第2話「師匠と弟子 その2」

「それでは、合否を発表する」


 声高にシンドウがそう言って見せるが、どうやら試験だったのか、これから審査した側のシンドウから合否が言い渡されるようである。

 それに対して殊更に暗い面持ちで告げられる側のエレノアの表情は、‥‥やはりまだ暗い。


「覚悟は良いかな?」


「勿体ぶらなくて良いわ。‥‥早く‥‥お願い‥‥」


「暗いねぇ。ではその前に総評を述べる」


「‥‥だから勿体ぶらなくても良いから‥‥結果は分かってる‥‥」


 試験に望み、自身が思い描いた結果との違いにただただ意気消沈とした様子でうつむき加減にそう言ってのけるエレノアではあるが、試験前に見せたやる気満々な先程とは打って変わり、テンションからして急降下が酷い。


「じゃあ仕方ないから先ずは結果から発表する。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥合格!」


「え ?」


「何鳩が豆鉄砲喰らったような顔してんの?」


「巫山戯ないで! 私はあなたが与えた課題をクリア出来なかった。それは私の技量が未だ不十分で有ると言うこと」


 シンドウから告げられた結果に不満だったのか、それを不服と捉えて殊更に怒気を交えて反論する。


「ああ、枝を? いやいや、確かに枝を斬るのが課題とは言ったけど、あのまま枝を斬っちゃったら俺まで斬られちゃうじゃん」


「!?」


のは悪かったよ。でも予定通りちゃんと枝は斬れてたと思うし、何より十分に【瞬走】の形として完成されてたよ」


「ホントに?」


「ああ、ホントだとも」


「でもさっき踏み込みと勢いに精細を欠いてたって‥‥」


「あ~、ほんの少しね。総評で答えるつもりだったんだけど、そこは良くなかったかな。考え過ぎる余り若干タイミングがズレたんだろう。でも【瞬走】自体に問題は無いね。それに黙っていて悪かったんだけど、としてはでは無く、が目的だったんだ。それと、息吐きの瞬間をもう少し悟られないようにしようか。その瞬間はどうしても身体が弛緩しやすい。相手が相手ならその隙を突かれて致命傷を喰らう恐れが有るからね。ルーティンだとは思うけど少しやり方を変えてみようか」


「‥‥酷いわ、騙すなんて‥‥」


 どうやら当初示されていた課題内容はシンドウが手に持つ枝の切断に有ったようであるが、これについてはあくまで方便であり、達成するべき目標は別にあったと言うのが本音である。これに対しエレノアはそうした思惑の中では有れど、無事にその目標を達成したと言うことになる。只しかし、言われていた内容との違いに少なからず不機嫌に不満を漏らすエレノア。これに対して勿論のところ弁明を図るシンドウ。


「騙すつもりは無かったんだけどね。只、俺としては十分過ぎる成果を確認する事が出来て安心したよ。流石は我が弟子と言った処かな」


「!?」


 そう褒められて同時、険しかった顔から一気に顔が緩むエレノア。


 自身が褒められたことに対しての表情で有ろう。そしてそれは同時に当初より自身が達することを目標として止まなかった望みでも有る。


「そ、そう。合格なのね。‥‥ど、どう、やってやれないことは無かったでしょ?」


「ああ、次はいよいよ【瞬影】の段階に入るけど、エレノアなら次も絶対にやれると思うよ」


「ホントに!?」


「勿論、師匠の言葉に二言は無いね」


「(嘘、やった! 信じられない!!)」


 ここに来て二度目の称賛、それも御墨付きまで貰える始末。褒められた側と言えば舞い上がりたい位に有頂天な面が顔に出る。

 が、咄嗟にそんな顔を引き締める。ここで舞い上がるなどしていては、今後の修練に差し支えると思い今一度、勝って兜の尾を締める。


「(いけない、いけない。まだまだ修練はこれから。【瞬道】を体得するまでは油断などしていては駄目。もっと気を引き締めないと!)」


 そう自分を戒める弟子では有るが、中々これで自分自身を律することを忘れない真面目な性格で有る。

 しかしながら、ここに来て素直に喜ぶのも癪だなどと思う気持ちも。

 多少の捻くれ具合を見せるのは性格に由来するところか。


 若干のツンデレは否めない


 で有るからして、皮肉混じりに文句等吐いて見せる。


「全く、何度も言うようだけど、一体私を誰だと思っているの。リオン王国は第1王女、エレノア=エレナ=カスティルよ!。何処ぞの平民風情に師事している身の上では有るけれど、この身は常に気高く、大志に満ち溢れているわ!。師だからと言って舐めて貰っては困るわね」


「お~」


 居丈高に態度も大きく、腕組みなどしてはツンと背中を向けシンドウに語って見せる元王女様。本音を押し殺してまで言った口の過ぎる発言には敵意さえ感じる程。只、本心はと言えば、


「(違う! そうじゃないの! 何を言っているの、私。彼にそんなことを言う為に今日まで頑張って来た訳じゃ無い!)」


 で有る。ツンデレを拗らせたような突っ慳貪な態度とは裏腹の心情。そして直ぐ様後悔の念へと思考が変わる。


「(何故こんなことを言ってしまうんだろう‥‥本当に自分が嫌になる‥‥)」


 誰にも分からない心の内、その中で自身の愚行を猛省し意気消沈する様は憐れながら、何処か悲哀にも似た心悲しさを感じさせる。

 それは勿論、本心では彼に嫌われたくないと言う思いが有ってのこと。


 自身の性根が恨めしい。


 只、そんな弟子の心情はさて置いて、何を思うか、不意に歩み寄り言葉を掛けるシンドウ。


「エレノア」


 彼女の背後からそっと呼び掛ける。そんな師匠の声におもむろに、顔を向けるエレノアだが途端、魚籠つく。


「!?」


 師匠のが彼女の頭にポンと優しく置かれる。


「な、何を!?」


 恥ずかしさから直ぐに漏れ出る一言


「流石は王女様ってところだな。平民相手にゃあ不服だろうけど、ここまで良く着いて来てくれてると思うよ。今日は本当にお疲れさん、また明日からも頑張ろうな」


 ニカッと笑みなど浮かべながらエレノアの頭を優しく撫でる。


「ちがっ、私が言いたいのはそうじゃ無‥‥、む~‥‥」


 撫でられた側の悶える様は何とも可愛さの目立つもので有るが、自身が口にした文句など意に介さず、師匠はと言えば只々彼女の今回の結果を褒めるばかり。

 そんな彼の心遣いにふと恥ずかしさと同時、後悔と安堵が入り雑じって、彼女はこう思う。


「(‥‥私は本当に幸せ者だわ‥‥)」

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