第3話「ギルド その1」

 とある国家の中枢部に所在するギルド。その内部の一室。そこに複数のギルド職員なる者達が何やら頭を抱えた様子で、書類に目を通していた。


「う~む、どうしたもんかねえ‥‥」「最近こう言うのやたら多くないですかね」「何気に危機的状況ですよ、これ」「やはりまた彼にお願いしてみましょうか?」「それしか無いですよ、ホント」


「う~ん、例の一件も有ったし、出来れば彼には控えて貰うのがベストなのだが‥‥」


 本ギルドの局長でも有るハリス=ブラウンは決断に迫られていた。


「今この状況でそんな気遣いを言っている場合では無いですよ局長。それに前回よりまだマシな方じゃないんですか、これ?」


「マシかどうかで話を決めちゃいかんでしょ。それにこれをマシだとかよく言えるね‥‥」


「いやいや、何にしてももうこんな依頼は彼にしか頼めませんよ」


「「「「そうそう」」」」


「みんな他人事ひとごとみたいに言っちゃってくれてぇ‥‥、でも現時点で彼しか頼める人がいないもんなぁ‥‥」


 とある重大案件について、職員達にそうするしか無いと悟されて、手で額など押さえては局長である彼は苦慮した挙げ句に決心を固めつつあった。




 _____




 ところ変わって、本ギルド内のエントランスホール。


 今日も今日とて、ギルド内では討伐依頼を巡って朝から忙しなくクエストボードに張り出される依頼書に目をやっては自身に見合う依頼を探す各冒険者やクランのメンバーが後を絶たないでいる。


 そんな中に在って、張り出される依頼そっちのけで壁際に小さく設置された鏡の前でそわそわと自身の身嗜みにチェックを入れる女が一人。名はメリッサ・リードハート


 年の頃は二十歳手前と言ったところだろうか。軽鎧に身を包みブーツ着用ながら180㎝は有ろうかと思う背丈の持ち主で、長髪のブロンドヘアは観る者の目を引く艶やかさを感じさせ、そんな前髪を両の手で気にしながらスタイリングを整えている次第。

 容姿に至っては勿論男受け必死の色白とした端整な顔立ちで括れた腰回りが何とも艶かしい。

 そんな彼女は今日、に至短時間ながらこう言った手入れに勤しんでいる訳で有る。


「おい、やつが来たぞ!」


「そ、そうか」


 彼女が所属しているクラン【気高き鷹】のメンバーの一人でもある仲間の男から不意に彼女にそう告げられる。そんな男の言葉にビクッと反応して少し慌てた様子で身嗜みを終える。

 目的のものを目前にして一層緊張の度合いが高まっている模様である。


「こんにちわー」


 その男はギルド内に入るなり軽い調子で誰に言った訳でも無く、挨拶の言葉を述べる。


 途端、周囲の空気は一変、誰も彼もがその男に視線を向ける。そんな中でひそひそと彼に関して言葉を交わす者も。


「(おい、あれが噂の)」「(ああ、『魔刃』だ)」「(信じられん、実在したのか)」「(風貌が見聞と異なるようだが)」「(いや、今は『シンドウ』と名乗っているそうだが、先の一戦で見せたあの剣技、そしてあの震え上がる程の強さ、まず奴で間違いないと俺は核心している)「(『刀姫』の姿が見えないが‥‥)」


 周囲の冒険者とみられる者達から何やら一様に物騒な話し声が聞かれるが、本人は特に気付いた様子も無く、周りを気にしながらもクエストの内容を見に歩みを進める。


「(いつもながら静かだねえ。それにいつもながら視線も痛いし、なんかひそひそこっち観ながら話してるし‥‥、取り敢えず条件の良さそうな依頼見つけてさっさと出るか)」


 男の要件は至って簡単、目当てになりそうなクエストを見つけては自身の日銭にすると言うものである。加えて、向けられる視線等に不快感を感じるものであるから要件が済み次第早々にこの場から退出したいのが今のところの気持ちである。


 が、ここで先程の長髪ブロンドヘアの女ことメリッサが男の前へと一歩を踏み出して顔を出す。


「や、やあ」


「おお! リードハートさん。どうしたんですか、こんなところで」


「要件は貴公と同じだよ」


「(嘘つけ!)」


 クラン仲間が心で否定を訴える。


「そうなんですね! 良さそうな依頼とか有りました?」


「いや、まだ検索中なのだが‥‥、それよりも‥‥、その、なんだ、貴公とは同い年のよしみだ。私としては貴公から敬語で呼ばれるのは些か抵抗が有る。なので、今後は敬語など使わず気軽に、対等に話し掛けて欲しい」


「ああ、そうですか」


「それだ!」


「あ~、ごめんごめん。あー‥‥次から気を付けるよ」


「そうしてくれると有難い。それと‥‥」


「うん?」


「貴公の真名を知りたい」


「真名?、フルネームってこと?」


「そうだ。失礼な話になって申し訳ないが、まだ私は貴公の真名を知らない。今一度教えては貰えないだろうか?」


「あ~、そんなことなら‥‥」


、随分と他の女性と仲良くしてるのね」


「うん? あ~、エレノア。いやいや、そんなんじゃないよ。ところで買い物は終わったの?」


「ええ、別段難しいものでも無かったから直ぐに終ったわ。‥‥こんにちわ、リードハートさん」


「ああ‥‥、こんにちわ。一緒に来ていたのだな」


 今正に男女の会話に割って入ってきた女性が一人、エレノアである。


「(刀姫のお出ましだぞ)」「(なんと麗しい‥‥)」


 ガヤからの声は置いといて、長く煌めく金髪をたなびかせながら何やら男女二人で親しげに会話しているのが目に入り自身もその会話に入った次第であるが、そんな彼女の表情は少しの微笑を含みながら、実際は全然笑っていないのが実状である。

 相手側に向けるその眼差しは表情にこそ出さないものの、何処か鋭く鋭利に向けられているようにも思われる。

 そんな彼女からの寒々とした挨拶に、向けられた側であるメリッサは一瞬たじろいでみせるなど、エレノアに対しての気負いが顕著である。だが、ここで物怖じしては、と彼女はその一歩をどうにか前へと押し出す。


「そ、そうか、ファーストネームはケンジと言うのか。良い名だな」


「え~、そんなこと初めて言われたな~、何だか照れるな~」


 名前を知って直後、どうにか会話を見つけようとブロンド美女が直ぐ様その名前を浅慮ながらも褒めてみたりするが、それに対して自身の名を褒められた事にはにかむように照れてみせるケンジ。



 ガリッ



 そんな男の照れ顔に途端誰に気付かれる訳でも無く歯の軋む音が。


 見れば、薄ら笑いで怒気を孕むエレノアがケンジを凝視していたりする。


 ケンジのデレた面に内心、怒りのボルテージが急上昇、沸点を越えかねないところであるからかなり危うい状況では無かろうか。だが、ここで今一度冷静に自身を御して一息。


「(ふう‥‥)」


「良かったわね、ケンジ。自分の名前を褒めて貰えるなんて。中々無いことよ」


「確かにそうだね」


 自身の本音は後に、相槌を打つかのようにケンジにそう語るエレノア。そしてはからずして気を良くしているケンジでは有るが、直後ケンジに向かって毒気の有る一言を元お姫様が言ったりする。


「でも残念ね、リーダーハートさんはあなたみたいなは相手にしない主義だったはずだから今のも社交辞令だと思うわ」


「えっ?」「なっ!?」


 いきなりのとんだ発言に「えっ、そうなの?」と疑問符を浮かべるケンジ。しかしそれ以上に、エレノアのチビ発言に何を言い出すのかと、ギョッとした表情でブロンド美女が反論に出る。


「ち、違う! 私は決してそんなつもりで言った訳では‥‥」


「ああ、自分より軟弱で小柄な人間は眼中に無いだったかしら? 言葉足らずでごめんなさい」


「‥‥‥‥」


 エレノアの突き刺すような発言に言葉を詰まらせるブロンド美女。


 ここで互いの身長を語るなら、メリッサは前述に語った通り。対してケンジの身長については、それよりも20㎝近く低い位の身長。ケンジ側がどうしても見上げる側に写る位の身長差ではある。因みにエレノアはケンジよりも若干低い位である。


 この手の話はお互い交わしたのだろう。反論するにもこれ以上が出ないことがその証拠である。

 苦悶の表情で一番に弁明を図りたい相手へと自ずと視線を向けるが、自身の発言を思い起こして後ろめたさ故か直ぐに他所に目を逸らす。

 当然思い付く言葉は皆無。


 ただ、そんな彼女の表情に気付いたのか、


「大丈夫、大丈夫、俺は全然気にして無いから。エレノアもどうしたの。今日は口調が恐いよ?」


 ケンジがすかさずフォローに入って場を落ち着かせようと話に入るが、まだまだエレノアの表情は厳しい。


「あら、私は有り体に語っただけよ。それに、彼女の言うとおりチビは彼女みたいな女性とはと思ったから忠告しただけのこと」


「‥‥な、なるほど。確かに否定は出来ないところでは有るけど‥‥」


「でしょ、チビはチビなりに分を弁えるべきだと思うの」


「チビチビ連呼しなくていいから‥‥」


「そうね、私としては、別段、あなたの背丈に特に


「本当に今日はグサッと来るぐらい辛辣だなぁ」


「‥‥捉え方の問題ね」


「はぁ‥‥」


 エレノアとの問答にちょっとした嘆息をしてみせるケンジ。自身の身長についてここまで貶されるとは予想もしていなかった為、多少傷ついたりしてみるが、それはさて置いてブロンド美女に顔を向けて言葉を続ける。


「ごめんね、どうしてか今日は機嫌が悪いみたいで。決して君のことをいじめたくて言った訳じゃないから‥‥、ここだけの話、今日は多分なんだと思‥‥グエッ!」


 横から空かさずロウブロー気味にエレノアのコークスクリューがケンジの脇腹を抉る。


 途端、悶え苦しみ膝から崩れるケンジであるが、余計な一言を加えたが為に起きた悲劇である。


「偶に失礼なことをあなたは言うけど、そういう嘘や憶測で人を傷付けることを言っては行けないと思うの」


「ご、ごめん‥‥」


 チビに拳にと、自身の暴言・暴力を棚に上げてケンジにそう語る元お姫様。少なからず滅茶苦茶では有るし、当然理不尽でも有るが、膝を着き踞りながらも素直に謝罪するケンジ。


 どう見ても師弟関係は破談しているように見える。


「だ、大丈夫か、ケンジ殿!」


 そんなケンジのやられっぷりに直ぐ様駆け寄って心配を口にするブロンド美女。そして当然直ぐ様その行為に殺意めいた視線を向ける加害者。


「(この女、馴れ馴れしく、しかもファーストネームで‥‥)」


 心中でそう言いながら、一瞬自身の手が愛刀の柄に触れてしまう位に殺意に駈られるエレノア。最早臨戦態勢状態である。


「あ、ああ、大丈夫、大丈夫。俺が余計なこと言っちゃった所為だから」


「そ、そうか。‥‥それより、話は変わって、言い忘れていて申し訳無かったのだが、先日のリュネビルでの魔物襲来の件、あの時は助けてくれて本当に有難う。」


「あ~、いいよ、いいよ、気にしなくて。こっちが勝手にしたことだから」


「いや、貴公があの時もし現れなければ我々は間違いなく全滅していた。向こうにいる皆もここのギルド職員も貴公には本当に感謝している。この件については何度お礼してもしたりないぐらいだ。‥‥それと、エレノア殿も本当に有難う」


「私は殆ど何もしていないわ。あの件についてはギルドからの急な依頼でも有ったし、全面的に彼にお礼を言って上げて貰えるかしら?」


「いやいや、エレノアには後方支援もして貰ってるし、幾分討伐も手助けして貰ってるから。十分一役買ってくれたと思うよ」


「あら、別に大したことをしたつもりは無かったのだけれど、お世辞でも褒めてくれて嬉しいわ」


「いやいや、お世辞じゃないって」


 手を振りながら苦笑いでお世辞であることを否定するケンジだが、たとえお世辞で有ろうと褒めて貰えたことに内心では存外嬉しさが込み上げるエレノア。にまっと笑みが零れるのを直ぐ様隠す素振りは全く持って満更でも無いご様子。しかしそれも数瞬のこと。ちょっとしたことで溜飲が下がったのも束の間。思いも寄らぬ一言で自身の容貌がまた一段と険しくなる。

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