようとするオリアナだが、不意にレナードから回答が寄せられる。


「正解です。【通常型】の典型としては、ダンジョンが発生した地形を起点として地下深く深層へとダンジョンの各「階層」が誕生、形成されて行くのが常です。それに輪を掛けたのが【増殖型】で有り、その【増殖型】でさえ魔物を主体とした侵食・汚染は有っても、による広域に渡った他の地域への侵食・汚染は考えられないと言うことです」


「つまりどういうことだ?」


 ケンジの意味深長な説明にまだ理解が追い付かない様子のオリアナが質問を続けるがふとドルフから答えが示される。


「ふむ、要するにあれか、が目に見えて起きていないと言うことか?」


「はい。これはあくまでも経験則も含めた上での話ですが、ダンジョン(階層)発生の一つのメカニズムとして、「地鳴り」や「魔力振動」と言ったダンジョン(階層)誕生に関わる発生動機がダンジョンには存在します。そして、これを【侵食型】ダンジョンに置き換えると、その誕生速度は【【増殖型】の数十倍と言われています。ですが、そうした兆候が半日以上経った今も皆無なのは非常に不可解だと考えます」


「ダンジョンにメカニズムとは‥‥、いや、【通常型】や【増殖型】には確かそんな傾向が有ると何処かの文献で読んだ事が有る。‥‥ただ、懐疑的な部分も多く、余り信憑性としても拡がってはいないのが現状だったはずだが‥‥」


「信憑性の部分含めて意外と知られていない事なんだと思いますが、【通常型】、【増殖型】、【侵食型】は確かに種類の違いは有れど、ダンジョン階層の発生条件はを覗いて皆同じです」


 ふむふむと言った感じで合点が行くように納得するオリアナ。只、疑念はまだ残っているようで、


「なるほど、今まで我々が知らなかっただけと言うこと‥‥、いや、そうした探求に胡座を掻いていただけか…、この件については、上に上げる事を検討しよう」


 ダンジョンの事情に思うところでも有ったのか、自省に講じるオリアナではあるが、更に疑問は続く。


「だがしかし、ケンジの言うことが正しいのであれば、今回のダンジョンは【侵食型】では無いと言う可能性も有るぞ。‥‥まさか、ギルド側が嘘をついているとでも!?‥‥」


「いえ、それは無いと思います。説明不足は頂けなかったと思いますが、ギルドの信用にも関わりますし、事前に渡された偵察資料からも侵食型であることは間違い無いと思います」


「では、今自身が感じている違和感をどう説明する?」


 そう問われて、少し考える素振りなどしては難しい顔で彼はこう言う。


「今はあくまでも不安の域を出ませんし、それをこんな形で煽ることになって申し訳無いです‥‥、道中でも何とかなるなんて大口を叩いてすみませんでした。‥‥ただ、それでもこの【侵食型】ダンジョンで何かが起ころうとしている、或いは既に起こっている可能性が有るかも知れないと言う事を皆さんの中で共有しておいて貰いたいです。その上で危険を承知の上で対策を講じ、今回のダンジョンを攻略出来ればと思います」


 少し俯き加減で不安を煽ることに引け目を感じつつも、そうした事情を隠すこと無く皆に説明。反応を伺うケンジであるが、これに即座に反応を示すのがエレノアである。


「悲観し過ぎよ、ケンジ。何も問題無いわ。死なば諸共よ、勿論死ぬ気なんて微塵も無いけど」


「うむ!、やはりケンジと共に場数を踏んでいるだけ有って言うことが違うな!。無論、危険な事など百も承知よ、なあ、皆!!」


 そんな彼女の一言に多少の驚きを見せるも、続けざまドルフからも異論は無く、逆に周りを鼓舞して促す。


「勿論」、「そうッスね」、「覚悟は出来ている」「や、やってやろうではないか!」、「はい」


 多少メリッサの緊張した様子が目を引くぐらいで、ドルフの言に呼応するように口々にやる気や奮起が飛ぶ。


「有難うございます、皆さん」


 そんな彼らの様子に少し安心しては感謝の弁と共に、いよいよ佳境を迎えるであろう今後に向けて密かに覚悟と決意を改めて固めるケンジであった。

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