第7話「探索前夜」

 その日の夜、家へと帰宅した二人ではあるが、エレノアの機嫌がギルドの一件からどうにも頗る悪いことにケンジが肝を冷やしているようで、何とか機嫌を治すよう会話を試みてみたりする。


「ねえ、もう機嫌の方治してくれても良いと思うんだけど駄目かなぁ」


「気安く話し掛けて来ないでくれる? 耳障りなの」


「(辛辣‥‥)そんなこと言わないでさ。暗い空気ってやっぱり嫌じゃん、ねっ? ‥‥因みに何で怒ってるんだっけ?」


「鈍感馬鹿野郎には何を言っても無駄なようね。お願いだから口を開かないでちょうだい」


「‥‥(鈍感馬鹿野郎て‥‥、それお姫様の言う台詞じゃないよ‥‥)」


 元王族らしからぬ口の悪さにたじたじな様子のケンジ。

 自分に対する同居人の塩対応が自身の立ち位置を甚く狭いものにするから困ったものである。


「はい!」ガタン!


「あ、有難う‥‥(怒っててもご飯はちゃんと作ってくれるんだ)」


 そんな中に有っても夕食の支度をきっちりこなしてはテーブルへと皿を並べて行く彼女に感心しつつ、いそいそとそれを手伝うケンジの姿は、嫁に頭の上がらぬ亭主のそれではなかろうかと思わせる。喧嘩中に付き、殊更に酷いものでは有るが。


 そんなこんなで食事の時間に移行した二人なのだが、まだまだ彼女の沈黙は続く。


「‥‥‥」カチャカチャ


「‥‥‥」カチャカチャ


「‥‥‥」カチャカチャ


「‥‥‥(何か会話を探さないと)」


 そうした無言に耐え兼ねて、ケンジが会話の糸口を模索しようとするが、


「この料理すごく美味しいね。一体どうしたらこんなに美味しく作れるのかな?」


「‥‥うるさい」


「‥‥‥」


 有無を言わさず、速攻の拒絶にして再びの沈黙。取り付く島も無い。


 どうにか再度思案し直して、対話を図ろうとするが、先程に同じく跳ね返されては同じ失敗の繰り返しだと思って二の足を踏む。


「(今日はもう無理じゃね?)」


 最早敗北を自認するまでに思考が傾倒しつつある。


「(こうなると頑なだからなぁ、‥‥ダンジョンについても今日は少し詰めたかったんだけど。まあいいや、明日探索中に仲直りも兼ねて相談するか。それにしても本当にこの料理美味しいよな。下手なお店で食べるより絶対美味しいと思う)」


 相手の不機嫌な顔色を伺いつつも、同居人の拵えた料理を内心で賛辞しながら、もぐもぐと咀嚼し嚥下する。空気は悪いが料理は確りと美味しく頂く。

 今日はもう機嫌を治して貰うのは無理と判断しての方針転換であろう。只、


「‥‥あなたはああいう女性が好みなのね‥‥」


「うん?、何か言った!?」


「黙れ」


「‥‥‥」チーン


 うつむき加減にぼそりと呟いた彼女のその言葉の真意が何であるかは、今は誰も知れぬところである。



 ○●○



「ぐ~(眠)」


 深夜、男の寝室。


 寝静まっては小さい寝息など立てるケンジ。

 明日も早いと言うことで、食後は素早く準備も済ませ、早々に床へと臥せる。

 そして数分と経たずに眠りへと落ちる。


 ダンジョンに向けての準備は万端である。


 が、そんな彼の寝室にそっと忍び込む何者かの影。

 暗がりの中、静かに足音を殺しては寝ているケンジのベッドへと近付く。

 胸に枕を抱いてケンジの前へと現れる。

 そして、次に出た行動と言えば、そんな就寝中のケンジの布団の中へとモソモソと潜り込むではないか。


「んあ?」


 寝惚けた面でふと違和感に気付き目を開けては自分の胸元辺りに視線を落とす。


「うわっ!?」


 そこには何故か別室で寝ているはずのエレノアの姿が。


 自身に密着する形で寄り添っている。


「どうしたの!?」


「‥‥‥」


「また怖い夢でも見たの?」


「‥‥‥」


 エレノアからの返事は無い。


「しょうがないなぁ、じゃあ、一緒に寝よっか」


 以前、毎晩悪夢に魘されては泣いていた彼女をみかねて彼女のことを見守る形で一緒に寝ていた時期が有った。今回も同じことが原因で自分の寝室まで来たのだろうと思い、拒むこと無くまた共に就寝することを提案する。


 そう優しく促されてコクリと彼女も頷く。


 そうして二人して抱き合うように寄り添う。


「もう大丈夫だと思ってたけど、まだ見ちゃうんだね」


 そう言って男は優しく彼女の頭を撫でる。そんな彼の行為に少し頬を赤くして小さく彼女は呟く。


「‥‥ごめんなさい」


「謝んなくて良いよ、全然気にしてないから。辛かったらいつでも来て良いからね」


「違うの‥‥」


「うん?」


「今日は本当にごめんなさい、怒ってばかりで。そんなつもりじゃなかったの‥‥」


 彼女が彼の下へと来た理由、それは今日起こった一連の出来事についての謝罪で有る。そんな彼と言えば、彼女の謝罪に少し驚いて、けれど自らも慌てて同じく謝罪の弁を述べる。


「あ、ああ、いいよ、いいよ。俺の方こそごめんね、気付かない内にエレノアの嫌がるようなことをしたんだと思う。こんなこと簡単に言っちゃ行けないと思うんだけど、その、‥‥許してくれるかな?」


「ええ」


「有難う」


 お互いに晴れて仲直りすることが出来たことにケンジもホッと胸を撫で下ろす。

 こう言うことは長く続くだけ不毛であるし、損でしか無いと分かっているので、仲直り出来たことにとにかく安堵する。エレノアもそれを分かっているからこうして謝りに来たのだろうとケンジが簡単にも推測する。

 只、直後ケンジ本人としては思い掛けないことをエレノアから質問される。


「ああいう女性があなたのタイプなの?」


「うん?」


 一瞬、何のことか理解出来ず思考が止まる。

 女性?、一体誰のことを言っているのか?、検討を付けようと少しばかり思考を巡らせる。

 そうして、ふと思い立ったかのように、しかしながら少し躊躇するかのように口を開く。


「‥‥ギルドの受付のお姉さんのことかな?」


「!?」


「いやいや、決してそんな目で見てた訳じゃないんだ! 只、色々と冒険について聞いてきたりするし、結構話が噛み合ったりしたから、つい話し込んじゃって」


「ふふ‥‥」


「エレノア?」


「あなたのタイプはあの受付のお姉さんなのね」


「だから誤解だって!」


「そう言うことにしておくわ」


 どうやら自身の本題とは別に、事態があらぬ方向に行ってしまったことに多少驚きを抱くも、互いのそんな相違が何処か滑稽にも感じてしまったが為、思い掛けず彼女からは自然にも笑みが零れる。そして、慌てるケンジをからかっては自身の不安がまるで杞憂であったことに安堵する一方、何処か気恥ずかしさも入り雑じって、自戒の念を抱いては内心で反省に講じるのだった。

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