第12話「ダンジョン(4)」

 メリッサ・リードハート。


 中流貴族の出身で有り、七人兄妹の5番目の次女として生を受けた彼女は、幼い頃より自身の成り立ちに強い憤りを感じていた。


「__何故こんな毎日を繰り返さなければ為らないのか__」


 早くから決められた誰ともわからない婚約相手。次女、もとい女であるが故の継げぬ家督。

 女に生まれてこの方、決められたレールの上を只々準って行くだけの人生。その中でしか許されない自由にも為らぬ自由。

 上の兄達との対応の格差は、女と言う理由から来る明らかな差別。

 同じ境遇に有った上の姉にもそんな強い疑念をぶつけてみた事も有ったが、


「それがこの家の仕来たりなの」


 と、苦笑気味にそう諦めにも似た眼差しで言い返された事に言葉を失くした事も有った。


 そんなまるで色彩の無い鬱屈とした日常に日に日に嫌気が差して来た彼女は一つの決断をする。


「兄様! お話が有ります!。私をギルドに紹介して頂きたいのです!」


 事も有ろうに、彼女は冒険者の道を志すことを決めたのだ。それを一番上の兄に嘆願。これには話を持ち込まれた兄も驚きを隠せない様で、


「何を馬鹿なことを!」


 と、これを一蹴しようとするが、どうにも本人のやる気が凄いらしく、中々諦めようとしない。

 仕方なく理由を聞けば、どうやらずっと前から計画していたとの事。


「幼い頃よりずっと冒険者になる事を私は考えておりました。私はどうしても今この現状を打破すべく冒険者としての道を歩みたいのです!」


 家訓に倣い物心付く頃から勉学や剣術にも勤しむ傍ら、彼女は他人には内緒で、毎日のようにある趣味に講じていた。

 その趣味とは、詰まるところ【読書】である。それも各種伝記や叙事詩、果ては英雄譚に至る等、有名・無名に関わらずあらゆる冒険に纏わる書物を読み漁ると言ったもので、何度も何度も繰り返し同じ書物を読んでは本の虫となって、冒険者としての夢を膨らませる日々を彼女は送っていたのだ。


 そうして、遂に兄への説得に至った訳である。


 そうした彼女の熱意に根負けする形で兄は自らが冒険者だったと言う伝を活かして自身のパイプを駆使、メリッサはクラン【気高き鷹】への入団を無事果たすのである。


「(これで漸く私も晴れて冒険者としての一歩を踏み出せる。父上に歯向かう形にはなるが、私は私の道を進むのだ!)」


 これより彼女は自身の前途に希望を抱き冒険者としての一歩を確かに踏み出すのである。


 只、冒険者になった以上、命の危険とは当然計らずして訪れるものである。



 ___



「(あ‥‥)」


 彼女はその敵意を予見することも出来ずそのまま巨大な火球の中へと姿を消す。


「メリッサー!!」


 同じクラン仲間であるグレアムが叫ぶ。しかしながら、その叫びも虚しく突如起きた光景に茫然自失、膝から崩れ落ちる。


「何て事だ‥‥」


 悲愴感とも虚無感とも言うべきか。仲間に起きたであろう悲運に、一瞬にしてそうした思いが去来するグレアム。

 この世界に於いて冒険者を志す者ならば誰しもがが如何に危険と隣り合わせであるかは最低限の常識として理解しているはず。特にダンジョンと言う文字通り特異な場所に於いてはそうした傾向は特に強く顕著なものになるのでは無かろうか。

 であるなら、そんな中に在っては簡単に失ってしまう命など往々にして有ることを改めて知らしめられたそんな事態である。


 只、そうした厳酷苛烈な状況に有りながら、幸運なことに「彼」と言う存在によってそんな悲運は速やかに脱せられる。


「(私はどうやらここまでのようだ‥‥。思えば私の我が儘がきっかけでこんな事になったのだ。悔いは無い‥‥、と言うのはやはり語弊が過ぎるか。残念ではある。出来るならもう少し彼と色々と話をしてみたかったな‥‥)」


 何故か自身の状況を後に、心で後悔の念をぶつくさと呟いているようであるが、彼女はまだ気付いていない。


「‥‥ッサ」


「(何だ? 声がする?)」


「‥‥リッサ」


「(? 誰だ、私を呼ぶのは?)」


「メリッサ」


 赴ろに閉じていた瞼を開けてみれば、何故かそこには覗き込むようにしてケンジの顔が有ったりする。


「大丈夫? ケガは無い?」


 笑顔で彼女の容態を確認するケンジ。


「わ、わわ! な、何で!?」


 気付けば彼女自身、ケンジに抱き抱えられたまま火球を浴びた当初の位置より数十m離れた位置にいるではないか。


「わ、私はどうして‥‥、まさか‥‥、貴公が助けてくれたのか?」


「少し危なかったからね。取り敢えず無事で良かったよ」


 彼女は多少混乱するも直ぐに今現在の状況を理解する。

 そう、メリッサが火球の一撃を喰らう寸前、彼は瞬時に彼女を抱き抱えては安全な位置まで彼女を攻撃から回避させたのだ。

 これには助けられた本人が信じられないと言った表情でケンジを見つめては咄嗟に疑問をぶつける。


「貴公は一体何者なのだ?」


 メリッサからのそんな問いに変わらない笑みで一言、


「君と同じ冒険者だよ」


「(ウッ‥‥)」


 清々しい表情を浮かべてはあっけらかんとそう答えるケンジに眩しささえ感じてしまうメリッサ。

 加えて、自らの命の危機に颯爽と現れては、己が危険も省みず悠々と事を成し遂げる様を見せつけられては、悶えそうな自分を抑えるのに精一杯で有り、少なくともこの時点でまた一つケンジへの評価を変えることになるのは必至であろう。

 只、忘れては行けないのはこういった場面に憤怒の焰を燃やす存在が一人。


「ケンジ!!」


「!?」


 エレノアである。


「敵を前に一体いつまで彼女とそうしているつもりかしら?。彼女にも迷惑よ! 早く離れなさい!」


 激昂にも近い大声で非難にも似た一喝を繰り出すエレノア。相当なお冠である。勿論、何故そんなにも怒っているのかと言えば、察しである。


「(巫山戯ないで貰いたいわ、‥‥あんなの‥‥、私だってされたことないのに!!)」


 ケンジに至っては、エレノアに言われて直ぐ抱き抱えていたメリッサをその場に降ろしては弁明を図る。


「ご、ごめん。確かにそうだね。メリッサもごめんね」


「い、いや、謝らないでくれ! ‥‥助けてくれて有難う‥‥ケンジ」


「(は?、呼び捨て? ‥‥あの女!!)」


 気の抜けぬ攻防の最中に有りながら、どうやらエレノアだけは敵意の矛先が間違った方向に行っているようではあるが、門向こうの敵は当然そんなやり取りなど構うことなく再度襲撃を図ろうとしていた。


「グオォォォォォォォォォォン!!!」


「来るぞ!!」


 ドルフの掛け声から皆一斉に攻勢へと移ろうとする。


 が、何処からともなく一振りの剣を持ち出して、視線を敵方側に向けたまま片手剣にて腰を引くくしたかと思えば、構えとも照れぬ構えで脱力気味に体を取る者が一人。


 ケンジである。


「今はこんなところで時間を掛けてられないから、悪いけど直ぐに終わらせて貰うよ」


 一言言い終えて直後、皆々の眼前にて彼はその実力をまざまざと見せつける事となる。

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