第13話「ダンジョン(5)」
「メリッサ、悪いけど少し後方に下がってて貰えるかな?」
「あ、ああ、分かった!」
不意のケンジの要望に理由は知れずとも素直にこれに従うメリッサ。
一体これから何をしようと言うのか、メリッサ本人としてはそんな疑問を持ちつつ足早に後方へと下がって行く。
そうして、下がった位置から振り向いて彼の後ろ姿を見やるが、彼女の視界から直ぐに彼は忽然とその姿を眩ませる。
直後、
「ギギャーーーーーッ!!!」
消魂しい魔物の叫び声が聞こえたかと思えば、次の瞬間には先程火球で襲って来たと思われる巨大な魔物がズドーンと大きな地響きと共に前のめりでその場に倒れるではないか。
皆一様に何が起きたのかと一時思考が止まる。しかしよく見ればその魔物の背中に悠然と一人、ケンジが立っているのが確認出来る。
「まさか、あの距離から移動して討ち取ったとでも言うのか!? 有り得ん!!」
「【瞬走】でなら可能よ」
「!?」
構えに入ってからはあっという間の出来事であった。
瞬走。ケンジ所有の技の一つで有り、エレノアが体得に苦労を要した摩訶不思議な歩方術。それを駆使し、一瞬にしてその距離を短縮。そこからすかさず魔物の背後に回り込むとそのまま背中越しに迷う事無く、正確無比に心の臓を一突き。絶命である。
次に倒れた魔物の背から飛び降りると、そのまま素早く門の中へと侵入。襲い掛かって来る魔物を次々と切り伏せて行く。
その中で幾らかの魔物がケンジの攻撃範囲からすり抜けて行く。
「ごめん、そっちは任せた!」
「了解!」
ケンジの要請にドルフが答えて直ぐ、皆々が一斉に向かって来る魔物を相手に剣を振るう。
「ハッ!」
「せいっ!」
「大人しくくたばれッス!」
「「「ギギャアァァァァァァァ」」」
そして数分の後、無事その場にいた魔物達の一掃に成功する。
「ふう‥‥、何とかこの場での危機は回避出来たな」
安堵の表情を浮かべるオリアナ。
「でも、1回層目とは言え、こんな化け物相手にもここまで圧倒的とか、流石を通り越して身震いしちゃうッスね‥‥。因みにさっきケンジ氏が背後から討ち取ったコイツ、マンティコアッスよ。特A級の怪物だし、市場に出せば高く売れるッスね」
ルイスがその場で絶命して横たわっている巨駆の魔物を見ては値踏みを始めてみる。
「王国騎士たる者、そう言った話はここでは伏せるものだぞ」
「ははっ、小さい頃からこの手の稼業に勤しんでるとどうしても計算しちゃうもんで」
オリアナに諫められて苦笑気味に弁明するも、ルイスの視線の先は次に向かう階層に向けられる。
「奥に下に続く階段があるッスね。このまま進むッスか?」
「そうですね、今日の内に行けるところまで行きたいのでこのまま下に降りましょうか」
ルイスの問いに反応してケンジが進行を促す。
それに応じて皆が次の階層に続くであろう階段を降りていく。
そんな中、不意にケンジを呼び止める者が一人。
「待ってくれ、少し話がしたい…」
グレアムである。
どうしてか、その場に呼び止めて神妙な面持ちでケンジに詰め寄る。そうして、両手でケンジの手を取っては深く頭を下げたかと思えば唐突に感謝を口にする。
「‥‥本当に何とお礼を言えば良いか‥‥、あの時もし君が助けてくれなければ今頃メリッサはどうなっていたか‥‥、感謝しても仕切れない思いだ。‥‥本当に有難う」
急な出来事に当のケンジも少し慌て気味に謙遜を交えつつ返事を返す。
「いやいや、そんなかしこまらなくても大丈夫ですよ。当然の事をしたまでですから」
「君にはあれが当然だとしても、我々には万死に一生を得たも同じこと。重ねて言わせて貰う、本当に有難う」
そう言われて頬を掻きながら少し照れ気味に且つ苦笑気味に笑って見せるケンジ。
「今は同じチームの仲間ですからね。こうした探索はお互いに力を合わせることがとても重要なことだと思うんで、困った時はお互い様、協力して頑張りましょう」
にこやかに、そして何よりも力強くそう言って相手を鼓舞するケンジ。これに対してグレアムは深くこの男の実力と度量の大きさに信頼と感銘を受けることになる。
「ああ、よろしく頼む」
○●○
そうして幾らかの各階層を踏破、苛酷ながらも順調にダンジョンの攻略に足の進む一行。
出発地点からどれだけ経ったか、休憩を兼ねて魔物の有無の確認後、身を潜められそうな一角を見つけては全員休憩の準備に入る。
「場所はここにするか」
オリアナの提案に誰もが頷いて殆どの者が腰を下ろして座臥する一方で、ケンジだけは休憩場所の各所に何やら札の用なものを貼っているのが窺える。
「この位置で良いかな?」
「別に問題無いと思うわ」
エレノアも加えて二人で何やら相談などしながら事に当たっている様子にメリッサが率直に疑問を投げ掛ける。
「二人共何をしているのだ?」
「ああ、《これで》この場所を隠そうと思ってね」
ケンジが手に持つそれをメリッサが訝しげに見やるが、どうやらこの札の用途に心当たりが有るようで
更に疑問は増す。
「『隠匿の魔術札』! そ、そんな高価なもの、一体何処で?‥‥」
「ちゃんとしたところで買ったものだから心配はいらないよ」
「‥‥そ、それは良いのだが、こんなところで使うものなのか?」
「取り敢えずここを今晩の拠点場所兼根城にしようと思うんだ。なんで、魔物から身を隠せるようこうして貼ってるって訳さ」
そう言って各箇所に札を貼っていくケンジ。
「ほう、隠匿の魔術札とは。どれ、確りこの場所を隠したいのなら、ここはどうだ」
「あ、良いですね」
「ここも有りだな」
「なるほど」
「ちょっと、横から口を挟むなんて無粋な真似は止めて貰えるかしら」
横から割って入る形ではあれ善意でアドバイスをするドルフであったが、エレノアにはそれが余計だとばかりに文句など垂れられる。
「おう、これは申し訳ないことをした! どうやら配慮を欠いていたようだ」
対して何を察したのか、一度ケンジに目線を向けては納得の表情で再びエレノアに向き直って見せる。
「何を納得したのか知らないけれどあなたにも他にやって貰うことは沢山あるのよ」
そう言って、自身の背嚢を背中から下ろしては調理器具とおぼしき機材の一式を取り出しては準備を始める。
「ほら、ボサッとせずに食材の方調達して来てちょうだい」
「ほう、今回もエレノア嬢の晩飯にありつけるとな? あい、分かった。そうと決まればケンジよ、早速狩りに向かうぞ!」
そんなことを言ってケンジと出発しようとするドルフだが、何やら飯の件で意味深に話が進んでいる事に周りから疑念が生まれる。
「待て待て、二人共。話が追い付かなくて悪いのだが、要するに食糧に関しては現地調達と言うことで良いのか?」
「この展開を見れば事態が急転しない限りはそうなるな」
オリアナがひき止めて質問するもドルフが速やかにそれに返答、しかしながら質問は続く。
「蓄えに不安でもあると言うことか? それならこちらで用意した分が有るから多少なら分けても構わないが」
「いや、蓄えは今の所問題無い」
「では何故わざわざ狩りに出向くのだ?」
言われて3人共互いが互いを見合わせて、一斉に一言。
「今に分かるよ」
「今に分かるわ」
「今に分かる」
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