第4話「ギルド その2」

「ケンジ殿に折り入って頼みが有る」


「うん? なになに?」


「ケンジ殿、不躾にこのようなこと言うのを失礼と知りつつ言わせて欲しい。‥‥もし都合が悪く無ければ我がクランに加入しては貰えないだろうか?」


「「「「!?」」」」」


 それは、どよめきと共にその場に居たギルド内全員の耳へと入る。


「(そう来たか)」「(考えてはいた。だが、まさかここでその話を持って来るとは)」「(男の実力が本当なら、ここら一体のクランの勢力図が一気に変わるぞ)」「(『魔刃』が戦力として加入すれば漏れなく『刀姫』も一緒に加わるはず。アドバンテージは当然、現状の比では無いぞ)」「(先を越されたな)」「(やってくれる)」「(良い機会だ。お手並みを拝見と行こうか)」


 周囲では各々の目論みや打算が忽ちに巡り、多くが今後の事態を主観に思考する。エレノアの形相も今日一番の険しさでは無かろうか。

 ただそんな中に於いて、オファーを受けた当人からは直ぐに答えが示される。


「非常に有難い話だけど、今回は見送らせて貰うよ」


「‥‥それは何故か聞かせて貰えるだろうか」


 直ぐに返された返答がより良いものでは無かった為、その理由を当人に伺う。



「別件で片付けないと行けない案件が結構有るんだ。それと、色々と教えないと行けないことも有ったり、も有ったり、今はそっちを優先したいんだ」


「‥‥なるほど、それでは仕方ないな」


 当初の目的の一つでも有ったケンジのクランへの勧誘。しかしながら、本人の都合も有り、非常に残念なことと心の中で肩を落とすも、これ以上を続けたところで無駄で有ると察して話を終えるブロンド美女。


「それじゃあ、今から受付まで依頼の方受理して来るからまた後でね、リードハートさん。エレノアもここで少し待ってて」


 そう言って踵を返そうとした直後、メリッサにケンジが呼び止められる。


「ケンジ殿」


「うん?」


「メリッサで構わない。さん付けもいらない」


「そっか。じゃあまた後でね、メリッサ」


「ああ、また後で」


 そうお互いが言葉を交わして、ケンジはそのまま依頼書を片手に受付まで移動。

 ただ、それを横目にケンジが移動し少し離れたのを確認すると、エレノアからメリッサに向けて厳しい口調で言葉が交わされる。


「私の勘違いだったら申し訳ないのだけど、当初と違って、随分彼と馴れ馴れしく喋るようになったのね、しかも勧誘まで切り出すなんてどういう了見かしら?」


「彼と言う人物が我がクランにとってとても重要な存在だと思ったから今回こう言った話をさせて貰った」


「なるほど、彼を利用したい訳ね」


「い、いやそうではない! 決してそんなつもりで言った訳では‥‥」


「彼はとても寛容だからのことも特に気にも留めていないのでしょうね。実際しょうがないって濁していたし、今も何の憂いも無くあなたと話せてる」


「‥‥‥‥」


「でも、私は違う。あの時のことは忘れないし、今でも私の中ではあなた達のことなんてこれっぽっちも信用してはいない。さっきの勧誘も悪い冗談にしか聞こえなかったわ。‥‥そうね、この場で言えることが有るとすれば一つ‥‥、もしまた彼の誇りを傷つけるようなら次は決して容赦はしない」


 ギロリと鋭い目付きで怒気を孕めてはメリッサに向けてそうエレノアが言い放つ。それに対してメリッサからはうつむき加減ながら、それでもエレノアに向かって言葉を続ける。


「‥‥本当にあの時は全面的に悪かったと今でも思っている。他者の技量を見誤るに限らず、君達にした無礼の数々。厳に猛省すべきで有り、全く持って申し訳ない限りだと思う」


「口では何とでも言えるわ」


「ああ、ただそれでも二人には本当に感謝している。今こうして私がこの場にいることが出来るのも全て君達二人のお陰だ。重ねて言わせて貰う。本当に有難う」


 そう言って低頭に頭を下げ、真剣な面持ちでエレノアへと気持ちを伝えるメリッサ。

 自身の吐く言葉が決して嘘では無いと言うことを知って貰うが為の行為では無かろうか。


 そんな彼女の行動に、ふんと鼻を鳴らすもメリッサに対して窘めるように言葉を投げる。


「その台詞は私では無く彼自身に言うべきね」


「ああ、その通りだ。彼にも改めて伝えさせて貰う」


 互いに今までの蟠りを拭うことがこの場で出来たかどうかと言えば、まだ互いにそうは思っていないのが正直なところで有ろう。ただ、こうして話せたことで互いの関係性を今後はより良い方向へと立て直す切っ掛け、或いは機会になったのではないのか、と少なからずそう思わせる内容・類いのものだったのでは無かろうか。


 そうして、互いに会話も終えようかと言う正にその時、受付の方から何やら騒がしい声が耳へと入る。


「あのぅ、今回は軽い仕事で終わらせようかと思って来たんですけど‥‥」


「そこを何とか! 是非!」


「う~ん、そうですねぇ‥‥」


「先日の件に連接するような形になってしまい誠に申し訳ない限りなのですが、失礼を承知で何卒、何卒よろしくお願い致します!」


 切迫した表情で声も張り上げてこれでもかと受付越しからケンジに詰め寄り懇願するギルドの男性職員。見れば本ギルドのトップで有るハリス・ブラウン自らが部下を背に行動に出ている。


 トップ直々に表に立って願い出るその姿勢に対してケンジ自身簡単に思考してみるも、それがただならぬ依頼で有ろう事を察して、その場で苦慮するケンジの明日は険しい予感で一杯では無かろうか。

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