没落王女の剣術指南役

GIVE

第1話「師匠と弟子 その1」

「はぁ‥‥」


 その男は多少の憔悴感に苛まれつつ、眼前に立ちはだかる巨駆の難敵へと剣を用いて身構えていた。


「貴様は何者だ。我を『竜皇』と知っての反抗か」


 竜は問う。自らに剣を向ける、男へと。


「へえ、あんた『竜皇』なんだ。ハハッ‥‥、こりゃぁ、また人生最大のピンチてヤツだな‥‥」


「‥‥我を前にしても嘲り嗤うか、人間。良かろう、ならば貴様は我が矜持で持って全力で屠ろうぞ!」


「いやいや、別に全力なんて出さなくて良いですから。つうか、こっちは死にたくないし。寧ろ話し合いをですなぁ‥‥」


「ヴオオオォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


「ウオォッ!? これはヤバい!」


 その巨大な竜の咆哮はその場一体を突如として震わせ、何もかもを吹き飛ばそうとする。だが、これに驚愕するも何とか堪えて臨戦態勢へと移ろうする男。只、その眼差しは何処か憂鬱にも面倒臭さを匂わせる。


「勝手に始めてくれちゃって‥‥、何でこんなちっさい森のど真ん中にこんなバケモノが居るんだよ。マジで死亡フラグ半端無いわ。と言うか正直今の俺のLUCて、絶対最低値だろ。‥‥ハァ‥‥、まあ、いいや。人間万事塞翁が馬ですよ。もう、しょうがないからとことんやってやるよ!」


 男は今持って自身の不運を嘆く。 だがしかし、決して諦めの言葉は口にしない。


 いや、戦うのか。


 その心中はたった一人己がのみ知るところでは有るが、決戦前、敵を前に剣を掲げて男はこう言い放つ。


「行くぜ!」





 ○●○





「う~ん、今日も相変わらず良い天気だ」


背筋をぐんと伸ばしながら男が呟く。


「いつまでベッドで横になっているのかしら? もうとっくに朝は過ぎているのだけれど」


対して呆れたように女がそれを咎める。


「偶の休日ぐらい眠りこけたって罰は当たるまいて」


「そんなことより早く食事を済ませて貰えるかしら? それと、休みとは言うけれど今日は私の稽古に付き合ってくれるはずだと思うのだけれど?」


「勿論付き合いますとも。只、焦らず急がず、のんびり行きましょうや。まだまだ人生これからですよお嬢様」


「良いから早くしなさい」


「おぉ恐ッ! 眉間に皺なんか寄せちゃってぇ。そんな顔してたら直ぐに小皺が__」


 ダン!


「オヒョッ!」


「良いから早くしなさい‥‥」


「はい‥‥」


 日も頂点に差さろうかといった頃、寝起きにぶつくさとものを言う男の言動に苛立ちを抑えられず女は両手で机を一叩き。


 焦る男。


 かかあ天下な立ち振舞いに見えなくもないと言った光景では有るが、そうではない。


 男を叱る彼女の名はエレノア


 とあるやむにやまれぬ事情から今の男の家へと転がり込む事となったである。


 対して叱られた後、言われるがまま遅い朝食、もとい昼食に手を着ける男が一人。


上の名をシンドウと言う。


 二人の関係を簡単に且つ端的に言い表すなら、


 ___ 師弟関係___


 勿論、師は男の方であり、弟子は女の方であるが、 その会話から主従の立場や順序が何処となくおかしいと疑問を投げ掛けられそうな感じでは有るが、嘘では無い。

 れっきとした師匠と弟子の間柄である。


 只、そう感じさせない程に二人の会話はフランクなもので、これが彼と彼女の日常での度々の光景で有るから、両者の間での違和感は既に皆無と言うもの。


「さあ、飯も食い終わったし、洗面の後いよいよ始めますか! ‥‥それと、料理の件だけど、最近また腕を上げたんじゃない」


「あなたと同じよ。私、日々の研鑽は欠かさない主義なの。それがたとえ料理一つにしてもね」


 ニヤリと得意気にそう言う彼女の表情は満更でも無い様子。褒められたことに素直に嬉しさを表している辺り、多少に関わらず嬉しいので有ろう。


「いいねえ、それじゃあその調子でさらっと技の方も習得して貰いましょうか」


「ふん、観てなさい。今日こそは我が実力の程認めさせてあげるわ」


 不適に挑発する男に対してそれに載っかる女の勇ましさは今日も変わらず、力強くやる気に溢れている。





 ○●○





そんなやり取りの後、二人共に玄関前の庭先へと移動していよいよ修練の時へと状況を変える。


「いいぞー、踏み込みだけ間違えるなよー」


「ふぅ‥‥__(分かってるわよ‥‥)」


対面する二人。お互いの距離幅は凡そ20m程と言ったところ。

いつもの調子でアドバイスなど贈る師匠とは違い、緊張の出で立ちで事に臨もうとする弟子。その両の手には確りと真剣が握られている。


構えの形としては日本剣道形での最たる一例が一つ、『中段の構え』。

何故こんな構えと言われれば当然、指導者からの教えに寄るところが全てで有る。

 剣道の形に真剣とは些か深読みすると矛盾が生じなくもないが、対する師の方は__、


片手に枝で有る。


片手剣は枝仕様___、しかも、構えてすらいない。

有り体に言って愚弄が過ぎるのでは無いかと、観る者が観れば反感を一身に浴びそうな程舐めているとしか思えないそんな有り様。

 只、それでも向こう側、真剣を握る彼女の口からそう言ったクレームは起こらない。



只、今はそれは当然そう言うものだと理解しての黙認である。


 双方の実力差に寄って起こった結果。


 勿論、枝持ちの方も無礼を働いての対応では決して無いと言うのが事実で有る。


「(すぅ‥‥_、はぁ‥‥_)」


 一心一意、その時を待つかのように息を吸い吐いては吸って、集中を図る剣持ち。


「(踏み込みは大地を掴むが如く、おこりは極限的刹那の間で留める‥‥)」


 ぶつぶつと心中にて何度も師の教えを反芻、イメージを固める。


 どれだけ経ったか、エレノア自身瞑想しているかのようにそこから動こうとしない。

 __だがしかし、お互いに無言が風を切る中、___不意にその時は来る。


「フッ‥‥」


息を吐くのと同時、__瞬間、エレノアの姿が消える。

と、同時、ドンと言う轟音が辺り一体を震わせる。

原因はエレノア自身が真正面から振り抜いた斬撃とシンドウが手に持つ枝との剣戟によるもの。

エレノアの斬撃はシンドウの目の前数センチに迫る程。

だが、その斬撃を寸でのところで当の本人は顔色一つ崩さず正面から防いでみせる。

勿論枝一つでである。


「くっ‥‥」


これに苦虫を噛み潰すような顔をして暗い表情となるエレノア。


「(‥‥枝一つまともに斬れないなんて‥‥)」


「意識する余り踏み込みと勢いに少し精細を欠いたかな」


「‥‥そう‥‥」


 剣を下げて後、そう返答を受ける彼女の表情は暗い。

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